第99話 気づき、違和感

 準備を終えたレイとアンテラはビルの外に出る――までも無くディスガーフからの襲撃を受けていた。開けたビルのロビーに正面扉を割って入って来た個体やアンテラが入って来た地下へと続く梯子を上って来た個体もいる。

 30は優に上回る数。しかしアンテラとレイはそこまで苦労していなかった。というよりレイ一人であったのならば気を抜くことが出来ない死線を演じることになっていただろう。

 しかし今はアンテラがいる。

 テイカーの優劣はテイカーランクでも判断することが出来る。しかし見た目だけでも分かる場合が多い。立ち振る舞い、視線、雰囲気などで、何よりも確実なのは装備だ。

 例えば高性能な武器を持っている。例えばまだ市場に出ていない試作品を所有している。遺物で武装している。簡易型強化服を着ている、強化服を着ている。高価な装備を着ているだけで、それだけでその者の実力を推しはかることが出来る。当然、例外も存在するがアンテラはそうではない。

 身に包む強化服。1000万スタテルはくだらない高価な品物だ。最低でも5000万スタテル。最高でも1憶スタテルは値が付く代物だ。それだけの物を所有しているということはある程度の実力は予測できる。

 持っている武器も高性能なものだ。近づいて来るディスガーフの頭部を僅か一発で吹き飛ばす。使用しているのは突撃銃に見えるが、恐らく使用している弾丸と内部構造が違うのだろう。そして高性能な武器を所有しながら、射撃技術にも目を見張るところがある。世の中には勝手に照準を合わせてくれる自動補助機能を持つ武器や強化服があるらしいが、それでもアンテラの射撃技術はレイと同等か少し上。

 瞬時の判断も狙いも正確だ。

 レイでもまだ、ぎりぎりで対処できる数を相手にアンテラが加わることで殲滅は容易になった。アンテラに関して言えば、一体も近づけることなく、返り血を浴びることも無くディスガーフを殺し続けている。

 だとすると強化服に返り血がつくまでに接近されたであろう、地下区画での戦闘がどれだけに悲惨且つ熾烈しれつなものであったのか想像にかたくない。そして何百、何千とディスガーフが存在する地下区画を抜けてきた力は確かなものだ。

 

 すでに返り血で防護服が汚れだしたレイとは比較にならない。

 そもそもの射撃技術ではアンテラと並んでいる。だが武器性能や強化服の有無が大きく響いている。ディガーフは周りを取り囲む四方八方から襲い掛かる。アンテラのように一体に対してく時間が少なくなればすぐに次の敵へと目標を移し、近づかれずに済む。しかし一体辺りに弾丸を10発ほど使用してなんとか殺しているレイは、次の目標へと移るのに時間がかかる。

 その間に近づかれ、最終的には近接戦闘を演じることになってしまう。並みのテイカーならばアンテラがいたところで死んでいるだろう。レイよりも装備が少し良いぐらいのテイカーでも同様の結末を辿たどる。中部での経験が活きている。緊迫した場面でこそ、その集中は極限にまで高まり、レイの口の端は自然をつり上がる。


 一方でアンテラはレイを一瞥して初見時に覚えた違和感が確かなものであったと確信した。

 そしてすぐに敵の殲滅へと移る。最初こそレイを護衛の対象として見ていたが今は違う。ある程度背中を任せられる仲間として扱っている。アンテラの背中から鳴り響く発砲音は止まらない。そしてアンテラも引き金を引き続ける。 全方位から襲い掛かるディスガーフに対して二人は余裕をもって対処出来ている。

 周りには死体が散らばって、レイはその死体を踏み越えながら敵を殺す。眼球を潰し、拳銃をめり込ませ発砲する。弾倉を素早く交換し、相手の頭部を破壊する。その一連の動作には全く淀みが無かった。単純な戦闘経験の深さが為す技だろう。


「手伝おうか」


 アンテラがレイに対して、小さく呟いた。敵の数は減っている。当然だ。ハウンドドックならばまた話は違っていただろうが、敵は連携という言葉を知らない。数こそ多いためとめどなくディスガーフが襲い掛かるが僅かにずれている。瞬時に全体を見渡し、より近い個体から仕留めていけば対応できる。だが稀に息が合ったかのように波状攻撃を行うように、ディスガーフが全くの同タイミングで来ることがある。それが二体や三体ならば接近される前に対処できるが五体以上ともなるとレイの武装では対処しきれない。

 差し迫った状況に歯を噛みしめるレイを見てアンテラが助け舟を出す。アンテラの武装ならば容易に対処できる。

 レイは前方のディスガーフの頭部を弾丸によって破壊して殺すとその後ろから来た個体に対しても射撃を続ける。すぐに仕留めるとレイは銃口を右側へと向けてすぐそこまで接近してきていた個体を処理する。そこで弾倉が切れ、交換を行った。

 瞬時に交換を終えると左側へと銃口を向けて至近距離にまで迫っていた個体を撃ち殺す。前方の二体を殺してから左側の個体を撃ち殺すまでの間は僅か7秒ほど。しかしそれでも間に合わない。

 左側からレイが殺したばかりのディスガーフの死体を踏みつけてもう一体がやってくる。レイは引き金を引いた。弾丸は頭部を破壊するが完全に活動を停止することは出来なかった。

 しかしレイはナイフを引き抜くとディスガーフへと一瞬で距離を詰める。前腕も噛み付きもすべて避けて脳にナイフを突き刺した。そして出来た僅かな時間でレイはすぐにNAC-416の弾倉を交換し、アンテラの言葉に返答する。


「大丈夫だ」


 たった一言だけ。それでアンテラも納得すると目の前の個体に向き直った。


 ◆


 ロビーでの戦闘はその後、案外すぐに終わった。ディスガーフの姿が一時的にいなくなると二人はすぐにビルから出た。

 ビルを出てからはオフィス街を吹く風や巡回する機械型モンスターの影響などもあってディスガーフとの戦闘は極端に減った。ただ単に、ロビーでの戦闘で近くに来ていた全個体を殺しきった可能性もある。

 少し余裕が出来た二人は話しながら遺跡内を歩いていた。


「レイだっけ」

「ああ」

「いつからテイカーに」

「2週間前ぐらいからだ」

「………そうなんだ」


 他愛ない会話。当たり障りのないもの。しかしレイの答えた『2週間』という言葉にアンテラは疑問を抱いた。


「どうした」


 その様子を不審に思ったレイが問いかける。アンテラは苦笑しながら返した。


「なんでもないよ。まだ残ってるかもしれない。注意していこう」

「ああ」


 一旦、話題を変えたアンテラは歩きながらに思考を巡らせる。

 レイの装備だけを見れば、確かにテイカーになったのは最近のことだと分かる。二週間という日数も予想通りだ。しかしその射撃技術や咄嗟の判断は何年という歳月を費やしてやっと得られるものだ。少なくとも2週間やそこらで得られるものではないし、経験を積むこともできない。どれだけ才能がある者でも、装備に補助機能があったとしても一年はかかる。なのにレイは二週間と言った。

 実力と装備との乖離。そんな当たり前のことに最初こそ気が付けなかったが、レイの発言でその違和感を覚えることが出来た。

 最初、アンテラがレイを見たのはワーカーフロントの換金所だ。一般的な駆け出しのテイカーだが運よく定点領域を発見できていた。だが初心者ということもあり、状態の良い――定点領域を見つけたのだと勘の良いテイカー分かる――遺物を売ってしまった。

 恐らく次の探索でテイカーに付け狙われるだろうと、そしてまた次に見れたら面白いかなと、そんなことをあわく思いながらレイのことを記憶していた。その後に何回か、とは言っても二回ほど換金所や街中で見かけた。

 生きている。ということは襲い掛かるテイカーを退しりぞけたのだろう。テイカーは死にやすい。駆け出しなら尚のこと。しかしレイは血だらけになりながらも活きていた。

 そこで初めて、アンテラはレイを強く認識した。


 そう言った経緯があって、ビル内で見かけた時もすぐに相手がレイだと分かった。当然、名前は知らなかったがそれでも顔や立ち姿は覚えていた。そして今日、レイの持つ異質さにも気が付くことが出来た。この実力ならば半端なテイカーなど容易に殺すことが出来る。モンスターも同様に。

 だがこれほどの力。やはり実力と装備とで強く乖離している。

 もともと、都市の中で経験を積んでいた傭兵なのか。それとも何かの育成組織を出ている者なのか。それこそアンテラが所属している『タイタン』だってテイカーを育成する組織だ。そう言った組織からの出身なのか、だがそういった組織の出身は部隊を組んで行動するはずだ。

 レイが最初から一人で行動していたわけとかみ合わない。

 だとしたらどこでこの射撃技術を積んだのか。アンテラがこのことについてレイに訊くことは出来る。しかし答えてくれるとは思わないし、それによって無駄に関係を悪化させてしまうのも良くない。もしこのまま成長すれば将来、仕事相手になる可能性があるからだ。アンテラはその立場上、それがあり得る。

 また………。

 とアンテラがさらに思考を巡らせようとしたところでレイが引き金を引いた。撃ち出された弾丸はビルの側面に張り付いていたディスガーフを撃ち落す。


「もうか」

「そうみたいだね。急ごうか」

「ああ」


 無理にここに留まって戦う必要はない。あとは襲い掛かるモンスターに対して撤退線を繰り広げればいいだけだ。

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