第114話 蛇のような災難

 日が沈んだ頃、クルガオカ都市の中位区画。スラムとは少し離れた、下位区画の近く。中位区画の中でも少しばかり治安が悪く、立ち並ぶ店も劣化する、そんな場所の繁華街。ネオンの光で眩しく、行き交う人の熱気で暑苦しい場所をレイが歩いていた。

 クルガオカ都市に来てから、レイが中位区画に入ったことは片手で数えられるほどしかない。そしてそのどれもが目的地への近道であったり、偶々たまたま、通りがかってしまったりといった理由だ。スラムの近くで住んでいるレイには縁遠い場所で、普段は近づきすらしない。

 しかし今回は目的があってこの場所に来ていた。

 とは言っても、大事な予定というわけでもない。少しの話し合いの為だけに来ていた。

 目的地は繁華街の横道に入ったところにある狭い居酒屋だ。

 レイは頭の中で地図を思い浮かべながら歩く。今日もいつもと同じように遺跡探索を行った。毎日、行っているとはいえ独特の緊張による精神的疲労やモンスターとの戦闘による肉体的疲労など、疲れているためその足取りは少し重い。しかしながら、予想外の事態などは起こらず、予定通りに遺跡探索を進められたのは幸運だった。

 レイが大通りを歩き、時短するために横道に逸れた。するとそこで一人の人物と出くわした。その人物はレイとほぼ同時に互いを認識する。


「君」


 レイはその人物を思い浮かべ、そしてすぐに相手の名前やその他諸々の情報を思い出す。レイは疑問混じり心の中で「アンテラ……?」と小さく呟いた。すると目の前の人物もレイを見て、困惑気味に言葉を漏らした。


「君は確かレイ、だったか」


 レイとアンテラは過去に二度会ったことがある。一度目は遺跡探索の際中に偶然、出会う形となった。二度目は救援依頼だ。巡回依頼が終わった後に急遽受けることになった救援依頼。その中で救出対象としてアンテラがいた。車両は大破しており、機械型モンスターの襲撃を一旦は退しりぞきはしたものの、多数の負傷者と車両の大破によって移動困難な状態に陥っていた。

 タイタンの車両はワーカーフロントから貸し出されたもので、レイ達が乗っていた車両とは異なって職員が運転しておらず、アンテラの同僚が運転していた。当然、討伐数の改竄かいざんや巡回経路の無視などの不正が行われないよう管理されていたが、基本的にはすべて、決められた巡回場所を回っていればタイタンは自由に行動出来た。

 それ故に訓練生の指導がし易かった。基本的に訓練生はレイぐらいの年齢の者が多い。それは将来性や肉体的な健康度、成長性の高さなどを考慮してのものだ。加えて、訓練によって優秀なテイカーに育てるという方針上、訓練生には金をかけていられなかったために、安くで手に入れることが出来る年代の者が多い。指導役はアンテラのような外部契約の者や訓練を積み優秀なテイカーとなった元訓練生などで多額の金がかからない。

 無駄のない組織だ。しかしながら多感な時期の者をテイカーにするのは案外、というより当然に難しい。死の恐怖を伴うテイカーになるためにはある程度の素質が必要だ。それか厳しすぎる環境や訓練で認識を誤魔化し、死への恐怖を薄めなければならない。故に指導役が苦労することも多く。特に巡回依頼などでタイタンに専用の車両を用意してもらえるよう便宜が図れなかった際には、レイと同じように見ず知らずの一般のテイカーと共に車両に乗り込むことになる。

 仮想空間を用いた模擬戦闘場や人型ロボットを使った戦闘などで訓練を積んできた訓練生は当然にある程度の自負と自信を持っている。それ故に周りのテイカーと険悪な空気になるこは少なく無く、荷台で乱闘騒ぎを起こすこともある。

 また、一般のテイカーと訓練生とでは使っている武器に大きな開きがある。経験も実力も上、覚悟も優っている。しかし命をして稼いだスタテルで買った武器より、訓練生の使っている武器の方が格段に性能が高い。となれば当然、テイカーが訓練生に向ける心象は良くない。

 嫌味の一つでも吐かれれば、訓練によって自身を積んだ訓練生は簡単に食いつく。当然、全員が全員、そうであるわけではない。訓練生でも少数だ。しかしテイカーには気性が荒い者が多い。騒ぎになってしまうのも無理がなかった。

 

 そう言った環境下で本来の実力を出し、穏便に事を済ませることも訓練だ。しかしそれは、そうした訓練をタイタン側が想定していた場合においてだけだ。不測の事態が起きて、乱闘が起きるのは後処理が面倒途方もなく面倒だ。ワーカーフロントへの謝礼や乱闘騒ぎを起こした個人に対しての取引、または後始末。

 特殊な環境下で訓練を行うのならば相応の指導役を手配する必要がある。中には乱闘騒ぎを楽しむ厄介な指導員もいるため人選を間違えられない。意図していない不測の事態をタイタンは望まない。

 そのため、タイタンは特別な訓練や事情が無い限り、できるだけ専用の車両を用意してもらえるよう便宜を図っていた。

 しかしそれ故に、今回の被害は起きた。

 運転していた車両はワーカーフロントから貸し出されているものだ。レイ達のように討伐数が報酬に影響することが無く、また報酬は個人ではなくタイタンに支払われるため高性能な情報処理システムは積んでいない。だがその他には様々な機能が搭載されており、運転をするだけならばそれらの機能を把握しておく必要はないが、もし車両の性能をすべて使うのならば相応の知識が求められる。

 今回、車両を運転していたアンテラの同僚はこの仕事が初めてであり、当然、巡回依頼用の車両を運転したことがなかった。当然、事前に必要な機能は頭に詰め込んであり、さえ起こらなければ問題なく操作できるはずだった。

 しかしながら機械型モンスターの群れに襲われ、タイヤは一部破損し走行が困難となった。こういった場合、救援を知らせると共に付近で巡回依頼中の車両に危険、また救援を知らせるのが普通のことだ。当然、アンテラの同僚もそのことは知っていた。ただ救援を知らせる信号を飛ばす方法を知らなかった。型落ちの品で、少しばかり操作方法が変わっていたのも理由の一つだ。職員ならば分かっているものでも初めて運転するアンテラの同僚は操作方法が理解出来ていなかった。

 

 最終的に救援要請を出せたのは車両が停止して爆発する寸前。敵を退しりぞけて手の空いたアンテラが出した救援信号を出した。色々と不測の事態が重なった結果だ。

 本来、運転するはずだったタイタン所属のテイカーが負傷し、外部のテイカーを呼んだこと。機械型モンスターの大群に襲われたこと。不測の事態が重なり救援信号を送るのに手間取った。

 結果論だが、もう少し早く呼べていれば結末は変わっていたかもしれない。

 しかしながら、負傷者の数は少なく、死傷者も救助部隊に受け渡してから増えることは無かった。今回の件でアンテラは、外部契約のテイカーとは言え面倒な立ち回りをする羽目になった。 

 そのせいで今日は日が沈み切ったこの時間帯までタイタンの施設にいた。

 アンテラは書類整理をしながら、少しばかりレイのことについて考えていた。報告で生きているのは分かっている。ただ機械型モンスターの群れを前にしてどのようにして生還したのかは不明だが、負傷しているのも知っていた。

 直接的な原因がアンテラでは無いにしろ、前に遺跡で一度共闘したことがある仲だ。少しばかり気に病むのも不思議な事では無かった。ただテイカーという職業上、仲間や知人が無くなることは多い。慣れているためか案外すぐに気持ちは切り替えられる。レイについては直接話す機会も無いだろうし、明日にでもなったら忘れるとそう思っていたら、横道でレイに合った。

 アンテラは予想外のことに驚きつつも、レイの体を見て疑念を払拭しておく。


「怪我は大丈夫か?」


 現状、アンテラから見て怪我は完治しているように見える。しかし服の下や臓器に負傷が残っている可能性がある。

 レイは腕をわざとらしく振って無事を振る舞った。


「大丈夫です」

「それは良かった。なんでここに」

「用事です。そちらは?」

「雑用の帰りだ。タイタンの施設がこの近くにあってな」


 アンテラは「やれやれ」といった感じで首を振る。そして話を続けた。

 

「前の一件は本当に申し訳ない。こちらの不手際だ。損害分のスタテルを払おう」


 テイカーの世界でも義理人情というものがある。すでにレイには負傷分のスタテルがタイタンから支払われている。その為アンテラ個人が払う必要はない。しかしアンテラは払うと言った。テイカーに義理人情があると言ってもすでに終わった案件の支払いをすることは無い。単にアンテラが自分のミスに対して強く責任を感じているだけだ。


「大丈夫です。もう貰っていますので」


 テイカーは自己責任。すでに相応の報酬は貰ったのだからこれ以上は貰わない。その認識がレイにはあった。毅然として、当たり前のように言ったレイにアンテラが苦笑する。


「じゃあ食事にでも連れて行かせてくれ。面子めんつってものがある」


 助けられた借りはスタテルによって払われた。しかし心的な借りというのはどうしてもある。アンテラもそこまで義理人情に厚い方ではないのだが、相手の損害が自分の不手際によって起こされたのならばまた話は別だ。また、タイタンが損害分を払ったということで、借りを返した実感が湧きにくいのも原因かもしれない。

 アンテラの提案にレイは困ったような表情をする。具体的な予定があるわけではない。しかし重要な予定が入る可能性がある。そんな可能性をレイは危惧していた。アンテラはレイの表情を見て、何を考えているのかを大まかに把握すると笑いかけた。


「別に今、決めなくてもいい。気が向いたら連絡してきてくれ。連絡先の交換をしてもいいか?」

「いいですよ」


 アンテラが差し出した通信端末をレイが受け取って、交換を済ませる。その際にアンテラに話しかけられた。


「どうやってあそこから生還したんだ」


 アンテラはレイが生きて生還しているのは知っていた。しかし機械型モンスターに囲まれたあの状況からどのようにして逃げたのかは知らなかった。外骨格アーマーがあったのだから、少しは生きれるのは分かっていた。しかし5分が限界。アンテラが救助車両に乗せられた時にはすでに死んでいるものとばかり考えていたが、結果は違った。

 アンテラもレイが生きていると分かった時は素直に驚いた。あの絶望的な状況から生還できる手立てがアンテラには思い浮かばなかったためだ。少し考えてみても、他の救援車両が偶然、レイの傍を通り、助けた。ぐらいの理由しか思いつかない。だが報告書を見る限り、ハカマダとサラ以外からの助けは無かったはず。だとするとレイが一人で10分も戦い続け、救出されたということになる。それはあまりにも非現実的だと、その考えはアンテラが自分で否定した。

 しかしレイから出てきた言葉は予想通りで、予想外のものだった。


「ハカマダたちが来るまで戦ってた。外骨格アーマーが案外性能よくてな。ぎりぎりで持った」


 アンテラにはレイの言っている意味が分からず、一瞬だけ硬直した。そして僅かに理解してくるとレイに聞き返す。


「すまない。もう一度言ってくれ。よく聞き取れなかった」

「普通に戦って生還しただけだ」

「助けは無しか?」

「ハカマダとサラ以外は無かったな」

「本当か?」

「ああ。だが俺だけじゃ無理だった。外骨格アーマーの性能が良くて助かったな。ハカマダが色々と改造を加えてくれたおかげで対応できた。9割がた外骨格アーマーあれのおかげだ」


 レイの言葉に対してアンテラは、外骨格アーマーの性能と機械型モンスターの数とをそれぞれ天秤にかける。そして導き出された疑念の残る計算結果に頭を抱えつつも、敢えてそのことについては訊かない。


「そ、そうか。…………それより良ければ。タイタンに来ないか」


 いきなりの提案にレイが目を細めた。


「なんでだ?」

「色々と人手が足りなくてな。タイタンから人手を連れてくるように言われてるんだ。別に断ってくれても構わない。ただそういうのもあるよっていう提案だ」

「そ、そうか」

「ああ。レイも見たと思うが、タイタンに入ると簡易型強化服が貰える。場合によっては強化服も。弾薬の割引も効く。訓練施設も使い放題。施設の中でなら飲食もし放題だ。金の無い駆け出しテイカーなら喉から手が出るほど欲しい条件だ。当然、誰にだってこんなことを言ってるんじゃないぞ。限られた奴だけだ。どうだいい提案だろ?」


 アンテラがそう言って笑みを浮かべる。そしてレイも思わず苦笑する。


「ただ、無駄な仕事や責任が発生する、っていう欠点があるよな」

「っは。そうだな。その通りだ。敢えて言わないでおいたが、やっぱり気づかれたか」

「気づかない奴は勧誘しないだろ」

「それもそうだな。ただ私と同じように外部契約ってことも出来るぞ」


 連絡先の交換を済ませたためレイがアンテラに通信端末を返す。その間にもアンテラは話しを続けた。


「そうで無くとも、臨時的にタイタンから依頼を引き受けることができる仕組みもある。試射とかな。レイほどの腕前があれば高く評価してくれるはずだ。それでいて報酬はかなり高いぞ?」


 アンテラが最後に一応、タイタンの所属する上での利点を述べる。しかしレイの答えは変わらない。


「はは。やめときます。組織とはあまり関りたくはないので」


 中部では企業や議会連合、都市、強大な組織に振り回された苦い経験がある。そしてすべてが自己責任というテイカーの仕事を好んでいるのに、無駄な責任が発生する可能性がある組織への所属に対してレイが首を縦に振るわけがなかった。

 アンテラはレイの言葉を聞くと、通信端末を親指と人差し指でで掴んで揺らしながらにやける。


「はは、もう君の連絡先は貰ったからね」

「あ」


 連絡先は貰ったから、いつでもまた………ということ。アンテラはタイタンに所属することを嫌っている雰囲気を出していた。実際に思うところはあるのだろう。しかしそれと同じくらいにはタイタンに対して恩を感じていた。友達を売るようなことはしないが、レイのような少し知り合った程度であれば容赦なく利用する。組織の中で評価を高めるため、また仲間が増えて負担を減らすため。義理人情はありつつ、レイに対して引け目もありつつ。しかし自分の為になるのならば少しぐらいは自身の気持ちを騙し、言い聞かせることが出来る。アンテラはそういう人間だ。テイカーでは普通のこと。義理人情はある。しかしあくまでも薄い信頼関係だ。

 別にレイが断り続ければいいだけの話だ。しかし首を縦に振らざるを得ない理由を作られるかもしれない。


「別に削除して貰っても私は構わないよ」


 アンテラはそう言ってレイに背中を向ける。

 最近はサラやハカマダなど、安心こそ出来ないもののある程度、信頼は出来る人物と出会ってきた。しかし中部ではそうでなかったはずだ。基本的にニコ以外は信用していなかったし、個人情報は渡さなかった。

 西部に来て、知り合いが増えて、認識が甘くなっていたのかも知れない。


「俺のミスか」


 レイは呟いて、しばらくその場に立ち尽くした。

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