第128話 保護プログラム

 背後からの音にレイが振り向く。扉をこじ開け破壊し、人ひとり通れるほどの大きさの扉から我先にと体をねじ込んでレイへと向かってくる四足歩行をする人型のモンスターがいた。

 情報端末を見る限り、敵の数は100を優に超えている。一体一体が強く無くとも数がいればまた別だ。ただ逃げるにしても、この工場を突き進んだところで地上へと繋がる階段が発見できるとは限らない。

 情報端末を見る限り、この近くには無い。さらに地下へと繋がる階段やエレベーターがあるのみだ。逃げたところで追ってくるモンスターと戦闘を繰り広げながら、出口を探すのはかなり難しいことだ。逆に、モンスターを真正面から相手にしようとしてもあの数だ。簡単に無理―――だと今までのレイは考えていただろう。

 しかし今はGATO-1とH-44がある。撤退線を繰り広げる必要は無く、この工場内で目の前から迫りくるモンスターを相手してやればいい。相手は特別協力な訳ではなく、ただ数が多いだけ。レイにはモンスターを簡単に殺せるだけの火力がある。昔のように一体一体、殺すのに手間はかからない。荒野で四方八方を囲まれたならば分からない。しかしここは工場内。敵が来る場所はある程度分かっている。

 レイは立ち止まりGATO-1と構え、発砲する。そして引き金を絞り続ける。撃ち出された無数の弾丸は正確にモンスターの頭部に直撃した。弾丸は貫通し、背後にいたモンスターまでも吹き飛ばす。たった一発の弾丸で二体を即死させ、一体に重傷を浴びせる。それほどの威力を持つ弾丸が何十発と一気に放たれる。扉付近で我先にと体をねじ込んでいたモンスター達は一瞬にして肉片へと成り果て、背後でつっかえていたモンスターも例外なく餌食になる。

 弾倉の交換には一秒とかからない。拡張弾倉を用い、より多くの弾丸を発砲する。敵の数は膨大。しかしすべてを処理するのに十分な火力を今のレイは持っている。

 H-44による筋力強化によりGATO-1の取り回しはしやすくなっている。ただ、出力を間違えばGATO-1は破壊される。今のレイはほぼ完全にH-44を制御できるためその心配はない。しかし万が一ということもあるので、レイは細心の注意を払いながら敵を殲滅していく。

 その際、工場の入口が手前の一つだけでないことは分かり切っていて、なおかつここが生物兵器の工場ということもあり、発砲音を聞きつけた人型のモンスターがレイの背後から忍び寄っていた。

 扉の方に向けてひたすらに射撃を繰り返すレイに背後から近づく。音を立てず、地面を這うように接近する。レイとの距離が肉薄し、すぐ傍。モンスターがレイに飛び掛かる。だがその瞬間にレイが振り返ると同時にモンスターを蹴った。H-44の出力の半分ほど、全力での蹴りでは無かったが、モンスターと脚が接触した瞬間に頭部が吹き飛び、上半身が抉れた。

 発砲音。モンスターの鳴き声。機械の壊れる音。様々な騒音で後ろから来ていたモンスターに気が付くことは不可能に近い。そしてモンスター自身も奇襲を仕掛けるため隠密行動に徹していた。しかしレイは気が付き、飛び掛かる瞬間に振り向いて蹴った。

 今日の遺跡探索では情報端末に頼り切っていたために敵の奇襲に気がつけず、工場内まで入って行ってしまった。しかし今は情報端末に目を向ける必要が無く、また全幅の信頼を置いているわけではない。従来のように、状況証拠からの判断と推測。敵の行動の分析。地形の把握。考えられる幾つかの最悪の想定などの情報から総合的に分析し、正確な判断を行う。といったいつもの戦い方に戻っている。

 嗅覚や聴覚、視力といったものは研ぎ澄まされ、勘という不確かなものであるが同時に確かなものでもある感覚にも留意し、敵を処理する。故に背後から敵が来る可能性を考慮し、意識を背後にもいていた。

 敵の奇襲には難無く気が付くことができ、必要最低限の労力で処理する。

 レイはその死体すら見ずに、扉の方から接近するモンスターに向き直り、射撃を開始した。


 ◆


 地下で鳴り響いていた銃声が止む。残っているのは地面を埋めつくほどのモンスターの死体と、返り血だけで無傷のレイの姿だった。レイは残りの弾倉を確認しながら工場内を歩く。すぐに外に出てもいい。今までならそうしていただろう。しかし今はある程度の危機に対処できるだけの力がある。

 未だ稼働していた工場だ。当然にテイカーは訪れていないだろう。そしてまた多くの遺物が残っている可能性が高い。

 テイカーであるのならば遺跡探索をしないわけがない。レイが工場内を歩き回る。様々な部品や血肉が転がり、付着し。幾つかの装置が壊れかけている。先の戦闘で壊れたのか培養ポットらしき物が割れ、中から粘度の高い緑の液体が溢れ出していた。

 様々なものに目を向け、中でも高い値が付きそうなものだけを選んでバックパックの中に詰めていく。レイと情報端末共に、敵の姿は確認できない。順調に遺跡探索を進める。その中でこの工場の実態の、その一端を知ることが出来た。やはり生物兵器の製造工場で間違いないようだ。そしてあの人型のモンスターもここで生み出されたに違いない。

 培養ポットの中に浮かぶ肉片が、地面に転がるすでに動かなくなった警備ロボットが。それらを証明している。レイがしばらく探索を進めた時、バックパックが満杯になった。

 一旦、中を整理するためレイが近くにあった机の上にバックパックを置く。すると駆動音が響き、机の背後からパネルが飛び出してきた。レイは驚くと同時にバックパックから手を離しGATO-1を握り締めた。

 そして警戒を強めたが、起きた変化はそれだけ。特に警備ロボットが出現するようなことは無かった。そしてレイは自身の不注意を反省しながら机に近づいた。

 その中でふと、飛び出して来たパネルが目に入った。それだけが異常なまでに状態が綺麗だ。埃一つ被らず、当然に損傷は見られない。少し大きいぐらいの、そんな一つのパネル。

 レイが近づくとそのパネルは

 パネルが点く。薄暗い空間に画面の光が淡く照らす。レイはGATO-1を握り締めたまま固まる。そしてそれまでただ光っていた画面に一つの映像が表示される。それは女性の顔。上半身だけが映し出されていた。服は着ていない。そして顔は人間らしいが、恐らく違う。

 画面に映る女性が僅かに頭を振って、そしてレイと目が合った。

 表情は変わらない。だがそのまま、何事も無いかのように女性は口を開いた。


「……管理AI。番号3422。視認。敗北。……検閲中。情報算出……彼女は生存中。失敗、確認」


 何を話しているのか分からない。だが不要な動きを一度でもすれば死ぬ。確かな確信があった。


「……あなた」


 女性がレイの目を真っすぐに見て語り掛ける。レイは最初、自身に言われているのかそれとも別の者に言っているのか分からなかったが、女性がもう一度「あなた」と問いかけたことで自身に言われているのだと気が付いた。


「……な、なんだ」


 女性は応答は酷く遅い。


「右腕。こちらの物ですね。座標、B44448」

「な、なにを言ってんだ」

「あなた。たちは関係ない。だが私。たちが考慮、した。だが。こうなってしまった、ことを申し訳、なく思う。まだ続いているか?」

「……続いて……?」

「情報の不足を確認。共通認識?」

「…………」

「検索中………否。あなた。たちは知らない。君たちは………いや完了している。破滅は無し。二の前にはならない。ただ一つ。備えなければ。統括管理人格は理解している。その右腕が証拠。だが。足らない。何を考えている? 通信……拒否。権限の不足を確認。すでに切り離されているようだ」


 画面にノイズが走る。


「3422は活動を終了する。最後に一つ。彼女は、エレ――――っ―――ノ」


 音声にもノイズが入る。


「―――妨害――――気づ――――管理―――人格―――き、つつつつつつつつ―――」


 直後。パネルが爆発した。

 

「……な、なんだ。俺は今」


 何を言っているのか、何が起きたのか、一度に色々なことが起こり過ぎてレイの脳がパンクする。しかしそんな状況は気にせず状況は変化する。

 工場全体が揺れる。天井に溜まっていた埃が降り注ぎ、固定の甘くなっていた部品が降り注ぐ。エンジンが回る音が響きわたる。まるでそれは獣の咆哮のような音だった。


「おいおい。何が起きたんだよ」


 その場に立ちすくむレイが、周りを見ながら困惑を隠すように言った。

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