旧時代の工場

第116話 装備の新調

 レイが硬いベットの上で起き上がる。目を掠る日差しは無い。裏道の奥まった場所、ビルに囲まれた場所にあるため日が当たらないからだ。レイは目を閉じながら鈍い体を動かして、ベットの上で軽く伸びる。しかしベットが大きくはないため僅かに伸ばした腕と足が着く。そして一分ほど、レイはベットの上でだらだらと寝たままの体勢だ。普段であればすぐに起き上がり、遺跡へと出向いているところ。しかし今日は休養日、というより別の用事がある。

 特に急ぐ必要はないため、このまま寝て、昼頃に出向いてもいい。しかし楽しみな用事でもあるので、レイは寝ぼけながらも立ち上がる。そして怠慢な動きで活動を始める。

 電気をつけ、軽く準備運動をして、顔を洗い、歯を磨き、支度を済ませる。バックパックを背負い、拳銃を携えた。電気を消して、家から出る。

 外はいつもと変わらない光景だ。綺麗とは言えない、所々にゴミが散らばる裏路地と通りの脇に倒れる人。匂いはそこまで酷いというわけではない。マザーシティにいた頃の方が劣悪な環境だっただろう。

 

 レイが裏路地を抜けるとそこそこに大きな通りに出る。いつもと違って遅い時間帯に出たため、通りは人であふれていた。

 レイは人混みの中をするすると抜けて歩いて行く。肩が擦れ合うことは無く、髪の一本でさえレイに触れられない。当然に体同士がぶつかることは無く、一度も立ち止まらずに人混みを抜ける。

 途中、財布などを盗もうと近づく者達がいたが、スラムでは当たり前に行われるそんなことをレイが警戒していないはずが無く、盗人は逆に財布を盗まれた。レイは歩きながらに盗人の財布の中身を見る。しかし当然、大したものは入っていなかった。レイは重みの無い財布を道端に捨てる。きっと数十秒か数秒後には誰かが拾い、奪っているだろう。

 財布を盗もうとして逆に盗まれ、そして捨てられる。結末としては悲惨だ。ただレイの財布には対してスタテルが入っていなかったため盗めていたとしてもあまり意味は無かった。

 レイの金はワーカーフロントが運営する銀行内に置いてある。

 二日前にハカマダとサラと話し合い決めた救援依頼の報酬、18万スタテルもそこに入っている。あの話し合いはそれから、何かが起きるということは無かった。普通に話し、食べ、話し、食べ、そして当然にハカマダが奢った。特におかしなところは無く、チンピラに絡まられるなどのことも起きない。滞り無く話は進み、レイは次の日もいつものように遺跡探索をした。最近では少し、遺物の価値や遺物がある場所が感覚的に分かるようになり、またモンスターの生息域や巡回経路などもある程度は理解した。当然、予想外の状況に晒されるということは多く、危機に瀕することはある。

 ただ、救援依頼で機械型モンスターと戦闘を行った時ほどではない。

 昨日もそれなりの遺物を見つけ、売り。今日もまた予定を済ませたらワーカーフロントに行く予定だ。


「……いつものお願いします」


 途中、レイが店の前で立ち止まる。カウンターを挟んだ奥で店主が肉を切っており、レイが呼びかけると表情を良くして近づいて来る。


「分かった。いつものだな。他には」

「大丈夫です」

「少し待っとけ」


 代金を受け取った店主が厨房らしき場所に戻っていく。

 この店は朝早い時間帯から夜の遅い時間帯まで長い間やっている。遺跡探索に行く日は朝が早いレイにとっては丁度いい店だった。また味も悪いというわけではなく、美味しい部類に入るだろう。ただし、レイの舌はあまり信用できないので、本当のところは分からない。

 あまり時間が経たずして店主が袋に包まれたものを持ってくる。

 

「ありがとよ、毎日」

「こちらこそ」


 袋を受け取りながら一言ずつ会話すると、レイが店に背を向けて歩き出す。そして歩きながらに袋を開けて、中の食べ物を見る。

 形は丸く、パン生地のような茶色ものの中にピリ辛の肉が詰め込まれている。いつも食べているものだ。レイは朝食を食べながら目的地を目指す。

 通りを歩き、横道に入り、塀を乗り越え、金網を通り抜ける。そして朝食を食べ終わって少しすると目的地についた。

 アンドラフォック。ジグが経営する武器屋だ。それまで溜めていた金と救援依頼の報酬とで装備を新調できるだけのスタテルが溜まった。今日はここで武器の新調をする。さらに難易度の高い遺跡探索を成功させるために、より良い武器を手に入れるため。

 レイは装備の新調を僅かに楽しみながら、アンドラフォックの中に入った。

 

 ◆


 アンドラフォックの店長であるジグが仕入れる商品の確認をしていると、防護服を着たレイが入って来た。

 最近は何度も見る顔だ。二日に一度は弾薬を買いに来ている。その他にも防護服の修理や回復薬の購入。店で顔を合わす機会は多い。ジグとレイとが知り合ってからすでに一か月が経とうとしている。

 初見、ジグはレイに対してちょっと変わった部分があるテイカーだと思った。一般的にテイカーは一発逆転を狙っていたり、富や名声を築くことを目的としている場合が多い。しかしレイは違っているように見えた。具体的にどの部分が違うのかジグ自身にも分からないが、今まで様々なテイカーを見て来たジグだからこそ、違和感を持てた。

 ただ。駆け出しのテイカーの死亡率は高い。経験不足、装備の不備、知識不足。様々な要因がある。それらを乗り越えて帰って来るテイカーはごく少数だ。駆け出しならば尚更、ほとんどが遺跡の浅い部分で探索を行い。碌な遺物を見つけられずに戻って来るから、装備を全損させて帰って来るかのどちかかだ。だがたまに、一回目の遺跡探索で遺物を回収する者もいる。そういった者はごく少数だ。十分な知識と装備を有していたか、予想外の状況に対応できるだけの戦闘能力があったか、そのどちらともか。それともただ運が良かっただけなのか、少なくとも次の遺跡探索で生きて帰ってこれるかどうかで実力の有無は浮き彫りになる。

 二度も運だけでは生きて帰ってこれない。実力が必要になる。

 レイが最初の遺跡探索を終えて弾薬の補充にアンドラフォックを訪れた時、ジグはある程度そのことを予測していた。レイには絶望的なまでの運の悪さを感じていた。しかしそれを跳ねのけるだけの『何か』があるとも思っていた。一度目の遺跡探索で死んだのならばジグの勘が間違っているだけ。二度目が重要だ。ジグはレイに弾薬を売った後、一瞬だけどうなるのかと予測した。武器屋の店長として駆け出しテイカーから中堅のテイカーまで幅広く接客し見て来た。いつ死ぬかも分からない者に肩入れはしない。そのためレイについて考えたのは一瞬だけ、ミニゲームのような、予測が当たっているか当たっていないかを判断する楽しみだ。

 結果として、レイは二度目の遺跡探索を生きて帰って来た。代償として防護服を破損させていたが。それでも生きて帰って来たのだから、ジグは心の中で笑った。ミニゲームの内容は当然、レイが生きて帰って来るかそうでないのか、という単純なものだ。

 ジグは生きて帰って来る方にけた。

 レイは駆け出しのテイカーだが、素人しろうとではない。恐らく何かの戦闘経験を積んだ者だ。立ち振る舞いからして僅かに違う。初見はどこかなよなよとした印象を覚えた。しかし武器を選ぶ際など所々で一般の駆け出しテイカーとは異なる反応を見せた。ただそれは覚悟や決意と言った不確かなものだ。根拠としては薄い。加えてレイが戦闘経験を積んでいたのだとしたら、武器に関して全くの無知というのはありえない。

 レイがアンドラフォックに入って来た時、店内の銃を興味深そうに見えていた。そしてジグがレイにどの武器にしたいか聞いた際には「分からない」とそんな旨のような言葉を言っている。戦闘経験があるのならば少しぐらい銃について知っていなければ辻褄が合わない。

 ジグは直接、レイが戦うところを見たわけではない。そして根拠があるわけでもない。しかし確かに、死線を潜り抜けて来た者と同じような雰囲気を感じた。

 レイが持つこの異質さ。

 これは中部での経験と、慣れない西部の環境、という二つの要因が組み合わさった結果だ。しかしこれはジグが知る由もないこと。レイが中部でのことについて話すわけがないし、ジグが尋ねることも不可能だった。

 しかしジグはこれまで何千とテイカーと見てきて培った勘がそれに近い回答を導き出していた。企業傭兵か脱走兵。世の中には企業の傭兵部隊に成るためだけに招かれ、知識を与えられ、銃を与えられる者がいる。企業傭兵の全員がそうではない。逆に少数だ。しかし優秀な企業傭兵は企業同士の抗争になった際に大切な戦力になる。ハップラー社のような大企業から小規模な民間警備会社などまで、そう言った話は耳にする。

 大抵が企業が用意した施設の中で育ち、偏った戦闘の知識だけを与えられる。中には銃の内部構造や性能などは教えられているものの名称などが教えられていないパターンもあるかもしれない。それか単に、教えられていないか。与えられた銃に対して疑問を持たず、命令に従って動く機械よりも従順な兵士を育て上げるためにはそういったことも必要なのかもしれない。

 レイはそこから逃げ出した兵士。それか企業が不振や告発などによって研究施設を解体しなければいけなくなり、居場所を失った兵士か。根拠はない。ただレイの異質はここから来るものだとジグは踏んでいた。

 故に二回目の遺跡探索も成功させて帰って来るだろうと考えた。遺跡やモンスターに関しての知識が無くとも、十分な戦闘知識と経験さえあれば切り抜けられる状況もある。

 五分五分で生きるか死ぬか。

 ただもし生きて帰ってきたのだとしたら、レイはそれなりのテイカーには成れるとジグの勘が告げていた。

 現に、レイは順調にテイカーとして実績を積んでいる。遺跡探索の回数は軽く10回を越え、遺物の売却額で十分に稼げるようになっていた。堅実に、だがリスクも犯し、駆け出しとは思えないほどに階段を駆け上がった。

 そして階段を駆け上がったのなら、次にすることは決まっている。

 レイは最近、買う弾数を最小限に、防護服の修理もしていなかった。それにもう少し稼ぎたいのなら、遺跡の奥に行きたいのならば相応の武器が必要だ。


「二日ぶりだな。用件は」


 近づいて来るレイにジグが言う。するとレイは少し笑みを浮かべて答えた。


「簡易型強化服と銃の新調をするために来ました」


 次の階段を上るためには相応の装備が必要。ジグの予想通りのことをレイが言った。ただ、新調するのは武器だけだと思っていたが、どうやら、ジグが思っていたよりもレイが階段を上がる速度は速いようだ。

 ジグは待ってましたと言わんばかりに笑うと、どの武器にするかレイに問いかけた。

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