第97話 組織人

 レイが遺跡探索を行っていた。両脇に廃ビルが立ち並ぶオフィス街で、外周部の中ではまだ荒れ果てていない方の場所だ。破壊されている場所は基本的に少ない。故に遺物が残っている可能性も高い。しかし一部の場所だけが大きく破壊されている。これは戦闘の跡だ。完全には荒れ果ててはいないということで、ビルやその他の店舗の防衛設備が稼働している場合が多く。遺物を狙ってやってきたテイカー、または間違って入ってしまった生物型モンスターと戦闘になった結果生まれた戦闘の残骸だ。

 巡回中の機械型モンスターも多いため、商店街跡よりも危険度は高い。

 しかしいつまでも商店街跡や住宅街のような危険度の低く、また遺物の少ない場所を探索していても意味がない。テイカーとしてもう一度成り上がることを目指したのならば立ち止まっている時間なんて少しもないのだ。

 それにテイカーなんて、上を見ればきりがない。ほぼ天井がないといってもいい。いくらでも、上限なんて無く成り上がれる。中部とは違い、それによって規制されることは無い、モーグ・モーチガルドのように。

 先の見えない階段を一段、レイは昇ったに過ぎない。

 上がり続けるためにはもう一段、さらにもう一段と踏み越えていくしかない。テイカーランク『1』という一つ目の階段の次にまだ続いている。レイは二段目を踏むためにこうして危険を冒し、オフィス街の探索を行っていた。


(状態は……いいか)


 ビルの一階部分に入り見つけた遺物を、しゃがみ、片足を地面につけながらバックパックの中に入れるレイはどこか不満げだ。見つけた遺物はそれなりの値がつくはずだ。状態も良い。しかしながらレイが求めるような物ではない。少なくとも、地下の商店街跡で見つけた装飾品に比べると値がつかない。

 欲求というものには天井が無い。高価な遺物を見つけ、持てないほどの査定額を口座に振り込む。その時に得られる快感はギャンブルと似ていて、歯止めが効かない。そして遺物を見つけた時と査定額を貰う時で二度も体験できるのだ。さらに次も、と求めてしまうのは無理もないことだった。

 レイも自身に起きている現状を正しく把握できている。際限の無い欲求に憑りつかれてより高価な遺物を探そうと躍起になっている。そういった気持ちを抱かないように、換金時はいつも冷静さを求めるように自身に働きかけてきた。

 しかし無意識の内に欲求は芽生え、装飾品を見つけた時から大きくなり始めている。このままでは自身の身を亡ぼす。レイはその事実に気がついているため、己を今一度律する。

 だが、レイがこのような欲求に憑りつかれるのは無理もないことだった。

 仕事が成功した。欲しい物が手に入れられた。認められた。などテイカーでなくとも日常の中に際限の無い欲求の種は仕込まれている。テイカーは単に、それらがより強く働ているだけだ。

 この事実を理解した時に、または無意識に。この欲求に従ってさらなる快感を求め危険を冒すか。自身を律し現実を見て「これはたまたまだった」「幸運だった」など言って納得させられるか。

 それは人によって異なる。ただ、テイカーという職業上、前者が多いことは当然の事実だった。そしてレイは自身を後者だと認識している。確かに、レイはさらに高価な遺物を追い求め、オフィス街に来た。しかしそれはあくまでも現実的に探索可能な範囲内だ。冷静に自身の実力と探索の難易度を天秤にかけたに過ぎない。

 決して奥には入らず、あくまでも外周部でまだ遺跡が残っている場所を探索するだけ。恐らく、オフィス街を選んだのには少し欲求も混じっているだろう。しかし冷静に考えても十分に探索が可能だ。


「………」


 ただそういった欲求とは別に、レイは焦燥感や切迫感を無意識の内に感じている。そしてそれらに少なからず意思や感情が捻じ曲げられていることに現状、レイが気が付くことは無い。


(これ以上はいつか、身を亡ぼすか)


 ビルから出て、さらに奥にある場所を目指そうとしたレイが立ち止まって。すぐ横のビルに入った。レイが今探索しているビルと隣のビル。両者には僅かに違いがある。

 それはビルの窓や外壁、外から確認できる限りでの内装。そのすべてで現れていた。幾つかが外れているが、ほぼすべての窓が十全な状態だ。そしてフロアごとに孫が壊れている階とそうでない階層が分かれている。恐らく、階層ごとに自動修復機構が活きているのだろう。あくまでもビル全体ではなく階層ごとにその効力は働いている。

 簡単に確認した限り、窓や内装が壊れているのは3階と5階、その上の階層にも幾つか壊れていたがそこまでは確認する気になれなかったし、する意味もあまりなかった。

 そして今、レイが入っているビルはもう自動修復機構が活きていない。正確には、上層階だけが活きていると言った方が正しい。下層は警備ロボットがいる可能性も少なく、またこの辺りは自動修復機構が活きている領域と隣合わせであるため遺物がまだ多く残っている可能性がある。

 

 レイは慎重に周りを注意しながらビル内を探索する。一階部分ということもありフロアの大部分をロビーが占めている。中央に四つのエレベーターが見えた。すでに稼働はしていないようだ。

 ロビーの周りには幾つかの部屋が用意されており、待合室や物置の役割を果たしていたのだろう。レイが探索すべきは、より多くの遺物が残っていそうな物置だ。ただ、重要な物のほとんどは鍵がかけられ、上層階に保管されている。そのため一階部分の物置は文字通り物置で、それ以上の意味を持たない。

 ただ、旧時代と今で価値観は当然に変わっている。物置に当時、大して重要ではないと判断されて置かれた物でも、現代では高い値つくかもしれない。旧時代では量産できた物も、現代はそのシステムを失い、ほぼすべてがロストテクノロジーだ。高価な遺物を見つけられるか、要は運だ。確率は低いが、可能性はある。

 レイが適当な扉に手をかけた。特に警報などが鳴ることは無く扉が開かれる。中は文字どおりの物置。雑に様々な物が積み上げられていた。そしてレイはその中の一つを取りながら、同時に足元へと視線を向ける。

 地下空間でもあるのだろうか。

 梯子はしごがかけられて、狭い地下通路へと続いているように見えた。


「………はあ」


 地下通路を見ると何かと嫌な思い出がよみがえってくる。何度も何度も死闘を演じたモンスターとの記憶だ。もうすでにその冒涜的な見た目に何の感情も湧き上がらないほどに見慣れてしまった敵。弱点も、長所もすべて分かる。

 今ならば容易に倒すことが出来るだろう。しかしもう戦いたくない、というのがレイの理性が導きだした答えだ。そもそも、理由が無ければ戦いたくないのが普通、レはそこまでの狂人じゃない。

 レイは梯子に目を向けながら、遺物収集を進めていく。大した物はない。ただ、それはレイの目利きが悪いだけで、鑑定士などが見れば宝の山に見えるかもしれない。最近は遺物の相場やどの遺物が高いだとかのことが大体分かるようになったが、まだ完璧じゃない。

 やはり、中部にいた時のようにすべてをおのれ一人で行えるほど人脈があるわけではないし、力があるわけでもない。当然、知識もまだ足りていない。

 自身の弱点に悔しさを覚えながら、レイは遺物収集を終わらせた。

 上手くいって3万スタテル。最低でも1万スタテルというのがレイの予想だ。ある程度、遺物の価値は分かっているので予想を下回ることはないだろう。あとは結果が予想を裏切ってくれることを祈るしかない。

 レイは一旦部屋から出て、次の物置部屋へと向かう。

 その際に一旦立ち止まり通信端末を開いた。現在時刻を確認するためだ。その際にバックパックを地面に置いて、中身の遺物を再度確認する。


(………異常はないな)


 時刻もおおむね予想通り。昨日の夜、そして今日の朝に立てた行動予定とほぼズレなくやるべきことを達成できている。あとはこのまま幾つかの物置部屋を探索していけばいいだけだ。

 レイがバックパックを背負い、通信端末をしまう。そしてNAC-416を軽く持ちながら対角線上にある物置部屋に向かって歩き出す。だがすぐに立ち止まり、背後を見た。

 先ほどまでレイがいた物置部屋に視線を向ける。それとほぼ同時に物置部屋の扉が


「……っ?!」


 レイは目を見開き、NAC-416を向けた。

 あるとすれば地下通路へと通じていた梯子が怪しい。あそこからまた何か出てきた。それこそまた、またあのモンスターと対峙しなくてならないかもしれない。徐々に開かれる扉に釘付けになる。

 そして開かれた扉。


「………な」

「あれ?」


 そこに立っていたのは一人の女性だった。強化服を着たその女性は、ヘルメットを外しながら銃を向けるレイに言った。


「君あの時の……ああ、敵じゃないよ。ちょっとした用事で地下にいたんだ。私は。君と同じテイカーさ」

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