巡回依頼

第101話 巡回依頼

 アンテラと共に戦ったあの日、レイはクルガオカ都市に帰るとすぐに体を休めた。次の日に遺跡探索を終えた後に遺物の換金を行うと共にテイカーランクが『2』へと上昇したことを知らされた。

 その後、レイはNAC-416の弾倉を買い足しながら、修理を行いながら遺跡探索を続行した。何日か、何十日かレイは時と場合に合わせて探索する場所を変えたりしながら順調に遺跡探索を進めた。

 テイカーになってからの二週間。とても濃い期間だった。テイカーと殺し合いモンスターと殺し合い。地下区画を彷徨った。サラやアンテラとも出会った。しかしその二週間が過ぎると、ぱったりと何もなくなった。当然、遺跡探索の際にモンスターとの戦闘はある。

 機械型モンスター、生物型モンスター、混合型モンスターと種類は様々だ。その中で死にかけもしたが、それは一度や二度。常に死線と隣り合わせだった二週間とは異なって案外、楽な日々だった。遺跡であるのに予想外のことは起きず、訪れた死線もレイがある程度望んだ結果だった。高価な遺物を見つけるために踏み込んだだけ。リターンの対価だ。それは今までのように勝手に降りかかってきた災難では決してなかった。

 本当の意味で予想外のことは起こらず、レイは何十回と遺跡探索を終える。弾丸の消費を最小限に抑え、負傷もせず。疲労は少ない。次の日もまた完全な状態で遺跡探索を行う。

 その中で遺物や遺跡に対しての理解も深まった。警備ロボットの巡回場所、時間など、良く行く場所ならば把握した。クルメガの外周部だけならば中堅のテイカーと遜色がない知識と経験をレイは短時間で得ていた。

 バックパックの中に入った大量の遺物を毎回、ワーカーフロントに持っていき前の日の査定分を貰う。回復薬や弾丸の消費を抑えていたため無駄な金の消費をすることもせずにテイカーランクは『2』から『3』へと。そしてまた数十日がつと『3』から『4』へと上がった。

 そして今日。何度目か分からない遺物探索を終えたレイはワーカーフロントで換金する際にテイカーランクが『5』にまで上がった。かかった時間は恐らく三週間とちょっとぐらいだろう。

 オフィスカードの更新を済ませたレイは通信端末を開いてワーカーフロントのホームページにアクセスした。通信端末とオフィスカードに記載されているテイカーの情報は共有できているため、常駐依頼を受ける際はネット上で行える。

 常駐依頼自体。テイカーランクが『5』でなくとも受けれる。当然、制限があって受けれないものもあるが、ほとんどを受けることができ、それは都市周辺の警備や巡回などだ。

 レイがテイカーランクを『5』にまで上げてから参加したのにはこれと言って意味がない。しかし『5』になるまでは遺跡探索をし続けたいという思いがあった。それは、そこで止めてしまったら遺跡探索から逃げただとか、そんな感情に基づいた理由だ。

 これでまた階段を一つ上ったことになる。

 そしてもう一段と、踏み出さなければならない。

 最初の巡回依頼はどれにしようかとレイは少し悩む。だが少しするとただ何となくそれとなく、理由も無しに巡回依頼を引き受けた。

 明後日の朝からだ。

 レイは少しだけ軽くなった体と、少しだけ重くなった心を引きずりながら家へと帰った。


 ◆


 都市を取り囲む壁の外に、金網に囲われて簡易的に作られた広場があった。広場はテイカーフロントの所有物であり、依頼を受けたテイカーが集まる場所だ。また、広場のすぐ外には幾つかの大型車両が並べられていた。あれにテイカーが乗り込み、都市周辺を巡回する。

 予定時刻になると職員の呼びかけはなく、広場にいた人達は指定された車両に乗り込んでいく。もしここで遅れて乗り込めないような人ならばいらないし、都市は依頼金を払わない。あくまでもすべてが自己責任だ。

 時間が経つにつれて続々と広場から人が減っていく。もう広場に残っているのは車両に乗るための列に並んでいる者をはぶくと、少数だけ。

 テイカーランク『5』になった二日後。レイもこの広場にいた。理由は当然、巡回来を受けたためだ。事前に送られた番号の車両をレイは探す。すぐに場所は見つかって、レイは少し早歩きで急いだ。

 依然よりもレイは状態がいい。それは肉体的にも精神的にもだ。最近は遺跡探査策を毎日のように行っていたが、テイカーになってからの二週間のような苦しい経験は少なかった。加えて昨日は休暇でNAC-416や拳銃の整備、調整を行ったり、ジグが経営するアンドラフォックで弾薬を補充したりしていた。遺跡探索は行っていたため肉体的にも精神的にも十全だ。

 だがそんな心地よい状態も、車両に乗り込んだ瞬間から下がり始める。


「なんであんたがいんのよ……」

「それは俺のセリフだ」


 車両には見覚えのある顔があった。一見、傍から見れば、少なくとも表面上は美少女に見える。しかしレイは知っている。度重なる戦闘によって大体を理解していた。

 サラ。確か彼女の名前はそう言った。


「レイ、だったっけ? なんでここにいるのよ」

「だからさっきも言っただろ。それは俺のセリフだ。逆になんでお前がいるんだよ」


 サラが巡回依頼にいる理由がレイには理解できなかった。

 本来ならばサラは巡回依頼など受ける必要がない。それほどのテイカーだ。レイはサラについてこれといった情報はないが、それでもテイカーランクが『10』以上であるのは確定だ。

 それほどであるのならば高額な報酬が期待できない巡回依頼やその他の常駐依頼よりも遺跡探索をした方が遥かに稼げる。なのにサラはこの巡回依頼に参加している。その理由がレイには分からなかった。

 ただ、サラはいつもとは装いが違う。簡易型強化服は着ておらず、持っているのも散弾銃では無く突撃銃だ。巡回依頼は車両に乗りながらモンスターを討伐していく、という特性上、散弾銃よりも突撃銃の方が討伐数を稼ぎやすい。しかしサラが使っている突撃銃はレイの持つNAC-416よりはかは遥かに高性能だが、前に持っていた散弾銃と比べると二段から三段ほど落ちる。

 そうであるのならば散弾銃を持ってきて良かったはずだ。

 何かがあったことは容易に想像できる。だが何があったのかまでは分からない。

 その変化について色々と思考を巡らせているとサラが呟きながらレイに近づいた。

 

「お前じゃない。サラよ。まあいいわ」


 あまり大声で話すと同じく車両に乗る人の気分が害する。他のテイカーとはモンスターを取り合う敵同士だが、直接に戦うなんて馬鹿な真似はしない。互いに不干渉だ。しかし耳障りに騒げばまた話は別。そうならないよう、サラはレイに近づいて小声で話す。


「私達は互いに不干渉よ。だから狙う場所も逆方向。私がここにいる理由は巡回依頼を受けてたから。あなたもそうでしょ」

「ああ。だがおま……サラは別にこんな依頼受けなくても良かっただろ」

「何を根拠に?」

「装備と実力」

「だろうね。まあそうよね。私も本当なら巡回依頼なんて受けたくは無かったわよ。ただ……」

「………?」

「まって。これ私話す必要なくない?」


 レイとサラは殺し合った程度の関係だ。仲間でも友人でもない。自身の話などする必要はどこにもない。


「そうだな」


 レイもその言葉を肯定する。

 だったら、とサラが振り向いて自分が元いた場所に戻ろうとする。がレイの方に再び向き直った。

 少なくとも現在、レイは敵ではない。レイ自身がどう思っているかは分からないがサラはそう思っている。そしてレイにこの話をしたところで自身が被害をこうむることは無い。

 不満を吐露するといった単純な考えと思いから喋り始める。


 クルガオカ都市の経済圏には幾つかの遺跡がある。その内がクルメガであり駆け出しのテイカーがよく訪れる遺跡だ。それは民間の運搬会社が格安で、クルガオカ都市とクルメガ間を繋ぐトレーラーを出しているためであったり、徒歩で行けたりなど単純に距離が近いためだ。そのためもう残っている遺物は少なく、小規模であるためほとんどが探索され尽くされている。

 故に中堅と言われる、テイカーランク『30』以上の者達はクルメガなどの小規模遺跡ではなくクルガオカ都市の経済圏内にあるものの、車両を使わなければ行くことが出来ない中規模、大規模遺跡へと探索に出る。

 そういった遺跡は探索に来るテイカーの数がクルメガなどの都市に近い遺跡とは異なり少ない。そのため外周部であっても遺物が数多く残っている。その中には高価な品物もあり、苦労に応じた対価が比較的得られやすい。しかしながら同時に、遺物がまだ数多く残っている、探索に来ているテイカーが少ないということは、外周部であってもモンスターが数多く生き残っていることを示唆している。

 外周部であっても一切の劣化が見られないビルがある。それは警備ロボットや自動修復機構が活きているためだ。都市から離れた大規模遺跡にはそんな状況はザラにある。

 生物型モンスターも同様に、熾烈な生存競争を勝ち、生き残って来た強力な個体が数多く存在する。遺物が残っているとは言え、その危険性はクルメガの比にはならない。

 簡易型強化服と高性能とはいえ性能に物足りなさを感じる散弾銃などの装備で挑んだとしても無事に帰ってこれるはずがないのだ。普通なら死に至り、最良で生きて帰れる。それほどの危険性を秘めた大規模遺跡に、サラは行った。

 結果は現在のサラを見れば分かる。

 簡易型強化服と散弾銃を失い。代わりとして、一時的な凌ぎとして突撃銃を買った。


「ここに来たのも勘を戻すため。最近は何も出来なかったからね」


 今こうして参加しているのも大規模遺跡探索の際に失った射撃技術や勘と言ったものを取り戻すためだ。加えて、探索の際に負傷したため最近までは治療に専念して満足に動けなかった。もとより巡回依頼で手に入る報酬には期待していない。射撃技術や勘を元に戻し、身体の状態を確認するのが本当の目的だ。

 

「色々と大変だったんだな」


 話を聞き終わると、レイは率直な感想を述べた。大規模遺跡に行ったこと自体はサラ自身の責任だ。しかしテイカーは上へと階段を踏み越える際に一段飛ばしたり、駆け上がったりなど、色々と無茶をする。サラもその一人、だとレイは思った。

 そして自分もこうなる可能性があったとテイカーになってからの二週間を思い出して、そして率直に大変だったなとそう呟いた。

 サラもその言葉に同調する。


「そうね……。まあスタテルはまだあるからどうにでもなるけど」

 

 疲れたようにそう言うのと同時に運転席に座る職員が出発の合図を出した。するとサラはレイに一言残して自分の場に戻る。


「じゃ、互いに結果が出るといいわね」


 そして巡回依頼が始まった。

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