第145話 原因の正体
次の日。レイは用件があるとテイカーフロントに呼び出されていた。すでに今日は都市防衛依頼を受けると決まっていたので、急いで進路を変更しテイカーフロントへと向かった。
まだ早朝ということもありテイカーフロントにあまり人がおらず、職員がいるのみだった。レイが事務窓口に並んで用件を伝える。するとすぐに別の部屋へと案内された。
部屋の中にはスーツを着こなした黒髪の女性が座っており、レイはその対面に座るように促される。
レイがソファに座り、一息つくと女性の職員が話をしだす。
「朝、早い時間にお呼びしてしまい申し訳ありません。今回は二つほど用件がありまして、それをお伝えするためにお呼び出しさせていただきました」
都市防衛依頼や救援依頼の連絡は通信端末を用いた電話で行っている。今回のようにテイカーフロントに呼ばれることはあまり無い。恐らく、重要な要件があるために呼び出されたのだろう。
レイはある程度の緊張感を保ちながら職員の話に耳を傾ける。
「単刀直入に、中継都市付近で二体の懸賞首が確認されました」
懸賞首という言葉を聞き、レイは僅かに表用を強張らせる。
「二体もですか」
「はい。一体がタカヤマ
億を超える懸賞金というだけでレイでは倒せないモンスターだ。高ランクテイカーが多数所属する大規模な討伐隊が組織され、それでもなお多数の犠牲を出してなんとか殺しきれるか、殺しきれないかといった具合だ。
レイではどうしようもないモンスター。そしてまだこの情報は公表されていなかったはずだ。何故ここまで呼ばれ、わざわざ先に言われたのか。レイは同時に幾つかの疑問を持った。
それについて尋ねると職員は淡々と答える。
「いえ、これから懸賞首の件で私達も忙しくなりますから、余裕がある内に言っておきたいと思いまして。それと今回の用件は指名依頼期間の短縮と懸賞首討伐の斡旋、その二つとなります。一つ目の説明の途中ですが、二つの説明もしておきましょうか」
そう言って職員は座り直す。
「今回。懸賞首の出現に伴って指名依頼の期間が変更されることになりました。厳密には、今日を入れて三日後を依頼期間終了の日時にしていましたが、明日が終わり次第で指名依頼終了とさせていただきます。だからと言って本来渡されるはずだった報酬が少なくなることは無く、また三日後を予定して使い切るはずだった弾薬についても報告をしてくれたらその分も補完します」
「…………」
「そして明日についてですが、依頼最終日ということもあり特に仕事を任せようとは思っていません。都市防衛依頼も救援依頼もしていただかなくて構いません。当然、したいというならばこちらか手配いたしますので、その時は言っていただけると助かります」
「…………」
職員の説明をレイが頭の中で整理する。
二体の懸賞首が中継都市に向かって進んでいる。それとは別に指名依頼の期間が明日までとなった。この二つの用件は別々のように見えて関係がある。ただこの二つに本当に関係があるのか、一つ知りたい情報がある。
レイは前提として一つだけ聞いておく。
「懸賞首討伐はいつ開始されるんだ。中継都市に向かってきているのならば、すぐにでも始まっておかしくないと思うが」
「今すぐにでも。こちら側が討伐隊を組むことはないので、個人で挑んでも、討伐隊を組んで挑んでもらっても構いません」
「そうか」
恐らく、明日には大規模な討伐隊が幾つか組まれるだろう。中継都市にいるテイカーだけでなくクルガオカ都市やその他のテイカーも出てくるだろう。つまり、懸賞首の討伐に出向くのならば明日しかない。
そして指名依頼の期間が明日に変更された。そして都市防衛依頼や救援依頼などの仕事をレイから取り去った。レイを自由にしたのだ。何でもしていいように。何でもできるように。例えばそう、懸賞首討伐に行くだとかの用事が出来たとしても指名依頼で邪魔をしないように。
恐らく、この期日の変更はレイがもしも懸賞首討伐を引き受けたとしたら、という想定に備えてイナバが場を整えてくれたのだ。討伐に行ってもいいし、行かなくてもいい。そういった選択肢をイナバが事前に用意した。
明日に討伐が開始されるのならばそれはまだ指名依頼の期間中で、弾代や回復薬代はテイカーフロントが負担するため心配はいらない。そして大怪我をしたとしても治療すら負担だ。イナバはレイが『もしもの選択』をした時のため、こうして様々な手配をしてくれた。
同時に最近起きていた変化についても幾つか納得することが出来た。ここ最近、中継都市ではモンスターが増加していた。そして昨日はさらに量と質が共に増えた。恐らく、付近にモンスターが増加したのは懸賞首である『グロウ』と『電磁機構砲台甲二式ファージス』が出現したためだろう。
二体は中継都市へと向かってきている。それに押されるようにして付近一帯のモンスターが中継都市へと逃げて来た。そう推測することが出来る。
(イナバには感謝しないとな)
この指名依頼の目的が本来払われなかった報酬を払うため、であったとしてもここまでレイのことを気遣ってくれるのだからイナバには頭が上がらない。あらゆる事態を想定して、立場に圧倒的な差があるレイであっても手厚い条件を整える。
それは泊るホテルであったり、弾代や回復薬代の補填であったりなど様々だ。イナバはテイカーフロントの支部長として多くの仕事があるだろう。急がしてくて手が回せない場合があるはずだ。その中でレイにまでも気を配るのは恐怖すら感じる。
「この情報はいつ公開ですか?」
「恐らくすでにテイカーフロントのホームページに掲載されているはずですよ。それとメールでも送られているはずです。なので恐らく、今はもう窓口が混んでいますね」
レイの対応をしているため窓口に押し寄せるテイカーをしなくても良い女性は、汗を流しながら対応に追われる同僚の姿を思い浮かべてほっと溜息をつく。そして僅かに気を緩ませたからか職員は思い出したかのように口を開く。
「ああそれと。今日の都市防衛依頼ですが、休んでいただいても構いません。もしもの場合、話し合いなどあるでしょう?」
テイカーフロントの職員というのは稀に恐ろしい顔をする。死地へと出向くテイカーを見送るように、目を細めて笑うのだ。女性は僅かに首を傾げながらレイをその表情で見ていた。
「………いいのか」
「はい。もし必要ならば」
全員が全員、このような表情をするというわけではない。というより少数だ。ただ確実に存在している。スラムのテイカーフロントにも死にに行くテイカーを笑う職員はいた。
碌な装備をしないで布切れのような服を着たスラムの孤児が、整備状態の怪しげな拳銃を持って遺跡へと出向くのを笑って見送っていた。その薄気味悪さ。レイの目の前にいる女性はそこまで
ただ、テイカーフロントの職員という、いつ死ぬかも分からないテイカーを商売相手として接客をしているのだから、おかしくなってしまっても不思議ではない。テイカーというのは一瞬にして死ぬのだ。馴染みのテイカーがある日突然、施設を訪れなくなった。四肢を欠損して稼げなくなり飢え死にした。良くある話だ。
それを間近で見て来た職員たちは精神状態がおかしくなってしまっても仕方が無い。ただこの精神的な異常が先天性のものなのか後天性のもなのかは……。
「ありがとうございます。今日が最終日なのでさすがに行かせてもらいますよ。まだどうなるかは分かりませんけどね。ただ今のところは通常通り行かせてもらいます。この依頼期間中いろいろとありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ楽しませてもらいました」
もはや隠す気などないのかと。レイは目の前の女性を見ながらそう思い、立ち上がる。
「もう行かせてもらいます。用件は他に?」
「ありません。ではロビーまでお送りいたしますね」
そうして職員も立ち上がると、レイは最後の都市防衛依頼を終わらせるために向かった。
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