第96話 常駐依頼

 次の日。レイは遺跡探索を行った。昨日までは商店街跡を探索することが多かったが、あの冒涜的な見た目をしたモンスターにまた襲われる危険性があるため別の場所に移動した。

 またサラに関しての問題も確かにあったが、一日も経つとかなりどうでもよくなっている。実際のところサラの話を完全には信じていないし、ゆえに警戒もしている。しかしそれでもある程度あの話を信じているからこそ心的疲労は少なくなっていた。

 今日の遺跡探索はそれらの心配が多少、軽減されたため心に余裕を持ちながら順調に進めることが出来た。いつもとは別の場所を探索したため少し勝手の違う場所もあったが、おおむね良好。場所が分かると発見する遺物の種類も変わってくる。これまで商店街跡では見ることの出来なかった遺物や建物、モンスターなど様々なものを見つけ、また接敵した。

 しかし特に負傷することも無く、無事に遺跡探索を終えた。

 その後、レイは都市へと帰り遺物の換金を行おうとしていた。


「すみません。昨日分の換金代をお願いします」


 すでに遺物の売却を終えたレイは昨日売り払った――地下商店街跡で見つけた――遺物分の代金を貰うために受付の者にそう言った。今日はいつも見る男の職員はおらず、レイの目の前には疲れて、やつれた顔をした受付嬢がいた。


「はい……。ではオフィスカードをご提示ください」


 決められたやり取り。レイはすでにカウンターの上にオフィスカードを置いていた。受付嬢はそれに目をやると特に詳しく確認することなく手元の機械に何かを打ち込んでいく。

 いつものように、見慣れた光景だ。

 しかし今日は僅かに違って、受付嬢がオフィスカードに手を伸ばしてもう一度手元の画面に映し出された情報を照らし合わせる。そしてゆっくりとした手つきで、丁寧に確認するとレイのオフィスカードを手元に置いてまま顔を上げた。


「規定量の買い取りが完了したためテイカーランクが上昇します。具体的には……これまでがまだ名無し、つまりはテイカーランク『0』の状態であったため、今回の上昇でテイカーランクが『1』となります」

「そうですか…」


 レイは自分でも気が付かないほどになぜか、気持ちが下がりながらも返答した。

 いつもは仏頂面、もしくはしかめっ面のレイだが、心情的には平穏そのものだった。しかしそれが戦闘以外で変化してしまうほどにこの職員からの報告は複雑なものだった。

 テイカーの優劣を判断する要素は多くある。それはこれまでの活動実績や活動年数、経歴、周りからの評価、名声など様々だ。このように評価基準は多く存在し、テイカーは様々な情報の断片によって優劣が判断される。しかしこれらの評価基準は一見ばらばらの指標に見えて、その実、主観の混じる不確実な指標、という一点で繋がっている。

 だがテイカーランクはそうではない。テイカーフロントが設定している、厳格な価値判断に基づいた基準だ。

 主に遺物の売却量や売却額。テイカーフロント及びその提携企業からの依頼達成数。テイカーフロント職員の監視下での戦闘評価。などによって評価され、それらの実績を積み上げることで自動的にテイカーランクは上がっていく。

 その厳格な判断基準とテイカーを管理、統括しているテイカーフロントが設定している指標とだけあって、その信頼性は高い。高ランクのテイカーになれば企業から装備の提供や試着を提案されることもあるし、ある程度の社会的信用も担保される。またテイカーフロントが禁じている遺跡の未開領域の探索許可。大企業が占領している遺跡区画での遺物収集の許可などが降りることもある。そしてテイカーフロントや大企業から指名依頼を受けることもあり、高ランクのテイカーになると自動的に仕事が舞い込んでくる場合が多い。

 レイは今回、主に遺物の売却量と売却額での評価によってテイカーランクが上昇した。

 

「テイカーランク『1』からはオフィスカードが変わりますので少々お時間を頂きます。よろしいですか?」

「大丈夫です」


 だが、テイカーランクという制度の都合上。全員のテイカーにすぐ与えられるわけではない。少なくとも、遺跡に一回、二回行っただけで死んでしまうような駆け出しのテイカーのためにわざわざ、評価して付与してやる必要などない。

 その裏付けとしてテイカーになった際に初めて渡されるオフィスカードはいくらでも偽造できそうな安っぽい物だ。その時点でその人物はテイカーランク『0』であり評価基準にも満たない駆け出しのような何かだ。

 だがワーカーフロントが定めた規定量の規定を売ることで初めてテイカーランクが『1』となり真の意味でテイカーに成ることが出来る。

 それを今、レイは達成したのだ。特にこれと言った感情は湧き上がってこない。嬉しい出来事であるのには変わりないが、レイには後ろめたい過去がある。素直に喜んでいいのかとそう思ってしまう。

 レイはもう結論の出ない八方塞がりの議題を頭の中でこねくり回しながら新しいオフィスカードが発行されるのを待つ。 

 受付嬢は少し時間がかかる、と言っていたが僅か1分ほどで新しいオフィスカードが発行される。これまでのいくらでも偽造出来るような薄っぺらいオフィスカードとは異なり、少し厚みが増して高級感が出ている。


「再発行には1000スタテルと証明の手続きがいりますので、くれぐれも無くさないように。それと……」


 受付嬢は手元の端末に一度、視線を移してから話を続ける。


「テイカーランクに関しての説明はテイカーフロントのサイトなどを見て確認してください。特権の付与に関しては通話で対応は行えませんので、テイカーフロントの運営している施設に直接来て手続きを行ってください」


 テイカーランク上昇に伴い得られるのは社会的な信用や実力の裏付けだけでない。特権と呼ばれる一定数のテイカーランク上昇に伴い得られる権利のようなものもある。例えばテイカーランクが『5』以上になるとオフィスカードの再発行の際にお金がかからなる。ランク『5』ではその程度だが『20』にもなるとテイカーフロントと契約している、また運営している武器屋などで商品を買う際に割り引きが効く。そしてそれはテイカーランクの上昇に伴って割引率の増加や適応される対象の商品などが多くなる。

 またテイカーランク『20』ではその程度だが、もっと上の方にまで行くとテイカーフロントと契約している企業から新商品を提供されたり銀行の開設が容易になったりなど、様々だ。

 努力し続ければし続けるほど恩恵を与えられる。これがあるおかげでテイカーは頂点という途方もない目標に向かいながらもテイカーランクの上昇という小さな目標を持つことが出来る。

 また、高ランクのテイカーはそれだけで絶対的な名誉を得られる。特権や社会的信用を無しにしてもそういった理由からランクの上昇に文字通りすべてを賭ける者もいる。


「分かりました」


 レイが答えると受付嬢は立ち上がりながら最後に言った。


「また、制限こそありますが巡回依頼を受けることが出来ますので、一度目を通しておいた方がいいと思います。確認はテイカーフロント施設の受付近くのモニター、またはサイトからお願いします」

「はい」


 受付嬢はその後、すぐに立ち去って行った。様子を見るに何か急用の仕事があるようだったので、それのためだろう。逆に、忙しいというのに最低限の説明を丁寧にしてくれただけでありがたいというものだ。

 テイカーランク『1』になったとはいえまだ駆け出しだ。職員から見下されてもおかしくはなく、自身の都合を優先させるために無理矢理仕事を終わらせる可能性もあった。

 レイは心の中で感謝しながら階段を下ってテイカーフロントの受付近くまで行く。

 そしてその付近にあった大型モニターに目を移した。


「これか……」


 テイカーフロントはテイカー向けに常駐依頼を張り出している。内容は主に、都市周辺の巡回や警備が主だ。都市は広く、モンスターの数は多い。ゆえに膨大の数の人手が必要で、需要が消えることがないためこうして張り出されている。そしてこれは稼ぎたいテイカーにとっても、簡単に受けられ報酬が貰える依頼ということで需要と供給が一致していた。

 また、都市周辺の巡回や警備以外にも懸賞金が掛けられた特定個体のモンスター、所謂いわゆる懸賞首の討伐に関する情報が載せられていた。すぐに確認できる限りで、最低額の懸賞首は『エンゴロ』の520万スタテル。その他には『電磁機構砲台甲二式ファージス』に12億7400万スタテル。『リヤック』に142憶9800万スタテルの値がついている。これを見る限り、懸賞金にはかなりのばらつきがありそうだ。

 恐らく、懸賞金を出している出資元の数の多さと資金の太さが関係しているのだろう。そして『エンゴロ』は外れ値だ。懸賞金の出資元がたった一人の個人であり、懸賞金のだいたいの相場が12億から14憶スタテルであるので、かなり安いことになる。

 また、懸賞金が掛けられているのはモンスターだけでなく人間にもかけられている。今ここで載っているのは『アーネス・ウォッチャー』に9900万の懸賞金がかけられ、『ヘンダーソン一家』に4憶4800万の値がつけられている。今ここで確認できる限りでの最高額は『マングースヘビ』と『キリギリス』の17億7400万だ。人はモンスターと比べ知能を持つがしかし、持てる戦力には限りがあるためモンスターにつく懸賞金をよりも低くなる場合が多い。

 これは別になるが『ハヤサカ技術研究所』に72憶の懸賞金がかけれられている。ただこれは人でもモンスターでも無く機関であるためまた別枠なのだろう。


「………」


 ただ、これらと戦う機会があったとしてもまだ先のことになるだろう。考えるだけ無駄なことだ。そう思ってレイが視線を逸らそうとした時、モニターの画面が移り変わった。そして自然と吸い寄せられるようにしてレイの視線をそのモンスターへと注がれた。

 それは不定形の塊。あるいは生命の集合体。広域侵略生物。中部であろうと西部であろうと、当然、東部であろうと関係の無い、それほどまで悍ましい―――。


「………もうこんな時間か」


 レイはモニターから視線を動かして通信端末を見た。そして明日もまた遺跡探索がある。万全の準備をして臨むためレイは足ばやに家へと帰った。

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