桧山製物

第156話 桧山製物

 キクチがクルガオカ都市を去ってから数日がった。その間、レイはテイカー活動を休止していた。原因は体調不良によるものだ。頭痛、不快感、色々と症状はあったが、主な不調は右腕の痛みだった。

 ファージスの分体との戦いで『それ』を行使した。西部に来てから『それ』を使ったのはその時が初めてであり、また同時に初めてのこころみをした。一から頭の中で設計図を練り上げ、完成品を作り出した。技術者が見たら顔を真っ赤にして拳を振り上げてもおかしくはないほどに、粗雑で、大雑把、それでいて使用者のことを考えていない構造をしていた。


 ただ、レイにしてみれば最善の選択だ。

 『それ』を使うのはレイだけであり、分体を殺せればそれで良かった。故に出来あがった設計図は隔たりを持ち、酷く不格好だった。一発で壊れてしまっても構わない、使用者が吹き飛んでしまっても構わない。

 異常なほどの火力と不可解なほどに歪な銃身のバランスにその考えが投影されていた。


 しかし代償は高くついた。

 レイが分体を『それ』で撃ち抜いた時、体を衝撃が走った。外部から強い風を受けただとか、そんな程度のことをではない。内臓が揺れ、脳が振られるような衝撃だった。

 一瞬にして意識が遠のく感覚。眼球がひっくり返ったのだと錯覚した。内臓が圧迫され息すらもしているのか、していないのか把握することができなかった。

 右腕を走る激痛。

 目を向けてみると筋繊維が断ち切れたように皮膚を突き破って出て来ていた。血しぶきが飛び散って、皮膚がぺらぺらと風に揺れている。『それ』の残骸は右腕に吸い込まれていくように、しみ込んでいく。


 レイはそれらに目を向け、気色悪さ、痛み、吐き気、頭痛、上げればキリがないほどの症状が出ていた。しかしそれすらも気にならないほどに、分体を殺したことに対する喜びがあった。

 結局のところ、分体をレイだけでは殺せなかった。最後は車両に乗せた爆薬をキクチが爆破して終わらせた。ただその瞬間をレイは見ておらず、そして気が付くと病室にいた。

 目を覚ました時。起き上がった時。体に異常は現れず、レイ自身まったく気にしていなかった。高い治療を受けたということもあり、体は逆に調子が良すぎるぐらいだった。

 

 しかし不調は現れた。時機としてはキクチと食事に行く数日前のことだ。倦怠感、頭痛、右腕の痛みが主な症状。最初こそ問題なく日常生活が出来ていたが、キクチとの食事を終えてから不調が悪化した。

 一番につらい時でまともに動けないほど症状が悪化した。右腕は激痛で動かせず、一日をベットの上で過ごした。痛みのため寝ることは出来ず、脂汗をかきながら耐えることしかできなかった。

 ただ、最近は遺跡探索を再開できそうな程度まで回復してきた。

 思い返せば、退院してから一度も遺跡探索をしていない。何十日とやっていないため感覚の調節から始めなければならないだろう。『クルメガ』の外周部を感覚の調整のために探索し、そこからまた本格的に遺跡探索を始めて行けばいい。

 

 だがまずは強化服の購入をした方が良い。

 そう、簡易型強化服では無く強化服の購入だ。指名依頼の報酬と文体を討伐した際に貰える懸賞金。それとその他諸々の報酬を合わせた金額が4800万スタテル。強化服が1200万スタテルから買えることを考えると、金額面での条件は満たしている。そしてGATO-1も壊れてしまったので、新たな武器も買わなければならないだろう。

 遺跡探索に行くにしても強化服と武器は当然に合った方がいい。まだ体調は悪いものの、強化服は注文してから届くまでに時間を要することをかんがみて今の内に買うのが最善だ。

  

 そう考えたレイは体調の悪さを感じながらもアンドラフォックを目指して歩いた。しかしその際に、レイ宛に電話が掛かって来た。

 アンテラか、キクチか、ハカマダか、それともイナバか。色々と頭の中で思い浮かべながら通信端末の画面を見る。するとそこには見慣れない番号が映っていた。


「…………」


 レイは少し思い悩むが、すぐに電話に出た。すると通話先から男の声が聞こえた。


「レイ様であっているでしょうか」


 やはり知らない声。レイは慎重に言葉を選びながら受け答えを行う。


「まずあんたは誰だ」

「……確かに。自己紹介まだでした。私は桧山ひやま製物せいぶつ、外部補助駆動関連、執行役員のモリタと申します」


 なぜ桧山製物の執行役員がレイに電話を掛けてきたのか。またそもそもなぜ電話番号を知っているのか。様々な思惑が頭の中を巡る。


「…………用件は」

「はい。今回はレイさまにあるご案内をしたくてお電話をかけさせていただきました」

「…………」

「レイさまは以前、桧山製物わたしたちから簡易型強化服H-44をご購入されましたね」

「…………」

「実のところ。H-44の注文はあまりなく、私達も使用者のことが気になっていました。また、部品一つ一つが高いので、分解されて売られることも危惧して、あなたの動向はテイカーフロントのホームページからですが、追っていました」


 H-44は部品の一つ一つが高く、分解されて売るために買われたら堪ったものじゃない。そのため桧山製物はレイを監視していた。監視、とは言いつつもテイカーフロントに表示されるテイカーの個人情報―――テイカーランクや実績など――を見ていた。

 そしてレイの電話番号だが、ジグと取り引きをした際に得たものを使っているのだろう。

 企業が取引の際に渡した情報を使って電話を掛けてくるのは常識的に幾つかの問題を抱えているが、これも仕方のないことだ。バルドラ社にしろ、ハップラー社にしろ、西部で企業から武器を買い個人情報を渡すということはこういう可能性も含めた上での判断だ。


 当然、個人情報を悪用されたりは企業の信頼が落ちるので無いが、レイのようにこうして扱われることは良くあることだ。


「確か、卸した場所はアンドラフォック。ジグさんの店でしたよね」

「……」

「……テイカーフロントにはファージスの分体を討伐したと実績の欄に書かれていました。それもH-44を使って。そこで一つ提案したいことがあるのですが、今度新たに発売する商品のテスターになって頂きたいのですが、どうでしょうか」


 良くある話だ。企業が新しく開発した商品の使い心地や問題点を指摘してもらうためにテイカーを雇うというのは。その際にはホームページに乗っているテイカーランクや実績を見て選ばれる。基本的に、テイカーフロントのホームページに記載されている情報は正確であるため、信頼性に長けているからだ。

 レイも同様に選ばれた、ということだろう。しかし幾つか気になる点がある。


「なんで俺なんだ」

「はい。レイさまを選ばさせていただきましたのは主に金銭面での理由とH-44をお使いいただいて懸賞首を討伐されたことが大きいです」


 モリタの言う金銭面での理由とは恐らく、高ランクのテイカーに依頼する際に発生する料金のことだろう。テイカーランクが上のテイカーほど依頼する際の料金は高くなる。

 レイのようなテイカーランク『25』の者ならばまだ安くすむだろうが、『40』を越えてくるとその時点で上澄みのテイカーであり、依頼料は相応に高くなる。つまり、高ランクテイカーに依頼すると金がかかり過ぎるからレイを選んだ、ということなのだろう。

 そういったことはあまり言わない方がいいのだが、レイの性格をしっているのか、それとも取り繕うのが面倒だったのかは分からないが、モリタは正直に選択理由を離した。

 その選択は正解だ。レイは変に取り繕われることはあまり好きじゃない。加えて、自身の実力ぐらい分かっているので、周りと比べてまだまだだと言われたところで気にはならない。


 また、モリタはレイならばH-44を使用しており桧山製物に対して少しの関心があるのだろうと思い、連絡してきたのだろう。そして懸賞首の討伐。懸賞金こそ安いものの、テイカーランク『24』が持つ実績としては破格だ。実力を裏付ける根拠としては十分。

 恐らく、モリタはレイにこの話をする前に他の役員と話し合って決めたのだろう。実績に割に実力が保証されていて、それでいて高ランクテイカーの依頼料よりも安い。

 条件としては破格だ。

 

 レイの他にもう何人かテスターが選ばれているだろうが、この話が本当ならば美味しい話になるかもしれない。

 レイはそこまで考えて、取り合えず話だけ聞いてみることにした。


「分かった話だけ聞く」

「ありがとうございます」


 するとモリタは話し始めた。

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