第110話 狂喜乱舞
「どうだ。来てるか」
ハカマダが荷台にいるサラに訊いた。とは言っても、探査レーダーを確認すれば質問の答えはもう分かっている。
「来てないわよ。
「もう仲間に救難信号は送ってる。手が空いてる奴が負傷者を連れて行ってくれるはずだ」
「それまで?」
「それまで耐えててくれることを祈るしかない」
餌に群がる蟻のように機械型モンスターはレイに集まっている。すでに肉眼では捕えられないほどに離れてしまったが、その異様さは離れていても分かる。正直、ハカマダが戻ってくるまでにレイが生き残れる確率は低い。ならばハカマダたちが助けに行けばいいが、それも出来ない。レイが仲間であったのならば損得無しに助けにいけていただろう。これが救援依頼で無かったのならば助けに行けていたかもしれない。
しかし三人は依頼を行うだけの信頼関係しか無く、助ける義理は無い。一応、ハカマダがレイを誘ったため、少なからず責任はあるがテイカーは自己責任だ。ハカマダの提案を乗ったレイに非がある。そして三人は巡回依頼を受けている。今、荷台にいる負傷者を捨てて助けに行くことは当然出来ない。テイカーフロントからの信頼を失うし、違反で罰金を科せられるかもしれない。
レイを見捨てたわけではない。だが助けに行くことも出来ない。
(……やっちまった)
ハカマダが内心で呟く。それは自身に対しての不甲斐なさから来るものであり。外骨格アーマーのことについてのことでもあった。あの外骨格アーマーは昔、ハカマダが使用していたものだ。度重なる戦闘で自分だけが使いやすいように改造していった。その結果として誰であろうと使うことが出来ないほどに複雑に、元の操作方法とはかけ離れた物となってしまった。
錆びつかない程度にメンテナンスはしている。性能も一般の物と比べても高性能だ。よく、外骨格アーマーは強化服や簡易型強化服よりも性能で劣ると考えられている。その認識は一部合っていて、一部間違っている。
値段に関していえば外骨格アーマーは二つと比べて安い。高性能な品物であっても、たとえ外骨格アーマーと同程度の性能であったとしても、大きさが違う。巨大な外骨格アーマーに比べて強化服や簡易型強化服はほぼ直接着るために人体の大きさほどしかない。それほどの質量しか持たない装備に外骨格アーマーと同じだけの性能を詰め込むのにはそれだけの費用がかかる。
そして用途に関しても、外骨格アーマーは基本的に遺跡探索では使われない。それは遺物を集めにくいのと隠密性が皆無だからだ。たとえ熱光学迷彩を施したとしても歩く音、振動で存在が露呈してしまうだろう。
主に建築や防衛、護衛など、決められた場所、任務を全うするのが外骨格アーマーの主な役割。逃げ足は速くない。あの機械型モンスターの群れに対して撤退戦を仕掛けることは絶対に出来ない。
それに加えてハカマダの外骨格アーマーは操作性は悪い。外骨格アーマーに乗ったことが無いのならば二週間から三週間。乗ったことがあるのならば3日ほどで慣れる。素質があったとしても一日はかかるだろう。簡易型強化服や強化服と違って外骨格アーマーは動きが肉体を連動していない、それだけの時間がかかる。
『こちらA7。回収地点の座標を送った。来てくれ』
救急隊を積んだトラックからの通信が入った。探査レーダーを見てみると送られた座標部分にピンが立っている。場所は案外近い。すぐにで着くことが出来る。だがレイにとってみればあまりにも長い時間だ。
ハカマダは無意識の内にハンドルを強く握りしめ、意味もなくアクセルを強く踏み込んだ。
◆
レイが外骨格アーマーに乗り込み、敵と相対した。だがレイが乗る外骨格アーマーには軽量化の為か、それとも別の理由か、機関銃やその他の遠距離攻撃手段を持っていなかった。対して機械型モンスターは背中に機関銃を背負っている。両者の距離は急激に近づいているが、完全に接触するまでに外骨格アーマーが穴だらけにされるのは目に見えていた。
レイは機械型モンスターの位置と、外骨格アーマーに搭載された装備を瞬時に判断すると機体を前に走らせた。基本的な移動方法は少し異なっているものの、従来のものと比べて大きな変化があるわけではない。慣れた手つきで機体を走らせる。
「――っは?」
機体が大きく揺れて、視界がガクンと落ちた。それまでは空まで見えていた視界が下を向いて見えない。それほどまでに、躓いたかのように外骨格アーマーの頭部が下がった。一瞬、何が起きたのか理解できずにレイは固まった。しかし機械型モンスターが接近してくる音と、機関銃から放たれた弾丸が装甲に当たった時の金属音によって我を取り戻す。
(可動域が広いのか)
一般的な外骨格アーマーに比べて関節の駆動域が広い。それでいて反応、感度が良い。レイは一歩だけ普通に踏み出したはずが、大幅に、大股に踏み出したことになっている。それにより踏み出した右前足は膝から折れ、頭部が下がった。反応速度と感度が良すぎる。半周、振り向いたとしてもこの機体では一周分振り向いたことになる。それほどまでに通常の機体とは違う。常人では慣れることすら出来ないほどにピーキーな性能だ。
レイが固まり、操縦に戸惑っている間、機械型モンスターは近づきながら背中に搭載された機関銃を発砲していた。しかし色々と改造を加えられた外骨格アーマーということもあり装甲は通常の物よりも分厚く、そして硬い。弾丸が命中しても
だが何百発と撃たれれば分からない。早急に体勢を立て直し、肉弾戦に持ち込まなければならない。
レイは先ほどのミスから誤差範囲を正確に割り出し、感覚を合わせる。撃たれ続け、焦燥感が上がり続ける状況に置いてもレイは冷静に一つずつ確認事項を済ませていく。
股関節、足、腕の可動域。操縦桿と機体とのラグ。搭載装備の故障部分。残存燃料など、なんであるのか分からない不明なボタンを除いてほぼすべての点検を済ませる。
ぶっつけ本番だが、挑戦することでしか生き残れない。退路は無い。この状況にレイは慣れている。
(動いてくれよ)
レイが外骨格アーマーを立ち上げた時にはすでに、機械型モンスターはすぐ近くまで迫っていた。接触まであと五秒というとろだ。当初の予定とは異なって、ここまでに近づかれるまで、何百発、何千発と弾丸を浴びてしまった。しかし装甲に少し穴が空いたぐらいだ。
装甲自体も硬いのもあるが、燃料が減っているのを見るに、液体金属などを装甲の下に走らせて防御力を上げていたのだろう。思いのほか、ハカマダは本気で外骨格アーマーを使って、改造していたらしい。
「行くぞ―――っ!」
気合を入れるために全力で叫ぶ。その直後、機械型モンスターと交錯し、機体は大きく揺れた。交差する直前、機械型モンスターの前足が割れ、熱せられ、
恐ろしく動きが滑らか。正確に動かせば寸分の狂いは生まれない。操縦士が一流であればハカマダの外骨格アーマーは正確に力を反映する。レイは慣れないながらも操縦桿を握り締め、続けて前方から現れた機械型モンスターを踏みつぶす。
そして二体目を破壊した時、すでにレイの周りを機械型モンスターが取り囲んでいた。命令や作戦など無く、ただただ波のように機械型モンスターが押し寄せる。だが外骨格アーマーは腕を振りかぶり、それらを吹き飛ばす。回転し、四方八方から飛び掛かるモンスターをその腕力と頑丈さで破壊し、耐えきり、投げ飛ばす。踏み荒らし、ねじ切り、撃ち砕く。
簡易型強化服だったのならば、強化服だったのならばここまで豪快で、ここまで一方的に破壊することは出来なかっただろう。外骨格アーマーだからこそ出来る技だ。もっと言うのならばハカマダの外骨格アーマーであるからここまで善戦出来ている。
だが数は力だ。圧倒的な質も飲み込まれる。
振りかぶった腕には傷が見え、亀裂が走った。胴体部分にはブレードが刺さったままだ。残存燃料は勢いよく減っていく。この機械型モンスターの波がいつ終わるかは分からない。だがもし燃料が切れたのだとしたら絶望的な状況だ。
ただ全力で対処しなければ速攻で機体は破壊される。余裕は無く、燃料の制限は当然出来ない。いつ終わるかも分からない恐怖、焦燥。減っていく燃料の不安。機体の損傷。慣れない操作。絶望的な条件ばかりだ。
だが。
「っはっはっは! いいぜ! これだよ! 最高に生きてるって感じだ!」
死を前に笑う。親友と、そして僅かな時間を共にした仲間の幻影を見ながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます