第100話 テイカー

 襲い掛かるディスガーフとその他の生物型モンスター。巡回中の機械型門などと戦闘を繰り広げながらレイとアンテラは遺跡の外へと急いでいた。すでにあと少しのところまで来ており、同時に弾倉は尽き欠けていた。

 アンテラと違いレイは一体のモンスターを処理するのにも手間取っている。その上で強化服を着ているアンテラの方が遥かに移動するのが早い。アンテラは速度を落としているが、それでもレイにとっては苦しい状況だ。何十分と全力で走りながら敵の対処を行っている。もう心肺機能は悲鳴を上げ始めていた。


「大丈夫――?」


 アンテラがレイに声をかける。するとレイは返答こそしないものの襲い掛かるディスガーフの頭部を拳で粉砕し、代わりに行動で返す。その姿を見たアンテラは敵を処理しながら一瞬だけ思考を巡らせる。


(生態的手術か機械的手術か、生身ってことはありえないかな)


 ディスガーフは硬く、簡単に物を貫ける針のような前足を持っている。そして体中に生える棘など、生身の人間であったのならば一瞬で殺せるだけの攻撃的武装を有している。しかしながら皮膚は薄く、脂肪は無い。防御面では弱い生物だ。事実、強化もされていないNAC-416で簡単に殺すことが出来る。ハウンドドックよりも一体の強さだけで測るのならば下か、同等かぐらいだ。

 だがそれでも殴りつけただけで殺せる相手ではない。アンテラのように強化服を着ているのならばまた話は別だ。簡易型強化服でも同様に。それだけの武装を有しているのならばディスガーフを殴って、蹴って殺しきることが出来る。

 だがレイは簡易型強化服も強化服も着ていないのにディスガーフを殴り殺した。正確にはまだ生きているが頭部を破壊されて動くことも回復も困難な状態になっている。時間がてば仲間に喰われるか、そうでなくとも勝手に死体になる。

 そこまでの致命傷を拳で与えられるとはとても思えない。少なくとも外見上は何も見えない。ただもし、ナノマシンの注入などの生態的強化や機械を埋め込み、また置き換える機械的強化をすれば話は別だ。

 そうであれば一見生身に見えたとしても拳を叩きつけるだけで頭部を破壊できるだけの力があることに納得できる。

 しかしそうすると疑問が増える。レイが生態的強化や機械的強化を受けられるほど金を持っているようには見えない点だ。生体的強化、機械的強化ともに手術を受けるのには多額の費用がかかる。どんなに安くついても簡易型強化服を買えるぐらいの値段が相場だ。加えて手術をしたとしても高価を実感できるのは多額の費用をかけた時のみ。費用対効果を考えればそれら二つの手術よりも簡易型強化服や強化服を買った時の方が生存確率も上がるし、探索できる範囲も拡大する。

 故に生態的強化や機械的強化は駆け出しのテイカーは受けないし、中堅のテイカーであってもより良い武器や情報処理端末を買った方が生存率が上がるため受けることは少ない。アンテラも同じだ。

 生態的強化手術に比べて機械的強化手術は右腕や足などと改造する部位を絞れば幾らか値段を安くできる。だがメンテナンスの必要性や単純な劣化など、追加でかかる費用も大きい。そして生態的手術は単純に値段が高い。まだ開発途中の分野であるためだ。そしてテイカーは遺跡内でだけ力が必要である。つまりは予想外のタイミングというのが少ない。遺跡に行くと決めたのならば、戦うと決めたらならば事前に強化薬でも飲んでいれば済む話だ。

 そのためにレイが拳でモンスターを破壊出来たとしても、その理由が生態的強化手術や機械的強化手術である可能性は著しく低い。


(要人の警護?年齢を詐称している?)


 生態的強化と機械的強化が使われる場面のほとんどとは武装していることが露呈するのを避ける職業に就く者達だ。例えば大企業の役員。彼らは権力を持ちならがも命を狙われる存在だ。しかし取引相手や企業の面子などの対外的な感情を考慮して、無理に装備を着こむことは出来ない。出来たとしてもスーツのように作られた簡易型強化服や防護服などをそれとなく着用することしかできない。

 そしてそれは要人を警護する者たちも同様だ。会合の機密性や場所によっては武装を解除されることも余儀なくされる。そう言った時に機械的強化によって仕込まれた武装や生態的強化によって得られた肉体は警護の役に立つ。

 故に大企業の役員や警備会社の社員などは機械的強化手術や生態的強化手術を受けている場合が多い。

 

 そしてそうした者の中には年齢をいつわる奴も多い。手術さえ受ければそう高くない値段で見た目などいくらでも弄ることが出来る。見た目というのは大事だ。交渉の場では少し年の取った男性がこのまれ、親睦を深める際には相手の趣味嗜好に合った容姿であった方が当然に好まれる。例外もあるが、そのような感情があるのも確かだ。

 だがレイが現在、年齢を偽っているとも思えない。そしてアンテラの予測がすべて合っていたとしてもレイがなぜテイカーをやっているのかが理解できない。


(………まあいい)


 最初にレイを見た時に感じた違和感。その正体を突き止めたと思ったらまた離された。いつかその真相を聞いてみたいものだ、とそう思いながらアンテラはレイと共に荒野へと向かった。


 ◆


 レイが荒野を歩いている。すでに危機は去った。アンテラと共に遺跡の外周部にまでたどり着き、モンスターがやってくる気配も無い。アンテラとは荒野に出てすぐに分かれた。

 そしてレイはこうして、クルガオカ都市に向かって重たい体を引きずりながら歩いている。二日前に負った右拳の傷や今回の戦闘で負った傷はすでに回復しつつある。明日にでもなればまた回復するだろう。

 そしてまた明日は遺跡探索だ。しかし次はどこと探索しようかと頭を悩ませる。指南役でもいたのならばレイは何も考えずに言われた場所を探索するだけで良いのだ。しかし生憎そうもいかない。仲間もおらず、知識も足りない状態。手探りで何かをやっていくのは大変だと、今までの経験で分かっていたがテイカーという仕事はそれが顕著だ。

 どこを探索すればいいだとか、どんな遺物がいいだとか、明日の予定だとか金銭管理だとか、色々なことに頭を悩ませる。今日が終わっても明日がある。遺跡探索は続く。

 NAC-416以外の武器でも買ったらモチベーションが出てきそうだが、そこまでの金はないし、もしあったとしても使うわけにはいかない。毎日の弾代や生活費でテイカーで稼いだスタテルなど一瞬で消えて行く。

 だがそれでいいのだ。

 そのぐらいの逆境がレイに相応しい。レイ自身もそう思っている。

 クルメガからクルガオカ都市までの生き返りだってそうだ。少しの金さえ払えば、クルガオカ都市からクルメガまでのトレーラーが出ているため乗ることが出来る。車両を使えば大幅に時間が短縮できるだろう。

 

「………」


 悩ましいことだと、レイが怪訝な顔を浮かべる。だが遺跡探索をそうずっと続けていくのも、どこかでガタが来る。

 現在のテイカーランクが『1』。最低でも『5』までは上げたい。職員の話によると『0』から『1』はかなりの貢献度が求められるが、『1』から『2』、『2』から『3』といったように、テイカーランク『10』以下は上がるのが早い。今日の遺物を売却すればテイカーランクが『2』になるだろう。

 それを続けて言ってテイカーランク『5』になったとしたら常駐依頼を受けられる。そしてゆくゆくは懸賞首や指名依頼など、危険度と責任に応じて高額な報酬が期待できる仕事が増えてくる。

 まだ今は駆け出し。地道にやり続け、堅実に成長していくしかないのだ。

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