第129話 脱出

 地震が起きた直後、それまであったひずみが無くなったかのように工場が音をあげて稼働し始めた。ガタンガタンと大きく揺れて、立つのが困難なほど。

 電波障害がレイのいる場所にまで達したのか、情報端末が正常に作動していない。だがそれでもわかる。

 地上を走るモンスターの足音が響いている。そして足音はレイの方へと向かってきている。この地下空間から地上へと抜け出すための出口は一つしか分かっていない。レイはすぐに振り向いて駆け出した。地面を凹ませ、足跡を付けながら全力で逃げる。


 だがすでに地上へと繋がる階段には人型のモンスターで溢れ返っていた。ただ今のレイならば通り抜けられる。GATO-1で付近の敵を一掃すると、扉を潜り、部屋の中に入る。GATO-1、そして体術で部屋の中の敵を一掃すると次の部屋も同様に、人型のモンスターを殺し尽くす。

 ようやく階段にまでたどり着くと、地上から降りてくる人型モンスターが見えた。だがレイにとってそれは関係が無い。H-44の出力を全開に、力任せに突破する。殴りつければ敵は肉片となる。GATO-1で撃てば屍になる。簡単に殺せる敵。数だけが多い。

 階段はそう長くはないためすぐに地上へと出る。とは言っても、あの四角い施設の中だ。四角い、確か白塗りの内装をしていたはずだ。

 しかしレイが地上に出た時に見えた光景は違う。天井、壁、地面。すべてをあの人型のモンスターが覆いつくしていた。

 デジャブ。前にもこんな状況になったことがある。一度ではない。何度もだ。すぐに思いつくのは狭い地下通路でディスガーフと戦闘になり、救援依頼で機械型モンスターと戦った。だが今回は、前と違ってぎりぎりの戦いを演じるつもりはない。今から行われるのは命の取り合いではない。レイが一方的に、敵を殺すだけだ。

 襲い掛かるモンスターに対してレイは慣れた様子で戦う。もう何度もこの状況に瀕し、何度も生還している。今頃、緊張もしないし、危機に陥ることも無い。荒野で機械型モンスターに囲まれた時の方が遥かに危険だった。戦闘の後は疲労で気を失うほどに。

 相手は硬く。関節を破壊しなければ止まらず。それでいて相手からの攻撃は一発で致命傷になり得た。しかし今は違う。H-44の防御力、力。GATO-1の火力。これだけあれば目の前のモンスターなどいくらでも殺せる。

 なにより、人型のモンスターは特段、強力というわけではない。GATO-1の一発で頭部を吹き飛ばすことが出来る。殴りつければ簡単に上半身が吹き飛ぶ。たとえ四方八方から襲い掛かろうと強力な装備を得たレイを相手に、何か出来るはずがない。

 装備が追い付いていないだけで、単純な戦闘技術や判断能力は並みのテイカーを凌駕している。中部での経験。そして西部でテイカーになってからの経験。その盤石な基盤の上に今のレイがいる。

 ちょっとやそっとの予想外でレイを殺すことは出来ない。

 淡々と、GATO-1を使い仕留める。近づこうならば蹴り上げ、殴りつける。一言も発さず、レイは作業のように敵の殲滅を行った。


 ◆


「…………」


 四角い施設の中にはレイだけが立っていた。傷一つなく、敵を殺しきった。本当ならばこの後に遺跡探索を続行したい。

 レイとしてはまだやれる。多少疲れてはいるものの中部にいた時やテイカーに成り始めてからと比較すると全然まだまだだ。まだ探索することが出来る。地下に戻り、施設の探索をすることが出来る。だが、装備が付いていけていない。H-44のバッテリー残量が減ってきている。遺跡から帰る際に戦闘になるのを考慮すると、これ以上減らしてくは無い。そしてGATO-1の弾倉が切れかけている。あと一つと、今、本体に刺さっている使いかけの弾倉だけだ。


(仕方ないか……)


 地下で稼働する工場やその設備など、色々と確認したいことがある。しかし手持ちの装備だけでもう一度地下に行くのはあまりにも危険だ。今は一旦退いて、情報屋とも話し合って色々と決めた方が良い。

 レイがそう判断して歩き出す―――と同時に、二度目の地震が起こる。そして床に亀裂が走った。全身が身震いする。次の瞬間にレイは駆けていた。建物から逃れるために亀裂走る地面を踏みしめて。

 転がるように、勢いを押し殺せないままレイが建物の外に身を投げ出す。

 H-44のおかげで負傷することは当然に無いが、転がりながら勢いを止めるのは簡単ではない。結局、レイは建物の壁にぶつかることで勢いを止めた。そしてすぐに立ち上がると建物の方に目を向ける。


「―――ったく」


 ある意味で予想通り。このまま簡単に終わらせてくれるとは思っていなかった。地震の原因が単なる機械の駆動によるものだとは考えづらい。何かしらが起動した、何かしらが逃げ出した。そんなことだろうと予測していた。だからこそすぐに地下空間から退避した。

 あの四足歩行する人型のモンスターが来るだけならばそう急いではいなかった。しかし何かしらの敵がいることが分かっていたため、レイはすぐに逃げた。

 だが地上にまで逃げたところで結果は変わらなかったようだ。


「でっかいな」


 思わずそう呟いてしまうぐらいには巨大な生物型モンスターだ。まるで怪獣。だがどことなく人のような骨格を感じさせる。二足歩行。両腕は短く、体全体を鱗が覆っている。恐らく、レイという危険因子の登場により危機感を覚えた工場が急増で作り出した生物だ。そこに管理AIがどの程度関わっているかは分からないが、可能性は高いだろう。体長は10メートルほどもある。

 確実にあの生物型モンスターはレイのことを狙っている。

 どう殺すか。あれだけの大きさだ。急所を突かなければ殺せないだろう。だが急所はどこか。生物型モンスターならば脳か心臓か。だが特殊な生体構造をしている生物型モンスターというのも存在している。

 GATO-1の弾倉は使いかけ物一つと使っていない物が一つある。それだけで殺しきれるか。はたして不明なところだ。

 レイは緊張感、そして不安感。だが興奮と言った楽し気な感情を心の内で湧き上がらせながら生物型モンスターと向き合った。そして戦闘を開始する。生物型モンスターが地響きを鳴らしながらレイに近づく。

 その質量のまま、レイを踏みつぶすため足を降ろす。足は巨大だ。もし生身のレイであったのならば逃げ切ることは出来なかっただろう。しかしH-44を装着しているため、難無く回避できた。そしてレイは近距離からモンスターの眼球に向けて発砲する。

 皮膚が硬くとも、脂肪が厚くとも、骨が頑丈であっても、眼球は無防備だ。狙いやすく、破壊しやすい。機械型モンスターが相手では弱点になり得ないが、生物型モンスターならば違う。

 まずは様子見にと、レイが片目に向けて弾倉に残っていた全弾を発砲する。動きながらの射撃ではあったが難無く、眼球に命中させた。血しぶきが飛び散る。やはり、生体的防御機能が搭載されていないようだ。生物型モンスターの中には眼球に対して何らかの生態的防御機能が施されている場合がある。だが目の前にいる生物型モンスターはそうで無かったようだ。

 眼球を潰された生物型モンスターは暴れ、付近一帯を破壊する。レイはもう片方の眼球を潰そうとしたが、瞼を硬く閉じていた。レイの攻撃から身を守るためではない。単に、片目を破壊されたことで連動して両目とも閉じただけだ。

 ただ、こうすると撃ったところで効き目が薄くなる。レイは弾倉を一つしか持たない。無駄な弾丸の消費は避けなければならず、だからと言ってモンスターがまた目を開けるまで待つのも面倒だ。それに何かレイに隠している攻撃手段があるかもしれない。そういった物は使わせずに殺した方が遥かにいい。

 暴れるモンスターの足元に近づく。危険だが、レイならば避けることが出来る。そして足に近づくとアキレス腱に当たる部分に右の拳を叩きこんだ。この生物型モンスターの造形から、人をある程度参考にしているのは分かり切っている。だとしたら人と基本的な構造は同じかもしれない。

 そんな淡い期待を元にアキレス腱を叩き切るために殴りつけた。レイが殴った部分がはじけ飛び、肉が見える。そしてモンスターが痛みでまた暴れる前に、今度は蹴りつける。

 バチッっという音と共に断裂音が響きわたる。次の瞬間にモンスターの咆哮が轟き、地面へと倒れる。レイは倒れ込んだモンスターの上に乗ると足から胴体へと駆け上がり、頭部まで移動する。

 モンスターは暴れるが、レイは左手で眼球付近の肉を掴み、体を固定する。そして片手でGATO-1を構える。今度は至近距離から、まだ生きている眼球に向かって射撃する。

 全弾すべて。肉が飛び散り、眼球を貫いた弾丸が脳にまで達したのだろうモンスターの動きは段々と鈍くなる。弾倉内の弾丸をすべて撃ち終わった時、モンスターはすでに活動を停止していた。


「…………はあ」


 モンスターの返り血で赤く染まった頬を拭いながらレイがモンスターから飛び降りた。

 そして何事も無かったかのように、これ以上何か巻き込まれないように、レイはそそくさと遺跡を後にした。

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