第126話 探索場所

 情報屋に会った後、レイは家に帰ってから依頼の内容について考えていた。情報端末の中に保存されていた探索領域付近の地図。そこは昨日、レイが探索したタハタ駅跡のさらに奥が表示されていた。危険ではあるが、GATO-1とH-44さえあれば難無く切り抜けることが出来る程度の場所だ。ただそれも予想外の事が起こらなければ、という前提ありき。遺跡の奥に進めば進むほど生息するモンスターは強力に、自由に探索が出来なくなる。

 遺跡の外周部では会う可能性が低かった強力なモンスターと遭遇する可能性は各段に上がる。だが逆に、得られる遺物は多い。憶を越える遺物があるかもしれない。ただ、タハタ駅跡は広大で探索が進んでいない地域。探索するにしても手探りだ。タイタンなどの育成組織や知り合いがいて、そのテイカーから訓練を受けていなければまた話は違うが、そうで無ければテイカーは皆、手探りの状態だ。レイだって同じ、外周部の探索は慣れたものだがタハタ駅跡はそうでない。

 当然に恐怖が付きまとう。生息するモンスターや施設の構造など、未知に対する恐怖だ。そのため、生息するモンスターの種類、一帯の地図などの情報は高く売れる。レイが買ったタハタ駅跡の簡易的な地図は2万スタテルの値が付いた。

 情報というのは形の無い商品だ。広まってしまえば価値は低くなる。情報屋の独占と、購入者の損得感情によってどうにか価格が保たれているだけだ。ただ、いつかは値崩れすると言っても、遺跡の地図に関しての情報は高く売れる。

 レイへの依頼料としてある基本報酬20万スタテルと情報端末が紛失する可能性を考えても得が上回るのだろう。ただ、最初こそ高いと思っていた20万スタテル。情報屋が最終的に得ることが出来る金とレイの労力は釣り合っていないように見える。追加報酬がどの程度、貰えるかもにもよるが依頼は引き受けない方が良さそうだ。


「…………」


 とその時、情報屋からレイ宛にメールが届いた。

 何かと思いレイが通信端末に表示されたメールを見る。

 

「……まあ、そうか」


 メールには基本報酬を20万スタテルから30万スタテルに引き上げる旨の文章が書かれていた。最後には『そろそろ基本報酬が安いのに気が付く頃だと思うから、これが正当な報酬ね』と一言添えられていた。

 裏路地であのままレイが承諾していたら20万スタテルのまま依頼を受けさせていたのだろう。逆に断っていたらその場で20万スタテルから30万スタテルに基本報酬を上げる――もとい、正当な報酬に戻すだけだ。そしてレイが報酬の罠に気が付いた頃を見計らって報酬の訂正を行う。

 よくある手口だ。

 

(30万か……)


 GATO-1とH-44を買った時は金欠であったが、今はそうでない。次の装備を買うために、または万が一の事態に備えるためにスタテルを溜めている。無理に危険な依頼を受ける必要はない。しかしこの程度の依頼であれば引き受けるのが妥当だ。もし危機に陥ったのならばいつものように喜々として切り抜ければいい。逆に、そちらの方がレイにとって幸せな選択肢なのかもしれない。

 レイが通信端末に打ち込む。『依頼を引き受ける』と。


 ◆


 次の日。レイがクルメガに来ていた。探索場所は当然、情報屋からの依頼を遂行するためにタハタ駅跡だ。今は情報端末に記された領域まで移動しているところ。商店街跡地を通り、ビル街を通り、タハタ駅跡に入る。その間に戦闘は無く、これからも相当の事が無い限り無いだろう。情報屋から渡された情報端末には熱源探知と音響探知の機能が備わっている。

 モンスターが近くにいたとしても正確にその位置を把握することが出来る。今までとは違い、直感や痕跡などとおいった不安定な要素から敵の存在を知覚することが無くなった。

 レイ自身の探索技術もあって敵に捕捉されることなく、順調に進むことが出来た。もしモンスターと戦闘する機械があるのならば、それは探知機能を受け付けない機能を持った機械型モンスターや生物型モンスターか、情報端末の感知範囲外からレイを捕捉出来るだけの嗅覚、触覚、探知などの機能を持ったモンスターか、単に逃げれないほどの夥しい数のモンスターが周りを取り囲んでいたかのいずれかだ。

 ただ、今はその心配はしなくても良いよいうに思える。

 情報端末にはたった一体のモンスターすらいない。これが所謂いわゆる嵐の前の静けさなのか、それとも単にモンスターがいないだけなのかは分からない。しかしだからといってどうこうすることも出来ない。

 レイはタハタ駅跡を進みながら僅かに思案した。そして情報端末に目を向けながら進む。

 タハタ駅跡に内設されたビル街、商店街など様々を遠くに見ながら、それらに近づいていく。そしてレイが立ち止まる。


(ここか)


 情報端末に保存されていた座標まで来た。あとは決められた領域内を歩き回り地図を作製すること、また特定の遺物を収集することが依頼内容だ。

 座標に着いたレイが頭をあげる。タハタ駅跡にしては特に荒れ果てている場所だった。外周部のように建物が崩れているとかそういったことではなく、店内に置かれたマネキンやホログラム、棚。そして地面に至るまで細かい切り傷や亀裂、窪みなどが数多く残っている。一見、その他の場所とは変わらないように見える。しかしよく見てみれば違う。

 いつからかこの微細な変化が訪れていたのかは分からない。しかしレイが気がつけないほどに僅かな、だが確かな異変だ。情報屋が高い報酬を出してまで地図作成を依頼する場所、何かがあるのは分かっていた。その全容はまだ分からないが、最悪の事態に備えるぐらいのことは必要だろう。

 レイが情報端末に目を移し、遺跡探索を進めた。


 ◆


 レイが順調に遺跡探索を進めている。情報端末に目を移し、モンスターの脅威を常に警戒しながら歩き続ける。情報端末は特にレイが何かをする必要も無く、一度起動さえすれば自動にマッピングを済ませ、地図を作る。ここら一帯は上に三階建て、地下に二階ある。付近を歩くことでマッピング出来るのは地上までだ。地下は構造が複雑かつ、地上と繋がっている部分が少ないので地図作成は難しい。今回の依頼では地下一階分のマッピングも含まれているため、午後に地下に入り、探索する必要がある。

 レイは適当に当たりを散策しながら、時に遺物収集もしながら歩き回る。時々立ち止まり、地図が作成出来ているかを確認する。するとある場所だけがマッピングを済んでいなかった。

 確か、その付近をレイは通ったはずだ。情報端末の故障か、それともその場所周辺で何かがあるのか。危険はあるはずだが一応は向かった方がいいだろう。それが依頼内容だ。

 場所はすぐ近くにあり、そう時間はかからない。

 ビル街を抜けてすぐ。大規模な二階建ての施設とその周りを取り囲む建物が規則正しく並ぶ空間だ。ここら一帯が不自然に地図探索が出来ていない。これが何らかの電子的な障害によるものだとしたら、まだ稼働している施設があるということになり、相応の危険が伴う。

 ただ、外から見る分には何ら危険が無いように見える。情報端末もモンスターの影を映さず、その他の脅威を知らせない。レイは警戒しながらも軽快な足取りで探索を進める。

 施設を取り囲む建物に何ら不審な点は無く、高い値が付くような遺物は残っていなかった。残すは中心にある施設のみ。四角い建物だ。美的感覚や景観への配慮といったものが欠けているように思える。

 ただ気にしても仕方のないことなので、レイはそそくさと探索を進める。施設の中に入ったことは一度も無く、当然に警戒しながら中に入る。扉は蹴り破られたように施設の中に転がっていた。

 そして扉の外から見る施設の中は不気味だ。

 四角い建物。その中には何一つとして物が置かれていない。椅子やソファ、机、その他、生活するために必要な物品が置かれていないように見える。何らかの異常を確信するが、情報端末は敵を映していない。

 あくまでも予感がするだけ、情報端末を信用した方がいい。

 ただ、この建物は外見からも分かったが、四角い内装以外に何もない。マッピングも一瞬で終わるだろう。扉のすぐ近くで情報端末に目を向ける。画面を切り替え地図の作成状況を見る。


「…………地下?」


 四角い建物の下に、地下施設がある。自動マッピングは四角い建物の上部分だけでなく、下の部分も勝手にマッピングしていた。マッピングは今も続いている。施設の地下に存在する膨大な空間。

 レイは出来上がっていく地図を見て、地下空間の様子を確認する。 

 そしてレイは四角い部屋を歩き周り、壁の近くで立ち止まる。何回か足を地面に打ち付け、音を鳴らす。他の場所とは異なり、レイが立ち止まった部分だけ踏み鳴らした時の音が違う。下に空間があるように。

 情報端末にはレイの足元付近に、地下空間への階段があるのを映し出してた。

 何回か、連続で強く地面を打ち付ける。僅かに軋む。そしてH-44の出力を上げ、地面を踏みつけた次の瞬間、床が凹んだと思うと陥没し、足元に地下へと続く階段が見えた。

 果たして進むべきか。

 情報端末は敵の情報を映し出していない。見える限りで危険は無い。ならば行くしかないだろう。それが依頼内容だ。

 レイが準備を済ませると地下への階段を踏みしめ、下り始めた。

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