第113話 無始無終

「ふーん。生きてるじゃん」


 引き金を引きながら、サラが呟く。照準器の中には機械型モンスターに囲まれながらも、それらを蹴散らし暴れる一体の外骨格アーマーが映っていた。装甲は砕け、関節部分は壊れかけて動きが鈍くなっている。ブレードが刺さっていたり、鎖が巻き付いていたりとサラたちがいなかった10分ほどで、どれだけ壮絶な戦闘が繰り広げられたのか、推し量ることが出来る。

 正直。サラはレイが死んだものとばかり思っていた。だがサラがそう考えるのも無理は無かった。普通に考えればレイは死んでいる。型落ちの外骨格アーマーであろうと強力な武装であることには変わりない。しかし機械型モンスターの群れに囲まれればどうかは分からない。外骨格アーマーは一対多の戦闘を苦手としている。外骨格アーマーを傷つけられないほどの武装しか持たないのならば例外だが、機械型モンスターは確かに外骨格アーマーを破壊しうる装備を持っていた。

 四方八方を囲まれれば、動きが怠慢な外骨格アーマーでは勝ちようがない。どれだけの技術を有していようがいつかは限界が来る。相手は終わりが見えないほどに数が多いのだ。鈍足な外骨格アーマーでは逃げ切ることが出来ず、結果的に持久戦になる。

 機械型モンスターを倒しきるのが先か、外骨格アーマーが破壊されるのが先か。素人でも答えは分かり切っている。

 しかしレイは生きていた。そしてまだ外骨格アーマーは動いていた。

 サラは予測が外れたことに僅かに驚き、言葉を漏らしたが無理もないことだ。

 ハカマダから事前に、外骨格アーマーは改造が加えられ、本来の性能よりも大幅に上昇しているとサラは伝えられていた。当然、そのことも考慮しての予測だ。改造を加えたということは操作方法も僅かに異なるということ、それもハカマダは自分しか使えないようなほどに手を加えたと言っていた。初めて乗るであろうレイがすぐに慣れることは不可能。慣れている間に殺される。普通はそう思う。

 しかし、外骨格アーマーの性能が予想以上だったこと、レイの適応の速さ、豊富な装備。などの要因によってサラは予測を外した。

 ハカマダの外骨格アーマーは型落ちの品を改造している。しかし性能は最新の元とほぼ変わらない。反応速度、感度を人間の知覚限界まで高め、操作と実際の動きとの間に生じる誤差を極限まで減らした。関節の可動域を広め、より柔軟な動きが出来るように改造もされている。加えて、所謂いわゆる、ロマン装備と言われるような豊富な武装を有し、あらゆる状況に対応できるように手が加えられてた。

 そしてレイがそれらの機体性能や装備を十分に使うことが出来た。

 ほぼ紙一重、神がかり的な緊迫感のある戦闘内容だったが、レイは狂気が優った。


「……はあ」


 外骨格アーマーに纏わりつこうとする鎖を射撃しながらサラがため息を吐いた。特に理由は無い。現状が面倒だったのかもしれないし、高い集中を求められる射撃で疲れてしまったからかもしれない。 

 いずれにしても、サラは外骨格アーマーに奇襲を仕掛けようとする個体を正確な射撃で仕留めている。かなりの戦闘を行い集中力は切れかけている。そして夕暮れということもあり視界状況は少し悪い。

 それでも、大体の機械型モンスターはレイが倒してためあとは残党処理だ。少し時間はかかる。その間にレイが致命傷を受けるようなことがないようサラは全力を尽くすが、どうなるかは分からない。

 レイがここで少しでも止まればサラの援護も虚しく死ぬだろう。

 ハカマダが少し離れた場所で、いつでも駆け付けられる場所で車両を停めるとGARA-1を持ち、加勢する。

 GARA-1の照準器には左腕を失い、胴体が抉れ、今すぐにでも稼働が停止してしまいそうな外骨格アーマーが、それでも目の前の機械型モンスターを叩き潰す様子が映っていた。


 ◆


「………っ――はぁ……はぁ……」


 機体が大きく揺れた影響で、頭部を強くぶつけた。貫通したブレードが腕を僅かに切り裂いた。操縦桿を握るレイは血を流し、項垂れていた。肩で息をして、力が入らなくなって痺れ、震える腕に再度力を入れる。

 流れ出た汗が額を通り過ぎ、頬を流れ、顎から落下する。操縦室の床は血とオイル、汗で汚れていた。

 目の前の機械型モンスターを叩き潰す。そして出来た僅かな余裕。レイは頭を上げて座り直し、落ちて来た髪をかき上げた。そして再度、操縦桿を握り締める。ハカマダたちが戻ってきたのは分かっている。もう持久戦では無い。敵の数が減っているのもやっと今、実感できた。

 あと少しだと思えば力も出てくる。それでも絞りカスのような僅かなものだ。しかし外骨格アーマーの機体性能とレイの操縦技術があれば、僅かな気力だけで機械型モンスターを殺しきれる。

 燃料は少ない。あと1分と稼働できない。まだ機械型モンスターが何十体といるのは分かっている、ならば耐え凌ぐか。残り僅かな燃料を大事に、必要最低限の動きで生き延びることに集中するか。

 違う。

 残り僅かなこの燃料で、残存している機械型モンスターすべてを破壊する。守りでも逃げでもない、攻勢だ。

 

 次の瞬間、機械型モンスターが金切り音を響かせながら駆動した。拳を振り上げ、機械型モンスターを打ち上げる。そしてその個体が落下する前に胴体に刺さったブレードを引き抜き、左右から接近し肉薄した個体を叩き切る。

 と同時に、先ほど打ち上げた個体が落下する。仲間と衝突し、部品をまき散らす。

 敵の数が少なくなったこともあり、一瞬、それまでは絶え間なくレイに襲い掛かっていた機械型モンスターの波が止まる。息を整える、状況を把握する、一瞬で様々な考えが頭を交錯した。しかしレイは、えて数歩踏み出して機械型モンスターの中に入る。

 残された燃料は少なく、悠長に敵を待っている時間など無い。

 僅かな時間の中ですべての機械型モンスターを破壊する。蹴り飛ばし、踏みつぶし、押しつぶし、叩き潰す。仲間がいるこの状況で、合理的な選択ではないのかもしれない。しかしレイにとってみればの選択だった。


「ははっはっははっは」


 額から血を流し、破裂しそうなほどに鼓動する心臓。吐き気すら覚えるほどの頭痛。乾き、干からびた眼球。震える筋肉。痙攣する瞼。いつ倒れてもおかしくはない負傷をしながらも、レイは笑い、拳を振り下ろした。

 機械型モンスターは拳によって圧縮され、部品をまき散らしながら爆発する。

 外骨格アーマーは地を駆け、敵が接近するよりも早く逆に距離を詰めて、至近距離から質量と力に任せた攻撃を繰り出す。機械型モンスターに掴みかかるとそのまま、振り回す。遠心力と仲間にぶつかった時の破損によって、足だけを残して千切れ飛んでいく。

 鎖が外骨格アーマーに向けて放たれる。サラの射撃によってその幾つかは弾き飛ばされるが、何本かはレイに絡みつく。しかし完全に拘束されるよりも早く、レイはブレードを引き抜いて鎖を叩き絶つ。

 そして握り締めたブレードの形が変形するまで縦横無尽に駆動し、破壊の限りを尽くす。左の拳で相手を殴りつけのならば火薬が爆発する。

 機械型モンスターは目に見えて減っている。

 だがレイの疲労、外骨格アーマーの損傷は火を見るよりも明らかだ。駆動しているのが不思議なほど。しかし現に、外骨格アーマーは敵を破壊すべく動き続けている。もう1分が経とうとしている。本当ならば燃料が切れていてもおかしくはない。しかしまだ燃料は残っている。ホログラムには0.5mmにも満たないほどだが確かに、残存燃料が表示されていた。

 必要最低限の動きでありながら最大限の効力を発揮する。レイは無意識の内に操縦技術をそこまでのものへと進化させていた。だがこの程度ではこの危機を切り抜けることは出来ない。

 なぎ倒し、踏み越え、叩き潰す。しかしそれでも敵は残っている。

 終わらない。だが終わりは見えている。

 あと少しだと気力を振り絞る。それに呼応して外骨格アーマーは金切り音を上げる。

 狭まった視界の中で残った敵機を確認する。

 目視で数えられるほどの数は少ない。そして残った燃料は目視が出来ないほどに少ない。どちらが先に切れるか。レイが倒しきるか、倒しきれないか。これは最後の戦いではない。ただの残党処理だ。

 気負う必要はない。残り残った機械型モンスターを順番に処理していくだけだ。


 ◆


 外骨格アーマーが荒野の中で駆動を停止している。立ったまま、頭部に当たる部位を下げて止まっていた。付近には機械型モンスターの死体が散乱している。踏みつぶされたり、叩き潰されたり、殴り飛ばされたりなど、その死因は様々だ。

 状況を見れば、その死体の中心に立つ外骨格アーマーが機械型モンスターの山を築いたのだと容易に想像できる。しかし稼働を完全に停止しているのを見るに、相打ち、それか間一髪といった具合だったのだろう。

 停止した外骨格アーマーに一台の車両が近づく。機械型モンスターであったものを踏み越えて、避けて、車両が外骨格アーマーの傍まで来る。すると荷台からサラが降りて外骨格アーマーまで小走りで近づく。

 すでに操縦席部分は大破していたため、特に扉を開くことなく中の様子が確認できた。ブレードによって僅かに空いた穴から光が差し込み、操縦席に座るレイの様子が見える。血だらけで、項垂れていた。ピクリとも動かず。死んだように見える。しかし僅かに息をしていた。

 サラは扉をこじ開けて、レイに話しかける。


「さっさと起きなさい。救援依頼はまだ終わってないわよ」


 サラの言葉に、レイは思わず苦笑いをした。そして怠慢な動きで体を起こすと、掠れた声で答えた。


「すまん……。動け…ない。引きずって…外に……出してくれ」

 

 するとサラはため息交じりに操縦席の方に乗り込むと、座席に座るレイの腕を引っ張って無理矢理外に放り投げた。外骨格アーマーから放り投げられたレイの体は力なく地面に倒れ伏す。

 その一部始終を運転席から見ていたハカマダが慌てて飛び出した。そして倒れ伏したまま動かないレイに駆け寄って、肩を叩く。


「…………おい、レ……気絶してんじゃねえか」


 緊張が切れて安堵した、負傷が酷かった、意識を保てないほどに疲弊した。などの要因があり、そこにサラが一撃を加えたことでレイの意識は刈り取られた。


「――ったく。まあ回復薬つけとけば死ぬことはないだろ」


 レイは負傷している。しかし命に別条があるというわけでもない。二日もすれば回復する傷だ。気絶したのは肉体的な疲労よりも精神的なものの方が大きいはずだ。恐らく、少しの間は気絶したままだ。

 救援依頼はまだ続行中で、救助対象はまだ残っている。レイを荷台に縛り付けて、ハカマダたちは引き続き依頼を進める。


「行くぞ」


 レイを持ち上げて荷台に乗せると、ハカマダがサラを呼ぶ。サラは散乱した機械型モンスターと外骨格アーマーを見ながらハカマダに問いかける。


「こいつらは、置いてくの?」

「いや。ワーカーフロントに言って引き取ってもらう。機械型モンスターってのは案外、価値になる。テイカーおれらは重くて持ち運びに苦労するから持って行けてないだけだ。部品の一つでも持っていけば相応の値が付くはずだ。それに巡回依頼と同様、倒したモンスターの所有権は俺らに無い。さっさとワーカーフロントに来てもらって、活躍分をテイカーランク上昇に充てるのが吉だな。外骨格アーマーはその時ついでに回収してもらう」

「ふうん。分かったわ」


 そう言ってサラが荷台に乗り込む。そして僅かな時間だけだが、救援依頼を行うために次の救助対象の元へと向かった。

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