第108話 捕捉

 ハカマダの運転する車両が救援場所に近づくと立ち上がる煙が見えた。黒煙だ。車両から出ているものだろう。大破した車両から立ち上って、死体が散乱しているのだろうと一瞬、三人は良くない想像をした。しかしどうやら予測と現実は一部合っていて、一部異なっているようだった。

 探査レーダーにも、双眼鏡から見える光景にも機械型モンスターの姿は映っていなかった。代わりに見えるのは大破した車両の周りで立ち往生するテイカーの姿だ。その周りには機械型モンスターであったであろう、部品が散らばっていた。

 状況を見るに車両こそ壊れたものの、機械型モンスターを倒しきることが出来た、ということなのだろう。そして車両を失ってしまったため荒野の中で突っ立っていることしかできなかったと、レイは考える。

 車両が近づくと、双眼鏡に映るテイカーの姿もよりはっきりと見えるようになる。

 全員が簡易型強化服を着ていて、同じぐらいの年齢だった。そしてレイが見たことのある人物もその中にはいた。レイはその人物を見つけてから少し頭を回す。

 大破した車両の周りにいるテイカー、あれは恐らくタイタン所属のテイカーだ。まず、巡回依頼という比較的低ランクのテイカーが参加する依頼であるのに全員が簡易型強化服を着ているのには違和感がある。だがタイタンに所属していればその実力に達していても、買えるだけのスタテルが無くとも簡易型強化服が支給される。それが組織に所属する利点であり、タイタンの魅力でもある。

 そして簡易型強化服を着ているのは全員同じくらいの年齢だ。レイと同じか、少し下そのぐらい。ということはタイタンが育成中のテイカーだ。そこでレイが、昼にアンテラと会った時のことを思い出す。

 双眼鏡に凝らしてみて見ると集まるテイカーの中心にアンテラの姿が見えた。

 そうして考えている間にレイたちが救助対象を見つけてから、近づいた。するとテイカーたちもレイの存在に気が付いたようで、どことなく安堵の表情を浮かべているようだった。

 

「よし。話は俺がしてくる。二人はそこで待っててくれ」


 車両がテイカー達に近づいて、停車する途中にハカマダがレイとサラに言った。車両が完全に停止するとハカマダが運転席から降りて、そして雰囲気からアンテラが部隊をまとめ上げる役割をしていることに気が付いたのだろう、アンテラの元に向かって話しかける。


「救援依頼で助けに来た。大丈夫か」

「私を合わせて13人。その内軽症者が5人。その内4人が重症だ」

「分かった。重傷者から乗せて行ってくれ。ただ……」


 ハカマダの運転する車両は荒野仕様だ。荷台に多くの遺物や荷物を乗せられるよう広くなっている。しかし13人ともなると大変だ。乗せられないわけでもないが、かなり詰まる。それにこの調子では都市にまで戻らなくてはいけなくなるだろう。なにせ負傷者がいる。すぐに治療しなければならない。ここから都市にまで帰る時間、救助できる車両の数が減る。それだけ稼ぎが少なくなる。当然、人命の救助ということで報酬はかなり貰えるが、このまま救助活動を続けた時とどちらが貰えるか悩ましものだ。

 ただ目の前の命は助けなければならないし、見捨てるのは精神的にも、ワーカーフロントからの評価的にも良くはない。ハカマダは荷台と助手席を見て、ぎりぎりで13人全員を乗せられると分かるとアンテラの方を見た。


「負傷者の具合は。寝かせた方がいいか?」

「そうだな……」


 アンテラが後ろを見る。すると訓練生であるマルコが一人の少女を抱えながらアンテラの前に立っていた。


「なんだマルコ。抱えているのハルファか?」

「はい」


 マルコは下を向いて息を詰まらせながら話し出す。アンテラはマルコが話す内容が大体分かっていた。


「ハルファが死にました。息をしていません」


 ハルファはもともと重症で、それも特に酷かった。応急措置をしたが機械型モンスターに踏みつぶされたのがかなりの負傷になった。すでに臓器は破裂し、用意していた回復薬では回復不可能なほどの傷だった。


「分かった。じゃあ簡易型強化服と武器だけ持って車両に乗り込め」


 想像していた答えと違ったのかマルコが目を見開いた。


「なん………だってハルファは」

「すまないな。これが規定だ。簡易型強化服も武器もすべてが貸し出しているだけ。使えないのなら回収するしかない。それに見てみろ、あの車両に死体を置く場所はない。私は外部の人間だから、君とハルファって子がどんな訓練を積んできたのか、分からない。内部の人間だったのならまだ判断を柔軟に変えられたんだろうが、生憎、私にそんな権限はない」

「そんな……」


 狼狽えるマルコ。アンテラは続けてさとすように言う。


「君がどんな経緯でタイタンに所属してテイカーになったのか分からないけど。テイカーになるってことはそういうことだ。遺跡内で部隊の仲間を見捨てることもある。逆に見捨てられることもある。だが合理的な判断に基づいた結果だ。感情でテイカーはやってられない。これも一つも経験だ、だなんて言うつもりはないが、テイカーをやっていたら得るモノばかりじゃない。失うものもある。合理的な判断をしろ」


 テイカーをやっていれば仲間が死んだり、死んだり、死んだり。あり触れたこと。自身の行動一つが仲間を死に晒す危険性だってある。身勝手な行動は仲間にとっても良くはない。何よりもマルコはタイタンという組織に所属している。情で流されるようなことはあってはならないのだ。

 マルコは最後に、ぽつりとダメもとで呟く。それは、これがダメだったら気持ちを切り替える、といった意味も含んでいた。


「あの外骨格アーマーを荷台から降ろせば」

 

 荷台には外骨格アーマ―が固定されて置いてあった。確かに、あれを降ろせば死体を置けるだけの余裕は確保できるだろう。しかしあの車両に積んであるものはタイタンの物ではない、ハカマダという救援者の物だ。勝手なことは出来ない。

 それに、少女一人の死体を置く代わりに重要な戦力になり得る外骨格アーマ―を捨てるのは馬鹿げてもいる。


「無理だ。死体と外骨格アーマ―ではつり合いが取れてない。置いて行け」


 マルコが頭を下げて、目を閉じてハルシャの顔に視線を送る。そして最後に何かを呟こうとしたところで、話しを聞いていたハカマダが何気なく言う。


「あの外骨格アーマ―か。別にいいぞ」


 突然の提案にアンテラが振り向いた。


「なんでだ。所持者が言うなら構わないが、外骨格アーマ―だぞ。たかが救助対象にそこまでは」

「はっ。別にいいんだよ。あれは型落ちも型落ち。もう使いモンになんねぇのを飾りとして置いてあるだけだ。それの代わりに未来ある青少年を助けられるなら、あいつも嬉しいだろうよ」

「いいのか?」

「ああ。いいぞ。それと早く詰め込め。重傷者はいつ容態が変化するか分かんねぇからな。早く都市に戻るぞ」


 そうして了承を得るとアンテラがマルコの方を見た。

 マルコはハカマダの方を見て深くお辞儀をする。そしてマルコが顔を上げるとハカマダが笑いながら話しかけた。全員が車両に乗り込むまでの本当に僅かな間だが、マルコは頭の中にある限りすべての感謝をハカマダに述べた。

 一方でその頃。レイとサラは車両の外で話し合っていた。

 負傷者を乗せることは現実的に考えて、簡易型強化服を着ている訓練生の方がやりやすいし、仲間にさせた方がいらぬ反感を買わないで済む。運転席の近くで、サラが窓に寄りかかりながらレイに話しかける。


「なに、知り合い?」


 先に荷台に乗っている時、レイがアンテラを見て僅かに表情を変えた。その後にアンテラもレイを見つけると僅かに目を見開いて手を振った。その後はハカマダと話していたため、それ以上の反応はなかったがレイとアンテラとに面識があるのはその反応で丸わかりだった。

 特に隠すことでもないのでレイは普通に答える。


「そんなところだ」


 遺跡で巻き込まれて共に戦って。知り合いではある。


「そう……。あれってタイタンよね」

「そうだな。それが?」

「あんななりでも高価な装備が支給されるのはいいなと思ってね」

「じゃあタイタンに入るのか? お前ぐらいの実力があれ――」


 テイカーに説明書はない。各々が好きなように生きて成り上がる。だが生存率を上げる方法があるのも事実だ。より良い装備を整え、訓練を積む。遺跡がいくら予想外の状況が起こると言っても、基礎的な判断能力や咄嗟の動き、知識の幅。それらすべてが遺跡探索において生存率を上げる方法になる。

 タイタンはより良い装備を支給し、経験を積ませ、教育を行う。当然、素質ある者にしか行わない。しかし。そもそも遺跡探索で成功するような奴は全員、素質がある。運、判断能力、戦闘技術。あまり変わりはしない。ただタイタンはそれらの素質を上の段階へと引き上げることが出来る。

 それが組織としての強み。だが組織に所属する弱みがサラは気に食わなかった。

 

「イヤに決まってるじゃない。人との関わりは疲れるし。なによりも私がテイカーになったのって自由だからなのよね。すべて自己責任の代わりに、自分以外の責任は負わなくていい。楽でいいと思ったのよ」


 組織に所属すれば当然、責任が発生する。アンテラが呼ばれたように急な予定が入って来ることもある。上から命令されて遺跡探索を行わなければいけなくなる。時にはしたくない仕事もすることがある、中部にいた時のレイのように。入った時の利点こそ多いものの、テイカーが組織に属さないのはそのせいだ。テイカーという本来自由な仕事、しかし組織に所属することで自分以外の責任も負うことになる。

 それがサラが組織を嫌がる理由だった。

 レイはそこでふと、ハカマダが言っていた「生きるのに向いていない」という発言を思い出した。そしてレイも中部のことを思い出して、サラの発言には静かに同調した。

 そしてその時、レイの視界の中で何かが動いた。

 それはサラの後ろ、探査レーダーだった。


「ちょっと退いてくれ」


 サラが困惑気味に避ける。そして窓から探査レーダーを覗くレイを見て、同じように探査レーダーに視線を送った。

 

「今すぐ出発した方が良いな。捕捉されてる」


 探査レーダーには夥しい数の赤い点が映っていた。

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