第136話 簡潔な休憩

 レイが戦闘を終えた時、すでに空は赤くなっていた。血の色か、太陽の色かは定かではないが赤茶色になった地面には夥しい数のモンスターの死体が転がっていた。それまで駆動音を響かせていたバイクが止まり、レイが重い足取りで降りる。


「ふぅーー」


 大きく息を吐いて上体を逸らす。返り血と汗と泥と、一晩中戦い続けた代償としてH-44が今までにないほど汚れていた。あれだけあったGATO-1の弾倉が一つを残して無くなり、バイクの燃料はほぼ無かった。それほどの戦闘を行ってきた。気が付くと空が明るくなり始めているし、あれだけいたモンスターも全滅していた。

 レイは誘引剤や爆薬などを使い救援対象を助けた後、さらにもう数件の救援依頼を受け付けて終えた。倒したモンスターの数は軽く100を上回っている。もしかしたら1000を越えているかもしれない。もしそうだとしたら報酬は過去最高を記録するかもしれない。

 それに今回は回復薬も弾薬もテイカーフロントがすべて負担してくれる。いつもならば報酬から使った分の弾薬や燃料、武器の修理費などを引いて残ったものが手者に残るが、今回はH-44やGATO-1の整備費用以外には引かれず、報酬のほぼすべてが手元に残る。

 またH-44やGATO-1の整備はレイが自分で行う。人件費はかからない。整備キットも前に買った物を利用するだけだから、実質的に金はかからない。何度か死にかける場面こそあったが、結果からしてみれば数件の救援依頼を終え、ほぼ無傷で生還したレイの勝利だろう。


「おい。大丈夫か」


 レイの隣に車両が止まり、荷台に座っていた人物から話しかけられた。レイと同じように救援依頼を行っていたテイカーたちだ。


「少し疲れただけだ。特に怪我はしてない」


 最初の数件の救援依頼はレイ一人で行ったが、途中からの救援依頼はこの車両の者達を行った。特に一緒に行おうと話をしたわけではなく、助け合った方が効率が良いとそう判断したまでだ。

 ただやはり車両の者達を見て思ったのが複数人で巡回依頼や救援依頼を行うのは楽そうだなと思った。運転は別の者に任せ、仲間が荷台で射撃する。レイは今回の救援依頼でバイクを運転しながらモンスターと戦っていたが思いのほか、というより想定していたよりもはるかに大変だった。遠距離攻撃手段を持つ敵を相手にしたのならば自動運転に任せてはいられず、自分でハンドルを操作しなければならない。

 バイクには敵から放たれた弾丸を察知し、搭乗者の動きに合わせながら勝手に避ける、といったような機能が搭載されていない。高性能な物にもなるとあるのかもしれないが、レイが乗っていた物には無かった。

 そのせいで片手で運転、片手でGATO-1とかいう突撃銃を扱うことになる場合も多々あった。敵の撃破スピードが著しく低下するし、被弾はするしで色々と大変だった。

 H-44のおかげでどうにか死なずにいられたが、もし生身であったり防護服を着ているだけであったりしたら、敵の攻撃を耐えられずにバイクから転げ落ちていた。H-44の場合、性能が高いのでモンスターの群れに囲まれても生きていられるだろうが、生身や防護服を着ていたところで対処できるはずがない。

 簡易型強化服を買っておいて良かったと心の底から思えたのは今回の件が始めただ。今回の一件でH-44とGATO-1は汚れ、泥や砂が入っているので今日は感謝の意味も込めて念入りに整備した方が良さそうだ。

 レイが少し休憩してからバイクに乗ろうとすると車両の荷台に乗るテイカーからまた話しかけられる。


「あんたどのくらい中継都市ここにいるんだ」


 中継都市に来ているテイカーはほぼ出稼ぎのような状態だ。他の都市に比べて人手が必要な中継都市は報酬を高めに設定している。そのためより多くのスタテルが欲しいテイカーがこうして来ている。そしてテイカーが来れば宿泊業や飲食店、武器屋関連も盛んになり、建設途中で交通のかなめとして役割を十分に果たせないなか、別の場所で利益を生み出せる。車両に乗る者たちもそんな中の一人だ。

 そしてレイが指名依頼がいつ終わるのか、日程を思い出そうとしたが頭が上手く回らず思い出せない。そのためレイは大体の日数を言っておく。


「多分10日ぐらいだ」

「そうか。俺らはあと3日ぐらいここにいる。なあ、俺らと組まねえか」

「いや。俺は一人でいい」


 車両に乗る者たちを羨ましく思いこそするものの、それはあくまでも戦闘がし易くなる、という理由でしかない。誰かと行動を共にするのも面倒で、報酬を分け合うのも面倒だ。レイの場合、正規の方法で救援依頼を受けているわけではないし、そう言った点でも一人ソロの方がいい。


「そうか。残念だな。まあ死なないようにお互い頑張ろうぜ」

「ああ。じゃあな」


 レイが答えると車両が走り出す。するとモンスターの死体散らばる荒野にレイ一人になった。もう救援依頼は終わり後は休むだけ。レイも中継都市に帰ろうとバイクを走らせようとした。だがそこでホログラムの画面右端に誰かから電話が来ていることを示す報せが届いた。

 宛名を見るとテイカーフロントからだ。周りに誰もいないのを確認したレイが通話に出る。


『こちらテイカーフロントです。レイさんで合っていますか』

『ああ』

『今日の救援依頼お疲れさまでした。すべての報酬を支払うのは指名依頼最終日にまとめてとなります。もしすぐにスタテルが必要なら、来ていただければ払えますが。どういたしますか?』

『大丈夫だ。最終部にまとめで構わない』

『分かりました。今日は宿に休み次第、明日までお休みいただいて構いません。明日の8時頃になったらまたテイカーフロントに来ていただけると助かります。来るのが面倒でしたら通話にて予定をお伝えすることが出来ますが、どういたしますか?』

『いや。夜間は人手が足りないんだろ。今日の17時にまたテイカーフロントに行くよ。あ、もしそっちに決められた予定があるってんなら俺は従うが』

『いえ。手伝ってくれるのでしたら、こちらとしてはありがいのですが。そんな少しの休養で大丈夫ですか? 疲れが出て死なれたり、逆に救援を出されると仕事が増えるだけなんですが』

『もしそうなったら見捨てて貰っても構わない』


 テイカーというのは一日遺跡探索をして二日休むというのが一般的だ。しかしレイは毎日遺跡探索をしている。確かに今も疲れているが寝たら回復する。遺跡探索を毎日こなしてきたおかげで精神的にも肉体的にも強靭になった。中部での逃亡生活も活きている。ちょっとやそっとの疲労で長時間休むことは無い。

 それに西部に来てから最初の頃は視界や脳にもやがかかったように、周りの光景がどこかおぼろげで、頭も良く回らなかった。加えて体も重く、人並み以上には動かせたが中部でのことを考えると身体能力が著しく落ちているのは分かり切っていた。

 だが最近は調。中部にいた頃のように頭が回る。視界はぼやけていない。H-44のせいで分からないが体も良く動くようになっている。傭兵として依頼を受け、アカデミーに通っていた頃と、逃亡生活で特殊部隊と戦闘を繰り広げていたあの頃と、限りなく感覚が近い。

 浅い傷は数時間もすれば回復するし、よほどの疲労で無い限り寝たら回復する。

 恐らく今日も宿に帰り、十分な休養を取れば17時にはまた戦えるようになっているはずだ。人手が足りないのならば自分が手助けをしよう、そんなレイの親切心と、働けば働くだけ割高の報酬が貰えるといった条件が合わさり、レイはそんな提案をした。

 傭兵稼業では裏切られて報酬が無くなることも多かった。逃亡生活では当然に見返りは無い。立山建設の従業員として働いていた時はどれだけ働いたとしても給料は同じだった。テイカーになって遺跡探索をしている時も遺物が得られる日と得られない日で報酬が前後した。

 これらと比べれば、この指名依頼期間中のすべての働きは相応の金に結び付く。それに巡回依頼や救援依頼であれば割高の報酬だ。

 H-44を手に入れた、GATO-1を買った。しかし装備としてはまだまだだ。上を見ればきりがない。そり高価且つ高性能な装備を買うためには無限に金が必要だ。この指名依頼期間中は稼ぎ時だ。

 そう思っての提案。人手が足りないテイカーフロントは当然に許可を出した。


『……分かりました。17時ですね。もし遅れたり、まだ疲れがある場合は遠慮なく言ってください』

『分かった』

『はい。では失礼します』

 

 通話が切れる。そしてレイはいち早く休養するために中継都市へとバイクを走らせた。

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