第118話 暗中模索の決断

 そして、レイは銃の方の選択へと移る。

 ジグがそれまで見せていた簡易型強化服のページから画面を切り替え、突撃銃や散弾銃、狙撃銃から拳銃に至るまですべての銃器が羅列されたホログラムが表示される。

 バルドラ社、ハップラー社、NAK社など、表示される企業は簡易型強化服を製造しているものとほぼ同じだ。だがそこに桧山ひやま製物の名前は無い。やはり主力商品である外部補助駆動以外は他と張り合うことが出来ないのだろう。

 

「レイ。こっちは決めてるのか」


 すでに買う武器を決めているのかとジグがレイに尋ねる。

 レイはテイカーになってからの一か月ほどで様々な知識をつけた。それは銃器に関しても例外ではなく、ある程度、どの武器にするかは事前に決めていた。


「Gシリーズ。突撃銃です」

「ほお~」


 ジグが顎に手を当てて、小刻みにゆっくりと頷きながら声を漏らす。それには感心や称賛といった感情が含まれていた。ジグがホログラムを操作する。


「Gシリーズか、いいチョイスだ。バルドラ社の銃器部門、その中でも主力商品。堅実だが完璧な選択だ」


 ホログラムがバルドラ社のものへと移り変わり、次に『Gシリーズ』と表示された画面に辿り着く。


「確か突撃銃だったな」

「はい」


 そしてそこからさらに絞り、突撃銃の欄へと移る。

 Gシリーズとは全部で三種類ある、突撃銃の『GATO』、散弾銃の『GAGA』、狙撃銃の『GARA』、これら三つの武器をまとめた総称としてGシリーズと呼称されている。

 加えて、Gシリーズには『GATO-1』のように後ろ側に規則性のある文字が付く。数字は『1』から『10』まであり、この後ろに付く数字が高ければ高いほど高品質に高性能に、値段も高くなる。つまりは『GATO-10』にもなると規格外の性能を誇ることになる。それこそ、西部で名を馳せるテイカーが使っているような代物だ。値段は当然ながら、テイカーとして上澄みの者でも全くと言っていいほどに手が届かない。それほどまでに高額だ。

 ハカマダが使っていた狙撃銃、GARA-1もGシリーズだ。狙撃銃の部門では最低価格のモデルではあるが、最安の物でもあれだけの性能がある。バルドラ社の主力商品ということもあり、社のプライドがかかっている。それだけ高品質で高性能な装備だ。


GATO突撃銃はこの十種類だ。とは言っても、この中から選べるわけじゃない。今の予算が確か……まあ頑張って30万スタテルってところか。だとするとGATO-1が限界だな」


 Gシリーズには『1』から『10』までの文字が付く。つまりは十種類分のモデルが存在するということ。そして当然ながらその内の10個から選ぶ、というのは出来ない。値段による理由だ。

 基本的にGシリーズの中でも狙撃銃であるGARAが一番に高く、次点に突撃銃であるGATOが来る。最後に散弾銃のGAGAだ。比較としてはGARA-1は43万スタテル。GATO-1が32万スタテル。GAGA-1が29万スタテルになっている。最低価格のモデルである『1』の数字が付く物でもこれだけの値段だ。

 また数字が一段階上がるごとに武器の性能が大幅に上がるが、値段も急激に高くなる。例としてはGATO-2が154万スタテルと、GATO-1と比べると約五倍ほどの差が付く。

 さらにここから『3』『4』『5』と数字が上がっていくにつれて値段も高くなる。

 GATO-5の時点で値段は億を超える。『5』よりも上の数字、特に『8』以上からは値段が高額すぎる故に通常の貨幣では支払うことすら難しくなるため、実績や依頼、遺物、別の貨幣などを通じて取引が行われる。

 ただそれらに今のレイで手が届くわけが無く。考えるだけ無駄なことだ。

 GATO-1でも十分な性能がある。これと言って特筆すべき機能はないのだが、桧山製物の外部補助駆動のように、基本的な機能が高水準だ。NAK-416とは比べ物にならないほどに。


「他に候補はあるか。30万ぐらいの値段帯だと良い武器も増えてくるぞ」

「俺は大丈夫です。ただ他におすすめとかってあります?」


 レイは色々と調べた上でGATO-1を選んだ。当然に悩まない。しかしそれはあくまでも、レイが調べた限りではだ。ジグの方が知識があり、レイが知っていない物を知っているかもしれない。一応ということもある、レイはジグに訊いてみたが、それは意味のないことだった。


「いやないな。良い武器は確かにあるが、GATO-1が安定してる。他の候補を挙げてもいいが、結局はこいつだな。使い勝手がいい」


 ジグも認めている。そしてレイ自身も納得している。値段は約32万スタテルと予想よりも高いが、事前に知っていたことだ。この程度ならば許容できる。


「銃の方はGATO-1でお願いします」


 これで銃は決まった。しかしもう一つ、重大な問題が残っている。簡易型強化服に関してのことだ。

 最初に提示された簡易型強化服を選ぶのならば値段は54万4000スタテルと予算内に収まる。それでいて想像通りの性能を有している。安定を求めるのならば当然に前者を選んだ方が良い。逆にH-44を選ぶのは博打だ。72万4800スタテルと大幅に予算を越える代物であるのに、値段にあった効果を見込めるか怪しい。いや、性能自体は値段を遥かに凌駕するほどだ。しかし使用者がその性能を完璧に引き出せるかが分からない。もし扱うことが出来るのならば、高額な値段を考慮してもH-44を選んだ方が良い。

 しかし使いこなせないのならば前者を選んだ方がいい。ただ自信があるのならば後者だ。桧山製物からの挑戦状。受けるか受けないかの判断はレイに委ねられている。

 ただ、冷静に考えるのならば前者の簡易型強化服を選ぶのが普通だ。

 わざわざ予算を越える金額を使ってまで博打に身を興じる必要は無く、堅実に事を進めるのが確実だ。確かに、性能の面においてはH-44に大きく劣る。しかし安全性や信頼性といった部分では優っている。ただえさえ予想外のことが起こりやすく、死ぬ危険性があるというのにH-44というまた新しい予想外の種を持つのは普通に考えて、正しい選択とは言えない。対して前者の簡易型強化服が予想外の事態を起こすことはほとんどの場合において無く、それでいて降りかかった予想外の大きさにもよるが、対処できるだけの力がある。

 テイカーは無理無謀に挑む。破滅へと向かって突き進む者達だ。しかし自殺志願者では無い。生き残れる可能性があるのならば当然に、万全を期す。テイカーは死ぬことではなく、モンスターと戦い、遺物を持ち帰り莫大なスタテルを得ることが目標だ。

 生存の確率を上げるためには何だってする。装備の整備や遺跡の情報は当然のこと。モンスターの急所を調べ上げ、より効果的に働く弾丸を用意しておく。それだけではない、オカルト的な、神への祈りであったり日々の習慣を大事にする者も多い。それは遺跡探索前日に食べる料理を固定していたり、遺跡探索当日の行動を規則化していたり、人によって様々だ。だが分かるように、テイカーは自殺志願者ではない。

 予想外のことが起こらぬよう万全の対策を講じる、祈る。装備の不備なんてもってのほかだ。出来るだけ使いやすく、安全で信頼が出来る。そんな装備が第一優先。どれだけ性能が良かろうと致命的な欠点が存在する装備は使われない。というより怖くて使えた物じゃない。

 桧山製物はそれが分かっている。分かっているが故の挑戦状。

 もし扱えるのならば値段以上を提供するという挑発。しかし簡易型強化服を買えるだけの稼ぎがあるテイカーは物の判断というのができる。当然に買うことは無い。前者の簡易型強化服かH-44、どちらを買うのかとテイカー100人に聞いてみてもH-44と答える奴は誰一人としていないだろう。

 それほどまでに安全性が優先される。特に死と直結する防護服や強化服なら尚のこと。

 レイはそれらの情報や一般論を鑑みた上で結論を下す。


「H-44だ」


 、H-44は強化服にも引けを取らないほどの代物。しかしながら大きすぎる欠点も存在する。その二つを天秤にかけた時にほとんどのテイカーは欠点が気になる。ただだ。100人のテイカーに聞けばH-44はやめておけ、と言うだろう。しかし1000人に聞いてみればH-44を選ぶ奴が一人、名乗りを上げるかもしれない。

 自分ならば扱えるとそう誤認し、あるいは正しく認識したテイカーがH-44を選ぶかもしれない。ただ冷静に考えれば選ばない。それはテイカーが自殺志願者ではないからだ。故にH-44を選ばない。しかしH-44を選ぶ者は例外なく、自殺志願者ではないが、それと類似した狂気を持ち合わせている。

 堅実さを追い求めるならばこの決断は馬鹿げている。しかしレイは堅実さをもう、今は求めていない。当然、レイは自殺志願者ではない。生き残れる状況が高いのならばそちらを選択するし、モンスターとの戦闘は極力避けて遺跡探索を進める。無駄なことはせずに合理的に。テイカーに必須なその考えをレイは持ちながらも、H-44を使いこなす、といった確固たる自信と桧山製物からの挑戦を受けてやるという威勢の良さがあった。

 しかしながらそれでも、レイの『考え』と『決断』は乖離している。思考は途中まで、前者の簡易型強化服を選ぶ、という合理的かつ、悪く言ってしまえば消極的な方向に進んでいた。順当に過程を通過し、思考を積み重ねる。そうであるのならばきっと前者の簡易型強化服を選んでいたはずだ。しかし出た答えはH-44。順当に思考を積み重ねられていれば、『考え』と『決断』でそこまでの乖離は生まれない。

 しかしレイはH-44を最終的な『決断』として提出した。過程のどこに齟齬が生じたのか、どこで異物が入り込んだのか。それとも決断だけがねじ曲がったのか。分からない。ただの『歪さ』や『異質さ』といったレイ自身ですら気が付いていない要素が加わっているのは確かだ。

 それまでレイの言った言葉が理解できずに固まっていたジグが最終確認を行う。


「…………いいのか」


 ジグはレイに対してH-44を道楽の為だけに紹介したわけではない。レイが腕の立つテイカーだと、少なくともその素質があると、この一か月とちょっとで積み上げた実績から分かる。そして装備や知識と不釣り合いなほどに豊富な戦闘経験があることも勘で初対面の時から理解していた。実際に、レイは他のすべてとは不釣り合いなほどに戦闘技術が卓越している。射撃技術や咄嗟の対応力だけで判断するのならば一流のテイカーと何ら遜色がない。

 ならばH-44も使えるのではないかと判断した。ジグは扱える可能性の無い者には勧めない。相手にあった商品だけを提示する。使えなくても、死んだとしても、責任が取れないからだ。ジグができるのは装備の紹介のみ。それ以上は無い。だから装備を選ぶ時、説明することに対してプライドとといったものを持ち合わせている。H-44もレイであるのならば使えるのではないかと判断した結果だ。ジグが無理だと思っていたのならば最初から紹介はしない。

 ただジグが前に言ったように、堅実なのは前者の簡易型強化服だ。H-44はあくまでも挑戦的な品物。ジグができるのは商品を提示するところまで、公正に嘘偽りなく。選択権はレイにある。

 ジグ個人の考えとして、H-44が選ばれるのは1割程度だと考えていた。堅実な思考をすればH-44は選ばれないからだ。しかしレイはH-44を選んだ。

 歪さ、ジグが認識しながらも把握できなかったその乖離。ジグは今、それを垣間見た。

 そしてジグは再度聞き直し、レイの答えを求めた。ただ、返ってくる言葉は分かっていた。


「ああ頼む」


 もしこれでレイがH-44を扱えずに死んでしまったとしたら当然、責任はジグ――にはない。H-44を選んだのはレイだ。そして扱えなかったのもレイの不足だ。つまりレイがすべて悪い。自己責任だ。


「分かった」


 ジグが答えると、装備の最終確認へと移った。

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