第146話 懸賞首討伐

 レイが中継都市を取り囲む壁へと向かっている。頭の中では常に懸賞首について考えていた。二体の懸賞首。『グロウ』と『電磁機構砲台甲二式ファージス』。二体にはそれぞれ4憶4800万スタテルと12億7400万スタテルの懸賞金がかけられている。『グロウ』の方が『電磁機構砲台甲二式ファージス』よりも8憶スタテルほど低い。

 懸賞金は基本的にその個体が持つ危険性や凶暴性、成長性などを考えてつけられる。また学術的資産が多分に含まれている場合、額がつり上がる。混合型モンスターである『電磁機構砲台甲二式ファージス』は様々な機械的部品を体内に宿し、それを生物的な部分と融合させている。学術的資産は計り知れないだろう。

 加えて単純な脅威度もファージスの方が高い。この値の差は妥当といえる。

 そんな風に色々と頭の中で考えて歩いていたレイに、誰かから電話が来る。通信端末を見てみると知っている名前が表示されていた。レイが通話に出ると少し疲れたような声が聞こえてくる。


『……あ、久しぶり。ちょっと話したいことがあって掛けたんだけど、時間ある?』


 通話相手はアンテラだ。最初はなぜ自分の連絡先を知っているのだと、疑問に思ったが前に嵌められて渡していたことをレイは思い出す。そして現在時刻を確認すると歩きながらに答えた。


『少しならある』

『そう、良かった。知ってる? 懸賞首のこと』

『ああ。メールが来たからな』

『そう。なら話は早いね。タイタンわたしたちは今回の懸賞首討伐に参戦するんだけど、すぐに動かせる人員が少なくてね。君の力を借りたくてこうして連絡したんだけど、どうかな?』


 この時間にアンテラから電話がかかってくる。その時点で懸賞首についてだろうと用件が分かっていた。ただレイに対してどのような要求をしてくるかは分からなかったので聞いてから考えようと、アンテラの話を聞いていたが、幾つかの疑問が湧き上がった。

 レイは少し立ち止まって壁に体重を預けながら素直に疑問点を問う。


『懸賞首は二体いるが、どっちとやるんだ。二体ともってわけじゃないだろ?』

『ああ、そのことね。私達が討つのは『グロウ』ってことに予定ではなってる。まあだけどこれで決定だと思うよ。ファージスの方を殺しきるのには人員が足らないからね。何せ討伐開始は明日の早朝だ。すぐに動ける人員は、タイタンでも用意しづらいからね。それに相手は懸賞首。平均と比べると4憶は安いけど、それでもある程度の質がなきゃすぐに死ぬ。それに足手まといだ』

『……』

『ってことで君に連絡をしたんだけど、どうだい』


 レイが空を一度見上げると答える。


『決断を下す前にいいか?』

『なんだい』

『なんで俺なんだ。いくら人員が足りないといっても、俺の装備じゃ役不足だろ』


 『グロウ』は懸賞首の中では弱い部類に入る。しかしそれでも簡易型強化服とGATO-1で挑める相手じゃない。たとえレイの戦闘技術が要求を満たす基準にあったとしても、装備の基準が達していないのならば呼ぶ必要がない。

 自分が力不足と言いたいわけではない。しかし冷静に考えて今回の懸賞首討伐にレイが参加するのは役不足だ。

 レイが問うと、通信先から笑い声が聞こえた。そして笑い声が収まるとアンテラが喋り出す。


『あまり自分を過小評価しないほうがいいよ。ただそうだね。確かに今の装備じゃ懸賞首には挑めない。だから必要な装備はこちらから支給する』

『…………は?』


 今アンテラはレイに「装備を支給する」とそう言った。当然、支給される装備の性能は懸賞首討伐に挑めるだけのものなのだろう。だとすると、タイタンは赤の他人であるレイに中価格帯の強化服にGATO-5からGATO-6程度の装備を提供するということになる。

 様々な疑問が吹きあがる。レイは困惑しながらも一つずつ疑問を消していく。


『それは壊したら全額弁償か?』

『いや。弁償はしなくても良いよ。支給する装備は……というよりタイタンの人達が使ってる装備は提携している企業から支給。または格安で買ってるから、壊したとしてもそこまでの損害が無いんだよね』


 もしこの話を受けるにしても、懸賞首に挑めるだけの装備の弁償などしたら手元に金が残らない。

 ただアンテラの話では共に懸賞首討伐に挑む仲間全員に支給するような口ぶりだ。しかしその仮定が本当だとすると、タイタン側は今回の懸賞金に見合わないだけのスタテルを作戦に投入していることになる。

 レイが知っている利益を追い求める企業像とは少し違っているため、そこに違和感を覚え、訊く。


『それは討伐に参加する全テイカーに支給するのか?』


 アンテラはすぐに答えた。


『当然。じゃないと『グロウ』が殺せないでしょ。変にケチって逃げられて、商品である隊員は殺されて、って感じじゃ馬鹿馬鹿しすぎるからね。そこら辺、タイタンの上層部はちゃんとしてるよ。なんでそんな質問をしたんだい?』

『いや……それじゃ懸賞金4憶を手に入れたとしても利益が出ないんじゃないかと思ってな』


 基本的に懸賞金というのは全額貰うことが出来ない。あらゆるテイカーが参加し、それらの貢献度から割り出されるためだ。懸賞金は分散され、全額が渡されることはほぼ無い。

 この点、タイタンは組織として行動しているので隊員の働きはすべてタイタンの功績となり、その分が払われる。ただタイタンとは関係の無い野良のテイカーが功績を稼いだりするので、懸賞金4憶4800万スタテルが全額すべてタイタンに支払われる可能性は低い。

 そして、車両や装備などの損害分や弾丸代、人件費などを考えると懸賞金4憶4800万スタテルが全額支払われたとしても利益はほぼ出ない。タイタンがそこまでする理由がレイには理解できなかった。


 アンテラは僅かに考えて、答える。


『タイタンは今回の作戦で実績を買ってるんだよ』

『…………』

『っていうのも。個人のテイカーは実績を『テイカーランク』とかで測ったり、テイカーフロントのホームページで細かいところまで掲載できるからいいけど。企業はその辺、色々と大変なんだよね。野良のテイカーと違って受け身じゃ駄目だし、とくにかく人を呼び寄せなくちゃいけない。だから目を惹くようなインパクトのある実績が欲しいんだよね』

『……』

『たとえ『グロウ』が弱くても、それでも懸賞首を討伐しましたってのは目立つ分かりやすい実績だから、たとえ利益が少なくても挑戦する価値があるよねって話。それにタイタンと提携してる企業側も「ウチの装備で懸賞首を討伐しました!」って宣伝できるから、単純な利益だけじゃ測れないってこと。まあ、テイカーと関わりの深いタイタンならではって感じの儲け方よね』


 タイタンは実績が欲しい。それはテイカーを引き入れやすくするためや、企業の提携を受けやすいようにすうため。そして何よりも競争相手である丸山組合に負けないためにだ。

 今回の件で丸山組合は動かない。つまりはタイタンだけで『グロウ』を倒した名誉を得られる。野良のテイカーもいるかもしれないが、相当の実力者でなければ深刻な負傷すら与えられずに終わり、実績が残せない。もし残したとしても少しだけならば企業として握りつぶすこともできる。

 ただこの際、非合法な手段を取ることはテイカーフロントの管理下にあるため出来ない。出来るのは金銭による実績の買い取りだけだ。

 少なくとも、今回の件でタイタンが得られるものは懸賞金4憶4800万スタテルだけでない。信頼や提携企業からの支援など多岐にわたる。そのため今回の討伐は失敗できない。

 故に多くの資金を投入し、必ず作戦を成功させなければならない。

 最後にアンテラが笑って付け加える。


『まあ、それとタイタンに入ったらこういう装備が支給されるよ、っていう軽い勧誘かな』


 実際に高性能な強化服や武器を使わせて興味を惹く。そしてアンテラのような外部契約のテイカーを増やし、あわよくば内部に引き入れることも今回の目的としてある。


『で、どうだい。今回の件、受けてくれるかい? 急かすようで悪いけど、あまり時間が無いから今ここで返事が欲しいかな』


 レイが僅かに考える。だが決断を下すまで多くの時間を要すことはなかった。


『引き受ける。俺はどうすればいい』


 レイのような野良のテイカーがいるとは言え、急造で作った討伐隊とは違う。タイタンで訓練を積み、連携の取れた隊員たちと共に戦闘を行う。最低限の実力が保証されており、一人が勝手な行動をすることも無いだろう。

 加えてこれだけの資金を投入している。 

 今回の討伐が成功する可能性は高いだろう。どこかで犠牲が出るのは分かり切っているが、それがレイであると確定しているわけではない。


 レイがそう考えて話を引き受けるとアンテラが僅かに声を高くして答えた。


『今から指定する場所に来て。そこで作戦会議と強化服を渡すわ』

『もう用意してるのか』


 懸賞首のホームページに掲載されてから1時間も経っていない。しかし作戦会議や必要な装備まで用意されている。タイタンの組織力にレイは素直に関心した。


『そうよ。何せ作戦開始は明日。残されてる時間はないからね。もう場所は送ったから、どのくらいかかりそう?』

『15分ぐらいだ。ちょっと電話しなくちゃいけない人もいるからこれより遅くなるかもしれない』


 キクチに電話をして遅れることを伝えなくてはいけない。現場を仕切る立場であるキクチには恐らく、テイカーフロントからレイの指名依頼期間の変更や今日と明日の仕事についても知らされているはずだ。

 承諾はしてくれるだろうが、今日が最終日となると少し申し訳ない気持ちもある。


『分かった。作戦監督に伝えとくわね。あ……そうだ。後、レイも誰か良いテイカーとか知ってる? 優秀なら今回の作戦に参加させたいんだけど』


 レイがある人物を思い浮かべる。


『一人知って………ああ…いや。何でもない。俺からは紹介できそうにないな』


 レイが思い浮かべた人物はハカマダだ。しかしハカマダは昨日「嫌な予感がする」と残してクルガオカ都市に帰った。懸賞首やそれに似た脅威の出現を予期していたのならば相当の勘だ。


(確か……戦術的撤退、だったか?)


 ハカマダが言っていたことを思い出して心の中で呟く。そしてレイの返答を聞いたアンテラが答える。


『そう。分かったわ。それじゃよろしくね』

『ああ。こちらこそ』


 そこで通話が切れる。そしてレイは目的の座標へと歩きながらキクチに電話をかけた。

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