第140話 同業者
遠くから近づいてきたトラックがレイの横で止まる。そして荷台にいたアンテラが運転手に一言告げてから降りてくる。トラックはアンテラが降りるのを確認すると去って行った。
「久しぶりだな」
アンテラがそう言いながらレイに近づく。レイは少し昔の嫌な思い出がフラッシュバックしながら答える。
「久しぶり」
レイが答えるとアンテラは僅かに首を傾げる。
「口調が変わったか?」
「そうか?」
「……まあ気にすることでもないか。その血は」
アンテラがレイについた返り血を指さす。
「あれの返り血だ」
レイが背後にあった巨体のモンスターを指さす。それを見てアンテラに驚きは無い。きっとレイに訊く前から状況だけを見てあらかた予測がついていたのだろう。
「アンテラさんはなんでここに?」
中継都市からの要請が来たのは分かっているが、何となく聞いてみる。返ってきた答えは予想通りのものであり、少し予測とは外れたものだった。
「ああそれはな。中継都市のモンスター増加に伴って対処しきれなくなったからって、クルガオカ都市が出した依頼を引き受けたから……ってのが半分」
「……?」
「もう半分は丸山組合に実績を取られないようにするため、って理由だ」
タイタンと丸山組合。どちらともテイカーを育成し、都市からの依頼や遺物の売却益で稼ぐ企業だ。同種であるため色々と競うことが多く、対立関係にある。
「……確かにな。同じような企業だから競い合ってんのか」
「まあ丸山組合とは同種だからね。私は外部の人間だから分からないけど、結構バチバチらしいよ。優秀なテイカーとか素質のある子どもの取り合いとか。ああ醜い醜い」
アンテラはわざとらしく手を振って嘆く。そして続ける。
「今回の依頼は報酬こそ高いものの夜間の巡回依頼もしなくちゃいけない。最初は
組織に勤めるということはそういうことだ。同種の企業に勝つために人員に無理をさせる。少し違うが、中部で
レイもその話には少し同情して聞いていた。そしてアンテラが言い終わると今度はレイに訊いた。
「レイはなんでここにいるんだ別口の依頼か?」
中継都市での巡回依頼や都市防衛依頼はテイカーフロントのホームページから、もしくは運営する施設で受けることが出来る。通常、一般のテイカーが依頼を引き受けるのはこの二つの方法の内どれかだ。しかしレイは例外的な理由であり、その訳を言うことは出来ない。
イナバとの契約に違約する部分が生じるからだ。
「いや。普通にホームページからだ」
「ふうん。運がいいね。
「……そうなのか」
「……知らないのか? 都市防衛依頼はホームページで受けるにしても施設にいって直接受けるにしても、募集してる人員が少ないから大変なんだ。テイカーの中には専用のプログラム作って、人員に空きが出た瞬間に自動で依頼を引き受けてたりする奴がいるし、それを組織的にやってるところもあるしで、受けるの大変だよ。お前は相当運がよかったな」
レイは都市防衛依頼を受けたことが無く、その知識が無かった。そして例外的な依頼であるため知ることも出来なかった。どこか熱のある説明を聞いたレイが僅かにたじろぎながら答えた。
「そうなのか」
「なあな」
そこで一旦会話が終わり、この後も予定があったのだろうアンテラがレイに別れを告げようとする。だが門の方から一人の少女が歩いてきたため口を閉じた。
少女は小走りでアンテラの元まで来ると、一言挨拶してからレイの方を見た。
「お久しぶりです。クルスと言います」
お久し……。レイが頭を悩ませる。理由は当然、目の前にいるクルスという少女に対して何ら面識が無かったためだ。いや、お久しぶり、といったのを鑑みると面識はあるのだろう。レイが覚えていないだけで。
外見から判断するにクルスはレイよりも少し年下だろう。可愛らしい顔をしている。だが覚えていない。全く持って記憶にない。
「……すまない。俺は覚えてないのだが、どこで会った?」
クルスはわざとらしく頭を掻いて平坦に笑いながら答える。
「あははー。覚えてなくて当然だと思います。あの時は私が見てただけなので。それにそんな余裕が無かったはずですし」
レイが困惑の表情を強める。そして説明を求めるようにアンテラに視線を送った。するとアンテラはため息交じりに、クルスの頭の上に手のひらを置きながら言う。
「救援依頼の時に助けてもらったろ。あの時、車両に乗っていた訓練生の内の一人だ」
救援依頼でタイタンを助けたことは一度のみだ。このクルスという少女はあの時に訓練生の中にいた。ハカマダがアンテラと話し合いをしてレイはサラと雑談していた。
そしてモンスターが来るとそれどころでは無くなり、訓練生に意識を向けている暇は無かった。
故にクルスのことを覚えていないのも仕方が無いこと。そう結論を出したレイがため息を吐く。
「そうか。それで何か用があったのか?」
「あの時は助けていただいてありがとうございます」
クルスが感謝を述べると共に頭を下げる。
「…………」
「…………?」
クルスが頭をあげる。そしてニコニコと笑顔を浮かべながら何も言わない。
「……そ、それだけか?」
レイが困惑気味に返す。クルスは笑顔のまま答えた。
「はい。死ぬところでした。こうして生きていられるのもレイさんのおかげです」
「そ、そうか」
レイが困惑気味にまた返答した。そしてクルスは相変わらずニコニコと笑顔を浮かべている。二人の間に奇妙な間が流れた。レイは助けるを求めるようにアンテラを見た。
アンテラはやれやらといった様子でため息交じりにクルスに訊く。
「あー。そういうやマルコは。あいつ何か言ってなかったか」
「え?……いや。なんか殺されそうだからみたいな、そんなこと言ってた気がします。だから今頃施設に戻ってるんじゃないでしょうか」
「ったく。実力はあるのにゴミみたいなメンタルだな。
タイタンの内部事情に関わることだろう。レイは二人の会話が全く理解できずに思考を止めていた。だがアンテラがレイも関わっていることだからと、説明を始める。
「マルコって奴は、クルスと同様にあの時、車両に乗ってた訓練生だ」
「それがどうかしたのか?」
レイの返答にアンテラとクルスが顔を見合わせる。そしてアンテラ「だから言っただろ」とクルスと言ってレイの方に向き直った。
「マルコはお前が車両から落ちる間接的な原因になった奴だ。お前も覚えてるだろ。私が訓練生に構った一瞬を突かれて、鎖が飛んできたのを。あの時に私が構ったのがマルコだ。まあ直接的には私がすべて悪いんだけどな」
アンテラ、サラ、レイの三人でモンスターを処理していた。互いが互いに協力しあって敵を寄せ付けずに仕留めていた。しかしアンテラがマルコに構ったばかりに一体のモンスターが車両と距離を詰め、レイに鎖を射出し――結局レイの腕に鎖が巻き付いて車外へと引きずり落された。
今回はそのマルコも中継都市の依頼に同行しているようだった。そしてクルスとアンテラの会話を鑑みるに、マルコはその時の失敗でレイに殺されると思っていて、今は施設にいるらしい。
だがレイはマルコという名を全く持って覚えていなかった。そしてやり返そうとは微塵も思っていない。テイカーは自己責任。あの時に引きずり落されたのも自分の責任だと考えるためだ。
「ああ。あいつか」
朧げなながら顔が浮かび上がる。そのぐらいしか覚えていない。
そのぐらいどうでも良かったが、一つだけ気になることがあった。
「ん……? じゃあ今回も前と同じように訓練生のために引き受けたのか? 危なくないか?」
クルスとマルコ。訓練生の名前がこれだけ出ているのならば、今回も前回の巡回依頼と同様に、訓練生に戦闘経験を積ませるために巡回依頼を受けたのではないか、とレイは考えた。
ただそれは危険だ。中継都市で出没するモンスターは量も質も高い。クルガオカ都市の巡回依頼とはわけが違うのだ。今回も前と同じように車両が壊れ、荒野で迷子になったら生きて帰れる可能性は限りなく低い。
その危険性をレイは指摘したが、アンテラは否定する。
「いや。今回は子守りじゃない。前と違って今回は大人もいる。それに訓練生も特に実力が高い奴だけだ。まあ、中継都市ってことでそれなりのメンバーだな。また前みたいに救援だして迷惑かけるのもタイタンとしてはマイナスな印象を与えるだけだからな。さすがに上層部はそこまで馬鹿じゃないってこった」
「そうか」
そうであるのならば心配はいらないとレイが安心する。そしてその時、アンテラの通信端末が鳴る。アンテラは送られてきたメールを見て、レイに別れを告げた。
「呼ばれた。私達はもう戻る」
「ああ」
そして気を見計らったかのようにレイの通信端末もなった。
『おい。女と喋ってねえで早く戻ってこい。そのまま仕事させるぞ』
レイが壁の方を見る。すると壁から突き出た機関銃がレイの方を向いていた。レイは苦笑しながら壁に手を振ってすぐに戻ると伝える。
そして三人は共に門の方まで来ると別れを告げた。
「じゃあなレイ」
「またです。レイさん」
「ああ。じゃあな」
そうして、アンテラとクルスの背中を見送ったレイは壁の中へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます