第142話 ハカマダ

 その後、レイは何事も無く都市防衛依頼を終わらせた。次の日は救援依頼に戻り、またその次の日は都市防衛依頼、またその次の日は救援依頼と、交互に依頼を終わらせていった。

 すでに指名依頼の半分の日程を終わらせている。もう数日か走り抜ければこの生活も終わる。高級なホテルと割高の報酬が貰える依頼。イナバの配慮もあり、不自由の無い生活を送ることが出来た。

 死にかけることもあったが遺跡探索に比べればまだ余裕がある方だ。

 深夜。レイが都市防衛依頼を終わらせて一人で帰っている。この後に特に予定は無く、どこかで軽く夕食を済ませて帰る予定だ。ただホテルに戻る前に車庫に寄らなければならない。明日は巡回依頼と救援依頼をこなすため、バイクと銃とH-44の整備が必要だからだ。

 中継都市ということもあり都市の中心部以外はまだ未開発だ。都市防衛依頼の際には壁の近くをよく歩くため分かっている。またキクチなどと雑談を交わしながらその辺の事情については教えて貰っていた。

 壁を作るということはそれ以上、都市を拡張するのが難しくなる。故に壁の中の土地は跳ね上がり、貿易の拠点という性質上、他の都市と比べても値段が高くなる。加えて少ない土地の権利などを取り合って企業が介入してきているので争いが激化しているそうだ。

 まずは財閥と繋がりのある企業から、その次は権力順に都市を確保する。テイカーフロントの施設はどう考えても必要であるため中継都市の建設と共に建てられた。そして残った土地を企業が奪い合う。

 また、まだ中継都市が完成しておらず性能を発揮していないため様子見をしていたり、モンスターの攻撃を受ける可能性がある、といった理由も加わり、開発が遅れているのだという。

 そんなことを考えながらレイが車庫に向かって歩いていると途中で肩を叩かれ――る前に振り向いて後ろにいた人物を確認する。


「……なんだ、ハカマダか」

「ったく。バレないようにしてたのによ」


 レイの背後にはハカマダがいた。会うのは救援依頼ぶりか、久しぶりに見る顔だ。ハカマダが中継都市ここにいるということは他のテイカーと同様に順依依頼を受けてここにいるのだろう。


「あんたも依頼受けたのか?」

「まあそんなところだ」


 ハカマダが答えるとレイの横に並んで歩き始める。


「今は暇か。昨日ここに来たばっかりでな、美味い飯屋教えてくれよ」


 本来ならば車庫に行ってから夕食を食べる予定だったが、そのぐらいは前後させても構わないだろう。


「前にキクチって人から教えてもらった場所がある。そこに行こう」

「助かる。ここら辺は個人店が少なくてな、チェーン店しかねえ。せっかくここまで来たんだからいつもと違うのを食べようと思ってよ」


 レイがキクチに連れて行った場所へと足を進める。


「依頼を受けてここに来たっていってたか?」


 ハカマダは先ほどテイカーフロントが出している依頼を受けてここに来たと言っていた、だがレイには僅かに引っかかるところがあった。些細な事だ。ただ聞いてみないとすっきりしない。

 ハカマダは困惑気味に返した。


「あ、ああ。そうだが?」

「この依頼を受けたのは報酬が割高だからか?」

「まあな。クルガオカ都市の依頼とは違ってモンスター一体あたりの金額が高いからな。稼ぎだと思ってな」

「そうか……」

「なんだ。何かあるのか?」

「いや。あんた金持ってるだろ。それに遺跡探索で金も稼げる。なのになんでわざわざこの依頼を受けたのか気になってな」


 ハカマダは探査レーダーつきの車両を持っていたりGシリーズであるGARA-1を所有していたりとかなりのスタテルを持っている。レイとハカマダが初めて会った巡回依頼でハカマダは「普段は遺跡探索をしている」と前に言っていた。つまりは遺跡探索だけで十分に飯を食べれるほど、それこそ探査レーダーつきの車両やGARA-1を買えるだけのスタテルを稼いでいることになる。

 巡回依頼に来ていたのはGARA-1の使用感を試すためであり、本来はいないはずの人間であったはずだ。

 中継都市が出している巡回依頼が他の都市の巡回依頼より報酬が高いと言っても、わざわざ中継都市にまで来るほどではない。少なくともレイはそう思っている。もし中継都市に来るようならば遺跡探索をしている方が幾らか楽であり、無駄な労力をかけずに済む。

 それにハカマダはこの巡回依頼を受けたからと言って日頃の遺跡探索よりも稼げるというわけではないだろう。

 だからこそ、ハカマダがここにいる理由が分からなかった。本気で悩んでいるレイの顔を見て、ハカマダが噴き出す。


「くっっは。いやお前。大事なのは金より命だろ」

「…………?」

「確かに。俺は遺跡を探索した方が稼げるよ。この巡回依頼よりもな。じゃあ遺跡探索をする……とはならねえな。お前の考え方は危険を度外視にしてるだろ」


 レイは変わらず頭の上に疑問符を浮かべている。


「だからよ。当然だがよ。巡回依頼は遺跡探索よりも死ぬ可能性が低いんだよ。予想外の状況に会うことも少ない、強力なモンスターと出会う可能性も低い。だがお前はそういった可能性を全く考えないで、より稼げる方しか選んでないだろ。俺はそこまで命知らずじゃねえな。命が大事だ。金よりもな。今回の選択は遺跡探索に伴う『稼ぎ』と『危険』、そして巡回依頼に伴う『稼ぎ』と『危険』を考慮した結果だ。分かったか」


 レイは遺跡探索をする際に発生する危険性をあまり考えずに『どちらが稼げるか』だけを見て判断していた。しかしハカマダは違う。『どちらが稼げるか』ではない。危険や稼ぎ、安定性といった要素から総合的に判断して結論を下している。

 今回の件に関してもハカマダは遺跡探索をする際に発生するコストと巡回依頼で発生するコストを判断していた。遺跡探索は稼げる。だが稼げるとは言ってもモンスターに襲われて殺される。または装備を紛失する可能性が存在している。加えて遺物を持ち帰ってこれない可能性もある。遺跡探索に安定性は無い。しかし巡回依頼は違う。少なくとも死ぬ可能性や装備を失くす可能性が遺跡探索よりも低く、基本報酬やモンスターの討伐によって稼ぎが決まるため安定性がある。

 そして何よりも、ハカマダは自分の命がなによりも大事だ。金はその二の次。

 その前提があってこの決断がある。

 『どちらが稼げるか』だけをみてハカマダの決断に疑問を持ったレイの問いはある意味で的外れなものだった。


「ああ……確かにな。金しか見てなかったか、俺は」


 命を優先するのは当たり前のことだ。常に死と隣り合わせのテイカーだから命の価値を甘く見てしまった―――というわけではないだろう。サラやハカマダ、アンテラのように金と命を天秤にかけて物事を考えられる人物はテイカーに多い。命を軽んじるのはテイカーだから、ではなくレイだから、というのが正しい。


「そうだぜ。金だけ見ててもいずれ失敗する。こういうのはバランスが大事だ。わけえと色々と後先考えず手先の結果を求めちまう。破滅的な生き方してても意味がねえ。テイカーもそうだ。どれだけ長く活動できるか、それに老後。働けなくなった時に生きるための金を貯める。テイカーやってるような奴は馬鹿か頭がイカれてるからな。今良ければそれでいい、って考え方の奴が多すぎる。レイ、もっと命を大切にした方がいいぜ」


 ハカマダの考え方は正しい。稼いで、新しい武器を買って、また稼いで買う。後先を考えない破滅的な生き方だ。レイがハカマダの言っていたことを脳内で色々と考えていると、今度はハカマダがレイに訊いた。


「そういや思ったんだがよ。お前がそんなに命知らずなんだったら、なんでここにいるんだ。俺よりも命を軽んじられるはずだろ。より稼げる遺跡探索を捨てて、なんでここに来たんだ」


 レイは『どちらが稼げるか』を重要視している。その考えに基づくのならばわざわざ中継都市に来る必要は無く、遺跡探索を続けていれば良かった。ハカマダの疑問は的を射ている。確かに、恐らくレイは中継都市の事を知っていたとしても遺跡探索をしていた。

 ここにいるのは金銭以外の理由によるものだ。そしてその理由を話すことは出来ない。


「俺は巡回依頼じゃなく救援依頼で稼ぐつもりだ。ここの救援依頼は巡回依頼と同じようにモンスター一体あたりの金額が高くなる。無事に終えられればかなりの稼ぎになるはずだ。それこそ遺跡探索よりもな」

「はあ? それまじかよ。どのくらい高くなるんだ」

「体感で2から3割ぐらいだな」

「そんなにか?! どうだ、前みたいに俺の車両に乗って一緒にやらねえか」

「いや。俺はもう足があるからな」

「……?いつ買ったんだ」

「借りてるだけだ。この依頼期間中だけな」

「そうか」


 そしてその時にちょうど、キクチに前に連れて行かされた店についた。


「レイ。情報くれた代わりに一品奢ってやるよ」

「いいのか」

「あたりめえよ。恩には恩で返さねえとな」


 二人はそうして、店の中へと入っていった。

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