第98話 ディスガーフ
「君あの時の……ああ、敵じゃないよ。ちょっとした用事で地下にいたんだ。私はアンテラ。君と同じテイカーさ」
驚きもせず、たじろぎもせず、『アンテラ』と名乗ったその女性は緩く疲れたような仕草を見せる。一方でレイはNAC-416を向けてまま緊張を解いてはいなかった。アンテラはレイの緊張を
「まあそんな警戒しないでよ。私は君に危害を加えないし、何かすることも無い。それに……」
アンテラはレイに歩み寄り、そして表情を真剣なものへと変える。
「君の装備じゃ私を殺すことは出来ない。逆に君は今、私に命を握られているんだよ」
声色が変わる。より一層暗いものに。
「工夫、発想、経験、君がどのくらいのものなのかは分からないけど、純然たる戦力差を前にそれらは意味を為さない。外周部とは言っても危険な場所、ここに来れるのだから、君はそのぐらいのこと容易に分かっているんじゃないか?」
近づき、歩み寄り、アンテラはNAC-416の銃口に自らの額を突きつける。しかし僅かに間が出来ている。額と銃口の間に電磁装甲が張られているためだろう。レイがここで引き金を引こうとも殺すことは出来ない。
崩落や冒涜的な見た目のモンスター。サラや
「分かった……」
警戒を解いた姿勢でレイはアンテラに向き直る。
「それで。何もないんだったら帰らせてもらうが、いいか」
「別にいいよ。だって私達は他人だ。行動を縛る権利なんてない」
アンテラの答えを聞くと、レイはバックパックを背負いなおす。そして振り返ってビルの出入り口の方に向かう。するとアンテラは隣に並んで、レイに一言だけ告げた。
「だけど今、無防備に外に出るのはよくないかな」
立ち止まり、アンテラの方に顔を向ける。
「なんでだ」
「そりゃ、これだよ」
アンテラの強化服には少し返り血のようなものがついていた。恐らく地下で何らかの戦闘を行った痕跡で、傷はついていないものの何かがあったのは確かだった。アンテラは肩にかけていた袋を地面に置く。そして封を開いて中からモンスターの頭部を取り出した。
「……それは」
「そう。モンスターの頭だ」
そう言ってアンテラが見せてきた頭部はレイも良く知っているモンスターだった。昆虫のような頭部と針のよな前足とハウンドドックのような下半身を持つあいつだろう。地下空間はあいつらの住処だ。戦闘を行っていてもおかしくはない。
「その反応だと知っているみたいだね。どこで?」
その質問に対して答えて良いものか、はたまた嘘で切り抜けるか。そもそもその必要があるかなど、レイは一瞬だけ考える。だが特に問題は無いと判断し、正直に話す。
「地下商店街跡だ。そこからさらに地下に入った狭い通路。そこで戦った」
「へぇ……」
地下商店街跡よりも僅かに下を走っている狭い通路。そこで彼は戦闘を行ったと、そう言った。アンテラの頭の中には一つの記憶が
久しぶりに出向いていてみたら隠すために置いていた瓦礫が撤去されていた。地下通路に入ると、モンスターの死体で埋め尽くされていた。あの惨劇の犯人、見つからないものとばかり思っていたが。もしかしたら。とアンテラは考える。確証は無い。ただ記憶が呼び起こされただけ、特にそれについて問い詰めることもアンテラはしない。
「じゃあ話は早いね。こいつらの名前はディスガーフ。最近現れるようになったモンスターだ。恐らくだが地下二階にこいつらの巣がある。今、私が手に持っている
モンスターの繁殖方法は多様だ。一般的な哺乳類のように子を産み育てるものもいるし、卵を産み落とす種類もいる。体を分裂させて増えたり、今も稼働する生物兵器の生産工場から湧き出てくる種族もある。そしてディスガーフは蟻のように、女王個体が子供を産み続けている。
「推定だが、女王は残り二体ほどいるはず――」
レイはそこまでの話をある程度納得して聞いていたが、途中で我に返って疑問を問いただす。
「待て。なんで今、その女王とやらの頭をあんたが持ってるんだ。何が目的で地下に潜ってた」
「まあ落ち着いてよ。私が潜ってたのはワーカーフロントからの調査依頼を受けたから。まあ厳密には私にってわけじゃないけど、派遣されたのが私だからね……っと。話が逸れたね。もともとは地下二階の調査報告と地図の作成だったんだけど、その際にこいつらと出くわしてね。いやー大変だった。ディスガーフを見つけて、ワーカーフロントの報告してから、それは毎日のように調査のために潜ったさ。その結果が
アンテラは頭部を袋の中に仕舞いながら、そして苦笑しながら続けた。
「まあそうだね。言いにくいんだけど」
ディスガーフの頭部は昆虫のようになって。繁殖方法も似ている。つまりは。
「この頭部にはフェロモン、みたいなのが付着してるんだよね。そして強化服について返り血にも」
レイの表情が段々と曇っていく。
「私が何を言いたいのか分かる?」
レイは表情を強張らせてため息交じりに返した。否定してくれ、と思いながら。
「……そのディスガーフとやらが匂いを辿って来る可能性がある、ってことか?」
どのくらいの範囲かは分からない。しかし匂いを辿ってやってくる可能性は十分にあるとレイは思っていた。そしてその予想は現実のものとなる。
「当たり。外に出ないように言ったのも危険だから。少なくともその脅威を知らない状態で行かせるのは、私としては申し訳がたたない。この辺りは地下空間へと繋がる施設や階段が多くある。どのくらい鼻がいいのか全く分からないけど、少なくとももうそこまで来ているはずだ。というより、取り囲まれてると言った方が正しいかな」
もう
「直接的な原因は私だ。君を巻き込んでしまった」
レイに落ち度はない。少なくともこの予想外の状況はあまりにも突発的すぎる。普通に考えればレイの行動は冷静で、また最良・最適の判断だった。
「私を恨むかい?」
レイの判断は間違っていない。しかしそれはあくまでも外部からの干渉を想定していない場合。
アンテラの言葉にレイが返答する。
「いや。俺の自己責任だ」
巻き込まれた、それは正しい。しかし遺跡では意図的にモンスターを差し向けられることもある。そのことについて嘆くのは遺跡という場所に対して相応しくない。一発逆転の可能性があって、それを夢見て来ているのだからそのぐらいの理不尽は当たりまえだ。
テイカーに出会って殺されかける。罠に嵌められて殺される。モンスターを差し向けられる。すべてがすべて、テイカーとしての実力不足が原因だ。予想外の問題に対応できないその者が悪い。遺跡とはそういう場所で、今回は故意ではないにしろ、アンテラという予想外の状況に対応できないレイがすべて悪い。
理不尽を嘆いたって、助けを求めたからといってどうにかなるような問題でもないし、遺跡はそういった場所ではない。
レイの発言を聞いたアンテラは目を見開いて、それから微笑む。
「ふふ。ただ今回の件は私が完璧に悪いから、遺跡の外まで護衛していくよ」
レイはNAC-416の動作確認をしながら、断りを入れる。
「ディスガーフとはもう何回も戦ってきた。護衛をする必要はない」
「じゃ。勝手に戦わせてもらうよ」
レイは何も答えない。ただアンテラとは意思疎通が出来たようで二人は戦闘の準備を進めた。
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