第139話 出現モンスター

 17時頃。レイは壁の中では無く荒野で活動していた。荒野、とはいっても壁のすぐ近くだ。レイは都市防衛依頼中に壁の中のあらゆる設備を修理しながら、かなりの頻度で訪れるモンスターの襲撃を防いでいた。そして当然ながら、モンスターを倒し続ければ死体が溜まる。機械型ならばまだしも、生物型の死体となると腐敗し異臭を放ち、感染病の元となる可能性がある。

 故に日に二度。朝と午後5頃に一回ずつ死体の処理を行う。ただ荒野での活動ということもあり、壁の中とは違ってモンスターの襲撃を受ければ死ぬ可能性がある。この仕事を行えるのはある程度戦うことができる者達だけだ。

 レイの主な仕事はこの死体回収班の護衛と、死体の回収の手伝いだ。死体回収班は外骨格アーマーを着て作業をしているためモンスターが来てもすぐに殺される心配はない。そして死体回収班は異臭漂う生物型モンスターを、レイは機械型モンスターの処理をそれぞれ担当する。

 壁のふちあたりを移動しながら大型トラックの荷台に死体や部品を放り込んでいく。レイの前方を走るのが生物型モンスターを処理する班。レイ達はその後に残った機械型モンスターの部品を処理する。

 レイが外骨格アーマーを着た作業員と協力しながら死体の処理を行う。するとキクチから連絡が入る。


『西側にモンスター。12体。機械型だ。こちらで対処する』


 この連絡は外骨格アーマーを来た作業員にも聞こえているので、皆が一瞬だけ西側に視線を向ける。だがモンスターに関してはキクチたちが処理してくれるので、そこまで気にする必要がなく、作業員がすぐに作業を開始する。

 もしキクチたちの包囲網を潜り抜けてきたら、そこはレイが対処する。

 だが今のところ何もない。レイは黙々と死体をトラックの荷台に放り投げていく。小さな部品や動力部。前腕や足。体よりも大きな機械部品を持ち上げ、入れていく。そうして黙々と続けていたが、レイは思った。

 やはりこういった仕事は簡易型強化服よりも外骨格アーマーの方がやりやすいと。当たり前だが、外骨格アーマーは大きく力もある。たとえH-44と出力が同じだとしても、物を握ることに特化した腕であるため死体を持ちやすい。一方で簡易型強化服は同等の出力を持っていたとしても、手のひらで持てるもの、握れるものには限度がある。

 そして外骨格アーマーは操縦桿を動かすだけで物を拾うことができるが、簡易型強化服は全身を動かして物を持ち運ばなければならない。肉体的な疲労もある。そういったことを思い、外骨格アーマーがこの仕事には適任だと思った。

 ただ。外骨格アーマーに弱点があるとすれば、それは小回りが効かないことだ。荒野のような開けた空間では良いのかもしれないが、狭い壁の中ではとても使えない。要は適材適所。物には使われるべきところがある。外骨格アーマーは元々、建築用に開発された物であるのを考えると、この帰結は当然のことだ。

 そして外骨格アーマーが建築や物の持ち運びといった事に使われるのならば、簡易型強化服は主に戦闘で使われる。建築でも使われることがあるだろうが、H-44は完全に戦闘用だ。


『レイ。A-5が殺し損ねた個体が壁を沿って向かってる。対処しろ』


 適材適所。H-44はモンスターと戦うために製造され、レイはモンスターを処理するためにここにいる。


『了解』


 南の方向に視線を向ける。かなり大きめの生物型モンスターが二体。今は離れているためまだ小さく見えるが、至近距離にまで近づくと気圧されてしまいそうなほどに巨大だ。壁の高さと見比べて大体の大きさを割り出してみても、予想通りに巨大だ。

 レイがGATO-1を構える前に背後のトラックと外骨格アーマーに目を向ける。レイに送られた通信は従業員全員に伝達されているため、すでに逃げる準備を始めていた。

 外骨格アーマーの足はそこまで早くない。敵の報せが来たのならばすぐに逃げるのは当然のことだろう。

 レイがその様子を確認するとGATO-1を構える。照準器の中には赤茶色の垂れ下がった皮膚と脂肪。下顎から生えた二本の牙。四足歩行のモンスターだ。何ともアンバランスな見た目だが、モンスターとしてはありふれている。

 撃ち出された専用弾がモンスターの眼球に命中する。付近一帯の肉がはじけ飛び、赤い肉が見えるが、脳は見えず、当然に殺しきることは出来なかった。レイは続けて引き金を絞り、弾倉に残っていたすべての専用弾を撃ちきる。何十発と眼球付近に弾丸を食らい続けていたため一部分だけが歪に凹み、肉がめくれ、脳が一部破壊された。

 それまで真っすぐにレイの元まで向かってきていたが、三半規管か、それに代わる部位を破壊されたのだろう。モンスターがふらふらとよろけて壁にぶつかる。壁は僅かに凹むがすぐに修理できるほどだ。そしてモンスターは壁に衝突した反動で頭が荒野の方を向くとそのまま宛も無く走り、やがて力尽きて砂塵を巻き上げながら倒れた。

 だが一方で、もう一体のモンスターが残っている。


(対処を間違ミスったか)


 各個撃破を優先したため、もう一体は機関銃やターレットによる負傷しか残っていない。今から撃ち、殺すにもかなり距離を詰められている。車両に乗っていれば敵が早くとも相対的に近づくのに時間がかかる。しかしここは荒野。最近はバイクに乗りながらの戦闘が多かったため、敵の速さと近づかれるまでの時間を僅かに間違えた。

 今、レイがここで逃げながらに対応すればモンスターを殺すことが出来る。だがそれだと背後にいる作業員の退避が僅かに間に合わない。各個撃破ではなく、まずは二体のモンスターの足を潰し、動きを止めてから殺すのが正解だった。しかしそんなことで反省をしている場合ではない。

 

「…………」


 間違ったのならば挽回すればいい。幸い、今はその憂慮がある。

 レイがGATO-1を構え、発砲する。先に殺した一体と同じように眼球付近に命中した弾丸は眼球と共にその付近の肉を吹き飛ばす。そして今度は残った片目も同じように吹き飛ばす。

 ハウンドドックのようにモンスターは嗅覚に優れている個体が多い。目を潰すのは大きな有利だが、眼球を潰したぐらいでは完封できてことにはならない。レイはすぐに弾倉を入れ替え、再度発砲する。弾倉の半分を使い切り、相手の右前足を潰す。するとモンスターの体は大きく崩れ、体が地面に落ちる。レイは弾倉に残ったすべての弾丸をモンスターの眼球付近にぶち込む。

 弾倉を使い切った頃にはモンスターが至近距離にまで来ていた。

 そしてGATO-1を放り投げて、拳を握り締める。そして全開まで出力を上げると、破壊したモンスターの眼球に拳をめり込ませた。頑丈な皮膚と厚い皮膚が弾丸によってすべて破壊されていたため、レイの拳はモンスターの脳に直接ぶち込まれることになる。

 加えて出力を全開にしたH-44はレイでも使ったことが無く、どれほどの力があるのかが不明だ。しかし拳を叩きつけた瞬間に腕に伝わって来た感触と衝撃。そして頭部をつたい、突き抜けた衝撃がモンスターの顎下から皮膚を突き破って出て行ったのを見れば、その力が把握できる。


 そして荒野に残ったのは頭部を破壊されたモンスターと返り血で僅かに赤く染まったレイだけだ。


(……すごいな)


 レイは僅かに口角を上げていた。ただその理由は無事にモンスターを仕留めきれたから、ではなく全力を出したH-44の出力に満足しているためだった。H-44の性能を考えると無暗に出力を全開にしてはダメだった。それは周りに被害が出るのもあったし、H-44とレイの肉体が力に耐えられずに壊れてしまう可能性があったからだ。

 簡易型強化服には制御機能が付いているが、H-44には無い。全開の出力はH-44だけでなくレイ自身も危険が伴うものであったため、今までたとえ訓練であったとしても使っていなかった。

 今回は土壇場とはいえ使うことが出来た。そして嬉しさと、H-44が思った以上の性能だったこともあり、レイの口角は上がっていた。だが嬉しさだけでなく、少しの疑問もあった。

 H-44の出力を上げたのに体がきしまない。本来ならば筋肉が締め付けられる感覚と共に血液が圧迫される想像が湧いて来る。そして骨に圧力がかかり、そこで痛みを知覚する。しかし今回はそれが無かった。H-44が特殊だから、というのは理由にはならない。

 もしかしたら今は脳内物質が出ているせいで痛みを感じにくい状態なのかもしれない。レイがそう自身を納得させたところでキクチから声がかかる。


『よくやってくれた。そのでけえやつの死体処理が先だ。回収班は先にそっちをやってくれ』


 そして全体会話から個人回線へと切り替え、キクチが続ける。


『頭がいかれてるって話は本当だったみたいだな』

『……そうか』

『っは。まあいい。取り合えず帰って体洗え。その間は別の奴をいかせる』

『分かった』


 体が血で汚れるのには慣れたものだが気分は当然に悪い。もし洗えるのならば洗いたい。レイは即答する。だが一度足を止めて、キクチに訊いた。


『殺し損ねたって言ってたか?』

『……? まあ、そうだな』

『確かにあの巨体じゃターレットと機関銃だけじゃ無理かもな。もっと良い武器を配置しないのか? 次も殺し損ねるぞ』


 レイが今倒したモンスターぐらいは遺跡の中だとそこら中にいる。荒野にはあまり出てこないため個体数が少なく、またその中から中継都市にまでやってくる個体は少ないだろうが、こうして殺し損ねて被害を生む可能性がある。クルガオカ都市やそのほかの都市がこの中継都市の建設に関わっているのならば、七大財閥が良い装備を支給してくれそうなものだ、現状、現場には必要最低限の機能しか有さない装備だけが支給されている。

 七大財閥の中でも特にバルドラ社はありとあらゆる製品を開発している。その中には当然、建設機械やターレット、機関銃なども含まれている。しかし支給されていない。その辺の理由がレイには分からなかった。

 するとキクチはなんてことないことを言うように、笑いながら答える。


『んなもんしらねぇよ。こっちだって知りてぇわ。どうせ資金をネコババでもしてるんだろ』


 かなり鬱憤の溜まっている様子。レイはいらないことを訊いてしまったとそう思いながら答える。


『そうか。悪かった。今も戻る』

『おう。仕事はまだあるからな』

『は。分かってる』


 通話が切れる。そしてレイが門のところまで向かおうとしたところで、視界の隅に黒い物が映った。それは一つのトラックだ。そして荷台に乗る人物を見て、何のトラックなのかすぐに理解した。


(あれは……アンテラ。ああ、そういえばタイタンが来てたんだっけか)

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