第105話 救援依頼
午後の巡回依頼が終わった。すでに空は赤くなっていて、今は複合型情報処理システムが各自の討伐数や貢献度などを考慮した報酬を割り出すのを待っている。終わり次第、職員に呼ばれるか、通信端末を持っている者はそちらの方に通知が来ることで知らされる。
広場には順次、返ってくる車両と、降りてくるテイカーでごった返していた。血の匂いと汗の匂いとでかなり悪い衛生環境だ。加えて、機械型モンスターや混合型のハウンドドックのように遠距離攻撃手段を持つモンスターもいる。そうでなくとも飛んでい来た破片などに荷台にいながらも負傷したテイカーが広場に落ちていた。中には軽傷の者もいるし重症の者もいる。
広場に倒れ込む彼らに他のテイカーは見向きもしない。そしてそれは職員も同様だ。逆に、時間が来たら広場の外に連れ出さないといけないため、面倒に思っているぐらいだ。
そして広場にまた一台と車両が戻ってくる。
他の車両とは違い、返り血や敵モンスターからの弾痕が全く残っていない車両だ。つまりは返り血が付くほどに近づかせる前に、機械型モンスターや混合型モンスターに撃たれる前に殺した、ということ。それだけ腕利きのテイカーが乗っていたということになる。
ただ車両から降りて来たテイカーの大半は表情が暗い。まるでモンスターが倒せず、追加報酬を稼ぐことが出来なかった時のような表情だ。一方で、レイ、ハカマダ、サラは楽し気な表情をしていた。少なくともハカマダは笑っていた。
「中々やるじゃねぇか。武器が違ってたら負けてたかもな」
「違くなくてもお前が負けているけどな」
レイとハカマダが話しながらに車両から降りる。とは言っても、積極的に話しているのがハカマダで、レイは受け答えているだけだ。
「言うねぇ。お前さん。巡回依頼になんでいるんだ。遺跡探索に軸置いてるタイプだろ?」
「なんでそう思うんだ?」
「装備だけ見ればどこでにでもいるような駆け出しのテイカーだ。だが、悔しいが認めてやるよ。技術は一流だ。どこで習った。テイカーになってどのくらいだ」
「生きてたら自然と身に付くだろあのぐらい」
レイの言葉にハカマダが表情を僅かに変化させる。そして少しく声色を低くして呟いた。
「スラムの出身か?」
ハカマダが思い浮かべているのはクルガオカ都市に存在するスラムだろう。しかしレイはマザーシティにあった大規模スラムを思い浮かべている。その認識の齟齬に、レイは気が付いているが当然、指摘することはない。
「似たようなもんだ」
「そうか。じゃあテイカーになったのはかなり前か?」
スラムの住民がテイカーになるのは珍しくないことだ。一発逆転を狙って、苦しい現状からの脱却。誰もがそれを夢見て門を叩く。しかし当然、大半が死ぬ。テイカーは死亡率が大会仕事だ。それに加えてスラムの住民はまともな装備をしておらず、十分な教育を受けていないため遺跡に対する認識が足りない。不十分な準備、それがさらにスラムの住民がテイカーとして成功する確率を下げていた。
レイがスラムの出身だとすると、その困難を乗り越えてきたことになる。
そしてスラムの住民がテイカーになるのは10歳から20歳までだ。10歳より下は遺跡に行けるだけの体力も知識も考えも無い。20歳より上は現実を直視してしまったがために、テイカーの死亡率や遺跡の危険性をなまじ知ってしまっただけに、テイカーになるのを断念してしまう。
それでも挑戦する者はいるが、ごく少数だ。それにそのぐらいの都市にもなると、スラムで最低限の暮らしが出来るだけの知能を身に付けている場合が多い。当然、例外はある。ただ生存者バイアスだ。生きている者は皆生き残って来た者。そうでない者はすでに遺跡に行くか、スラムで野垂れ自ぬかしている。
そしてレイの年齢は外見上、ハカマダが見た限り16歳から18歳といったところだ。スラムで生きるにしてもあれだけの技術。テイカーには最低でも一年、二年はなっていてもおかしくはない。
ならばなぜ、今頃巡回依頼に来たのか、ハカマダにはそれが疑問だった。
一方でレイはハカマダの質問に馬鹿正直に答えても良いものなのか、少し考えていた。レイの技術とテイカーとしての経験の浅さは歪な乖離を引き起こしている。その乖離を埋める理由はいくつか考えられるが、テイカーに成る前に何かしらの”仕事”を行い、その中で技術を磨いていったというのが一番に納得ができる。
ただその”仕事”に当たる箇所は、中部での経験となるため当然、話せるわけがない。
そのため、テイカーになったのを偽った方がいい。しかし今、レイの斜め後ろ辺りにサラがいる。テイカーになってからの期間を話した覚えがあるので、もしそこを突っ込まれでもしたら面倒になる。
レイは考えた末に、はぐらけせばいい、と判断して言った。
「まだ一か月とちょっとぐらいだ」
ハカマダが
「じゃあちょっと待ってくれよ? 一か月とそこらでその技術なのか?」
「いや、スラムで暮してたら自然と撃つのには慣れる。それにテイカーをやる前は別の”仕事”もやってた」
「……ほーん。そうだったか」
ハカマダは何か意味ありげな表情を浮かべた。
「じゃあ。訊かない方がいいな。その辺のことについては」
「大したことじゃないけどな」
「ふ。そうか」
二人の会話が一区切りついたタイミングで職員からの声が聞こえた。レイの乗っていた車両の報酬が確定したのかと、視線を向ける。しかし話された内容は別のものだった。
「急遽。夜間の人手が必要になった。受けてくれる奴はワーカーフロントのホームページに張り出してある依頼を受けるか、ここで受付をしてくれ。当然、基本報酬は高くしてある。追加報酬も同じだ、一体あたりに貰える金額も増やしてある。夜間の依頼は今から40分だ。また、何台かの装甲車両がモンスターの大群に襲われてる。今すぐに救援に向かってくれる奴には報酬を払う。ただ、こっちの諸事情でワーカーフロントの車両は使えん。だから自前で荒野仕様の車両を用意できる奴だけが受けられる。決めた奴はすぐに来い!」
要は夜間の人手が足りなくなったから追加で人員を募集する、というのと、恐らく午後の巡回依頼を行っていた車両が襲われているから救援に向かえる人物を募っているのだろう。
しかし、この広場で呼びかけたところで人手が集まるかと問われれば否だ。報酬が高くなるということで、金につられた馬鹿なテイカーは参加するかも知れないが、恐らくほとんどの者が参加しないだろう。
まず夜間の巡回依頼は危険度が大幅に増す。モンスターの凶暴性が増すのは当然のこと、量も、質も高くなる。それでいて視認性が悪く、対応に一歩遅れる展開が多くなる。駆け出しのテイカーだけが集められた車両があったのなら、その車両は荒野の中でモンスターに襲われ、全滅するか逃げ帰って来るかしかない。
これまでの巡回依頼とは異なり、夜間は車両に乗った仲間のレベルによっては命を晒される可能性が高くなる。故に多額の報酬、という結果のみに捕らわれた馬鹿なテイカーしか参加しない。とすれば必然に、車両に乗り込んだテイカーの質は低下する。
また後者に関しても、巡回依頼に来ているテイカーは基本的に駆け出しであり、救援に行けるテイカーなど限られているだろう。レイも含め車両を自前で持っているテイカーが少ないのだ。
レイは職員の言葉をどこか上の空で聞いていると、ハカマダが肩を叩いた。
「ホームページに詳細載っていたぞ。基本報酬4万スタテル、弾薬代は5000スタテルまで補償。救援に至っては報酬7万スタテルだ。そこからは貢献度分の加算」
「だからどうしたんだよ」
レイはいつものと変わらずどこか楽し気な表情を浮かべるハカマダにため息交じりに返した。するとハカマダは暑苦しく一方的に、レイに肩組みをする。
「俺達でこの救援依頼やらねぇか?」
「なんでそうなる。俺たちは赤の他人だろ。背中は任せられない。そもそも車両はどうするんだよ。俺は持ってないぞ」
「いや、俺が持ってる」
車両を持っている、ということは、ハカマダはそれだけの稼ぎがあるということだ。薄々感づいてはいたが、やはりハカマダもサラと同様に巡回依頼に本来いるべき人間ではない。それだけの装備と技術を有している。
「やっぱりか。なんで巡回依頼なんて受けたんだよ」
「ちょっとな、こいつの性能確認だ。いきなり遺跡で使うのは何かと不安だろ?」
ハカマダがGARA-1を叩きながら言った。
「いや。俺はやめとくよ。夜間は危険だ。それに、何度も言うが、背中を任せられるほど信用してない」
レイの言葉にハカマダは表情を崩さない。そしてレイに顔をグッと近づけた。
「お前、NAC-416の性能に少し不満持ってるだろ」
ハカマダの言葉にレイは表情を変えない。そしてハカマダも表情を崩さずに続けた。
「確か、普段は遺跡探索してるんだっけか。だとしたら結構稼いでるはずだ。じゃないと遺跡探索は続けられない。今、装備を新調するための金を貯めてるんじゃねぇか?お前」
「………」
「NAC-416から別の武器に、それもいいな。それか簡易型強化服か?」
「………」
「巡回依頼、たった半日しか俺はお前を見てない。ただよぉ。お前がちょっと遺跡探索して、ちょっと稼いで、楽しくもないが苦しくも無い、そんな暮らしを望んでいるようには見えないな。それに、そんな
「………」
「どうだ。このままちょっとずつ稼いで、装備を買えたところで何が嬉しい。ここで稼いで明日買う。それがテイカーってもんだ。お前はそういう奴じゃねぇのか」
ハカマダが言っていることは合っている。レイは装備を新調するために金を貯めていた。すでに40万スタテルほど溜まっている。だがそれでは簡易型強化服と別の武器を買うには金が足りない。
あと一か月ほどは金を貯めなくてはならない。しかしこの救援依頼を成功させれば明日にでも、少なくとも簡易型強化服を買えるだけの金は手に入る。
「――っはは。いいぜ」
確かになとレイが笑う。無理無謀、無茶がいい。平坦な暮らしをして何が面白い。少なくともロベリアは認めない。ニコは笑わない。
「ハカマダ。俺は引き受ける」
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