第111話 戦々恐々

 レイが機械型モンスターに囲まれ、量で圧倒されながらも一瞬の隙すら作らず相手を一方的に破壊していた。操作にはもうすでに慣れた。使っていない幾つかのボタンやレバーこそあるものの、それを使わざるを得ないほど追い詰められているわけではない。いや、正確には追い詰められてこそいるものの現状を維持できるだけの集中力と機体性能があった。加えて、無駄な機能を使って不利になるのも馬鹿らしかったのも理由の一つだ。

 迫りくる機械型モンスターが減っている気配はない。ずっと、永遠に四方八方からモンスターが来ている。終わりが見えない。率直な感想を抱く。自分騙して気分を上げたって結局は空元気だ。張り詰めた戦闘の中では集中力が削られ続ける。脳は疲弊する。酷使した眼球は充血する。喉が渇き、嗅覚や味覚と言った不要な機能が停止する。

 荒く呼吸をし、額に流れる汗を拭くことは出来ない。段々と感覚が腕と足だけを残して鈍くなってきている。酷く疲弊している。視界は平衡を保っていない。

 しかしレイは笑い、目前の敵を蹴散らす。

 両手で左右の前足を握り、機械型モンスターを振り回す。グルグルと回し、叩きつけ、気が付くとレイが握り締めた前足部分だけを残して機械型モンスターは破壊されていた。

 だが今ので倒せたのはせいぜい4体ほど。四方八方囲まれていて正確な数は図れない。だが最低でも30は越えている。まだ追われない。


「――――来いよ!!」


 背後から飛んできたブレードは外骨格アーマーの背面に取り付けられたカメラで感知すると間一髪躱かわす。そして前方から来た一体を後ろに蹴とばし、前から敵が来る時間を稼ぐ。振り向きざまに右から来た個体を上から叩きつける。そして振り向くと、先ほど振り下ろされたブレードが地面に刺さっているのを抜こうとする機械型モンスターがいた。レイはブレードを持つ前足を根本から踏みつけて破壊するとブレードの柄の部分を持った。

 そしてすでに肉薄していた右斜め前の個体を切りつける。相手がブレードを振り下ろすよりも早く、レイが握り締めたブレードは相手の体を真っ二つに切り裂いた。続けて四方八方から襲い掛かる機械型モンスターを切り伏せる。同時に来たのならば右腕で握り締めたブレードで、左の拳で、それぞれ撃ち砕く。

 戦いは終わらない。奪い取ったブレードは電力を失ったせいで帯びていた熱は無くなり、色は黒味がかった鋼鉄の色だ。切れ味は悪く、もはや鉄塊を叩きつけているだけ。だがそれでも敵が殺せるのならば十分だ。それに代わりのブレードならいくらでもある。


「まだまだ――!!」


 喉から血を吹き出しながらレイが叫ぶ。いつ負傷したのかは分からない。ただ味覚はすでに衰えている。鉄の味は感じない。

 もうどのくらい戦ったのか。時間間隔は無い。しかし体感時間ではもう1時間は軽く超えている。ただ間違っているだろう。絶え間なく現れる機械型モンスターに対してすり減らされた集中力や感覚の正確性はもう信用できなくなっているためだ。現実はそこまで経っていない。せいぜい5分程度だ。

 だがその僅かな時間でレイは視界がぼやけるほどに疲弊している。加えて機体は傷つき、動きが鈍くなっている。搭載された装備は使い切り、燃料が残り少なくなっている。

 これほどまでに身を削って敵は減らない。視界は鋼鉄で埋め尽くされている。飛び散る火花が閃光のように光る。外骨格アーマーの空調機能はすでに息をしていない。正確な温度は分からない。なにせ感覚が鈍化している。ただ汗が止まらないのは事実だ。

 熱さに疲弊と緊張、焦りが合わさった結果だ。

 このままいけば押し負ける。踏みつぶされ、ぶった切られ、死ぬ。最後まで足掻き続けなければならない。

 まだ可能性は残っている。とは言ってもどう転ぶか分からない、不確定性の高い可能性だが。

 

「………」


 レイが僅かに視線を動かす。

 操縦桿の右側にこれ見よがしに置いてあるレバー。一体何の機能が秘められているのか、全く持って不明だ。これが緊急脱出用の物であったのならばその時はその時だ。生身で機械型モンスターにかなうわけもないし、結末を受け入れるしかない。当然、最後まで抗いこそするが。

 レイが勢いよくレバーを引く。

 ガタン、という一瞬の振動の後に座席の下から音が響く。モニターには機体の映像が映し出されていた。腹部の装甲が僅かに開き、そこに赤色のマークが点灯している。

 レバーを引いたために出た印だ。

 レイは機体の腹部に手を入れる。すぐ目前にまで敵が迫っている。もしこれで何もなかったのだとしたら無防備な機体は一瞬でガラクタになる。だが今更、どう転んだってしょうがない。

 レイが腹部に内蔵されていた装備を抜き取る。


(――っくっは。ロマン武器かよ)


 モニターに映し出されたその装備を見てレイが笑う。

 一見、拳銃のような見た目をしていた。しかし銃身は長く、下に銃剣が着いていた。

 単純に考えれば遠距離も近距離も行える優れものだ。だが拳銃本来の良さでもある取り回しのしやすさが、銃剣によって失われている。外骨格アーマ―だから良かったものの重量もかなりのものだ。とても片手で扱うものではない。誰でも考えられそうなこの武器が市場に出回ることが無いのは相応の不備があるためだ。所謂いわゆる、ロマン武器というやつ。競技用や自宅に飾るインテリアと同列の扱いだ。テイカーの中には実践でこれらの装備を使う者もいるが、単にイカれているだけだ。

 レイは自分の意思でこれらの装備を手に持つことは無い、そして使うこともない。しかし今の状況に置いて、頼れるものがこれしかないというのならば、使うしかないだろう。

 レイは親指を立て笑っている、このロマン装備を搭載したハカマダの顔を思い浮かべながら、飛び掛かって来た機体の底面から銃剣を突き刺した。そして引き金を引く。爆発音にも似た発砲音が轟く。直後、巨大な弾丸がモンスターを貫き、空へと打ち上げられる。

 機能を停止し、外骨格アーマーの右腕に全体重がもたれ掛かる。関節が悲鳴を上げる金切り音を響かせながら、力任せに右腕を振って停止した機械型モンスターを飛ばす。 

 その中で銃剣を引き抜き、四方八方から襲い掛かるモンスターを処理する。

 銃剣で叩ききって、発砲し、囲まれた輪の中を噛み乱す。もうすでに、レイは十分に外骨格アーマーを使えるようになっていた。度重なる戦闘によって外骨格アーマーの動きはにぶい。しかしレイは完璧に扱えるまでに技術を高め、感覚を調整した。

 今となっては手足のように外骨格アーマーが動く。自由に奔放に、銃剣を振り回し、拳銃を発砲する。背後からの敵を蹴とばし、側面の個体を殴りつける。突き刺した銃剣を上に登らせて、半分を切り裂く。

 機械型おンスターの背中に乗せられた機関銃を抜き取り、射撃する。弾丸が切れたのならば機関銃で殴りつける。振り回し続けた銃剣は僅かに駆けていた。機体は悲鳴を上げていた。

 殴りつけ、防御に使っていた左腕の損傷は酷いもので装甲はほぼ剥がれていた。 

 今度は操縦桿の左側にあったレバーを引く。これ見よがしに置いてあった、この機体の機能の一つが秘められている。

 錆びついて思いレバーを引ききると左腕の拳が爆破し、装甲が完全にげる。だが代わりに殴打に特化した拳が現れる。


(次はメリケンサックかよ)


 拳はメリケンサックの様な形をしていた。

 レイはまたハカマダの顔を思い出しながら、銃剣で右からの個体を撃ち殺す。そして左斜めから来た機械型モンスターを左の拳で殴りつけた。直後、爆発と共に黒煙があがる。


「――っくっはっはっは!」


 火薬付き。拳と敵機体とがぶつかりあった瞬間に火薬が爆発する仕組みだ。この調子では左腕は長く持たないだろう。だがそれでいい。長く戦えるほどの集中力はレイに残っていない。そして機体ももう長くは戦えない。

 だが装備をすべて使い切り、最後まで足掻く。


「俺はまだいけるぞ」


 まだ他にも使っていない装備がある。まだ戦える。レイが叫ぶ、何度目かは分からない。ただ今は久々に心地が良い。

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