第112話 一簣之功

 回収地点に着いたハカマダは、迅速に負傷者の受け渡しを行った。本来ならば負傷者の受け渡し義務は無く、依頼にも含まれていない。あくまでもモンスターの殲滅と車両の救出が主だ。そもそも、負傷者を受け入れて治療をしたとしてもその費用を払えない可能性が高い。なにせ巡回依頼を受けているほどだ。高額な治療費を払えるほどのスタテルが懐にあるとは思えない。加えて、ある程度のテイカーにもなると保険会社などと契約しているため、勝手に治療部隊が来ることも多い。

 そのため、重傷者や死体の回収は任意だった。しかしタイタンとなると話は別だ。組織に属しているだけあって、そしてその職業柄、治療費の補償などはタイタンが行う。

 そのため、回収する必要があった。 

 とはいっても、そのような事項が無くとも助けるのは一般的なことだ。自己責任、裏切り、利己主義が蔓延しているテイカーであってもそのぐらいの認識はある。

 ハカマダがすべての負傷者の受け渡しを行うと、運転席に乗り込んだ。その際にアンテラから一言投げかけられたが、内容は『期待しない方が良い』というような旨のことだった。そもそもの原因を作ったのがアンテラであるため、そのことを自覚しているのか申し訳なさそうに、だが忠告するように言っていた。

 サラがすぐに許可を出す。

 そしてそれを確認したハカマダがアクセルを踏み込んだ。レイのいる場所までは5分程度で到着する。案外短い時間だ。しかしそれはハカマダたちにしてみれば、という前置きが入る。戦闘中は体感時間が引き延ばされ、たったの1分が永遠にも感じられる。

 全力の戦闘の中で人の集中力は持っても5分が良い所だ。加えて扱いずらい外骨格アーマーに四方八方から襲い掛かる機械型モンスターという最悪の条件もある。一瞬の隙が命取りだ。そして集中を保ち続けたとしてもあまりの苦痛から、無意識化で楽になりたいとそう願ってしまうことが戦闘中には稀にある。操縦桿から手を離せば、僅かに反応を遅らせれば死ねる。という潜在化で一瞬だけ芽生えた意識が死へと誘う。

 そしてレイが戦っているのは5分だけではない。最低でも10分は全力で戦闘している。張り詰めた緊張をそれだけの間、維持するのは普通のテイカーでは出来ないだろう。

 それこそ、誰でも知っているような逸話を持つテイカーでなければ厳しいはずだ。

 慣れない外骨格アーマーであるのに一つでもミスったら致命傷になる。色々と警戒しなければいけないことが多い。四方八方から襲い掛かる機械型モンスター。慣れない外骨格アーマーへの不安。終わりの見えない敵の大群。焦燥、不安。色々な感情が染み出して、さらに集中力がすり減らされるだろう。

 アンテラが『期待しない方が良い』と言ってしまうのも納得の状況だった。

 

「………生きて……いや」


 レイのいる場所にまで近づくと探査レーダーが機械型モンスターの群れを映し出した。一瞬、目を疑った。しかし事実だ。夥しいほどにいた機械型モンスターは大幅に少なくなっていた。

 だがレイが生きているかは分からない。機体が動かず死を待ってるだけかもしれない。

 だがいずれも、この距離にまで来れば機械型モンスターをハカマダたちでも殺せる。レイが生きている、生きていないに関わらず機械型モンスターの殲滅は依頼内容に含まれている。レイの安否はすべてが終わった後に確認すればいい。

 荷台で突撃銃を構えたサラが、機械型モンスターに向かって引き金を絞った。


 ◆


 崩壊寸前の機体が多数の機械型モンスターを相手に大立ち回りを演じていた。動く度に金切り音を響かせながら、腕を振り回し、敵を蹴とばす。しかし鈍くなった動きでは限界が来る。熱せられたブレードが足を貫く。機体に刺さったブレードはすでに10本を越えていた。

 外骨格アーマーが胴体に刺さった一本を引き抜くとそのまま、機械型モンスターを叩き切る。一心不乱に駆動し、破壊の限りを尽くす。

 すでにレイは力尽きていた。無駄なことを考える余裕は当然に無く。目の前の敵を破壊することだけが頭の中にあった。だがすでに性能が落ち、あらゆる装備が破壊された今、思うようにモンスターを破壊出来ない。

 正面から拳を叩きつければ機械型モンスターは面白いようにぶっ飛んで破壊される。踏みつぶせばプレス機に潰されたように圧縮される。叩きつけても同様だ。しかし今は殴ろうが、蹴ろうが、機械型モンスターが倒せない。

 

「――――クソが」


 満足いくように動くことが出来ない機体を、僅かに動きが鈍った外骨格アーマーを鎖が縛り付ける。レイを荷台から引きずり下ろしたあの鎖だ。取り囲む機械型モンスターが時機を伺ったように、一斉に胸部から射出した。

 鎖は腕や足、胴体、外骨格アーマーを固定するように巻き付く。レイの腕を捕らえた時は違い、全力で締め付けている。引きずり下ろすのが目的ではなく、その場に固定するためだろう。加えて外骨格アーマーは硬い。全力で縛り上げたところで引きちぎれるようなものではない。ただ、装甲がひずみ外骨格アーマーは悲鳴を上げている。その上、防御行動が取れない。当然の如く、機械型モンスターは隙を突く。

 機関銃を発砲し、ブレードを突き刺す。

 

「っ―――まだ! 終わりじゃねえだろ……!」


 レイが操縦桿を握り締める。

 縛り上げられた右腕が僅かに動いた。駆動音と共に鋼鉄の絶叫が響く。だがレイはそんなことはお構い無しに力を込める。あらゆる制限を取り外し、出来る限りの力で引っ張る。

 鎖を射出した機械型モンスターは鋭く尖った、カギ爪のような足を地面に突き刺し固定していた。しかし力任せに引っ張られると地面が抉れる。そして僅かに、足が地面から離れた瞬間、体が持ち上げられ振り回される。

 外骨格アーマーの近くにいた個体は腕に巻き付いた鎖ではじけ飛ばし、破壊する。少し離れた個体ならば振り回された機械型モンスターが衝突することで木っ端みじんに砕け散る。

 一回転ほどもすると遠心力で胸部から飛び出していた鎖が抜ける。外骨格アーマーの右腕には鎖が巻き付いたままだが、これもまた武器になる。

 今度は左腕を縛り上げる鎖を解こうと力を入れた。だがそれと同時に警報が鳴る。


(……切れたか)


 燃料がほぼ尽き欠けていた。表示は緑色から黄色へ、そして今は赤色になっている。ここで全力を出せばあと1分もしないで外骨格アーマーは動かなくなる。しかしこの状況を打開するためには全力を出す必要があるのもまた事実だ。

 

(……っは)


 もし燃料が切れたのなら外骨格アーマーを脱ぎ捨てて、生身で戦えばいい。

 レイは右腕の時と同じように、左腕を持ち上げ、機械型モンスターを振り回す。衝突の際に砕け散った部品が舞う中で外骨格アーマーはぎこちなくも、効率化された動きで脅威を退しりぞける。

 だがその時、背後から、右から、左から、四方八方から外骨格アーマーを捕らえるために鎖が放たれる。レイはその存在に気が付くと同時に体に刺さったブレードで払いのけた。しかし幾つかの鎖が再度放たれる。レイはそれらに対処しようと機体を傾ける。

 だが、鎖は何らかの要因によってすべて弾き飛ばされた。

 レイが状況を把握しようと瞬時に周りを一瞥する。そして少し離れたところから砂塵を巻き上げながら近づいてくる、装甲車両が目に入った。

 その瞬間にレイは、嬉しいのか悲しいのか、自身でもよく分からない感情を抱いた。だがすぐに不要な感情を捨て去って、目の前の敵を如何にして破壊するかに思考を割く。


「来いよ! 鉄くずどもが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る