第102話 依頼開始

 レイの乗る車両が荒野を巡回していた。ただ何もない荒野を走り続ける。そして走り出してから何分かした頃、探査レーダーに赤い点が映った。その後もレーダーに映る点は増え続ける。

 すでにモンスターが目視でも確認できるほどに近づいた時、発砲音が鳴りだす。まず最初に銃声を響かせたのは、有効射的距離の長い狙撃銃を扱っているテイカーだった。

 腕はかなり良いほうで、弾丸がモンスターに着弾する。そして続けて引き金を引いてモンスターを仕留めていく。支払われる報酬は討伐数に比例してつり上がる追加報酬と、依頼を受けた際に必ず貰える基本報酬の二つの合計だ。ただ基本報酬だけではその日を生きていけないほどのスタテルしか支払われないため、皆がに一心不乱になって討伐数を稼ごうとモンスターを処理していく。

 討伐数は車両に搭載された複合型情報処理システムによって判別される。具体て息には複合型情報処理システムに搭載された探査レーダーによるモンスターの識別と、事前に渡されていたチップとの連動によって得られる討伐数を元に判別される。また、すでに負傷を与えていた個体を別の者が処理した場合や、誰が殺したのか分からないような場合は個体の損傷具合を考慮して分けられ、討伐可能性の高い者に割り振られる。

 車両に乗り込んだテイカーのほぼすべてがそのことを知っているため、それらを念頭に置きながら、誰にもモンスターを渡さない、そんな気持ちで皆が射撃をし続ける。

 狙撃銃や高性能な突撃銃、その遠距離に優れている武器を持つ者達はモンスターがまだ遠くにいても仕留められる。よってレイの持つNAC-416の有効射程距離に入る頃にはモンスターは死亡しているか、かなり負傷している。

 モンスターが多くやってこない限り、追加報酬を多く貰うことは出来ないだろう。ただし一人の異物を除いては。

 狙撃銃を持ったテイカーが後ろ側へと一瞬だけ目をやる。

 

(ッチ。あいつ、かなりやるな)


 使っている武器はNAC-416。扱いやすく耐久性と整備性に優れいている名銃だ。しかし遠距離にいるモンスターを殺すには威力も射程も物足りない。一瞬視線を向けただけだがあのテイカーが持つNAC-416は改造されていないにように思えた。そして

 だとしたら元々の性能のまま、遠距離にいるモンスターを殺していることになる。

 弾丸の落下を的確に予測し、激しく動き回るモンスターの急所に当てていく。機械型モンスターは狙わずに生物型モンスターだけに的を絞って効率よく仕留める。ハウンドドックに似た生物型モンスターの頭部に一発の弾丸を浴びせれば、付近の肉を巻き込んで絶命させ、転がった死体がその後ろを走っていたモンスターをの進路を妨害する。一瞬だけだが速度を落としたモンスターを逃がさずに仕留めきる。その様は戦い慣れた一流のテイカーに見えた。

 狙撃銃を持った男から見てレイは巡回依頼ではまだ見た事のない顔のテイカーだ。男はこれまで数多くの巡回依頼をこなしてきて、その中で多くのテイカーを見て来た。しかし見たことがないということは駆け出し、それか恐らくこれまで遺跡での探索を主な仕事としていたのだろう。だとしたら、だが何を思ったのか巡回依頼にやってきた。射撃技術だけを見ればテイカーランク『10』以上はあるだろう。しかし装備が駆け出しだ。実力と装備とで不気味ないびつさがある。

 さいわい。あのテイカーは狙撃銃を持つ男の反対側にいるためモンスターを奪い合う間柄ではない。しかし午後の依頼でもし同じ方向を見るようならば警戒しなくてはいけないだろう。

 一瞬ではあったが、レイのことについて考えた狙撃銃の男は、その隙に自分の得物を横取りにされた。 

 男がすぐ隣を見ると高性能な突撃銃を構えているサラがいた。思わず見惚れてしまうほどの美貌だが、テイカーとして仕事をしている間は極力、自我を押し殺しているので”面倒な感情”は抱かない。

 ただあるのは得物を横取りされたというイラついた気持ちと、取り返してやるという対抗する気持だけだった。

 そして男は正確に狙いを定め、引き金を引いた。


 ◆


 あれから車両は一度広場へと戻った。そして三十分ほどの休憩に入る。その間にテイカーは広場に来ていた移動販売店で装備を買ったり、弾薬を買ったり、食べ物を食べたりする。中にはモンスターへの恐怖からか逃げ出す者もいたが、そうした者はワーカーフロントの名簿から消され、オフィスカードが無効となる。当然、職員に申し出れば考慮されるが。

 そして三十分ほどが経つと午前、二回目の巡回依頼が始まる時刻だ。

 職員の呼びかけと共に車両が荒野へと走り出す。そして今回は走り出してからすぐにモンスターとの戦闘を繰り広げることになった。何度もモンスターと遭遇し、処理する。レイははいつも通りに効果的な射撃をただただ繰り返す。すでに討伐数は100を超えた。一方でサラも順調に仕留めていく。もともと高性能な武器を使用しているということもあるが、その上で射撃技術も相当なものだ。少し離れているモンスターでも一発で急所を仕留めている。殺しやすいモンスターを瞬時に判断し、的確な射撃を繰り出す。高性能な突撃銃などの要因もあってサラの討伐数はすでに150を越えていた。

 他の傭兵はそんな二人を見て、怖気づくもの、逆に触発しょくはつされ集中する者と様々だ。

 ただ、それから予想外のことは起こらず、事は淡々と進んだ。

 レオはいつも通りに射撃し、サラも同様に機械的にモンスターを処理した。そうして車両は午前中の依頼を終えて広場へと戻ってくる。


「午前中の依頼だけの奴は広場の窓口で、オフィスカードを提示し金を貰え。探査レーダーとチップ。複合型情報処理システムの情報処理が終わるのが10分後だ。広場で10分待機し、窓口に来い!」


 広場に着くと、降りてきたテイカー達に向けて職員が拡声器越しに叫ぶ。


「午後も受ける奴は、すべての依頼が終わった後に金払いだ。いいか!繰り返すぞ」


 職員の声が響き渡る中、レイは後ろから押されるようにして荷台から降りる。乗ったのが遅かったため、出る時は早い。当然だ。そしてレイが降りた後に続いてサラも降りてくる。

 サラは自然にレイの横に並ぶと話しかけた。


「討伐数は」


 レイはサラの存在に内心で驚きながらも、頭の中である程度の数を思い浮かべる。


「100ぐらい、少なくとも越えてはいる」

NAC-416それにしてはよくやった方じゃない」

「そっちは」

「200ぐらいよ」


 レイは話しながら広場を一直線に進み、テイカーフロントがが用意した長椅子に座り込む。そして横にサラも続いた。

 レイとサラの関係は複雑だ。元々は殺し合った中であり、今は契約上で休戦している状態。だが殺し合う理由のそもそもはサラにある。建物内で二人組のテイカー、その一人を撃ち殺しレイを定点領域の情報の為に殺そうとした。それからも商業地跡で殺し合いをした。

 レイにはサラを許す理由など無く、サラに許される訳は無かった。ただレイにとってこういった問題は面倒なだけであり、頭の片隅にも入れたくはないものだった。それに殺されかけたことに関してレイは、自身の落ち度だと思っている面がある。それは、テイカーはすべてが自己責任、という考え方から来るものであり、簡単に襲われるような判断をされてしまう弱い自分のせいだと思っていた。要は軽んじられるほどに弱い自分自身が悪い、という考え方だ。

 そのためサラについて復習したいだとかやり返したいだとかの感情は全く湧いてこない。当然、戦闘中は思うこともあった。しかしレイのテイカーとしての考え方と元々の性質のためサラに対して悪感情も苦手な感情も無かった。

 そしてサラもレイほど強くはないが、テイカーは自己責任、という考え方を持っている。襲われるほどに弱いあなたが悪い、のような考え方だ。当然、これは自分自身にも当てはまる。

 故にレイとサラとは奇妙な関係でありながらも似たような考え方を持っていたために、互いが互いを強烈に嫌うというようなことは起きなかった。つまりは互いに切り替えが早かっただけだ。


「昼ご飯は?」

「知らねーよ。多分、移動販売店が広場に来てるからそこで買えばいいだろ」

「午後の依頼は」

「1時からだ」


 巡回依頼には午前と午後、そして夜間と受ける時間を分けることが出来る。午前、午後の基本報酬は同じで、夜間は高くなる。これは当然ながら夜間を請け負うようなテイカーが少ないための処置である。

 そして今から午後の巡回依頼までちょうど一時間ほど。泊っている宿に戻るのが面倒な時間だ。だとすると広場にある移動販売店で食事をとり、適当な場所で休みながら時間が経つのを待つのが良いだろう。

 だが荷台での戦闘ということもあって、遺跡探索よりも疲れはいないためレイは食事を取ろうとは考えていない。移動距離も精神的疲労もかなり少ないためまだ体力が残っている。

 長椅子から立ち上がらないレイを一瞥するとサラが立ち上がった。


「じゃあ色々と迷惑かけたから私が行くついでに買ってくるわよ」


 色々、とは殺し合いのことや勝手に攻撃を仕掛けたことや、付け狙われたことだろうか。レイは様々なことが頭の中に浮かんできたが、それらをすべて払った。もともと、そのことについてサラに補完して貰おうだとかのことは考えていない。故に借りを返す必要はない。 

 ただ、貰えるのならば貰っておく。それがスラムで培ってきたレイの考え方だ。サラの提案をすぐに承諾する。


「分かった。じゃあハングドマンの移動販売店があっただろ。あそこの全盛りサンドイッチを頼む」

「……げ。それって高い奴じゃない」

「まあな」


 レイが頼んだ商品は昼食にしては高い。しかしサラの稼ぎからしてみれば特に高い物ではな無い。


「別にいいわよ。それでもつり合いが取れてるとは思わないけどね」

「俺はもう気にしてないぞ」

「知ってるわよ」

「………」

「話したら自然とね」


 それまでどこか遠くを見ていたレイがサラに視線を移す。


「そうか」

「ええ。じゃあハングドマンのやつね」

「ああ。ありがとう」

「はいはい」


 そうして去っていくサラの後ろ姿を一瞥すると、レイは項垂れて、疲れたようにため息を吐いた。

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