第107話 まずは一つ目

 一台の車両が機械型モンスターに追われていた。蜘蛛のような形をした量産型多脚警備廉兵器だ。何らかのシステム障害によって遺跡から溢れ出し、クルガオカ都市にまで来たのだろう。

 巡回依頼や遺跡から帰るテイカーが来る時間帯に現れた。不運としか言いようがない。一体、一体はそこまで強力ではない。一般の弾丸でも貫けるほどに柔らかい装甲と制圧能力、火力に欠ける機関銃が搭載されているだけだ。しかし数が多い。荷台に乗っているテイカーだけでは処理しきれないほどに。すでに弾薬は尽き欠け、流れ弾によって数人が負傷、また死亡している。

 救援要請は出している。しかし運悪く午後の巡回依頼が終わる頃。ほとんどの車両がクルガオカ都市に向かって舵を切っていた。運よく、車体が完全に壊されずに逃げ回ることが出来ているが、そう長くは続くない。

 装甲に穴が空いて、モンスターには距離が詰められている。

 荷台からは悲鳴や怒声、テイカー達の声が聞こえる。どうやらまだ生きのこっている者が負傷した者や死体を荷台の外に投げ出したらしい。それで機械型モンスターが止まるとは思えないが、少しでも車体を軽くするためだろう。結果、荷台は混乱状態だ。ここまで被害が広がってしまったのは、荷台に腕の立つテイカーが乗っていなかったせいだ。

 職員がハンドルを握りながら、必死にアクセルを踏み続ける。

 とその時、職員しか知らされていないはずの回線から一方的に用件を伝えられた。


『救助車両だ。その調子で逃げ続けてくれ、後ろのやつらはこっちが何とかする』


 職員がその瞬間に、今まで見る必要がないと思って視線を向けていなかった探査レーダーを見た。そこには確かに、側面から救助車両である赤い点が近づいて来ていた。

 職員がその事実を知覚するのとほぼ同時に、探査レーダーに映っていた機械型モンスターを示す点が消えた。つまりは倒されたのだ。


「……よし」


 職員がそう呟いた時、視界の隅に一台の車両が映った。そして確かに、荷台には銃を構える二人のテイカーが見えた。


「二人……」


 職員は落胆する。たった二人の増援でどうにかなるような数ではないためだ。そして「二人だけ」と言葉が溢れ出しそうになったところで、探査レーダーに映っていた点が急速に減り始めたため思わず言葉を飲み込んだ。

 直後、職員が運転していた車両にハカマダが運転する車両が並ぶ。ハカマダは通信機を使えばいいのにわざわざ、窓を開けて大声で用件を伝えた。


「走り続けろ! なに、そう時間はかからない。進路をクルガオカ都市に戻していいぞ!」


 今まではモンスターに追いかけられ、その状態で都市に戻ったところで二次被害を生む。だからクルガオカ都市へと舵を切れなかった。しかしハカマダは進路をクルガオカ都市に戻していいと、そう言った。

 つまり、この場所からクルガオカ都市まで行く僅かな時間の中でモンスターの群れを殲滅するということだ。

 たった二人で。

 だが探査レーダーに映る敵の影は明らかに少なくなっている。職員が隣の車両、その荷台に視線を向ける。すると思わず息を飲む、それほどの気迫で引き金を引くレイとサラの姿があった。

 二人の射撃に寸分の狂いはない。正確に機械型モンスターを仕留めている。多脚の関節部分を破壊し、行動不能にさせる。あるいは装甲ごと強引に貫き、動力部を破壊する。

 レイは初めて使う武器だったが、難無く扱えていた。GARA-1に特筆して秀でた機能はない。だがすべてが高水準だ。製造元がバルドラ社ということもあってその性能は担保されている。NAC-416と隔絶した性能差があることは当然だった。

 狙撃銃に関しては散々、中部で撃って来た。それも目の前の機械型モンスターよりも遥かに強い者達だ。議会連合傘下の機密部隊、モーグ・モーチガルド、トリス。それらを比べれば目の前にいる夥しい数のモンスターは敵ではない。肉体性能も落ちているし『それ』は今も動かすことが出来ない。しかし培った経験さえあれば倒しきれる。

 レイが引き金を絞る。撃ち出された弾丸は宙を駆けて一直線に飛んでいき、機械型モンスターに命中する。弾丸は装甲を貫き、動力部を貫通し、後ろから突き抜けて背後についていたもう一体の機械型モンスターをも破壊する。

 同時に、サラも弾倉を使い切る中で三体の機械型モンスターを処理した。狙撃銃は対一の場合は有力だが、相手が大多数にもなるとその真価は発揮しにくい。その点、突撃銃は制圧能力に秀でている。相手が硬い装甲を持たないのならば尚更だ。

 車両に迫っていた機械型モンスターの大半は二人の射撃によって破壊された。加えて、荷台に乗っていたテイカーの何人かが加勢したため機械型モンスターは一瞬で数を減らしていく。

 機械型モンスターは背中に搭載された機関銃を撃とうとしても、前を走る仲間が邪魔して満足に射撃することが出来ず。また戦闘にいる個体も機関銃を撃つ前にレイとサラに破壊される。

 一瞬の反撃も許さずに敵の数は減っていく。数分後には最後の一体となっていた。


「盗ったわね」


 最後の一体はサラが狙って、撃っていた。しかしGARA-1の一発で動力部が破壊された。つまりはレイが横取りをした。

 しかしこの救援依頼は巡回依頼とは違って討伐数を競っている訳ではない。レイ、サラ、ハカマダの三人の討伐数から報酬が割り出される。そこから三等分だ。それならば誰が殺そうとあまり関係がないことだ。


「別に競ってるわけじゃないだろ」

「気分的なものよ」


 サラが答えると突撃銃を降ろす。そしてレイもGARA-1から手を離した。その時、運転席に座るハカマダが職員と話していた。当然、無駄な体力を使う必要もないので通信を介した会話だ。


『こっちの探査レーダーでは付近のモンスターはすべて処理したことになってる。そっちも確認してくれ』

『大丈夫だ。助力感謝する』

『仕事だからな。それと俺は運転してただけだ。もしワーカーフロントで二人が困ってたら融通聞かせてくれ。っと、この会話は録音されてるんだったな』

『そうだな。まあ、もし見つけて、与えられた権利の中で解消できるような問題だったら便宜を払うよ』

『はっは! ありがとよ』

『こちらこそ。感謝している』

『よし。じゃあクルガオカ都市にまで戻ってくれ、車両はまだ動くだろ?」

『ぎりぎりな』

『そうか、じゃあ頑張ってくれ。俺らは別の場所に行かなくちゃいけない』

『分かった。幸運を祈る』

『ありがとよ』


 職員の運転する車両がクルガオカ都市に向かって消えて行く。一方でハカマダはいきなりにハンドルを切って方向転換をすると強くアクセルを踏み込んだ。急激な方向転換にレイとサラが揺さぶられる。

 どうしたのかと、レイとサラが疑問に思ったところで、答えるようにハカマダが拡声器越しに言う。


『いつ出てきたのか分からねぇが、近くに動いてない救難信号がある。もし車両が大破してるならすぐに言った方が良い。モンスターに襲われてる、襲われてないにかかわらず、荒野の中心に足が無い状態で投げ出されたも同然だからな。都市の方向も分からんだろ』


 機械型モンスターの襲撃を受けて車両が大破したのならば結末は知れている。逃げながらに攻撃できる、その有利な状況であっても敵を殲滅しきれなかったのだ。車両を失い逃げれなくなったのだとしたら、そのまま大軍に踏みつぶされ、蹂躙され、肉塊に成り果てるだろう。つまり、モンスターに襲われた結果として車両が大破したのだとしたら、レイたちが着いた頃には全滅している可能性が高い。もしそうでなくとも、方向感覚が分からなくなっていたら都市へと自力で帰るのは難しい。要は遭難状態だ。

 いずれにしても、救援依頼を受けている以上、ハカマダたちは行くしかないだろう。救援信号の場所は近い、そう時間がかからずに着くはずだ。


「準備しておけ」


 ハカマダの声と共に、車両はさらに速度を上げて進み出した

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