第138話 都市防衛依頼
次の日。レイは翌日に早く寝られたこともあって、朝早い時間帯に起きた。早いとはいっても8時頃だ。レイは準備を済ませ、フロントで朝食を貰い、テイカーフロントにまで出向いて指示を貰った。
日中は巡回依頼の人手が足りているということで、レイは都市防衛依頼の方へと配属が変更された。都市防衛依頼は巡回依頼とは違い。巡回依頼が事前に脅威の芽を刈り取る作業だとしたら、都市防衛依頼は摘み切れずに都市にまで来た脅威を排除する作業だ。
ただこの仕事も巡回依頼と同じく、日中はモンスターの数が少なく人も足りているためやることは少ない。
中継都市にはモンスターからの脅威に備えるために壁が作られているが、その構造は中部の物と同じだ。壁の中に人が移動できる空間があり、自動ターレットや機銃が壁から突き出ている。
レイはテイカーフロントからの推薦という形で特別に壁の中の仕事に着かせてもらっていた。
「おい。そこの弾薬を取ってくれ」
壁の中で機関銃の整備をしていたレイに声がかかる。レイは手を止め、言われた通りに10キロはあるであろう箱を男の元まで持っていく。男――キクチは
「おう。ありがとよ」
レイが箱を置いて中の弾倉を手渡す。キクチは感謝を述べると続ける。
「B-3の自動ターレットの調子が悪いそうだ。見てきてくれ。……っと。その前にちょっと箱持ち上げてくれねぇか。弾丸が取りやすいように調節するからよ」
レイはH-44を着ているため力仕事を任されている。外骨格アーマーは大きすぎて壁の中に入らず、簡易型強化服は値段のために支給することが出来ない。そのためレイとその他の数人しか簡易型強化服を身に付けておらず、こういった仕事が主だ。レイが箱を持ちあげ、キクチが機関銃の位置を調節する。その際に男がレイに話しかけた。
「お前テイカーだろ。こんなところにいてもいいのか?」
簡易型強化服とGATO-1と、装備だけ見ればレイがテイカーだと容易に推測することが出来る。そしてレイもそれを否定する必要が無いため、普通に答える。
「多分
レイが箱の位置を調節して、下に板を挟ませる。そして箱から手を離した。
キクチが機関銃の内部機構をドライバーで弄りながら、不満気に呟く。
「ったく。ここは休憩場じゃねえっての。まあ、モンスターと戦うよりははるかに楽だがな」
まるでモンスターと戦ったことがあるような口ぶりだ。レイが気になってキクチに視線を向ける。よく見てみると腕や足、首もとに傷が残っている。
「テイカーだったのか?」
「一時期だけな。死にかけてやめた。俺は正常だからな、向いてなかった」
テイカーに必要なのは正確な状況判断能力と戦闘技術、そして頭のネジが何本か外れていることだ。
テイカーは常に死と隣り合わせ。時には確実に死ぬだろうと確信してしまうような状況に
異常なまでの緊張感と死の恐怖。それほどの危険にさらされれば常人は逃げる。
だがそれほどの危険を知覚しておきながらテイカーを続ける者達も一定数存在する。片腕を失おうと、足を失おうと義手や義足を付けてテイカーを続ける。逆に体の機械化によってさらに強くなることが出来たと、そう前向きに捉える者もいる。それほどまで頭がおかしい。ネジが数本抜け落ちている者しかテイカーを続けることが出来ない。
それか、スラムの生まれでテイカーしか職の選択肢が無い者はどれだけ危険な状況に陥ろうと生きるためにテイカーを続けるしかない。
その二つの内いずれかがテイカーを続ける素質であり絶対条件だ。そしてキクチはそのどちらとも無かった。
キクチは正確な判断が出来る知能を持ち合わせていたし、頭のネジが一本しか外れていなかった。そしてテイカーにならずとも別の職に就き、稼ぐことが出来た。故にテイカーにこだわる必要が無く、こうして別の仕事をしている。
だがキクチは感覚でレイも同じような状況なのではないかと思っていた。
「だがよ。お前も俺と同じじゃないのか?」
レイもキクチと同じように頭のネジが数本も外れているわけではなく、そしてテイカー以外にも稼ぐ選択肢があったのではと、そう推測していた。
「自動ターレットの調整から建設機械の操縦。電子機器に対する知識も専門家並みだ。工学とか建築学とか、その他の学問にも精通してんじゃねぇか。まあテイカーとしての実力も申し分ねえが、無理してテイカーになる必要はなかったんじゃないか? 他の仕事もできただろ」
キクチの推測は当たっている。レイはアカデミーで様々なことについて学んだ。それはあまりにも幅広い。そしてレイはそれらに対して深く理解もしていた。きっと他の仕事に着けだろう。言葉遣いや行動さえ気おつければ執事にも成れたし、どこかの企業に勤めることもできた。
中部では色々と要因が重なって出来なかった。そして西部では身分証に書かれている経歴は貧しいかったが、それでも実力で示せば立山建設に勤める必要も無かった。他の職についてさらに金を稼ぐことが出来た。
だがレイはそうせずにテイカーになった。
その理由を考えてみてもすぐには思いつかない。レイは苦笑しながら答えた。
「俺はあんたと違って正常じゃないからな」
テイカーに必要な素養は二つ。どちらかあればいい。テイカーになるしか選択肢が無い、か頭のネジが数本抜け落ちていることのどちらかだ。
キクチはレイの言葉を聞くと鼻で笑って指示を出した。
「っふは。ったく。早くターレットの調整に行ってこい」
「分かった」
レイが立ち上がる。そしてターレットの修理へ向かおうとしたところで、壁に埋め込まれたランプが青から赤に色を変えた。
そしてその直後、キクチの持っていた通信端末から声が響く。
『機械型モンスターです。数は21。A-4とB-1、B-3から。お願いします』
『分かった。B-1は俺がやる。A-4にはパンテ。B-3はヒグチ。それぞれ4番の回線で伝えてくれ。あいつらがあそこの監督だ』
『分かりました』
ランプの色が赤の時はモンスターが迫ってきていることを示している。キクチが必要事項を伝え終わるとレイの方を見る。
「聞いてた通りモンスターが来た。確かお前はテイカーだったな。その実力見せてもらおうじゃねえか」
キクチがそう言って壁に固定された機関銃の元までレイを促す。
「まあいいが」
レイは一応、都市防衛依頼を受けていることになっている。モンスターの討伐も依頼内容に含まれている。
機関銃には両手側にグリップがあり、そして銃口も二つある。それぞれ、右の引き金を引いたのならば右の銃口から弾丸が放たれ、左ならば左から放たれる。
「もういいのか?」
少し遠くにモンスターが見える。少し離れているが、機関銃の性能を考えるに十分、仕留めきれる位置だ。
「ここから当てるのは難しいぞ? 見栄張ってるわけじゃ、当然ねえよな」
「当たり前だ」
レイが引き金を引く。機関銃は壁に固定されているが、可動域を確保するため固定部分と機関銃との間に回転部品がつけられている。反動を軽減するような機能は無く、そして銃口が二つあるため片方を撃てば反動で片方に来る。両方同時に射撃しようとしても、一気に反動を受けるため銃口が上を向く。
案外当てにくい。
だがレイはH-44を着ているため反動はほぼ気にならず、一発目は外したものの二発目から調節し、モンスターに掠らせた。そして続けて放たれた三発目は完全にモンスターの頭部を捕らえ、破壊した。
「やるなぁ」
隣で見ていたキクチが呟く。それは心の底から感心しているようだった。レイはすぐに遠くから来ていた機械型モンスターを仕留めきる。そしてそれと同時に、キクチの通信端末から声が聞こえた。
『34体追加です』
通信内容はさらにモンスターが来ていることを報せるものだった。
「ったく。最近多いな」
キクチが面倒そうに呟きながらレイに言う。
「代われ」
「ああ」
レイがグリップから手を離す。そして代わりにキクチが握り締めた。そして少し遠くから砂塵を巻き上げて向かってくるモンスターに照準を合わせ、引き金を引いた。撃ち出された弾丸は一発で頭部を破壊し、モンスターを沈黙させる。
レイと違い、H-44が無いため反動をもろに受ける。しかしキクチは最小限の動きで上手く反動を逃している。
「おお。すごいな」
レイが心からの素直に感想を呟いた。するとキクチは当然だと、今まで実力を低く見積もられていたことに腹を立てながらレイに言う。
「――っは。なめんな。これでもテイカーだったんだぞ、それなりに訓練を積んでる」
ただキクチが心の底から腹を立てていたということは無く、感覚としては小言を言っているのに近い。レイもそれが分かっているので気にせずに話を進めた。
「訓練は一人でか?」
「いや。昔、訓練を受けた。もう辞めたがな」
「ああ……訓練か」
何処で訓練を積んだのか、それを訊くのは何処か
「……まあそんなところだ」
軽く会話をしていると、いつの間にかモンスターを殺しきっていた。そして照準器から目を離したキクチがレイに言った。
「よし。もう昼だ。先に飯食いに行ってこい。ここの従業員が使える食堂がある。お前のことは連絡いってるはずだが、もしなんかあった時は俺に連絡しろ」
「助かる」
「俺も腹減った。早めに帰って来いよ」
「分かった」
レイが食堂へと向かう。これで半分。都市防衛依頼はまだ続く。
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