第148話 覚悟

「キクチ。双眼鏡をくれ」


 外に見える異物を目で捉えながら言う。キクチはすぐに応答し、揺れによって地面に落ちて仕舞っていた双眼鏡をレイに手渡す。

 双眼鏡を受け取ったレイは倍率を調整し、遠くに見える異物へと目を向ける。


(いや……あれは)


 レイが目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。だが無理もないことだった。

 蛇のような長い胴体に六本の足。頭部はワニのような頭がくっついている。加えて、電車がそのまま動いているような図体の大きさをしていた。背中からは大砲が、いやが生えている。

 見たことがある。最近だ、昨日も今日も見た。


(ファージス……)


 『電磁機構砲台甲二式ファージス』に酷似したモンスターが双眼鏡には映っていた。

 まさか、とも思ったが良く見てみるとその造形がテイカーフロントに提示されていたものとは異なっている。ファージスは機械型と生物型の性質をどちらとも併せ持つ混合型だ。ただ機械型と生物型の性質をきっちり半分半分で発現させているという事ではなく、比重は機械型に傾いていたはずだ。

 しかし双眼鏡に映る個体は生物型に比重が傾いているように見える。確かにファージスは蛇のような長い胴体をしていたが、皮膚の一部が鱗ではなく装甲になっていた。

 加えて、鰐のような頭部は眼球付近が金属板で覆われてもいた。双眼鏡に映るあの個体は全体的に金属的な部分の比率が少なすぎる。だが姿かたちは懸賞首『電磁機構砲台甲二式ファージス』に酷似している。


 ただレイの知っている造形と僅かに違っている。ファージスではないのかもしれない。だが、だとしたら、今、双眼鏡に映るあの個体はなんだ。

 レイが戸惑う。目の前に映る個体が分からない。現状が上手く理解することが出来ない。


 レイが思考を整理するよりも早く、状況は移り変わる。

 ファージスの背中に生えた電磁砲台が黄色く、青白く点滅し始めた。そして点滅の感覚が短くなっていき、光が強くなっていく。


(まずい―――)


 レイが振り向く。


「キクチ!伏せろ!」


 次の瞬間、レイのいた付近が爆発した。大きく揺れ、衝撃が響く。


「おい! 何が起きた!」


 煙が立ち辺りが見えない。そんな中でキクチの声が聞こえた。


「モンスターからの砲撃だ!」

「レーダーには映ってなかったが、そんな遠くからか」

「いや。多分だが電波妨害でレーダーを錯乱させてた。モンスターは確かにレーダーの索敵範囲内にいる」

「はぁ?! 都市防衛のレーダーだぞ。ちょっとやそっとの妨害じゃ誤認させることは出来ないはずだが?!」

「今回は例外的だ!相手はファージスだぞ!」

「ファージス?!んなことねえだろ」

「暫定だ!」


 そこまで話した頃には煙が収まって、周りが見えるようになっていた。

 レイとキクチは互いの姿を確認したが、それよりもまず確認すべきことがあった。

 二人が横を見る。壁に穴が空いていた。崩れ去ったかのように都市を包み込む壁の一部分が完全に破壊されている。崩れ落ちて、夜の空が見えている。もし砲撃の位置が少しでもずれていたら死んでいた。

 その光景を見るだけでレイとキクチにそう思わせるほどの光景が目の前に広がっている。


「おいこれどうなってんだ」


 キクチが戸惑いながら壁に埋め込まれた探査レーダーに視線を送る。するとそこには一体の巨大な点の周りに幾つもの数百にも及ぶ点が映り込んでいた。


「いつの間に」


 先ほどまでは無かった。恐らく、ファージスが自分の存在が露呈したことに勘づいて電波妨害を解いたのだろう。位置を隠す必要が無くなったのならば電波妨害に使う分のエネルギーを電磁機構砲台に回した方が効率的。生物型のモンスターでありながらも思考は機械型モンスターのように合理的。

 厄介な敵だ。こうしたモンスターと相対した時に取れる選択肢は幾つかある。だがその選択肢を取る前に考えなければいけないことがある。逃げれるか、逃げれないかだ。

 今回の場合。電磁機構砲台の再装填にはある程度の時間を要するようだし、単純な距離もかなりある。十分に逃げ切ることができる。レイの場合、都市防衛依頼を受けてはいるものの、任務で対処できる許容量というのを今回は著しく脱している。加えて、先ほどのアナウンスで従業員は逃げてくださいとも通達が入った。

 

 ならば無理に向かう必要はなく、逃げるのが最適解だ。


「キクチ。逃げるぞ」


 レイが振り返って出口へと足を進める。だがキクチは立ち止まったまま備え付けの散弾銃や緊急用の簡易型強化服を着ていた。


「おい。何してんだ」


 この状況でわざわざ散弾銃を持つ必要も、簡易型強化服を着ている時間も無い。キクチの行動はまるで……。

 問いかけに答えないキクチにレイが近づいて肩に手を置く。そして張り詰めるような、低い声で問いただす。


「どこに行くつもりだ」


 その銃を持って逃げるわけではないだろう。その簡易型強化服を着て身の安全を確保しようとしているわけではないのだろう。すぐにでも逃げた方が合理的。レイの判断は正しい。


 だがどこまでも冷徹な合理だけでは人の行動を縛ることは出来ない。キクチがまさにそうだ。キクチの持っていた散弾銃をレイが取り上げる。そして今度は目を見て問いただす。


「どこに行くつもりなんだ」


 キクチはレイの目を見て答える。


「分かってるだろ。ここにはフィリアだって、丸山組織の奴らだっているんだ。そいつらに砲撃があったらどうする」

「当たる可能性は高くないだろ」

「だが少しはあるだろ。俺はその何パーセントかの可能性をないがしろにして仲間を失った。色々と話し合ってけじめつけたんだ。俺はもう昔の俺じゃねえよ」


 馬鹿だとそう思った。だが同時に中部でのことも思い出した。そしてもうキクチは止められないと感覚で理解していた。

 昔、復讐をするため、目的を果たすために、そんな願望を持つ仲間をレイは送った。しかし上手くは行かずに死んだ。レイがあの時のことを悔やまなかったことは一度も無い。脳裏にべったりと残り続ける最悪の記憶、最悪の選択。

 キクチもその記憶に悩まされていたのだろう。

 レイは苦笑する。そしてファージスの元へと向かおうとするキクチの肩を持つ。


「一人で行くのか」


 言葉を聞いたキクチが目を見開いて振り向く。


「お前……まさか」

「テイカーやめて腕が鈍ったおっさん一人に何ができるんだよ」


 肩に置かれたレイの手を振り払い、キクチが逆にレイの肩を掴む。


「俺が、おれのために」

「っは。自惚うぬぼれんな。俺は俺のためにしか動かねえよ」


 レイが落ちていたGATO-1を拾い上げる。


「今が稼ぎ時だろ」


 あのモンスターは恐らくだがファージスでない。全体的に情報よりも小さすぎるためだ。だがファージスであろうとなかろうと、都市にこれだけの被害を与えたモンスターだ。討伐すれば相応の報酬が出る。遺跡や荒野で強力なモンスターを殺すのとはわけが違うのだ。

 あのファージスのようなモンスターは中継都市に被害を与えた。危険性の高いモンスターだ。それを排除すれば懸賞金に似た報酬を貰うことができる。今ならば競合する他のテイカーもいないため報酬を独り占めに出来る。故に稼ぎ時。レイが言うとキクチは瞼を痙攣させる。


「お前が来た、ところで……」

「なんだ。じゃあやっぱ死ぬつもりだったのか」


 レイが来たところで意味が無い、そう言うつもりだったのならばレイがいたとしてもいなかったとしても、自分が死ぬことが確定していたような口ぶりだ。レイの言葉にキクチが頭をあげる。


「そんなつもりだったらやめとけよ。残された方の苦しみを知ってるだろあんたは」


 キクチが膝に手をつく。


「だが……巻き込むわけには」

「さっき言ったろ。俺はあんたのために行くんじゃない。それに俺は絶対に負ける勝負はしねえよ。勝てる可能性があるから挑む、今回も同じだ。あんたは違う理由だろうがな」


 しばらく無言の時間が流れた。しばらく、とは言っても1分にも満たないほどの時間だったと思う。ただ体感では数時間にも感じる長すぎる時間だった。キクチは頭を下げたまま長考をしたうえに一つの結論を出す。

 キクチが頭をあげた時の顔は覚悟が決まっているように見えた。


「分かった。策はあるのか」

「っは。あるぜ。ちょうど『グロウ』用に用意してたとっておきのやつがな」

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