第130話 ドレスコード

 レイが遺跡からクルガオカ都市へと帰って来て次の日の夜。情報屋と連絡を取り、いつもの裏路地とはまた違う、会員制のレストランで待ち合わせをしていた。当然、レイには会員制のレストランに入れるような伝手は無く、予約は情報屋が取った。だが話の内容を考えればそのぐらいの警戒はしておくのが普通のことだ。

 主に中流階層が住む中位区画をしばらく歩き、レイがレストランを目指す。特にドレスコードといったものは無い。レストランの使用目的と客層を考えれば当然のことだ。

 ただ、ドレスコードがあったとして、今のレイにそれを突破できるだけの服があるかと問われれば当然に否だ。もしもあったとしたら、どこかでレンタルするかハカマダに借りでも作っていたかもしれない。 

 下位区画と中位区画の街並みは大きく変わらない。道端を歩いている者も少しだけ小綺麗になっただけで下位区画に居てもおかしくはない人々だ。ただ立ち並ぶビルの景観は凄まじく、落書きは無い。道端に注射器やごみ、人が転がっていることは無い。スラム特有の生臭さも無い。

 意識の違いや心的な余裕がこの違いを生むのか。はたしてその真意は分からないが、少なくとも下位区画が中位区画のようになることは出来ないのだろう。意識やプライド、自尊心といったものが下位区画に住む人と中位区画に住む人とで違いすぎる。

 そうして、レイが周りに歩く人々を観察しながら進んでいると目的のレストランに着いた。

 50階は越えている高層ビルの47階が指定されたレストランになっている。こういった場所には来たことが無く、独特の緊張感にレイが気圧される。緊迫感、間違ったことは許されないという強迫に似た雰囲気をビルのロビーから感じる。モンスターを目の前にした時よりも緊張しているかもしれない。

 一度、通信端末を取り出して情報屋と連絡を取り合う。

 

「…………」


 すでに47階で待っているらしい。レイがエレベーターに乗り込み、47階を目指す。地上から47階までかなりの距離があるはずだが、すぐに到着した。ドアが開くと何やらロビーのような狭い空間が見え、レストランの入り口の付近ではスーツらしき服装の店員がおり、独特の緊張感を味合わせる。本当にここに来てもよかったのかと、そう思ってしまう。モンスターとの戦いには慣れていても高級店には慣れていない。幾つもの死線を潜り抜けたレイでも、慣れないことには緊張してしまう。この雰囲気。まだ殺し合いをしていた方が楽だったかもしれない。

 店員はエレベーターから降りたレイの足元から頭まで死線を送ると爽やかな笑顔を浮かべた。

 良いのか悪いのか分からない。ただエレベーターが開いた時に見えた店員の顔はどこか複雑なものをしていたから、良くない方向に転んだかもしれない。レイはどこか申し訳なさそうに、情報屋が先に待っていることと予約名を伝える。すると店員は爽やかな笑みを浮かべながらレイを案内する。店内はテーブルが幾つ並ぶテーブル席と、壁によって区切られた個室席があり、レイは後者の方に案内された。

 店員によって扉が開かれ中に座っていた情報屋と目が合う。互いに目が合って、どちらとも一瞬だけ硬直した。恐らく、それはどちらとも同じ原因によるものだろう。だが、最初に我を取り戻した情報屋が取り合えずと、レイを呼ぶ。


「レイ。ひとまず入ってくれるかな」

「あ、ああ」


 困惑しながら、レイが個室の中に入る。そしてレイが席に座ると同時に店員が扉を閉めた。

 そして互いが向き合う。しばらくの沈黙の後、て互いが全く同じ瞬間に口を開いた。


「ドレスコードは無かったはずだろ」

「なんでその服装なのかな」


 お互いに相手の服装に関することが一言目だ。

 情報屋はいつもパーカーのような物を着ていて、背丈や幼い顔も相まってどこか子供らしい印象を伺わせる。しかし個室の扉を開けて見えたのはそれなりに高級そうな服装で武装した情報屋の姿だった。一方でレイはいつものラフな格好だ。ただどの飲食店に行くにしても、面倒だったら簡易型強化服を着ていくようなレイがわざわざ普通に服で来た。

 ドレスコードは無い。だがだからと言ってどんな服装でもいいというわけではない。実のところレイはそんな簡単なこと分かっていた。この服装じゃマズイことも薄々分かっていた。しかしこのためだけに服をレンタルするのも、ハカマダに借りを作るのも心底面倒だった。レイが特別めんどくさがり屋というわけではないのだが、最近は遺跡探索以外の事に対して興味が薄れている。いや元々、西部に来てからあらゆる物の対して興味がわかなく、死んだように生きていた。そこにテイカーという自身にあった仕事があったためのめり込んだ。

 今回の件に対して、レイは何一つとして反論する余地が無い。情報屋からの言葉はすべて真摯に受け止める予定だ。

 

「いや。まあ別にいいけどさ。私が服装は自由で良いって言っちゃったし。だってここ選んだの私だし。それに今日の本題はご飯を楽しむことじゃなくて、前の依頼についてでしょ。だから特に気にしてないよ。ただまあ、依頼とか関係なしにもし君がこういった店を利用するのなら、気おつけないとね」

「すまなかった」


 情報屋はそこまで気にしてない。確かに初見こそ驚いたものの、服装が鳴っていないからと言って追い出すような店ではないし、推測できるレイの生い立ちを鑑みればこんな場所に来たことが無いのは分かり切っていた。

 それよりも、今日の本題は前の依頼のことについてだ。

 情報屋はレイからあまり知らされていない。ただ情報端末を受け渡す際に話したいことがあるからと、内容がかなり重要なことだから内密にしたいと、そう聞いてこの場所を予約しただけに過ぎない。

 レイはテイカーになってから日は浅いものの、その戦闘技術と判断能力は優れているものがある。彼が重要な話があるというのならば、相応の対応が必要だ。一体、どんな用件なのだと情報屋が待っていると、レイは「まずはこれを見て欲しい」と言って情報端末をテーブルの上に置いた。


「これって私が貸してたやつだね。これに?」

「ああ。見たら分かる」


 情報屋が情報端末に目を通す。音響探知と熱源探知による敵の識別反応履歴。地図作成履歴と、出来上がった地図の全体像。最初こそ普通の顔でそれらの情報を見ていたが、少し経つと情報屋の顔が曇っていく。

 瞼がピクピクと痙攣し始め、天井を見上げたりといった動作を行う。そしてすべてに目を通す前に情報屋が、情報端末を伏せてテーブルの上に置いた。


「ちょ、ちょっと。なにこれ。勘弁してよ……こんな爆弾、私は知りたくなかったよ……」


 レイに依頼した地図の作成場所。その範囲は伝手からの情報と最近起きた事件や出現するモンスターの種類などの情報から総合的に判断して決めた。ただ当然にその全容が把握できていた訳ではなく、レイに頼んだのも全体像を把握するためだ。

 だがまさか、未だ『稼働している工場』だなんて爆弾が見つかるとは思ってもいなかった。


「えぇ……これ私じゃ捌けないよ。こんな情報、誰に売れって言うの?」

「……まあそこらへんはあるんじゃないか。伝手とか色々と」

「いや、確かに私は情報屋で、色々な伝手があるよ。だけど正直なところ、私よりも伝手ある情報屋なんて探せば出てくるから。そのぐらいの伝手しかないから」

「…………」

「ここに表示されてる情報って稼働してる工場・施設って認識であってるよね」

「ああ」

「こんな情報、誰に売れっていうのさ。確かにすごい価値はあるんだろうけど。というより、私達が想像できないぐらいの規模だよ。そのぐらいヤバい情報だよ。これ」


 稼働している工場。それには値が付けられないほどの価値がある。物品が製造される過程。原材料が運び込まれる過程。それだけで価値がある。旧時代の技術が詰め込まれた結晶だ。それが今も稼働してるのだから、その価値はレイが想像できないほどに高い。

 恐らく、値を聞かされても実感することが出来ないほどの金額だ。加えて、あの工場は中位区画と下位区画の間に存在していた。兵器の工場というのは往々にして遥か地下にあるか遺跡の中心部にある。もし外周部にあったとしても壊れている場合が多い。

 対して、レイが見つけた工場は比較的行きやすい場所にあり、それでいて危険性も低い。

 これでさらに価値が跳ねる。

 この情報を知っているだけ殺される。この情報を知っているだけで誘拐される。そんな具合にはヤバい情報だ。だからこそ、情報屋はこんな情報を知りたくなかった。自身まで危険にさらされるような爆弾のようなものだ。

 情報屋が持つ伝手だけでは抱えきれず、捌き切ることが出来ない。

 それでありながら持っているだけで自らが危険にさらされる爆弾のような情報だ。

 ただ依頼内容から情報端末に記録された情報は必ず、情報屋に渡さなければならず、いずれにしても情報端末の受け渡しが済んだ時点で情報屋はいつか、この爆弾が手元にあることを知ることになる。

 逆に、いつもの裏路地で渡されなくてよかった。きっとさらに取り乱していただろう。

 いっそこの場で情報端末を破壊した方が幸せになれるかもしれない。ただ、情報端末と情報屋の家にある電子機器とが連携しているため、そちらも壊さなければいけなくなる。


「はぁ……知りたくなかったけど、それが契約だからね……。事前に忠告しておいて助かったわ。もしこれでいきなり言われてたら腰抜かしてたかも。まあ知っていても、これをどうするのかって話なんだけど。それこそ大企業とか財閥とかが出張って来てもおかしくはない案件じゃない?」


 中部と西部の力関係は違う。中部では議会連合が頂点に、その傘下の都市や企業がいた。そしてその下に企業があった。だが西部は違う。企業の力が強く、都市の力は弱い。大企業が頂点とし、その下に中小企業や傘下の企業が並ぶ。中でも、特に権力の大きな七つの大企業を七大財閥と呼び。事実上、西部の中で最も権力を持っている。

 七大財閥の中にはレイが使っているGATO-1を製造したバルドラ社が入っている。他にはハップラー社も同様に入っている。またその二社以外の残り五社もバルドラ社やハップラー社と引けを取らないほどの権力を有している。

 たとえ都市の権力者であろうとも、財閥の一声で失脚し、すべてを没収され、殺される。中部で議会連合が絶対的であったのと同じように西部では七大財閥がすべてだ。

 今回の案件は事の大きさから、工場を先に占拠した企業が多大な利益を得ることになる。財閥は一企業に稼働する工場を奪わせることをよしとせず、また財閥内でも争いがあり、権力闘争に勝つために工場を欲して動くだろう。

 この情報は七大財閥が動く案件なのだ。レイと情報屋が一つでも動きを間違ったのならば言葉の通りに首が飛ぶ。


「そうかもな。だが財閥あいつらに一度でも関わったらその後が面倒だろうな」

「まあね。触らぬ神に祟りなし。一度でも関わったのなら地獄まで付き合うぐらいの意気が無いとダメね」


 どうするかと二人して考える。少しの静寂が流れる。その空気は個室の扉がノックされたことで無くなる。前述した工場の件もあるので二人は一瞬、良くない想像が頭をよぎる。この個室は防音設備は完備されているため、今の会話が聞かれた可能性は低い。

 ただ広く深い情報網を持つ財閥なら感づいていてもおかしくはない。そしてこのノックに応答しないわけにはいけないので。テーブルの端に取り付けられたボタンを押し込み入って来ても良いと扉の外の者に伝える。

 扉が開く。

 そこに立っていたのは先ほどレイを案内した従業員だった。

 二人が胸を撫で下ろす。そして従業員は注文を取りに来たようで、二人はそれぞれ注文する。情報端末という爆弾がすぐ近くにあるため、あまり食べる気にはなれず。またここの代金は情報屋が払うため、レイは安い物を選んだ。

 二人が注文をし終わると従業員が気を利かせたのか、レイに言う。


「量を増やすことが出来ますが。どうしたしますか?」


 きっとレイを見てテイカーやそれに準じた者だと思ったのだろう。確かに、テイカーはがさつで教養が無い者が多い。力こそすべての場所だ。外見や節々の行動に見合わないだけの金を持っていることが多い。

 レイの服装。行動。一つ一つを確認して従業員がレイをテイカーだと判断したのだろう。テイカーは大食いが多い。だから量を増やせるのだと、一言告げた。だがレイはそんな気分でもないので断る。

 すると従業員は一度頭を下げて、個室から出た。扉が完全に閉まるのを確認すると情報屋が息を吐きながら呟く。


「ふぅ……なんか緊張するな。まあこの店の店員だから色々な人に会ってんだろうね、レイのこともなんだか分かっていたみたいだし。無駄なことはしないはずだ」


 何かに納得しながら情報屋が頷く。


「それにしても工場か……。テイカーとして良い発見なのかな? もしこれを企業に売れば一切働かないで暮せるよ?」

「いや、やめとくよ。俺がテイカーになったのは安定の為じゃない」

「そういうものか……。色々とテイカーと仕事してきたけど、君は特殊だね。頭がおかしい。というより、情報端末を見る限りまたモンスターに囲まれて、襲われたらしいじゃないか。私が探索しろと、根本原因は私にあるんだけど……なんだろね。運が悪いのかな? こんなもの発見して。よくテイカーとして生きていられたなって感じ。それにしてもテイカーか………?てい………あ」


 何かを思いついたのか情報屋が頭をあげる。


「なんだ。情報を売り捌く伝手でも思いついたのか?」

「いや。………けど良いこと思いついたよ。成功するかは五分ごぶだし、私にとってはかなり損があるけど。それでも七大財閥あいつらとは関わらないでいい選択肢だ」

「…………」


 情報屋しか知らない伝手でもあるのか。レイが頭を悩ませる。すると情報屋が「これは今の段階では君に話せない。だが君を売ることは絶対にしないと約束する」と言って、話の核心的な部分を省いて、話し始めた。

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