第137話 便利屋

 16時を少し過ぎた時刻にレイが目を覚ました。昨日の夜から今日の朝にかけてあれだけの戦闘をしたというのに疲れは無い。レイ本来の回復能力と、このベットのおかげだろう。

 レイの家にある硬いベットとは違い、このホテルのベットは驚くほど柔らかく、体が沈み込む。だが単に柔らかいだけでなく、しっかりと反発ががある。これほどまでに良いベットで寝たのは初めてであり、普段はそんなこと思わないレイが二度寝をしようと思ってしまったほどだ。

 イナバに感謝しつつレイがベットから降りると、すぐに準備を始める。寝る前にGATO-1とH-44の整備は終わらせているため、バックパックの中に装備を詰め込むだけだ。

 ただ弾倉や回復薬などは部屋に置いていないため、一度車両が置いてある車庫に行かなければならない。特に詰め込む物が無かったレイがすぐに準備を終えると、部屋を出る。

 そして軽快な足取りで階段を降りてロビーの方まで向かう。いつ見ても荘厳な光景だ。金色で塗装されていないはずなのに、電球の明かりと地面の反射でロビー一帯が金色に輝いているように見える。

 ロビーにまで着くと一度カウンターの方へ向かって従業員にカードキーを渡す。その際にレイが一言かけた。


「朝はありがとうございました」

「いえ。何かありましたら何度でもおしゃってください」


 H-44とGATO-1の整備をするまでは良かったが、泥や血で汚れていたためとても部屋で整備することは出来なかった。車庫でするのが正解だったのだろうが、その時のレイはそこまで頭が回っておらず、ホテルについた時に思い至った。疲れてはいたし、車庫に向かうのが面倒だと思ったレイは目の前にいる従業員に、汚しても清掃しやすい空間は無いかと訊いた。

 するとこころよく従業員は答えレイを整備用の部屋に案内した。今日からは一度、車庫に寄って整備するためもうその部屋を使うことはないが、自分の要望に応えてくれた従業員にレイは感謝している。

 高級ホテルであることは踏まえるとこのぐらいの対応は当然なのかもしれないが、慣れていないレイからしてみると新鮮なことだった。

 

 レイが従業員にカードキーを預けると、背を向けてホテルを出ようとする。しかし従業員に呼び止められた。


「レイ様。当ホテルにはフードサービスがございます。必要でしたら、私に言っていただければサンドイッチを用意いたします」


 確か、レイがホテルでチェックインを済ませた際に従業員にそんなことを言われた気がする。今日は車庫に行く途中に何か軽食でも買って、それを夕食にしようと思っていた。

 もしこのホテルが用意してくれるのならば無駄な手間がはぶける。是非ともお願いしたところだ。レイが従業員にその旨を伝えると、従業員はカウンターの下から、すでに袋に包まれたサンドイッチを取り出した。

 まるでレイの反応が分かっていたかのような速さ、準備の良さだ。恐らくレイが今日の朝に帰り、朝食、昼食を食べていないこを察知したため事前に用意していたのだろう。

 レイがテイカーであるということも踏まえて、食事に時間をかけさせないためにサンドイッチは一口サイズに切られている。その上で量が多い。そしてレイが料金を払おうとすると従業員に「サービスですので」と言って止められた。


(こんなことまで無料でいいのか?)


 好待遇、というよりあまりにも丁寧な配慮にレイがたじろぐ。モンスターを前にしても一歩も退くことが無いレイが、思わず上体を後ろにそらした。そしてすぐに体勢を整えると感謝を述べながら袋を受け取った。


「あ、ありがとうございます」

「力になれたのならば幸いです」


 慣れない環境、慣れない配慮に戸惑い、不安になりながら。しかし心地よさと罪悪感を抱えてレイが車庫を目指して、ホテルから出た。

 

 ◆


 空が赤くなり始めた頃。一台の車両が救難信号を出していた。中継都市ということもあり巡回依頼で出会うモンスターの数は他の都市と比べても各段に多い。巡回依頼に慣れている者でも想定していた数を上回り弾倉が足りなくなったり慌てたりと言ったことが良く起こる。

 また運悪く、同乗したテイカーの腕が低ければ窮地に追い込まれることもある。今、救難信号を出している車両もそんなものの内の一つだった。だが、先ほど救難信号を出したばかりだが、すでに救援部隊が来てくれたため最悪の結果にはならずに済んだ。

 救援に来たのはバイクに乗ったレイだ。昨日の経験もあり、バイクに乗りながらの射撃も慣れたものだ。稀に弾を外したり、体勢を崩したりといったことがあるものの、基本的には一発も外さずにモンスターを仕留めている。

 レイが来て1分ほどだが一瞬にして車両を追っていたモンスターは少なくなり、そして荷台に乗っていたテイカーも勝機を取り戻し射撃を開始したため、モンスターはいなくなり、死体の山が築かれた。

 そしてモンスターを倒し終わってからすぐにテイカーフロントから連絡がある。


『救難信号です。座標は送りました』

『……もう終わった』


 テイカーフロントから送られてきた座標は現在レイのいる場所だ。すでにモンスターを倒し終えたことを伝えると、テイカーフロントからは少しの間の後にもう一度連絡が下る。


『新しい救難信号です。座標も新しく登録しました。お願いします』

『分かった』


 レイは今、便利屋のような役割だ。一日目のように決められた経路を巡回し、モンスターを討伐するのではなく、助けが必要な場所に向かい救助者を援護するのが役割だ。

 昨日の一件で複数の救助依頼を解決したことからこの役割を任せられた。当然、敵が多すぎたり、弾薬が足らなくなったりその他の不備が見つかれば救助依頼が来ても無視することが出来る。

 今はまだ夕方であるため救難信号が発せられる回数が少ないが、夜間にもなるとさらに多くなる。モンスターの数も質もさらに上がる。レイの本番は日が沈んだ時間帯からだ。ただ今日は機能のように朝方までやることはなく11時ほどで切り上げる予定だ。

 現在時刻が18時30分。もう空は暗くなっている。ここからの五時間。熾烈が極まるだろう。だが昨日とは違い対策もしてきた。爆発物を多めに用意し、弾倉を詰め込んだ。

 何千というモンスターが来ても処理しきれるほどの装備がある。殺せば殺すだけ、働けば働くだけ金が貰える。


「行くか」

 

 次の救助場所に向けて、レイがバイクを走らせた。


 ◆


 幾つかの救助依頼を終わらせたレイが荒野の真ん中で少しの休憩をしていた。流石のレイといえど一度も休憩することなく戦い続けるのは不可能だ。身と精神を削ればそんな芸当も出来るが、今は無理するような状況ではない。

 バックパックの中に入った水とフロントで貰い、食べて残ったサンドイッチの残りで優雅に休憩する。H-44やGATO-1、髪や顔についた返り血のせいで臭いが、それでも合成肉ではない肉が使われたサンドイッチは上手い。

 レイがそうしてサンドイッチを食べているとテイカーフロントから連絡がある。


『レイさん。今、大丈夫ですか?』

『もう時間か?』


 テイカーフロントには5分から10分ほどの休憩を取ると言って待ってもらっていた。もうそんなに時間が経ったのだとレイが思ったが、どうやら違うようだ。


『いえ。少しお話したことがありまして』

『……なんだ?』

『はい。ここ最近、モンスターの出現数が増加しています。微増ですが、万が一何かがあると大変なので事前に連絡させていただきました』


 中継都市はその性質上、モンスターを集めやすい。そして都市が大きく成ればなるほど、騒音や光で注目を集めるためモンスターが多くなる。そのため時間経過と共にモンスターの数が多くなるのは仕方が無いこと。だが職員が言うには、今までの上昇幅を最近は越えているらしい。


「じゃああれか? 救援信号が多いのはそれが理由か?」

「はい。前までは今の人数でも対応できていたのですが、モンスターの量、質ともに微増しています。こちら側で新たな巡回依頼と報酬の引き上げ、周辺都市のテイカーの呼び込みなどを行っていますが、すぐに来れる人材は少ないため、人手が足りていないのが現状です。あと二日もすれば巡回依頼や救援依頼を受けるテイカーも増えるでしょうが、その間は大変になります。ただ、タイタンや丸山組合などの組織に長期的な派遣依頼を出しているため、恐らく大丈夫です」

「……そうか」

「ですけど。モンスターが微増しているのもまた事実です。こちら側も原因究明に動いていますので、単にモンスターが多く発生し来ているだけ……であればいいのですが、他に理由があった場合、すぐに連絡いたします。また何かありましたら詳細な連絡をしてくれると助かります。それでは失礼します」

「ああ」


 通話が切れる。

 夜間とは言えど救援依頼が多いとレイでも疑問に思っていた。ただ夜間の依頼は初めてであったためそんなものかと納得していたが、やはり理由があったようだ。職員に言われたことを常に念頭に置きながら、さらに気を引き締めるとレイは、通話のついでに送られてきた座標へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る