第122話 戦闘の意義

 遺跡クルメガにある『タハタ駅跡』。中域の近くにあるということで、テイカー達の侵入があまりなく遺物が残っている場所だ。元は駅として使われていたということもあり、多数の店が複合された巨大な施設となっている。施設の中には雑貨屋や専門店が軒を連ね、その様相はデパートとほぼ同じだ。だが施設の中にビルが建設され、その付近一帯がビル街として機能している場所もある。全容は把握できない。しかししながらこのタハタ駅跡はクルメガにある施設の中で二番目に大きい。当然に、一日で探索しきることは不可能だ。地上だけでなく地下にも施設は続いている。加えて駅の途中からは中域にも足を踏み入れている。

 もし生身の肉体であったのならば、タハタ駅跡の端から端まで往復するのに走っても数時間は要する。ただ平坦な道であったのならと仮定するのならばもう少し短くもなるが。

 それほどまでに巨大なタハタ駅跡では常に何かが起こっている。完全に機能が停止した区域では生物型モンスターの住処となって、日々生存競争が繰り広げられている。

 対して経路を巡回する警備ロボットの姿もある。生物型モンスター同士の争いや、そこに加わる機械型モンスターとの戦闘。そしてテイカーとモンスター達が繰り広げる戦闘音だ。

 タハタ駅跡には幾つかの入口があるが、外周部に近い入口では一人のテイカーと複数体の機械型モンスターが戦闘音を響かせていた。

 H-44を装着し、GATO-1を装備したそのテイカーは目の前の機械型モンスターを処理していく。地面から少し浮遊する人形のような機械型モンスターにレイがGATO-1を発砲する。

 一発の弾丸で装甲を砕き機械型モンスターがたじろぐ、二発目の弾丸で装甲を貫通し、内部駆動を完全に破壊する。もしNAK-416であったのならばこんなことは出来なかった。というより目の前のモンスターに出会った瞬間に逃げる選択を取っていただろう。

 NAK-416でいくら撃ったところで装甲が少し凹むだけ。有効な攻撃手段を持たない。戦っても無駄なだけだ。しかし今は違う。それまでとは明らかに性能の違うGATO-1を持っている。

 撃ち出された弾丸は高速で宙を飛行する。レイの射撃技術も相まって撃ち出した弾のすべてが敵に命中し、破壊した。しかし一体や二体倒したところではまだ機械型モンスターが残っている。

 機械型モンスターが高速で距離を詰める。

 タハタ駅跡にはドーム状の空間が幾つかあり、天井が抜けていたり青い空が映し出されていたり、宗教画が書かれていたりと様々だ。レイが今、戦闘を行っている場所は天井が抜けており、曇天の空が見える。

 レイはGATO-1を握り締めたまま、機械型モンスターから逃げるように地を蹴って走る。今のレイで出せる出力の最大値で踏み込んだ地面には陥没ができ、僅かに亀裂が走る。

 H-44に搭載された機能は少ない。他の簡易型強化服と比べてみても、同値段帯の物の中では一番だ。しかしその分、すべての機能が高水準。そして機能に合わせ、最適化された機能が搭載されている。

 レイが地を蹴って走る。そしてドームの壁を、側面を走った。

 H-44は120度までならばたとえ側面であったとしても地面のように走ること出来る。そのような機能が搭載されている。ただ完全な側面歩行というわけでもなく、欠点も存在する。

 まず普通の者には扱えないという点だ。人の感覚というのは側面の移動に慣れていない。三半規管は機能を停止し、脳の情報処理はとどこおる。視界に映る情報はあらゆる面において通常時とは異なり、違う景色を映し出している。それらの光景を脳が正常に読み取るのには時間がかかる。加えてH-44で高速移動しながらに情報の処理を行うのだ。異常なまでに脳の情報処理が早いか、訓練を積んでいなければ側面歩行というH-44に搭載された機能はかせない。

 ただ、そもそもに人間の体が側面を移動するために作られていないのが問題でもある。側面を移動することで不自然に垂れる髪は邪魔としか言いようがない。頭に血が上る。重力によって落下する眼球は正常な位置を保とうと、渇いたような違和感を覚えさせる。

 ただこれは他の生物も同様ではある。

 ほぼすべての生物は側面を移動できるようには設計されていない。だが、機械は別だ。警備用に作られた簡易的な物でも、当然に側面を歩行し、地面を歩くのと何ら変わりない動きをする。

 レイを追う人形のような機械型モンスターはそもそもが少し浮遊しており、しかし飛び上がるというわけでもなく、レイをドームの壁を走って追っていた。

 一方でレイが側面の歩行に関して、訓練を積んでいない訳が無く。当然に側面を移動しながら背後から追ってくるモンスターをGATO-1で仕留めていく。

 弾丸は真っすぐに飛んでいるはず。しかし側面を移動しながらの戦闘は射撃の度に違和感を覚える。それでも正確無比な射撃で、機械型モンスターを処理していくのは、元々の才能と中部での研鑽、西部での訓練が関係している。

 マザーシティで生まれたレイは人を殺す以外のことは出来なかった。というより、それしか生きる道が無く、日々を食つなぐためには人を殺すしかなかった。握り締めた拳銃のグリップから伝わる冷たい感触、はんして、手についた返り血はまだ暖かい。

 嫌ではあった。

 当然に人を殺すのには抵抗があった。

 しかし日々の殺人は倫理観を鈍化させ、感覚を摩耗させた。度重なる戦闘の中でレイは成長する。それしか生きる道がないのだから、死なないように拳銃を握り締めるしか無かった。故に、言葉の通り死に物狂いで戦う日々を過ごし、射撃技術は才能も相まって驚異的な成長を見せる。加えて中部では逃亡生活も経験し、様々な追っ手と戦闘を繰り広げた。

 西部に来てからは拳銃を握る機会は少なくなったが、結局はこうして銃を握り締めている。レイは銃を握ることでしか生きる道を進めない。幼少期の経験がそうさせている。

 死に物狂いの研鑽が今に繋がっている。

 ちょっとやそっと目に映る光景が変わったぐらいでレイの腕が鈍ることは無い。いつだって感覚は正確だ。要らないものを摩耗させ、削ったのだから当然、射撃の腕に関して他の追随を許さない。

 加えて今はGATO-1を握り締めている。

 威力の分、反動はある。しかしH-44によって今はそれを感じない。

 ただこれでレイは本調子で無い。射撃や戦闘以外にH-44についても意識を向けているからだ。少しでも出力を間違えば側面は歩行できなくなる。それどころか出力が高すぎて自身が押しつぶされる。腕が逆に曲がってしまったり、首が絞められたり、普通の簡易型強化服で起こらないことがH-44では容易に起こる。

 大変だと。そう思った。

 しかし楽しさもある。

 ドームの壁を蹴って地面に着地したレイが、空がレイを追って振って来る機械型モンスターに射撃する。撃ち出された弾丸は装甲を破壊し、脳を通って機械型モンスターを貫いた。

 弾丸はそのままドームの上へと消えて行く。

 最後に残っていた一体がレイの背後から高速で距離を詰める。そして振りかぶった腕をレイに叩きつけようとしたところで、レイに蹴ら得た。振り向きざまに、機械型モンスターの情報処理能力ですら理解出来ないほどの速さで腹を横から蹴られた。

 機械型モンスターは折れ曲がり、部品をまき散らしながらぶっ飛ぶ。そしてドームの壁にめり込んだ。


「…………続けるか」


 H-44を着ての戦闘。中域では初めてであったが無事に上手く進んだ。ただ反省点はある。しかしここは呑気に反省会を開いていい場所ではない。すぐにでも遺跡探索を再開し、遺物を見つけなければならなない。それがテイカーの本分だ。モンスターとの戦闘はその中で生まれる過程だ。

 レイは倒した機械型モンスターに一瞬、目を向けると遺跡探索を再開した。

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