第150話 懸賞首級モンスター

 キクチの肩が僅かに抉れている。

 痛みが走っている。左半身の感覚は無い。見ると、座席に蜘蛛型多脚兵器の脚が突き刺さっていた。

 どれだけ車両が頑丈であろうと耐久力に上限がある。何度も蜘蛛型多脚兵器に体当たりをされ、鋭く尖った脚で突き刺されればフロントガラスにひびは入る。それでも前に突き進んだ。障害を乗り越え、踏み倒し、薙ぎ払い。目の前に立ちふさがる蜘蛛型多脚兵器を退しりぞけ、走り続けた。

 しかし限界が来ていたフロントガラスは蜘蛛型多脚兵器の体当たりによって砕け散った。幸い、体当たりを行った蜘蛛型多脚兵器はそのままフロント部分を滑って後ろへと飛んでいった。

 だが目の前に立ちふさがる蜘蛛型多脚兵器たちに突撃をしているというのにフロントガラスが無いのは、生身で挑んでいるようなものだ。簡易型強化服を着てはいるもの、酷く自分勝手な。の体重が速度を持ってぶつかりに来ていること、車両が前方向に走っていること、脚の先端が鋭く尖っていることなどを考慮すれば簡単に貫かれる。

 前方には多数の蜘蛛型多脚兵器。終わりは見えない。一歩間違えば死ぬ。しかしそれでいい。決して死ぬことを許容しているのではない。これは酷く自分勝手な贖罪でありけじめだ。

 決して過去の行いが清算されるわけではない。だが目を背けはしない。

 目を据え、真っすぐと向き合う。フィリアの為ではない。自分の為だ。

 キクチが逃げ続けてきたものに目を向けるための動機であり、今までの行いに対しての贖罪。

 自分勝手だと、キクチ自身も理解している。

 だが今はそれでいい。今だけは、それでもいい。

 

 蜘蛛型多脚兵器を退しりぞけ続ける中、一体のモンスターがフロントガラスの中へと、キクチを突き刺すように脚を向けた。直後、静寂を突き破るように風が吹き抜け、キクチの左肩に激痛が走った。

 

「―――っうぐ――クソが!」


 見ると、キクチの左肩を足が突き刺していた。脚先は肩を貫通し、座席に深々と刺さっている。そして脚を突き刺した蜘蛛型多脚兵器だが、ぶつかった時の衝撃に耐えられず、フロント部分の曲面に沿って背後へと飛ばされる。

 その際に肩に突き刺さった脚が大きく揺れ、さらなる激痛が走る。幸い、途中で脚が千切れ飛んだためそれ以上、傷を抉られることは無かった。しかし座席に深々と刺さった脚は簡単には抜けず、まだ左半身の感覚も消失しかけていた。

 キクチは運転をAIに任せ、ハンドルから手を離す。そして突き刺さった脚を引き抜こうと引っ張る。しかし抜ける気配が無い。


「…………っくそ。やるしかねえか」


 ナイフを取り出したキクチが。脚が刺さっている部分は肩だが、かなり外側。ナイフで十分に切れる。あくまでも『切ることができる』だけだ。それを実践するのは簡単なことではない。


「――いっ……ああ!――クソクソクソ。あああああ!」


 たかが肩を削る程度のことに時間はかけていられない。一秒ですら惜しいのだ。それなのに簡易型強化服のせいで上手く断ち切ることができない。ぎこぎこと、まるでノコギリのようにナイフを使って断ち切っていく。

 時間としては10秒ほどしかかからなかった。しかし体感では何分にも何時間にも感じられた。見ると、突き刺さったままの脚にはキクチの肉片がぶら下がっていた。

 ただ苦痛の甲斐もあって自由になったキクチは、用意していた得体の回復薬を肩にぶちまけるとすぐに突撃銃を右腕で構え、引き金を引いた。


 だがその直後、耳をつんざくような破裂音が空に響き渡った。空気が震え、空が青白く光る。キクチの顔が強張った。無理もない。電磁機構砲台から三発目が撃ち出されたのだから。

 背後からは爆発音が聞こえない。ただこれは周りの戦闘音、駆動音のせいで聞こえていないだけで、壁か、もしくは都市内部が破壊されているかもしれない。

 だがだからといってキクチが振り返ることは出来ない。今はただ目の前を見ることだけしか出来ない。

 右腕が動くのならば突撃銃を持ち敵を殺し続けるしか道が無い。

 

 すでに運転はAIに任せている。AIは蜘蛛型多脚兵器がいくらぶつかろうが、進路を変えられようが、事前に設定された道をただ全力で突き進む。

 前方に立ちふさがる敵が減り、自らがハンドルを握る必要はほぼ無くなった。キクチは荷台と運転席とをつなぐ小窓から身を乗り出す。そしてレイのいる荷台へと移動した。


「レイ、調子はどうだ」

「いつもと同じだ」


 二人して突撃銃を乱射しながら話し合う。そしてレイはキクチに蜘蛛型多脚兵器を任せる。


「そろそろ俺は本体を叩く。その間、頼む」

「任せろ」


 レイが弾倉を入れ替える。専用弾から『グロウ』討伐用に用意された特殊弾倉へと。

 荒野は暗い。しかしファージスの周りだけが明るく輝いていた。恐らく電磁機構砲台の光や、四肢の間から漏れ出る謎の光のためであろう。そのおかげで狙いがつけやすい。

 加えて、敵の中を突き抜け近づいたおかげで距離も近まり、有効射程距離内に入った。


 レイが引き金を引く。撃ち出された弾丸が僅かに落下しながらファージスの生態的部分へと着弾する。続けて放たれた弾丸は数発が外れながらもほぼすべての弾丸がファージスの体内へとめり込んだ。

 レイは弾倉を入れ替え、再度引き金を引く。何百発と弾丸が放たれ、脚から頭部にかけて体のほぼすべてに着弾していく。しかしいくら撃ったところでファージスの肉体を傷つけることは叶わない。


「キクチ頼むぞ」

「あったりめえだ!」


 正念場だと。周りから襲い掛かる蜘蛛型多脚兵器の駆除をキクチに念押しする。

 そしてGATO-1を荷台へと落とし、荷台に縛りつけて置いてあった擲弾発射器ロケットランチャーを構える。対大型モンスターを想定されて開発され、今回はファージス討伐のためだけに都市防衛任務に関しての必要装備が入っている、武器倉庫から勝手に借りてきている。

 レイが擢弾発射機の引き金に指をかける。そして持ち前の射撃技術と集中力を限界まで高めロケット弾を撃ち出す。動き続ける車両の上からの射撃でも難しいが、それがロケット弾となるとさらに難しくなる。しかしレイは的確に弾道を予測し、ロケット弾をファージスに命中させる。

 ロケット弾がファージスに着弾すると同時に中から燃料が溢れ出す。それらにロケット弾の爆発に伴って出た火が引火する。加えて、レイが先ほど撃ち込んだ特殊弾倉。

 弾倉の中に入っている弾丸は当然、普通ではない。着弾と同時に弾丸の先端が花のように炸裂する。すると中に込められていた火薬と可燃性の飲料が漏れ出す。それらが今、ファージスの体内には何百発と埋め込まれている。

 特殊弾倉に込められた弾丸は対象に深くはめり込まないため、燃料は外に溢れ出し、火薬は皮膚と脂肪との間に留まる。

 そしてロケット弾による着火と共に、弾丸から溢れ出した燃料に火が燃え移る。

 

 体表へとあふれ出た燃料が燃えることにより、体内に残っていた火薬が爆発し、燃え盛る。

 皮膚を外からも中からも焼き尽くす。

 対『グロウ』用にわざわざ買い漁った弾丸だ。


「見ろよ!丸焦げだぜ?」


 荒野に漂う闇を切り裂くようにファージスの体が燃えている。レイが笑いながらキクチに言うと、キクチも笑いながら突撃銃を乱射する。

 レイも再度特殊弾倉を用いて、ファージスを攻撃する。撃ち出された弾丸はファージスに命中すると同時に体内で破裂し、持続性の高い火薬をまき散らす。さらにその火薬に先ほどの炎が引火し、爆発、または燃え広がる。そのため撃ち続けることで延焼が引き起こされ、継続的に燃え続ける。 

 恐らくだが、あのファージスに似たモンスターは高い再生能力を有しているはずだ。どのくらいまでファージスと同じかは分からないが。懸賞首であるファージスには自動再生機構が組み込まれている。脊椎の代わりに存在し、緑の液体が流れている。

 ファージスに似たあのモンスターに再生能力があるかは疑問だが、弾痕が残っていないのを見るに今日強力な再生能力を有しているはずだ。しかし燃え盛る火によって再生したはずの肉体はただれ、損傷し続けるためファージスは再生に多くのエネルギーを使う事となる。

 さらに、異常を察知したファージスが本能から酸性の液体をまき散らして防衛措置を取る。しかしその行動は返って炎を激しく燃焼させてしまう。また、酸性の液体が入っていた袋が破壊されたため、酸についての耐性がなかった他の体組織は自身の酸によって溶ける。

 痛覚があるのかファージスは激しく転げまわる。しかしそうして動いていても炎は消えないし、レオ達が射撃を続けることで延焼する。


 また、背中に搭載された電磁機構砲台も再生のためにエネルギーを使い、加えて燃え盛る火のために撃ち出すことが不可能になった。


「…………」


 だがレイが一つの異変を感じ取った。再生は遅くなっている。しかしそれは燃えながらもある一部分の再生にエネルギーを消費しているからだ。


「キクチ!ファージスを撃て!」


 レイの叫びに、同じくその異変に気が付いていたキクチが頷く。だが、そんな声もむなしく、ファージスを殺しきる前にその部分の再生が済んでしまった。


「――ッチ」


 レイが舌打ちをした。これまで冷静に、事を進めていたレイが初めてその鬱憤をあらわにした。

 手負いの獣ほど危険。それがモンスターであれば尚更。それが強力なモンスターであれば尚更。


(――あいつ)

 

 ファージスの肉体は変形していた。具体的に言うならば全身の皮膚が可燃耐性のある皮膚で覆われていた。加えて、何故か分からないが足が九本ほどに増えていた。

 予想外の出来事には慣れている。だがあくまでも自身が対応できる範疇のこと。ファージスは再生を皮膚に絞っていた。爛れた場所から新しい耐熱性能を有する皮膚を再生する。

 それを繰り返し、火に対しての完全な耐性を獲得した。恐らく、皮膚を再生した今、その内側の脂肪や筋肉も耐熱性を有する脂肪や筋肉へと置き換わっているだろう。

 予想外の出来事。目をそむけたくなるような事実。レイは鬱憤を込めて呟く。


「あいつ、進化しやがった」

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