第103話 予想外の人物

 レイが長椅子に座ったままサラの帰りを待っている。項垂れて、直射日光を浴びながら拳銃やNAC-416の動作点検を行っていた。

 普段は防護服のうなじの下あたりにある収納ポケットにしまっているフードを出して被っていた。ちょうど昼頃の太陽は何もしていなければ皮膚が焼けるほどに強いためだ。その上、巡回依頼で予想以上に目が疲れた。

 というのも、照り付ける太陽光の反射や、飛んで上から落ちてくるモンスターの対処などで強い光に眼球を晒してしまったためだ。加えて遠距離にいるモンスターの視認と、正確な弾道予測、弱点の予想、狙い、など目を酷使した。その結果。今にでも家に帰って寝たいぐらいには疲弊している。少しでも強い光から目を守るため、こうしてフードを被っていた。

 今日は午後の巡回依頼も引き受けている。負傷以外の理由で途中離脱は原則認められていない。だとすれば、今は回復に専念して午後の依頼に備えるのが普通だ。レイも漏れず、目を細めながら、片目を閉じながらNAC-416をいじっていた

 その時、誰かがレイの肩を叩いた。

 レイは誰かが自分の方に近づいて来ているのはフード越しに、足だけを見て分かっていたので特に驚きはしない。そしてその人物がサラではないことも分かっていた。


「久しぶりだね。10日ぶりぐらい?」

「分からない。多分そんぐらいだ」


 レイは顔を上げて、声をかけてきたに視線を送る。アンテラとは前に一度、遺跡内で会っている。アンテラとはオフィス街でディスガーフ相手に共に戦った仲だ。共に戦ったとはいっても、装備や武器の違いからレイが少しの足手まといになった感は否めないが。

 レイはアンテラの服装と装備を見て、率直な感想を述べる。


「なんでこんなところにいるんだ」


 アンテラは強化服を着ていた。持っている装備も前と同じ高性能なもの。それは巡回依頼には場違いなものだ。常駐依頼には色々とある。クルガオカ都市や他の都市とをつなぐ中継都市の建設、その警備や、遺跡内でワーカーフロントが推し進めている地下区画の探索など、それらにはテイカーランクによる規制がもうけられ駆け出しのテイカーは受けれないようになっているが、アンテラそうであるはずがないだろう。

 巡回依頼は駆け出しのテイカーでも受けられる簡単なものだ。テイカーランクの規制も『1』と誰でも受けることが出来る。ただその分報酬が安いため駆け出し以外は利用しない。もし受けるのならばサラの時のように例外的な理由によってのみだ。そしてアンテラが巡回依頼を受ける理由が、レイには思い浮かばなかった。だとしたら例外的な理由でもあるのだろうと、アンテラに訊いた。

 するとアンテラは苦笑しながら、少し面倒そうに言った。


「ちょっと子守りでね」

「子守り?」


 アンテラが何を言っているのか分からずレイは聞き返した。まさか言葉通りに『子守り』のために来たわけがない。だから当然に比喩なのだが、レイには分からなかった。

 レイが聞き返すとアンテラは人差し指を立てる。


「君は『タイタン』って組織を知ってる?」

「あ、ああ。一応は」

「じゃあ分かるかい?」

「………?」


 レイがテイカーを始める前、つまりは立山建設の従業員で会った時。辞表を出す前の日に工事現場が三体のハウンドドックに襲われた。犠牲者は13人。生き残りはレイともう一人の従業員だけ。その際にレイは二体のハウンドドックをパイプだけで殺した。そして残り一体を殺したのが確か、タイタンから派遣された社員だったはずだ。

 そしてタイタンはレイが殺した二体を含め、三体の死体処理を行った。

 タイタンがハウンドドックを殺したのは、地域の治安維持を行っていた企業の傭兵部隊が死んだための代わりだ。次の企業傭兵が派遣されるまでのつなぎ。それがあの時に派遣された社員だった。

 タイタンは企業や要人、ワーカーフロントなどから護衛、警備の依頼を引き受け、人材を派遣する組織だ。大企業が運営している警備会社を除くと、業界の仲でもかなり名が売れている方で、その規模は大きい。クルガオカ都市だけではなく、他の都市にもその支部があるほどだ。豊富な人材と、潤沢な資金。訓練施設と提携している企業からの提供品など、タイタンに入った際に得られる恩恵は大きい。それを期待して、また優秀な人材が入ってくる。

 そして、またそれとは別にタイタンはテイカー育成機関としての側面も持っている。警備部門、護衛部門、そしてテイカー部門の三つがあり、権力、資金、共にテイカー部門が他部門よりも優遇されている。それはテイカーという仕事が厳しく人材育成が難しく、また育った人材を引き留めるのも難しためだ。加えて外部からテイカーを雇用するのも金がかかる。テイカーというのは基本的に、成り上がれば成り上がるだけ報酬が増える。それはモンスターを相手にし、すべが自己責任という仕事内容故だ。

 上のテイカーともなれば一日の稼ぎは凄まじく、組織に引き入れようものならば一瞬で給与体系が破壊される。テイカーを雇用するというのはそれだけのコストがかかるのだ。しかし組織内部でテイカーを育成すれば話はまた別だ。

 タイタンは各都市に育成施設を複数所有している。射撃場は当然のことホログラムを持ちいた模擬戦闘場。加えて装備も提携している企業から格安で手に入る。育成に重きをおけば優秀な人材が育つだろう。

 そしてタイタンという組織についてそこまで思い出すと、レイはアンテラが「子守り」と言っていた理由に勘づく。


「ああ。そういうことか。じゃあお前もタイタンの構成員なのか」


 タイタンはワーカーフロントから依頼を引き受けることが多々ある。それは巡回依頼であったり警備の依頼であったりなど、基本的に人が集まらなかった時や足らない時の人材調整、また長期的に必要になる中継都市周辺の警備依頼などが主だ。タイタン側もワーカーフロントと良い関係を築くために、また人材育成も兼ねてそれらの依頼を引き受ける。またある程度育成を終えた中堅のテイカーを指導役、監視役として同行させ、実績を積ませることでテイカーランクを比較的早く引き上げられる、という利点もあった。

 また人が足らない時でも、育成を兼ねて巡回依頼にテイカーを送り込むことがある。そうした場合、ワーカーフロントも便宜を払い。タイタンの構成員を一つの車両にまとめる。 

 荷台は一人か二人の指導係と何人かの育成対象者という感じになる。

 そしてアンテラの「子守り」の発言。そして巡回依頼には似つかないの実力、装備。

 これらのことからレイは、アンテラがタイタン所属のテイカーで、巡回依頼の指導係になったのだと推測した。

 結果として、その予測は一部合っていて、一部間違っていた。


「……少し違うかな。私は確かにタイタンに言われてここに来たけど、正式な指導係でもタイタンの所属のテイカーってわけでもないんだよね」

「……?どういうことだ?」


 アンテラが何を言っているのかレイには大体が分かる。しかし重要な説明が欠けているため、そこを勝手に補完して推測しなければいけない。そうすればおかしな部分もいろいろと出てくる。

 レイの疑問に対してアンテラは「簡単なことだよ」と言って話し始める。

 

 まず、午前の巡回依頼でタイタン所属のテイカーたちが育成も兼ねて依頼を遂行していた。途中までは上手く行っていたが、予想外のモンスターの大群に一時撤退を余技なくされ、また同行していた指導係に該当するテイカーが負傷した。監督役はその一人だけであり、育成途中のテイカーだけで巡回依頼を行うのにも色々と危険があって無理なことだった。

 その時点で巡回依頼を辞めるか、新しく監視員を派遣して午後の依頼も行うかの二択をタイタンは迫られることとなった。しかし前者はワーカーフロントとの関係を悪化させる可能性がある。タイタンが抜けたことで空いた空白の場所。そこの巡回依頼をしようにもすぐに人員が集まるわけもない。ワーカーフロント側からの印象が悪くなるのは必然だ。

 そのためタイタンは後者の選択肢しか残されていなかった。しかしちょうどすぐに動けるような指導係を担当できる人材がいなかった。ただあくまでもそれは、タイタンに所属するテイカーの中であったのなら、という話だ。

 アンテラのようにタイタンと外部契約という形で契約している者達の中にはすぐに動ける人材がいた。この外部契約というのは、契約したテイカーに幾つかの依頼を行ってもらう代わりに、弾薬の補償や装備代の割引。訓練場所の提供。機密情報の共有などのメリットと提示する契約だ。

 アンテラもタイタンとこの外部契約を結んでいた。そして今回は、急遽いなくなった指導役の代わりにアンテラがその役割を全うすることを依頼された。だから『子守り』なのだ。


「大変なんだな」


 アンテラの説明を聞き終わったレイが感想を零す。急な予定が勝手に入って来て、それもその仕事内容が面倒なもの。思わず同情してしまうぐらいには可哀そうな状況だった。


「あ、分かってくれる? いやーほんとにね組織人は辛いね。まったく。呼び出されたら行かなくちゃいけない。これでも外部の人間だから優遇はしてもらってるけど、大変だね」


 アンテラはそこで現在時刻を確認する。


「そろそろ行かないと。じゃ、次に会った時もよろしくね」

「ああ。こちらこそ」


 背を向けて人混みの中へと紛れていくアンテラの背中に視線を送る。そして見えなくなると銃の整備に戻ろうと視線を下げる。しかしアンテラと入れ替わるように、両手にサンドイッチを持ったサラが見えた。

 サラはレイの姿を見つけると何故か、ため息でもしていそうな表情を浮かべて頭を僅かに下げる。そしてレイの元まで来ると、長椅子に音を立てて座りながら愚痴をこぼす。


「ここってクソみたいな奴しかいないのね。並んでる間、ずっと絡まれて大変だったわよ」

「だろうな」


 レイはサラの顔を一瞥して苦笑する。するとサラはさらに大きくため息をいた。


「……はあ。まあいいわよ」


 そしてサラが左手に持った、明らかに豪華なサンドイッチをレイに渡す。


「大変だったんだから。感謝しなさい」

「ああ。ありがとう」


 そしてレイは、人混みに視線を向けながらサンドイッチにかぶり付いた。

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