第147話 襲撃

 結局。レイが仕事場所である壁に着いたのは日が落ちて来た頃だった。アンテラからの電話の後、レイはキクチに都市防衛依頼に遅れること、また行けない可能性があることを伝えた。

 キクチは事前にテイカーフロントからレイの今日と明日の事に関しての連絡はすでに貰っていたようで、案外すんなりと承諾してくれた。その後レイはアンテラが指定された建物に行き、『グロウ』討伐についての作戦会議に参加した。参加した、とは言っても簡単な自己紹介と実績、テイカーランクの開示などを行っただけで、作戦の組み立てに口を挟んだわけではない。

 今回の討伐はタイタンが主役であり、作戦の指揮はタイタンが取る。そして当然に部隊の大部分をタイタンの隊員が占めているため、レイが口を挟める状況でも無かった。

 加えて、タイタンの中でも懸賞首討伐に出向けるような者達は組織内でも高い評価を得ている人だけであり、全員が全員、自身のしなければいけないことぐらい把握できている。

 訓練生や、訓練生が戦っているところしか見たことがないレイは今回の討伐な際して小さな不安要素があるように感じていたが、杞憂に終わった。タイタンは巨大な組織だ。当然、その中の実力者ともなると遺跡探索は容易に行うことができ、時には暗殺依頼すら行う。

 それだけ優秀な者達が集まっているのだ。作戦会議はあらゆる事態を想定して何十もの対策が練られ、幾つかのプランが作られた。感情的になることは無く、また時間的猶予が無いながら、変に焦ることもせず、ただひたすらに円滑に話し合いが進められる。その際にレイが作戦会議中に口を挟む時は無かったし、意見を求められることも無かった。

 

 ただ、どれだけ円滑に話し合いが進もうが、かなりの時間がかかる。

 それこそタイタンが組織を挙げて討伐に挑もうとしているのだ。失敗は許されず、入念な準備と対策を講じる必要があった。故に話し合いは長い時間続き、途中で昼食を食べながらも作戦に関する意見や不備を指摘してきしていた。

 大多数の人間が一つの目的に向かって争いも無く、だが慣れ合うわけでは当然に無く、厳しい言葉が飛び交いながらも感情的に返すのではなく建設的な話し合いが行われていた。

 普段、一人で活動しているレイからしてみればかなり新鮮な光景であり、これが組織か、と感心しながら聞いていた。

 

 また、作戦会議にはアンテラの他に訓練生であるクルスが参加していた。他にはマルコも参加していたようだがレイの目の前に現れることは無かった。アンテラから「連れてこようか」とも言われたが、謝ってもらう必要はないし、作戦の前だというのに無駄な心労をかけることになるだろうと、その提案を断った。

 何よりもレイはあの事件のことをすでに済んだことだと思っているし、自己責任だと思っている。わざわざ呼んで謝らせようとは思わないし、そんなことに時間を取られたくもなかった。


 ただこうして作戦会議が終わった今に考えてみると顔ぐらい合わした方が良かったかとそう考えている。というのも、アンテラに連れてこられたということもあり、レイの配置場所はクルスやアンテラがいる部隊だ。当然にマルコもいる。

 その際にマルコに会うのだから、事前に会っておいて話をした方が良かったかもしれない、と今思ったが時すでに遅し。もう壁についてしまった。


 今日はこのまま早朝まで都市防衛依頼をこなし、そのまま『グロウ』討伐を行う。レイは早朝から起きているが一日ぐらい寝なくても問題が無い。中部の頃、スラムで何日も寝れないような日々を過ごしたためだ。睡眠時間が充分に確保できなくとも脳は回転し、体は動く。三日や四日、寝なかったらさすがに支障をきたすが、一日程度ならば問題が無い。

 今日の予定を思い浮かべながらレイが壁の内側に入っていつもの定位置に着く。するとそこにはキクチの姿があった。


「今日はもう上がるんじゃなかったか」


 確か、キクチは今日、早朝から仕事をしているためこの時間には仕事を終えているはずだ。

 なぜここにいるのかとレイが至極当然の疑問を持って訊くと、キクチは鬱憤を吐き出すように、だがレイに対して冗談交じりに答える。


「お前、今日が最後だろ。お前が朝から来てたら今頃上がってたよ」

「……っは。なんだそれ」


 レイも笑って返し、壁に掛かっている折りたたみの椅子を展開し、座る。


「仕事はどのくらい残ってる」

「もうほぼ終わらせてる。B-4の点検とA-2の機関銃修理だけだ」


 そう言いながらキクチも椅子に座り込む。

 そして座り込んだキクチがレイの横に立てかけてあったものを指さす。


「それなんだ」

「強化服だ。言ったろ? 懸賞首討伐に行くって」


 レイは早朝にそのまま懸賞首討伐に行く。H-44より強化服の方が当然に出力が高いため、『酔い』が発生する可能性がある。もし討伐依頼で強化服がまともに使えないようならばいる意味が無い。この夜間の内に使って慣れておくためにこうして持ってきている。

 強化服の使用用途を聞いたキクチが背もたれに体重を預けた。


「いつだ」

「明日の早朝。この仕事が終わったらそのまま行く予定だ」

「……死ぬなよ?」

「当たり前だ」


 レイが軽く笑って返す。

 キクチがレイの心配をしたことなど今まで一度も無い。単に当初は赤の他人だったからということもあるが、過去の事件で仲間を失ったことにより誰かと関係を築くことを躊躇ためらっていたためだ。もう親しい人を失いたくない、そんな考えだ。

 ただここ何日かで心境の変化があり、レイのことを気に掛けていた。加えて、レイが懸賞首討伐に行くのだから自然と自信の身に起きた昔の悲劇を重ねてしまったのだろう。


「懸賞首か……討伐するのは『グロウ』の方か?」

「知ってるのか」

「調べたからな。で、どっちだ」

「グロウであってる。ファージスはタイタンが全力で挑んだとしても殺せるか殺せないかぎりぎりだ。それに悠長に討伐隊を組んでる暇もないからな。今回は『グロウ』を討伐することになってる」

「そうか……生物型モンスターだったか?」

「まあな」


 レイが通信端末の画面をキクチに見せる。画面には『グロウ』の画像が表示されていた。

 蜥蜴とかげのようなモンスターだ。

 写真を見たキクチは渇いた笑いを浮かべる。


「ジャバウォックに似たやつだな」


 レイが首を振ってキクチの顔を見る。キクチは目を閉じて背もたれに体重を預けていた。

 そして何も言う事は無く、キクチの心境の変化を思いながらレイも背もたれに体重を預けた。そうして少しの間、静かな時間が流れた。だがふと、キクチが喋り出す。


「ありがとよ」

「……なんのことだ」


 キクチがわざとらしくため息をく。


「色々とだよ。言葉にではしにくいが、色々とある」


 一息置いてキクチが続ける。


「フィリアがよ。まあ俺が悪いんだけどよ。あいつとはあれからも話し合って色々と決めたんだ」

「…………」

「俺……この仕事を―――」


 直後、爆発音が響いた。地面が揺れ、壁に掛けていた服や物が落下する。立て掛けてあった強化服は倒れ、キクチとレイはすぐに立ち上がる。


「なんだ!」


 キクチが叫ぶ。直後、取り付けられたスピーカーから通達が入る。


『A-2。壊滅状態。敵性生体による砲撃です。壁の破壊に伴ってモンスター侵入の可能性あり。現場管理官であるユービック、ボンドの二名は至急、管制室まで来てください。また、従業員は急いで退避してください』


 キクチもまた現場管理官であるが、すでに上がっている予定であるため呼ばれない。

 そしてレイは壁に空いた穴かから外を見た。スピーカーから聞こえて来た情報では外から攻撃を受けたことになる。レイがそとを見ると、かなり離れたところに小さな異物が見えた、

 かなり小さい。しかしかなり離れているのにその姿かたちがはっきりと見える。暗闇であっても昼と変わらないように視界を確保できるレイだからこそ、あの異物が見えた。

 巨大なモンスターだ。

 レイはすぐに外を見るのを止めて、近くに設置されていた探査レーダーを見た。しかしそこには何も映し出されていない。モンスターの影一つすらない。


(どうなってんだよ)


 状況が上手く飲み込めず、レイが突っ立ったまま固まる。辺り一体は煙が立ち上がり、警報が鳴り響いた。

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