第127話 製造工場
レイが階段を下っている。情報端末に映し出された地下の地図を見るに、階段はあまり長くない。すぐに地下空間へとたどり着くはずだ。レイが10秒ほど階段を下ったところで薄暗い空間が見えてくる。音は聞こえず、敵の姿も今のところ確認できない。
地下空間へとレイが降り立つ。そこは部屋だった。書斎のような場所だ。机と棚と、ただ、机の上に置かれていたであろう書類は地面に散らばっている。棚に敷き詰められていたであろう本は破損してその一部しか見ることが出来ない。
地面に落ちていた書類を拾い上げる。白紙だ。何も書かれていない。そして書かれていたとしても、触れただけで崩れてしまうほどに腐食しているのならば文字を確認することは難しかっただろう。
「…………」
部屋を隅々まで確認したレイが扉を潜り、次の場所へと移動する。
同じような部屋だ。机に棚、床に書類や本が散らばっている。めぼしい遺物は無く、探索すべき場所も特に無い。レイは次の部屋へと移る。だが重く硬い扉は簡単に開かず、僅かに開いたと思ったら機械の駆動音が耳をつんざいた。
レイは悪寒を感じ、扉を閉めようとするが扉は勝手に開く。そして見えてきたのはそれまでの光景とは全く別の光景だった。
(これは……なんだ)
今も稼働している工場のような何か、それがレイには見えていた。ポンプのような物がせわしなく上下に動き、蒸気が立っている。部屋は広い。というよりその機械と一体化していた。全容が確認できないほどに複雑且つ巨大。見てはいけない場所、入ってはいけない場所。本能的にそう思わせる。だが同時に好奇心が掻き立てられるのも事実だ。
レイは一瞬、思考が停止し目の前の光景を見入る。
だがすぐに我を取り戻すと冷静に状況の分析を始めた。
目の前にあるは未だ稼働している旧時代の工場だ。何を作っているのか、何をしているのか、何のためにあるのか、それは全くの不明であるが、稼働している工場というのは莫大な価値を持つ。
現代では再現不可能な技術で稼働し、部品の一つ一つも埒外なほどの値が付く。それほどまでに稼働する工場は価値がある。それが今、レイの目の前にある。この情報だけで一生、飯が食べれるほどだ。
だが同時に幾つかの疑念が浮かび上がる。
ここが今も稼働する工場だというのならば上手く地図をマッピングできなかったのにも納得ができる。だがなぜ、施設内に入った時に突然、地図が作成できるようになったのか。そして工場に搭載された電子的な妨害措置はマッピングに関してのものだけだったのか。
恐らく違う。
(嵌められた……のか)
先ほどまでは機能していなかった情報端末が施設の中に入った途端に機能し始めた。まるで地下に来いとでもいうように。だがこれは電波障害の効果範囲が、工場の近くだけ無かったのだとしたら十分に納得できる出来事だ。もしその仮定が合っていたのだとすると今、情報端末は正常に稼働していることになる。地上にいた時よりも、さらに正確に動いているはずだ。
「座標がずれてる」
現在位置が今までいた場所から変化していた。つまりは情報屋に指定された探索領域一帯が電子端末を狂わせていたということ。そして今、レイの持つ情報端末が正常に稼働した。つまりは、今まで見ていた情報端末の画面はすべてノイズが走った後のような、改竄が加えられた後のような、そんな不確かなものだった。
そしてレイは今回の探索で情報端末に頼りきりだった。モンスターの索敵を情報端末に任せ、自身は地図の作成に集中していた。情報端末ばかり見て、見ていたからいつもならば気が付けるような些細な変化に気が付くことが出来なかった。
情報端末が映し出している情報はすべて電波障害によってノイズが走った後であったのに、完全に信用して突き進んでいた。
だから気がつけない。モンスターがすぐ近くにまで迫っていたことに。
情報端末には無数の、夥しい数のモンスターが映っていた。数え切れない。それこそ、外骨格アーマーを着て戦ったあの機械型モンスターと同じか、それよりも多い数のモンスターが情報端末に映っている。
今までも近くにいたのだろう。だが正常に作動していない情報端末が感知することは無かった。同時に、情報端末だけに捜索を任せず、レイがいつものように十分に警戒し集中していたのならばモンスターの痕跡にも気がつけたはずだ。声や音、些細な変化。足跡、すべてに置いていつもならば警戒していた部分が今日は見れていなかった。情報端末のせいには出来ない。レイの実力不足だ。
レイが階段を駆け上り逃げようと考える。しかしすぐに足を止める。情報端末が正常にマッピングを開始してくれたおかげで地上と地下の様子が分かるようになった。モンスターは地上からやって来ている。ならば今はこの地下を抜けるしかない。前にも似たような経験をしたことがある。
ただ今回は、それよりも遥かに事が大きい。
レイがすぐに工場の中に入ると、後ろを振り向いた。
階段の方からは足音や声といった音が聞こえる。すぐそこまで来ている。
レイが硬く、重い扉を締める。かなり頑丈であるためそうそう突き破ることは出来ないだろう。
硬く扉を閉めた後、レイは工場内を進み始めた。
◆
工場内を進むレイは表情を険しいものにしていた。単に苦しいだとか、自身の置かれた状況に苦悩しているからとかではない。歩き回り工場が何であるかを知っただめだ。
(これは……生物兵器の製造工場か?)
培養ポットのような物が立ち並び、肉片がその中に入っている。生物兵器の製造工場についてレイは見たことがないし、知らない。たがその様子を見るだけでその言葉が浮かび上がってくるぐらいには、醜い光景だった。
遺物に当然、今も稼働する施設というのが数多く残っている。ただ今も稼働する工場のほぼすべてが深い地中に埋められていたり、都市の中心、つまりは自動修復機構が活きている場所に存在する。それ以外はほぼすべてが壊れている。そのため、地下一階部分に存在する工場はどう考えてもおかしな点がある。
レイが工場内を出口を探して突き進みながら考察を進める。そして歩きながらにレイは一つの異変を見つける。
(これは……)
ハウンドドックの死体が落ちていた、そして人間らしきものの死体もあった。それらはベルトコンベアで機械の中へと運ばれている。遠くに見える場所にあるため近づくことは出来ないが、レイはその様子を見て一つ疑念を払拭した。
と、その時に目の前からやって来るモンスターをレイの視覚と聴覚が捕らえた。そして情報端末に目を向け、それが確かであったと認識する。
レイの目前から一体の生物型モンスターが来ていた。
見たことのある。そんなモンスターだ。人型で、だが人ではない。二足歩行をしているだけだ。腕は両肩から生えた二本と、脇腹から生える二本の計四本。頭部は昆虫に似ている。商店街跡で何度も戦闘を行ったディスガーフが二足歩行をしたような様相。それでいて、タハタ駅跡の探索中に何度か戦ったことがあるモンスターだ。
昨日感じた違和感。
言いようの無い不安感。その正体を今、レイが認識した。昨日と今日と、レイはこの人型のモンスターと戦ってきた。完全に同じ種類というわけでもなく、どこか歪で製造過程で問題が生じた様なモンスターだった。
他の生物型モンスターのように繁殖できるとは到底思えず、どこから湧いてきているのだと疑問に思っていたが―――どうやら、この工場であったようだ。そしてベルトコンベアで運ばれていたハウンドドックや人のような何か。あれはきっと生物兵器を作る際の設計図に使用されている。
レイが昨日と今日で戦った人型のモンスター。あれはハウンドドックや人型の生物といったものを元に作られた生物兵器だ。こういった工場は普通。作っている生物兵器が決まっていて、そして設計図もすでにインストールされているはず。しかし何億という稼働の中でシステムに不具合が生じた。正常に稼働することが出来なくなり、正規の生物兵器を製造できなくなった。
工場には全体を取り仕切るAIというのが搭載されていることが多い。自我は無く、工場を保ち、動かし続け、製品を製造し続けることだけのために存在している。そしてもし兵器の製造が出来なくなったとしたらどうなるだろうか。システムの不具合、工場全体に現れた始めた老朽化による問題。設計図の紛失。
それらの要因が重なり、他の生物から設計図を抽出、合成して生物兵器を作ったのではないだろうか。その結果があの人型のモンスターだ。そして商店街跡で戦ったディスガーフも、その姿かたちを見るにこの工場で製造された可能性が高い。
最初こそ他の生物を用いた兵器製造は上手く行っていたのかもしれない。だが限度がある。付近のモンスターが減少し、代わりに工場が生み出したモンスターが多くなる。
恐らく、モンスターの死体や人間の死体を工場に持ってきたいたのは警備ロボットなどだ。見境なくたとえなんであろうと工場にモンスターを持ってきて、そしてベルトコンベアに乗せる。もし持ってきたモンスターが、ここで製造された人型のあのモンスターであったとしたら。
設計図を失った代わりに新しく作ったモンスター。それを設計図にまた同じようなモンスターを作る。ある意味でマッチポンプだが、その実態は限りなくネガティブだ。
同じ個体、同じ性質、同じ構造のモンスターを模倣し設計し続けたところで劣化するだけ。その事実に気がつけないほどにAIの判断能力は低下し、その異常を検知できないほどに工場は故障していた。
故に製造されたモンスターは弱い。きっと、最初に製造されたモンスターはレイでも倒せないほどに強力であったのだろう。しかし劣化コピーを繰り返し、限りの無い弱体化をした。これはすべてレイの推測。仮定に仮定に積み重ね。分からない部分は想像で補完した。だがレイの中で、この推測は不思議と納得できるものだった。
目の前から来ているモンスターはそんなもののなれの果て。タハタ駅跡で何度も戦ったモンスターの内の一体だ。
レイがGATO-1の引き金を引く。撃ち出された弾丸はモンスターの頭部を撃ち砕き、一発で絶命へと至らせる。
「…………」
絶命したモンスターが倒れる。そしてそれと同時に背後の扉が突き破られる音がした。
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