第117話 使い慣れた装備

 レイがアンドラフォックに入ると、一度店内を見まわしてからジグのところへと向かった。用件は簡易型強化服と新しい銃の購入。レイが用件を告げるとジグは意気揚々と話し始めた。


「簡易型強化服と銃か。二つともとなるとかなりかかるが、金はあるのか」


 簡易型強化服は最低限のものでもかなりの値がする。加えてNAK-416よりも性能の良い武器となると相応の値段帯のものになる。二つとも購入となると100万スタテルは軽く超える。たった一か月前まで駆け出しのテイカーであったレイにそこまでのスタテルが用意できるか不明なところだ。

 ただ、実のところジグは予算についての心配をあまりしていなかった。まずレイが予算も無しに装備を買いに来る馬鹿だとは思えないし、一日分のスタテルを稼ぐので精いっぱいというテイカーでもなさそうだからだ。

 レイはジグの予想通り、少し自信ありげに答える。


「予算は90万スタテルあります。切り詰めれば追加で30万スタテルまでは出せる予定です」


 巡回依頼と救援依頼で稼いだ金とこれまで溜めていたスタテルを足して生活費などを引いた限界の金額だ。

 一体何を切り詰めて、どこを切り捨てて30万スタテルという大金を捻出するのか、一瞬、嫌な想像がジグの脳内をよぎる。しかし敢えて気にせず、話を進める。


「分かった。だとすると簡易型強化服に60万スタテル。武器に30万スタテルだな。弾代で追加1から2万スタテルはかかるがどうにかなるだろ」

「…………」

「よし問題はないようだな。どっちから決めたい。それとも当てはあるのか」


 レイが頭の中で様々な装備を思い浮かべる。当てが無いと言われれば嘘になる。使いたい武器や性能で惹かれる銃もある。しかし、知識不足というわけではないが、ジグの方がレイよりも当然に知識がある。ならば一度、ジグに話を聞いて、相談した方が確実だ。

 

「銃の方は一応候補あります。ただ簡易型強化服について何も知らないので、そっちからお願いします」

「よし分かった」


 ジグがカウンターに埋め込まれている機器を操作する。カウンター上にホログラムが浮かび上がり、様々な装備が表示されている。銃、爆発物、回復薬、改造用部品、外装パーツ、などから簡易型強化服に欄へと進む。画面が切り替わり、今度は製造会社を選ぶ。有名どころはバルドラ社とハップラー社。規模は小さいが高品質な物を製造する桧山ひやま製物せいぶつとNAK社。趣味的な装備を製造し、狂信的なファンがいるG&C社。その他、アンドラフォックで取り扱えるすべての企業が記載されていた。

 まずはここから選ぶことになる。

 レイはジグの話を聞きながら、次の選択へと進む。


「まずはどこの企業にするかだ。簡易型強化服を売り出してる企業は多い。その中でも品質が担保されてるのが、ここら辺だな」


 桧山製物とバルドラ社が画面に拡大されて表示される。またNAK社も高品質な製品を売っている。しかしバルドラ社に買収されており、大企業の資金力と技術力、そしてNAK社のノウハウなどが詰め込まれた製品がバルドラ社の方で売っている。銃や爆発部ならばまた異なるが、簡易型強化服に関してはバルドラ社から買った方がいい。

 そして画面に表示された二社。どちらにした方が良いか、レイは頭を悩ませる。

 バルドラ社に関して、レイはそれなりの知識を有している。しかし桧山製物についてはあまり聞いたことが無く、よく知らない。レイは取り合えず、ジグの意見を聞いてみて決めることにした。

 ジグはホログラムを一度タップして桧山製物のホームページに飛ぶ。そして商品棚を開いた。


「そうだな。まあこれ見ても分からなねえと思うが、桧山製物が製造している商品はどれも高品質だ。小規模な企業ながらバルドラ社ともタメ張れるぐらいにはな。無駄な機能は詰め込まず、ただ性能がいい。整備性、耐久性、拡張性、信頼性、安心性。すべてにおいてパーフェクト。他の企業を突き放してる。何より、桧山製物は銃も売ってるが主力商品は強化服や外骨格アーマー、自動建設機械類といった外部補助駆動だ。当然、簡易型強化服に関しても最高級品の品物が取り揃えてある。要人の警護から遺跡探索と、上から横まで幅広く使われてる。ただまあ小規模な企業ってだけあってどうしても生産コストがかかっちまう。同じ性能の品物でもバルドラ社より値段が高い場合が多い。まあ簡易型強化服を買うんだったら桧山製物も視野に入れておいた方がいいな。外部補助駆動に限ればバルドラ社よりも優れている部分があるぐらいだからな」


 ジグの説明を聞き終わったレイが頭を悩ませる。銃や強化服に関して、よく考えずバルドラ社がいいとばかり思っていた。しかし他にも良い企業があると言われると悩んでしまう。レイ自身が情報を欲して説明を求めた手前、複雑な感情だ。

 決めあぐねたレイがジグに問いかける。


「ちなみにおすすめとかってありますか」

「おすすめか……それは桧山製物のってことか?」

「いえ、バルドラ社も含めてです」


 ジグがホログラムに視線を移す。幾つかの企業を表示させ、その中で60万スタテル以下の商品をざっと見る。様々な簡易型強化服が並べられ、性能、機能ともに多種多様だ。また別オプションでの機能追加を前提に売り出されている商品もある。ジグはそれらすべてに目を通す。恐らくほぼすべての商品が頭に入っているのだろう、確認作業のような感じだ。滞りなく、2分ほどで選定を済ませる。


「俺は桧山製物だな。バルドラ社もいいが、外部補助駆動は桧山製物の主戦場だ。値段に見合うだけの商品しかない。まずはこっから選んだ方がいいな」


 ホログラムの表示が切り替わる。そして幾つかの簡易型強化服が並べられた画面が映し出された。


「今見せてるのが桧山製物の簡易型強化服一覧だ。こっから60万以下となるとこれだけ絞られる」


 それまで数十とあった簡易型強化服が消え、片手で数えられるほどしか残らない。


「その内二つはオプションによる追加機能を前提とした設定で組まれてるからこいつらも除外だ。別にこれを買うって言うんならそれでもいいが、オプションを付けねえと使いものになんねえ。それに付けたら付けたで、軽く1000万スタテルは超える。どうだ」

「残った三つで」

「だろうな」


 ジグが三つの簡易型強化服を拡大表示する。


「この一番右の奴は止めといた方が良い。桧山製物唯一の失敗作だ。ってことでこの二つだな」


 あれだけあった内、結局のところ画面に残ったのは二つだけ。どちらとも外見上に違いは見えない。色の配色や操作パネルの位置が僅かに違うだけだ。

 この二つの内から一つ、レイが選ぶ。


「まあ軽く説明しておくと、この右のやつが桧山製物が売ってる簡易型強化服の中で一番に安い物だ。だがだからと言って性能が劣っているわけじゃない。他の企業の同値段帯の中では頭一つ抜けていい商品だ。まあ個人評だがな。それに最安とは言ったが値段は54万4000スタテル。ちゃんと高い品物だ。性能は十分に補償されてる。具体的な機能は後に話すから、取り合えず次も見るか」


 ジグから見て左側の商品が拡大される。


「こっちはすまん、少し高い。俺の頭の中にあってな。ちょっと選ばせてもらった」


 ジグがそう前置きすると話始める。


「値段は72万4800スタテル。予算を大きくオーバーだ。だがこいつはそれだけの金を出す価値がある」


 レイが頭の中で予算を思い浮かべる。使える金は90万スタテル。使えるが使ってはいけない金が30万スタテル。もしこの簡易型強化服を買ったのならば武器に使えるスタテルは18万スタテルしかない。限界まで使ってもNAK-416より一段階性能が上のものしか買うことが出来ない。もしそうなのだとしたら、最初に提示された簡易型強化服を買い、もっと良い武器を買った方が良い。

 しかしながら使ってはいけない30万スタテルがレイの脳内をチラつく。当然、削ってはいけない物を削れば武器の方にも金が回せる。だが削りすぎて日常生活が送れなくなる可能性がある。

 こんなものは馬鹿な考えだと、レイは気が付いている。破滅的な願望だ。自殺志願者と何ら変わりない。そもそも、54万4000スタテルの簡易型強化服だって高性能な品物だ。高額商品が立ち並ぶカタログを見て金銭感覚がおかしくなっているのかもしれない。一つ目の簡易型強化服でも性能は十分、レイが探索する場所ならば必要最低限は満たしている。

 しかし買うのならば出来るだけ良いものを買っておきたい、という気持ちもある。簡易型強化服が壊れるようなことがったのならばそれは死ぬことと同義だ。装備だけ壊れてレイだけが生き残る、という状況はよっぽどおかしな事が起こらない限り無い。武器であったのならば壊したりして高い物を買ったとしても無駄になる場合がある。

 しかし簡易型強化服が壊れた時にレイが死ぬというのならば無駄になることは無い。

 ならば出来るだけ高く、高品質な物を買った方がいい。


「…………」


 思い悩むレイを見て、ジグが助け舟をよそおった地獄への片道切符を差し出す。


「一応、性能について説明しておくぞ。製品名H-44。値段は前に言ったように72万4800スタテル。単純な出力は同じ値段帯の中では一番だ。そして桧山ひやま製物せいぶつらしくすべてにおいて高水準。耐久性は当然のこと、ある程度の知識さえあれば掃除や状態の確認が行えるほどの整備性を有する。加えて桧山製物の商品すべてに言えることだが、保証が手厚い。もし壊れたとしても桧山製物の施設に持っていけば二回まで修理代金が半分だ。それに値段も値段だ最初に紹介した50万スタテルのやつに比べて保証が厚い」


 ジグがホログラムを操作し、H-44の詳しい性能を映し出す。


「単純な性能が高水準であるのに加えて、側面歩行が出来るようになっている。まあこの点に関して言えば他の簡易型強化服より劣ってる。他は照準補正機能や自動マッピング機能、音響探知、熱源探知なんかついてるのもある。そう思えばこいつはクソだ。だがそれらの機能が搭載されてない分、単純な性能だけで言ったら100万越えの簡易型強化服以上だ。ただレイ」


 ジグがホログラムから視線をレイに向ける


「こいつには出力を制限する補助的機能が一つも搭載されてない。つまりは『酔い』が発生しやすくなる」


 簡易型強化服に限らず、強化薬や強化服、外骨格アーマーに至るまで。外部補助駆動を使用した際は生身の肉体性能を遥かに凌駕する速度を力を得られる。しかしながら人間の脳はそこまで優秀ではなく加速した世界の情報が間に合わず、強化服を着たのに反って動きづらくなるということが良くある。これが『酔い』であり、初めての外部補助駆動や強化薬、大きく装備を性能を上げた時に起こりやすい。それで事故などが起こるため、強化服や簡易型強化服には出力を制限し、使用者の動きに合わせて出力を調整する補助的機能が事前に搭載されている。自分の意思でオンとオフを切り分けられるが、ほんどは搭載された補助的機能による助けを受けながら簡易型強化服を使うのが一般的だ。

 それは感覚のずれや情報処理の遅れなどの理由によるものだ。訓練と慣れによって『酔い』は無くなって来る。しかし外部補助駆動がある一定以上の性能を有していると人間の知覚限界を越え、限られた才能や素質といったものを持つ者しか扱えなくなる。

 しかしながら、そこまで高性能な強化服を買える者はほんの一握りであり、そういたテイカーは当然に素質がある。

 そして桧山製物が売り出しているこのH-44には出力を制限する機能が備わっていない。それでいて性能は『酔い』を引き起こすほどに高い。


「つまりは桧山製物からの挑戦だ」


 ジグが言う、挑戦状だと。本来、このH-44は200万スタテルはしてよい性能をしている。しかし値段は約70万スタテルだ。あらゆる機能を削ぎ落し、ただただ単純な本体性能のみを強化した代物。それがH-44。当然、強化服よりも性能に劣る簡易型強化服であるため、時間をかければ慣れることが出来る。だが完全には難しい。

 性能がただ高いだけでなく出力も高いからだ。

 全力で力を込めたのならば強化服、簡易型強化服問わず勝手に破損していく。自身の大きすぎる出力で勝手に壊れていくのだ。ほとんどの外部補助駆動に出力の制限が取り付けられているのはこれを防ぐためでもある。しかしH-44には無い。これのせいで力の入れ加減が非常に難しく、繊細な操作が求められる。加えて戦闘時でもその意識を保ち続けなければならない。ほとんどの者は「だったら別の物を買う」となるのが普通。だからこそ桧山製物からの挑戦状なのだ。

 ただ、その重大な欠点を無視すれば破格の性能を持った簡易型強化服であることに変わりはなく。もし完璧に扱えたのならばこれ以上ない最高の一品となる。


「要はこのピーキーすぎる性能の簡易型強化服を使えるのか、それが大事だ。もし扱うことが出来るのなら、もう他の簡易型強化服は買わなくていい。それほどまでに優れた品物だ。ここまでいってなんだが、俺は最初におすすめしたやつがいいと思うぜ」


 H-44を使い切れる自信があるのならば買った方が良い。性能面だけを見れば値段以上の品物だ。ただ同時に、H-44に致命的な欠陥があるため先に提示された50万程度の簡易型強化服にするのがだ。そして金銭面でも前者を選んだ方が遥かに良い。冷静に考えれば前者だろう。悩む必要の無い問題だ。しかしH-44にも惹かれるものがある。合理的ではない。しかしながらH-44を選びたくなるような魅力がある。挑戦してみたいという、不要な遊び心や子供心といったものなのかもしれない。

 そしてジグも冷静に考えれば前者を進めた方がいい分かっている。しかしレイが持つ歪さ、異質さ、それに賭けてみたいという気持ちもある。挑戦させたいという遊び心だ。ただただあくまでも中立。過度に勧めたりはしないし、公正な視点から説明もする。ジグの道楽にレイを付き合わせて地獄へと誘うことはあってはならない。

 

(まあだが)


 もしこれで選ぶようなH-44を選ぶようなことがあったのなら、自分が悪いとそうジグは思った。

 目の前で険しい顔をしながら悩むレイを見て――元は自分が招いた状況だが――ジグは助け舟を出す。


「まあ今すぐにでもってわけじゃない。じっくり考えればいい。それにまだ銃の方が残ってるだろ。そっちを選んでる間に頭を冷静にさせて、また考え直せばいい。それでいいだろ」


 まだ銃すら選んでいないのにこんなにも時間がかかっている。それに今は頭が厚くなって視界が狭まっている。別のことに意識を向け、そしてまた冷えた頭で、冷静な頭で簡易型強化服のことについて考えればいい。

 そのジグの意見にレイも同意する。


「確かに、時間をあけてまた考え直した方が良いかもしれないな」

「まあゆっくりな。高い買い物なんだ後悔がないように」


 そして、レイは銃の方の選択へと移った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る