第106話 救助対象
まだ空が赤い。少し涼しくなった荒野でレイとサラがハカマダを待っていた。
「なんでお前がいるんだよ」
何事もないように隣に並んでいたサラを見て、レイが呟く。一方でサラは特に気にしていない様子だ。
「私も装備無くなっちゃったからスタテルは欲しいのよ」
サラは大規模遺跡に行った際に装備のほとんどを失くしている。散弾銃も、簡易型強化服も、情報収集機器もすべてだ。今は突撃銃を買って、治療費を支払ってスタテルが底を尽きかけている。救援依頼の基本報酬が7万スタテル。これだけあれば金銭面で少しの余裕が出来るだろう。
サラが救援依頼に参加するのはある意味で当然のことでもあった。
「車両は無いのか?」
「壊れたから売ったわ。ハカマダにも了承は取ってある」
「そうか。分かった」
そうであるのならば、もう訊くことはできない。もともと人手が足りなかったのだ。だがそこに質の悪い人員を補充したところで意味がない。逆に足手まといになる可能性すらある。その点で言えばサラは、足でまといになることはないだろうし、そのことは直接に戦ったレイだからよく知っていた。
また、サラはハカマダに了承を取っただけで、その他の詳しい話はしていないのかレイに訊いた。
「依頼開始は?」
「当然、来たらすぐだ。ちょっとでも遅れると救援が間に合わない」
「それもそうね」
広場で手続きをしてここに来るまでに5分ほど、車両に乗り込んで救援車両のある場所までも少しかかる。これでもかなり急いだほうだが間に合うかは分からない。間に合わなくともモンスターの残党処理や死体の回収など仕事はあるが、それがレイたちの本分ではない。
戦い、死闘を繰り広げ、傷つきながらも目の前の対象を殲滅する。それがテイカーの本分だ。
二人がそうして、情報の共有とすり合わせを行っているとすぐにハカマダが運転する車両が都市の方からやって来て、目の前で止まった。
「乗り込め。行くぞ」
今回、ハカマダは運転席に座る。自動運転には任せてられないためだ。一人は運転する人物が必要。今回は基本報酬がまず三人に一人ずつ支払われ、次にハカマダ、サラ、レイを部隊として、その部隊に追加報酬が支払われる。つまり報酬は三人の中で適当に分割しろということだ。
そのためより多く報酬を稼ぐためには適材適所、三人が一番に合った役割を演じなければならない。サラは高性能な突撃銃や本人の技術もあって、モンスターの処理に向いている。また運転技術が未知数なのもあった。そしてハカマダとレイ、どちらの方がモンスターを殲滅できるか。
これは、用意される車両がハカマダのということもあって、運転席にハカマダが座ることになった。加えて、同一の武器を使った際にはレイの方が射撃技術があるため討伐数を稼げる。
より討伐数を稼ぎ、報酬を稼ぐ。この観点から考え、サラ、レイが荷台でモンスターの処理、ハカマダが運転ということになった。
二人が乗り込むと、レイがハカマダに訊いた。
「これは」
レイの目線の先には使い古された、傷だらけの外骨格アーマ―があった。外骨格アーマ―は車両の荷台、助手席のある部分に立てかけるようにして固定されて置いてあった。
ハカマダはレイの視線の先にあった外骨格アーマ―を見ると笑いながら答える。
「まあそうだな。昔使ってたもんだ。ただ型落ちも型落ち、それに色々とガタが来てる。とても使えたようなモンじゃねぇ。それに改造もされてるからな、操作方法も変わってる。ただ万が一ってこともある。もし緊急で必要になったのなら使う機会があるはず。無いよりかはあった方がいいだろ?」
ハカマダの言葉を聞いて、レイが率直に思ったことを口にする。
「邪魔だな」
外骨格アーマ―は大きく、重い。場所を取る上に僅かではあるが車両の機動力を奪う。それに固定が外れたら荷台にいる者にこの質量がぶつかってくる可能性がある。使わない、使えないものならば置いている意味がない。レイの率直な感想だった。
ハカマダは反論のする余地がないレイの正論に苦笑しながら返す。
「っは。そう言うな。これでも俺が昔使ってたもんだぞ」
さすがに失礼だったかと、レイが謝る。そして準備が整ったのを確認するとハカマダがハンドルを握った。
「そう遠くない。準備しておけ」
ハカマダがそう言うと、車両が救援場所に向かって進みだした。
◆
三人が乗る車両が救援場所に向かって進んでいる。ハカマダの乗る車両には探査レーダーが搭載されており、救援場所が白い点として映し出されていた。白い点は幾つかあり、これらを三人の他にも救援依頼を受けた者達と手分けして救出する。また白い点は動いていたり、動いていなかったりするのは、この白い点がワーカーフロントの車両を追跡し、位置を表しているためだ。
つまり、点が動いていれば車両が移動しているため生きている可能性は高い。一方で点が停止していれば車両が止まっていることを意味するため、すでに『終わった』あとの可能性が高い。もし生きているとしても、移動手段を持たないためモンスターから攻撃を受け続ければいずれ殺される。
優先度が高いのは動いていない車両だ。
しかし今、三人の近くには動いていない点はない。そして少し離れたところには確かに存在するが、赤い点、つまりは同じく救援依頼を受けた車両が向かっていることが確認できるため、ハカマダが行く必要はないだろう。
まずは一番近い場所からだ。
もうすぐで救援車両の近くに来るというところで、ハカマダからレイに拡声器越しに伝えられる。
「俺の
ハカマダの言葉に、レイが立て掛けて置いてあったGARA-1に視線を向ける。そして困惑気味に返した。
「……いいのか?」
テイカーにとって装備は命綱だ。それを他人に握らせる者は少ない。加えてテイカーの装備というのは総じて高い。駆け出しならばまだ安いが、ハカマダぐらいにもなると軽く10万スタテルは超えるだろう。それを赤の他人に渡すのはリスクがありすぎる。壊されるかもしれないし、盗まれるかもしれない。レイは盗むだなんてことはしないが、戦いの中で壊してしまう可能性は十分にある。現に、レイは装備をよく壊している。西部に来てからはまだマシになったが、中部にいる時には毎回の戦闘で装備を壊していた。
そしてハカマダの持つGARA-1は買ったばかりだ。そんな品物を他人に使わせるのには躊躇する。レイの持つNAC-416のように安い物ならば話は別だが。少なくとも、レイにはハカマダの言葉を正面から受け止めて、すべてを理解することは出来なかった。
ハカマダは笑いながら話す。
「なに。俺たちは金を稼ぐことが優先だろ? そいつ使って、お前が討伐数稼いでくれた方がいい。お前は雑な使い方もしないだろうし、使い方も分かるだろ?」
テイカーの本分はモンスターを殺し、稼いだ金でまた新たな装備を買い。そしてまた殺し、装備を買う。その度に目標は高くなり続け、装備にかかる費用は跳ね上がる。装備が破壊されることよりもモンスターを殺すこと、稼ぐこと、それが優先的な目標。稼げばまた新たな装備を買える。それもより性能の良いものを。
ハカマダはその考えに基づいてレイにGARA-1を差し出した。当然、壊れたら気分は落ち込む。それは仕方ないだろう。ただそれが分かっていても、己の信念にも似た考えからレイにGARA-1を貸すと言った。
レイはハカマダの言葉ですべてを理解すると真剣な表情で答えた。
「当然だ」
レイはほぼすべての武装を使うことが出来る。狙撃銃であろうと機関銃であろうと何であれ、それこそ『神墜とし』のような例外的なもの以外ならば使うことが出来る。GARA-1を使うのは初めてだが、大丈夫だとレイは確信をもって答えた。
すると横から水を差される。
「理解できないわね、人に装備貸すだなんて。生きるの向いてないわよ」
サラが馬鹿にしたような表情でハカマダに言った。しかし、視線はレイの方を向いていた。
するとハカマダは豪快に笑って返す。
「はっ! 生きるの向いてねぇからこんなクソみたいな仕事してんじゃねぇか。俺も、お前も、そうだろ?」
ハカマダの言葉に、サラはため息をこぼす。そして心底うんざりした様子で、しかし酷くその言葉を肯定するように呟いた。
「そう、そうね」
車内は一時的に奇妙な空気に包まれる。しかしレイは気にせずにハカマダに訊いた。
「車両までどのくらいだ」
「お、おう。……もう着く。というより見えてるんじゃないか? 右斜め前の方だ。砂塵が立ってるだろ」
レイが荷台から少し体を出して見てみる。確かに砂塵が立っている。そして目を凝らしてみると、一台の車両と、車両を追いかける蜘蛛のような機械型モンスターの群れが確認できた。
「あれがそうか」
車両を追いかけている機械型モンスター。あれがこの付近一帯に現れたせいで救援依頼が出される結果となった。あの車両だけではない、他の車両もあの機械型モンスターに襲われている。
そして、モンスターを引き連れたままでは当然、都市に帰ることが出来ない。ワーカーフロント側も防衛の準備こそしているが、予想外の事態は起こりえる。何より、あの機械型モンスターは遠距離攻撃手段を持っている。都市に近づかせるわけにはいかないのだ。そのため、車両は都市へと帰ることが出来ず、あの機械型モンスターと生死をかけた鬼ごっこをしている。
まずはあの夥しい数の機械型モンスターを一体と残らずに殲滅し、車両を都市へと帰す。それがこの救援依頼の内容だ。
荷台に乗るサラとレイは、戦闘の合図無しにそれぞれ、突撃銃をGARA-1を構え、引き金を引いた。
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