第121話 届いた装備
レイがH-44を装着する。H-44だからと言って特別、他の簡易型強化服を変わっているところは無い。一枚の厚い布に、関節部分を除いたすべての場所にゴムのような装甲が付いている。これは他の簡易型強化服ではあまり見ない。というよりこのような材質の物を見るのはこれが初めてだ。
久しぶりに着る簡易型強化服に戸惑いながらも無事に装着を完了させる。
すると次は起動に移る。
「右胸についてる装甲があるだろ、そこは取り外せる。その下に起動スイッチがあるから押してみてくれ」
ジグに言われたように、レイが右胸の装甲を取り外す。戦闘時に外れないようにと、強力かつ複雑なロックが掛けられていた。30秒ほどの格闘の後に胸部装甲が外れ、その下のスイッチが露になる。
押す前に一つ、ジグが注意点を述べる。
「そこ押した5秒後には性能を発揮してる。これまでの感覚で行くと色々と危ないから慎重に動けよ。あと俺には近づくな、手違いで死ぬのだけはゴメンだからな」
「分かった」
レイが慎重にスイッチを押す。すると僅かに青色に光る。そして次の瞬間に空気が抜け、簡易型強化服が体に密着する。力が有り余っている時のような充足感を確かに感じる。
だが至って普通のことだ。何度も簡易型強化服を着たことがあるレイには特別なことには感じない。そして大きな変化と言えば、簡易型強化服が体に密着したぐらいで、その他のことは起こらない。
本当に起動しているのか不思議なものだが、こういう勘違いが悲劇を起こす。
レイは店の物に当たらないよう、軽く動作確認を行う。その際、ジグが起動できているか確認する。
「レイ。今から投げる物を受け取ってくれ」
突然にそう言うと、レイに向かってボールを投げた。テイカーであるレイはその程度のことに驚くことは無く、普通にボールをキャッチした。と、次の瞬間にボールが破裂する。
レイは普通に受け取ったつもりだ。当然、簡易型強化服を着ているのは自覚しているため、力も調節した。しかしその結果は目の前に現れている。
「起動はしてるようだな」
「…………」
「まあ最初はそんなもんだ。一流のテイカーでも
「…………分かってる」
レイがそう答えるとおもむろにしゃがみ込んだ。
「ちょっとボールを転がして渡してくれないか?」
「あ?……ああいいぜ」
ジグが丁寧にボールを転がす。レイは転がって来たボールを受け取った。しっかりとつかみ取り、僅かに凹んだゴムボールをジグに見せる。
「まだ慣れないか」
ゴムボールを投げて返すと万が一のこともあるので、レイも転がしてボールを返した。
西部の簡易型強化服は中部の物より性能がいい。だがそれも当然だ。中部では議会連合が定めた基準よりも高い簡易型強化服や強化服を製造してはいけなかった。加えてH-44は中部の簡易型強化服でも飛びぬけておかしな性能をしている。
逆に、僅か一回ボールを受け取っただけでここまで感覚を調整できるレイが異常だ。
転がって来たボールを受け取ったジグが、その様子を見て笑う。そして突然、レイに向かって雑にボールを投げた。
一歩、動かなければ取れないところに投げられたボールを、レイは反射的に目で追う。そして一歩動く。と、それと同時に強化された脚力によって床が僅かに凹む。だがレイはその予想外に瞬時に対応すると、赤子でも抱きかかえるかのようにボールを取った。
そしてレイはボールを凹ませたりしながら、無事なボールをジグに見せた。
「この床は弁償しなくてもいいか?」
そして軽くボールを投げて、少し足型に凹んだ床の上でバウンドさせる。本当ならば真っすぐに跳ねて、ジグの手元まで届く予定であったが、床が凹んでいたこともあって僅かに逸れた。
ジグはボールをキャッチしながら答えた。
「そのぐらいは構わない」
そして受け取ったボールをカウンターの上に置いてから続ける。
「まあそのぐらい扱えるなら、少しは期待できるな。簡易型強化服を使うのは初めてか?」
「まあ昔に何回か」
昔、とはどのくらいの期間で、どのくらい前のことなのだろうとジグが一考する。だがすぐに話を続けた。
「そうか。昔使ったやつとこれ、どっちが扱いにくい」
「当然、H-44《こっち》だ」
「だろうな。今のところ不備はあるか?」
「今はあんまし動けてないから分からない……けどまあ、今のところは見つかってないな」
「それは良かった。まあ……とはいっても、久しぶりの注文だろうから
ジグがカウンター上にホログラムを表示させる。画面には幾つかの確認項目が映っており、かなり量は多い。あれをすべてとなるとかなり時間がかかるだろう、そして面倒だ。
そんなレイに気持ちを察したのかジグが苦笑する。
「まあH-44は色々と特殊な簡易型強化服だからな。搭載されてる機能自体はあんまし無くとも、見るべきところはあるんだよな。だが、強化服や他の簡易型強化服の方が点検項目は多いぞ。H-44と違って電磁装甲や、情報処理端末と一体となっている場合もあるからな。そうすると確認しなくちゃいけない部分が増えてくる。搭載されている機能が起動するか、性能が発揮されるか、筋肉との連動が出来ているか、探知は機能しているか、だなんてな。こっちも面倒になるぐらいにはある。そこら辺考えたら、
何やら、過去を思い出して心底面倒にそう語ったジグを見て、レイが戸惑いつづも同情する。
「ま、まあならいいんだが」
ジグがホログラムの操作し、幾つかの操作項目に丸をつける。
「よし次だ。さっさと終わらせよう。お前だって早く終わらせて、使いたいだろ?」
「ああ。頼む」
そうして、ジグとレイは確認項目を終わらせていった。
◆
遺跡クルメガの付近でレイが歩いていた。目的地はクルメガ。もう目の前だ。
レイはH-44を着こみ、GATO-1を装備していた。防護服とNAK-416といういつもの様相とは大きく異なり、今のレイは駆け出しのテイカーには見えない。実際、装備でもテイカーとして活動した日数でも、もうすでに駆け出しでは無い。レイがテイカーになってもうすぐで二か月が経つ。ほとんどのテイカーが一週間ほどの期間で死亡するのを考えれば、もう一人前のテイカーだ。
テイカーランクも『13』になり、名実ともに駆け出しを抜け出した形になる。
最初の頃は未知の象徴で、僅かな恐怖や緊張を覚えていたクルメガだが、レイはもう何も思わない。何せこの二か月、レイは毎日のようにクルメガに行っていた。休養日はほぼ無く、レイはただ一人で遺跡探索をし続けた。その中で夥しい数の失敗と僅かな成功を経験してきた。多くの弾数を使ったというのに、得られた遺物は少しだけ。
損得を考えると赤字の日もあった。そんな日を繰り返して二か月。クルガオカ都市にいた期間よりもクルメガにいた期間の方が多いだろう。当然に慣れる。見なれば場所が増えればそれなりの余裕も出来る。ただ遺跡は危険だ。当然に警戒はしている。
遺跡では常に予想外の状況が降りかかる。それに対して得られる利益は遺物だけ。その遺物も見つかるか分からないし、高価でない可能性の方が大きい。
しかし今日の遺跡探索は違う。レイはH-44とGATO-1を装備している。装備のレベルが格段に上がったのだ、探索する場所もより深い所になる。遺跡は大きく三つの分類で分けられる。外周部と
レイがクルメガの近くまで来ると立ちどまり、装備の確認をする。
H-44に慣れるためにある程度の訓練は行った。壊してしまうかもしれないのでGATO-1ではなくNAK-416で射撃練習を行い、全力で飛び上がり、走り込んだ。荒野にいるモンスターと肉弾戦を演じた。出力は正確に把握できている。感覚は調節した。だがまだ本番での戦闘が残っている。いくら練習を重ねたところで本番でどうなるかが一番に重要なのだ。いくら仮想現実や拡張現実を使用した訓練を積んだって、死の危険が付きまとう遺跡探索でどうなるかは分からない。
最初はH-44の出力が高すぎるせいで、装甲を取り付けるのも外すのも大変だった。ボタンを押し込むのも最新の注意が必要、脱ぐのすら一苦労。だが今は気にならない。遺跡探索と並行してH-44の訓練を行ってきた。モンスターとの戦闘も行った。
だがより深い場所の探索をする今日が本番だ。より強力になるモンスターを相手にどれだけの戦闘が繰り広げられるのか、今日ですべてが決まる。
「……ふう。よし」
軽く息を吐いて心を整えると、レイがクルメガの中へと足を踏み入れた。
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