第115話 利益分配
レイが気が付いた時には予定の時刻ぎりぎりになっていた。元は余裕をもって到着する予定だったはずが、思わぬ再開と最後の出来事によって遅れが生じた。遅刻するということはないのだが、到着に余裕は持てそうにない。
レイは早歩きで目的の場所に向かう。横道からまた大通りに入り、そしてまた横道に抜ける。そして大通りから少し離れ、人が少なくなってきたぐらいの場所に壁をくり抜いて作られたような店がある。レイは予定の場所と店名が同じであるのを確認すると、扉を開けた。
店内はかなり狭く、カウンター席とテーブル席の二つがあった。テーブル席は布のようなもので軽く仕切られている。店には店主と思われる老人と従業員が一人。レイが入ると従業員がレイに近づく。
「ご案内いたします。テーブル席とカウンター席の二つからご選びいただけますが」
「いや。たぶん先にハカマダって人が来てると思うんですけど」
「あ、ハカマダ様ですね。あちらのテーブル席にいます」
「分かりました。ありがとうございます」
手早くやり取りを済ませる。予定時刻はまだ過ぎていない。レイは安堵したような表情を浮かべながら、テーブルの場所まで行く。
テーブルにはすでにサラとハカマダが座っていた。サラは前に見た時と同じような私服だ。ハカマダもジャケットを軽く羽織り緩い様子。一方でレイはまともな服を持っていないため防護服を着ている。
「よおやっと来たか」
「遅れてはいない」
レイが答えながらハカマダの隣に座る。するとハカマダが仕切って話し始める。
「よしこれで全員だな。二日前は助かった。今回は報酬についてだ。こういうのは直接会って話し合った方がいいと思ってな」
巡回依頼が終わってから二日が経った。その間にレイは二人とやり取りを交わすことは無く、今日が二日ぶりだ。用件は救援依頼の報酬について。基本的には三等分にする予定だ。ただワーカーフロントがわざわざ報酬を三等分にして、それぞれ三人に振り込むということもしない。報酬の支払いは代表者一人にまとめて支払われることになっている。
今回の救援依頼ではハカマダ達のような臨時が部隊を組むことを想定していなかった。見ず知らずのテイカー同士が完全に信頼し背中を預けられるわけもなく、臨時で部隊を組むのは不可能。そして救援依頼の内容からも運転席に座る者と荷台に座る者とで二人が必要だ。とすれば信頼のあった仲間同士で依頼を引き受けるのが当然であり、仲間同士でならば一人に報酬を振り込んだとして騒ぎは起こりにくい。
しかしハカマダ達のような臨時の部隊では金銭面でのトラブルが起こりやすい。
今回の場合はハカマダが代表者で、一度、報酬がハカマダに振り込まれてから三等分に、レイとサラにそれぞれにハカマダが振り込む。
そのため、ハカマダが報酬を貰ったまま逃げることもありえる。当然、話せばワーカーフロントからテイカーランク低下などのペナルティが下されるだろうが、それでもする人物はする。ただ、ハカマダはそこまで不誠実でも、信用を失いたいわけでも無かった。
当然に三等分する予定だ。
ワーカーフロントを通じて、銀行に振り込むという手もあったのだが、こういった金のやり取りは面倒な誤解を避けるために直接に話し合った方が良い。そのハカマダの経験則に基づいて、この場所に二人が集められた。
救援依頼は討伐数の計算が難しいため報酬を割り出すのには時間がかかる。助けた人数や車両の台数、使った弾丸や回復薬の補填分、装備の損害などの情報処理のため二日ほどの時間を要する。
ただもう二日が経ち報酬の清算は終わり、すでにハカマダに支払われている。
「まず今回の報酬は総額で126万6800スタテルだ。つまりは一人に約42万スタテル支払うことになる。ここまではいいな」
弾薬代を含めての値段だ。レイ達が倒した機械型モンスターと救出した車両の数を考えれば妥当な数だ。
「だが今回の件について色々と考えた結果。
それまで何事も無く聞いていたレイが一瞬、言葉の意味を理解できず、頭上に疑問符を浮かべる。
「今回のことについてはお前がこの店に来る前に、サラと話し合って決めたことだ」
「…………」
「つまりは綺麗に三等分じゃなく、お前だけ少し報酬が多く支払われる」
そこでやっとレイが意味を理解し、同時に幾つかの疑問が湧く。
「いいのか? もともと三等分って約束だっただろ。何があったんだ?」
「今回の報酬はお前が倒した分がそれなりの割合を占めてる。気絶してその後に動けなかった分を差し引いても働きは十分だ。三等分にすると約束はしたが、治療費とか合わせると不平等だ。確かに荷台から落とされたのはお前の不注意が原因だ。だがそれを止められなかったのは、臨時の仲間としてこっちにも責任がある。そこらへんを色々と足し引きしてのこの金額だ。不満か?」
「いや……。外骨格アーマーの分は、あれはもう使いもんになんねぇだろ。その分は」
「ああ、あれのことか。別にいい。前にも言っただろ、ただの装飾、インテリアだって。なに、
「そ……そうか」
レイが困惑気味に答えると視線をサラの方に向ける。レイとサラは互いに第一印象は良くない。加えて定点領域の場所やレイの持っていた遺物など、金に対して貪欲なイメージがある。何を言われるのかと、レイは少し身構えた。しかしサラは些細なことよ、と前置きして、手をくるくると回しながら何でもないようなことを話すように口を開く。
「確かに。
予想外のことに巻き込まれる形ではあったが、今回の救援依頼で最も成果を出したのはレイだ。結果と出した者のには相応の報酬が支払われるべき、当然の考えであるのと同時にテイカーらしくはない考え方だ。しかしながらこういう考え方をする者もいる。
加えてサラとハカマダは互いにこの案に同意している。
「……そうか」
そこまで言われればレイは首を縦に振るしかない。今は少しでもスタテルが欲しい状況だ。せっかくの機会を断るようなことはしない。しかし、ブライドか矜持か、レイ自身でもよく理解していないが、この提案に乗るのは嫌な感じがした。罠である可能性を危惧しているわけでも、サラとハカマダに不信感があるわけでもない。
意地を張っているだけなのか、少なくともこの感情はレイにすべての問題がある。
「…………」
即決できるようなものではない。冷静に理論的に考えればここで断るのはありえない。しかし感情的な面で考えれば『嫌な感じ』がした。
そう時間はかからずレイは答える。
「いや。三等分で分けよう。そっちの方がいいだろ」
ハカマダは唖然としている。サラは「ね、やっぱり言ったでしょ」と呆れながらハカマダに呟いていた。
その時にちょうど、レイが来る前に頼んでいたであろう料理が運ばれて来る。サラがテーブルに置かれている間、レイが苦笑しながらハカマダに話しかける。
「代わりにこれ奢ってくれ、ハカマダ」
「は、なんで俺一人なんだよ」
「言い出したのは確かお前だろ?」
「いやまあそうだが」
ハカマダはレイの行動や考えに対して理解できる部分があるのか、頭を振りながら、料理を口に運びながら「分かった」と呆れが混じった失笑をしながら答えた。するとその横で、サラが目の前のレイに問いかける。
「それよりもあれどうやって生き残ったの? 」
「あれ?」
「荷台から落ちた後。とは言っても私達が戻った時にはボロボロだったけど」
レイは荷台から落ちたあと外骨格アーマーに乗り込み機械型モンスターと攻防を繰り広げた。思い出したくはない、それほどまに酷い状況だった。戦っていた時間は10分ほどであった。しかし無限に感じるほどに長い10分であった。
そしてその10分の間、レイがしたことは一つしかない。特別なことをしたわけでもなく、助けがあった訳でもない。アンテラにも言ったが、レイは何もしていない。ただ戦っていた。全力で、がむしゃらに目の前の機械型モンスターを破壊していただけだ。特別なことは何一つしていない。
レイがどう答えるか、色々と思い出しながら悩んでいると、面倒な考えを後回しにしたのか、ハカマダがその話に乗っかる。
「それについては俺も聞きたかった。外骨格アーマー《あいつ》使いにくかっただろ。どうやった」
確かに外骨格アーマーは使いづらかった。現に、レイは最初の一歩で躓いた。しかしそこからは機械型モンスターとの戦闘になり、いつの間にか完璧に扱えるようになっていた。操縦できるまでになった過程を説明しろと言われても困難だ。なにせ記憶がない。機械型モンスターと戦っていた、ぐらいのものであればあるが。
ただハカマダはレイが戦闘しているのを見ている。最後も最後。残り僅かとなった機械型モンスターを相手に壊れかけの外骨格アーマーが蹂躙する場面だ。あれを見ているのだから、レイが外骨格アーマーを乗りこなしていたのは分かっている。
機神のような戦いぶりだった。恐らく、外骨格アーマーが万全であり機械型モンスターが数えきれないほどに残っていた落下直前であったのならば、さらにその戦闘は激しかったのだろう。
ただ、あの数のモンスターを相手に外骨格アーマー一体が大立ち回りを演じられるとは到底思えない。どれだけ機神めいた、神がかり的な戦闘技術を持とうが厳しいはずだ。その点がハカマダにとって疑問だった。しかし。
なかなか答えられないレイを見て、ハカマダが一旦話題をずらす。
「じゃあ報酬についてはまた後々連絡する必要があるから連絡先くれ」
連絡先という言葉にレイがピクっと頭を動かす。
そしてアンテラとの会話が思い出される。少し前にこの『連絡先』で嵌められたばかりだ。故にレイは連絡先という言葉に対して『嫌な感じ』がある。冷静に考えればハカマダの言葉に裏はない。言葉の通り、必要なのだから連絡先が欲しいだけ。しかし感情的な面では『嫌な感じ』がする。
「…………」
レイが黙る。その理由を二人は知らないし、理解できない。何せすべてレイ自身の問題だ。
悩む必要はない。簡単な問題だ。いや、問題ですらない。問題として成立していない。レイがただおかしいだけだ。
「どうした」
ハカマダがレイに訊く。
「いや。あ……いや」
いつにもなく歯切れが悪い。
何を悩んでいるのか、ハカマダが疑問に思っているとレイが通信端末を差し出す。まるで人質のように。
「ほんとどうした」
「いや。俺がおかしいだけだ」
レイは自身の不調を理解しながら、言いようの無い不安感を抱えながら通信端末をハカマダに渡した。
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