第141話 嫌な思い出
20時頃。レイとキクチが壁の近くにある飲食店で夕食を食べながら話し合っていた。
「レイ。昼に話してた奴は誰だ」
「タイタンの人間だ。前に一度依頼を一緒にやった」
正確には依頼を共に行ったわけではないのだが、タイタンやアンテラとの関係を正確に説明しようとすると面倒になるので、意図的に
キクチの関心事は別にある。
「タイタンか。生え抜きか?」
アンテラが外部契約だという情報を漏らしても良いものか、レイが一瞬だけ考える。だがちょっと調べれば分かることであるため隠しても意味がないと素直に答える。
「いや。外部契約だって言ってたぞ」
「そうか。どうりで見たことがないはずだ」
「……なんだ。タイタンと関わりでもあるのか?」
「間接的にな。タイタンと直接どうこうってわけじゃない。それに今はもう関係ないしな」
レイが怪訝な顔をして、料理を口に運ぶ。
「回りくどいな。どういう意味だ?」
「っは。俺はお前の一応の上司だぞ」
「今までは一度も指摘してこなかっただろ」
「……それもそうか」
二人はそのあとしばらく無言で皿に盛られた大盛の料理を食べた。だが少しして、誰かがキクチの肩を叩いた。
「久しぶり」
その者はキクチの背後から肩を叩いた。キクチの対面に座るレイには肩を叩いたのが強化服を着た女性であることは分かっていたが、それだけだ。面識は特になく、そしてキクチの肩を叩いたことからも、レイに用があるようには見えない。
そして肩を叩かれると共に振り向いて女性の顔を見たキクチの表情の変化を見れば、何かしらの関係があったのだと分かる。
「フィリア。おま……」
強張ったキクチの表情から何か良くない雰囲気を感じ取ったレイが気配を消す。一方でフィリアと呼ばれた女性は気配を強めた。
「私の名前を呼ぶことよりも、何をしているのかを聞くことよりも。私に、いえ私達に言うことがあったんじゃないの」
「…………」
「今は聞きたくないし別にいいわよ、言わなくても。逃げ出して、今まで何をしていたの? 連絡を切ってこんなところにまで来て」
「……いや」
「いや? 違うでしょ。あの時のことを今でも考えてるんだったらこんなところで、こんなことしてないで、さっさと来て謝ったら? なんで一言も告げずに消えたの。ねえ。一人置いて、自分だけ逃げて。もしあの時のこと後悔してるんだったら、なんで居てくれなかったの。なんで私を置いて行ったの」
キクチの顔色が明らかに悪くなっている。レイは絶対に助け船を出さない。
「あなたがいなくなったあと色々と大変だったんだからね……。部隊の再編制。弔い。やらなくちゃいけないことが山積みで、だけどあなたはすべてを放り出していなくなって。私がどれだけ苦労したのか分かるの?」
分かるはずがない。説明を聞く限りキンカはかなりまずい状況だ。
「別にあなたをここで見つけたからって、今すぐに連絡するってことはしないわよ。だけどあなたがどんな思いで、逃げたのか。私は色々と訊きたいことがあるんですけど。あなたから何か言いたいことはある?」
何を喋ってもダメそうな状況だと傍から見ていても分かる。キクチは苦しい表情をしながら呟く。
「色々と、考えてはいた。あいつらのこと、思い詰めた。責任から逃げたことも、ああ……考えた。だがタイミングが――」
「タイミング……? っ――そんなもの!」
フィリアが拳をテーブルに叩きつける。テーブルは僅かに凹み、軋む音がした。そしてその音で周りは一時的に静かになる。
対面でその様子を見ていたレイがスプーンと食器を当ててわざとらしく音を立て、注意を引く。その音でフィリアの注意はレイへと向けられた。そしてレイはそのぐらいで勘弁してやってくれと、フィリアに目で伝える。
するとフィリアは周りを一度見渡してからレイに頭を下げた。
「ごめんなさい。頭に血が上り過ぎて気が付かなかったわ、邪魔したわね」
フィリアが最後、キクチの肩に手を置いた。一見、普通に手を置いただけだが服に出来た皴で、少し力を入れているのが分かる。そしてフィリアは去り際、キクチにメモ用紙を手渡した。
そして一度、従業員にテーブルを弁償することを伝えると店から出て行った。
「…………」
静かになっていた店内だが、フィリアが去るころにはまた騒がしくなっていた。だがレイが座るテーブルはまるで嵐でも去った後のような暗い雰囲気が支配していた。
ただ当事者ではないレイは案外気楽で、キクチに話しかける。
「さっきタイタンと関係ある、って話してたが、あれか?」
アンテラのことについて話した時にキクチはアンテラと関わりがあるような反応を示していた。どんな関わりがあるのだと、その時に訊いてみたが結局は答えてはくれず、一旦は話が流れた。
しかしタイタンとの関わりがキクチの過去に関係すること、そして過去の知人であろうフィリアの話しぶり。キクチがぼかしたタイタンとの繋がりだが、予想以上に闇が深いのかもしれない。
キクチはため息交じりに答える。
「まあな」
重い一言だ。
レイが訊いても答えてくれそうにない。
だとしたら、少々悪趣味かもしれないが推測するしかない。キクチが前に言っていた「訓練を受けていた」や「テイカーだった」当の発言から、フィリアの言葉。そしてタイタンと間接的に関係があるという情報。
案外すぐに思いついた。直近で名前が出ていたのも影響しているかもしれない。
「……丸山組合か」
キクチが項垂れていた頭を上げ、ぎょっとした表情をレイに向ける。
丸山組合であるのならば「訓練を受けていた」や「テイカーだった」などの発言やフィリアの言葉。そして丸山組合の隊員ならば競い合っている
そして何よりもキクチの反応を見るに正解だったようだ。
「おま、なん……ったく」
キクチが頭を振って、そしてコップ一杯の水を飲み込んだ。
「その推測で合ってる。なんで分かった」
「過去の発言を鑑みれば分かる」
「……ったく。面倒だな。なんだ、俺の過去でも聞きたいのか?」
「いや特に。雰囲気から察するに話したくないものだろ?」
「……いや、まあそうだが。じゃあなんでわざわざ丸山組合って推測したんだ。意味がないだろ」
「ただの好奇心だ。目の前であんなの見せられたら気にもなる」
「悪趣味だな」
「…………否定は、できないか」
レイは自身が悪趣味であると微塵も思っていなかったが、キクチに言われ過去の言動を思い出してみると、もしかしたらそうなのではないかと思った。暴かれたくない過去を勝手に推測し、そして見事的中させた。それでいてそれ以上は踏み込まない。
中途半端で、悪趣味だ。
「すまなかった」
「今更だな」
「……それもそうか」
レイが意識を切り替えて、キクチに訊く。
「じゃあ。丸山組合に属してた、ってことでいいのか」
「まあな。昔、とは言っても数年前まではな。
タイタンもそうだが、訓練生というのは勝手に組織を辞めることが出来ない。そういう契約を交わしている。わざわざ金をかけて育てた商品が「辞めます」の一言でいなくなる。それでは稼げない。当然の措置だ。
そしてキクチが言うにはそれなりの階級に属していたらしい。丸山組合はタイタンと違って隊員に明確な基準を設けていて、訓練生、下級戦闘員、中級戦闘員、上級戦闘員と四つある。
その中でキクチがどの階級に属していたかは分からないが、「逃げて来た」という発言を元に考えるのならば、訓練生であるということも踏まえて勝手に辞めることが出来ない立場だったのだろう。
レイは都市防衛依頼をこなす中でキクチが責任感のある者だと分かっている。そのキクチがあらゆる責任を放棄して逃げた。
「…………」
これでその訳を訊くのは野暮というものだ。
「夜間は何時から開始だ?」
「あ? ああ。21時からだ」
レイが話題を逸らし、キクチも乗る。
まあいつか聞けたらいいかと、そう思いながらレイはキクチと喋りながら飯を食べ進めた。
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