第95話 面倒な話題

 大衆食堂で夕食を食べているといつの間にかサラが目の前に座っていた。彼女は柔和な笑みを浮かべながら口を開く。


「いい食べっぷりね。少し話をしましょ」

「無理だ」


 レイはすぐに否定する。今は色々と思い出してそれどころではないところに、もっと面倒な奴がやってきた。一瞬にして心労が限界に達したため反射的に断りの言葉が出来た。

 だがこれでは何も話は進まず、「無理だ」と言ってサラがどこかに行くかと思えばそうでもないので、レイは少し考えた末に言い直す。


「ああ……いや。まず話を聞く前になんで俺がここにいるって分かった」

「たまたまね。ほら、ここって外周部の、それもクルメガから近い場所でしょ。遺跡から帰ってきたらばったり、あなたが食べている姿を外から見つけてね」


 レイは信じていない様子で、話しを進める。


「……はぁ。分かった。話ってなんだ」

「ほら。私達って仲悪いじゃない?」

「その言い方だと、お前と俺がもともと交友関係があったみたいな意味になるだろ。俺たちはただ殺し合ってただけだ。で、なんだ。ここにまで来てまたやりたいのか」

「そうかさないでよ。別にあなたを殺すだけだったら、馬鹿みたいに天井向いてる間に撃ち殺してる」

「…………」

「それに見て、私、今無防備でしょ?」


 サラは遺跡で出会った時のような簡易型強化服を着た姿では無かった。ラフな格好で、だが彼女の持つ魅力を引き出している絶妙な服装だ。だがレイはそんなことには気にせず疑問点を突く。


「確か、遺跡帰りに俺をたまたま見つけたから来たんだよな。いつ簡易型強化服からその服に着替えたんだ。家に帰ってる暇は無かったはずだろ」


 サラは遺跡帰りにたまたま、この店で食べているレイの姿をみつけたから来た。と言っていた。遺跡帰りということは簡易型強化服を着ている状態だ。だが今は別のラフな格好。どう考えてもおかしい。サラが嘘をついているのか、レイに何か間違いのあるのか、それとも簡易型強化服に何か知らない機能でもあるのか。

 レイの指摘にサラは軽く、だが少し苦笑いで流す。


「別に、あなたをここで見つけた後。家に帰って着替えて来ただけだけど」


 いくら大盛を頼んだからと言って、サラが家に帰って着替えてまた来る時間内に食べきれないということもないだろう。サラは「それに血がついて汚かったしね」と付け加えた。

 レイは引っかかりを覚えたが、そんなことを指摘しても話は進まないのであえて目をつむった。


「すまない。話がずれた。じゃあ何しに来たんだ」

「そうねさっきも言ったけど私は今無防備よ」

「……それがどうした」

 

 サラは大げさに両手をあげて武器を隠し持っていないアピールをする。


「要はもう殺し合うつもりはないって意思を伝えるためにここに来たの」

「………」

「だって互いに遺跡でも都市ここでも殺し合ってたら疲れるじゃない。それとも、今ここで終わらせる?」


 先にやって来たのはお前だと、レイは心の内で呟きながら慎重に返答する。


「つまりは遺跡内でも都市でも、出会ったら互いに不干渉ってことでいいのか」

「そうね。そう思って貰っていいわ。ただ……」

「遺物は先に見つけた方だ。同時だったら殺し合いじゃなくて別の方法で決めればいい」

「そう……そうとなれば話は早いわ。まあ、同じタイミングで遺物を見つけるだなんてことあまり起こらないでしょうけど」

 

 レイはサラの反応を伺いながら最後に、と訊いた。


「じゃあ最後に、その口約束を信じるにたる証拠は。裏切られでもされて不意打ちでもされたら、俺は対応できない。そして逆もまたしかり。俺がお前を裏切らない保証なんてない。どう信じればいい、どう信じられればいい」


 サラは面倒そうに頭を振って、そしてレイを見た。


「別に。じゃあ間に企業でも入って貰って契約でも結ぶ? 先に攻撃した方に企業傭兵が差し向けられるみたいな。確かそういうのあったよね」


 サラは「ただ」と付け加えて話を続ける。


「私としてはそんな面倒なことしたくはないから。できればここで済ませたいんだけど。信用はできないかしら」


 信用が出来る出来ないだったら、確実に後者だ。二回も殺されかけているし、それまでのイメージというものがある。しかし遺跡でも都市でも因縁のある敵、という不確定な要素を考えるのは面倒だ。だからと言って企業を介して契約を結ぶのも無駄な費用がかかる。それも多額の。

 レイは色々と考えられるリスクを思い浮かべて吟味していく。僅か10秒ほどの時間であっただろうが、レイは熟考した上で結論を出す。


「いや、信用しよう。俺はもう手出ししない」


 サラは表情を和らげて、返す。


「それは良かったわ。契約成立ね。互いに手出しはしない。それでいいよね」

「ああ」


 面倒な話し合いは終わったと、レイは口の中に食べ物を入れた。そしてゆっくりと租借して飲み込む。また食べて、そして飲み込む。水を飲んで、また食べる。だがすぐに手を止めてレイは言った。


「おい。なんで座ってるんだ。もう話し合いは終わったろ。さっさと帰ってくれ」


 サラは話し合いが終わった後も何故か帰らず席に座っていた。レイがそのことを指摘するとサラは笑いながら返答する。


「結構急いでたから私も夕食食べてないんだよね」

「ここのはめといた方がいいぞ。おいしいわけじゃない」

「気遣いありがと。でもそんなこと別に気にしないわ」

「俺が気にする。せめて別の席に行ってくれ」

「なんで」


 レイがサラを見た後に店内を見渡す。全員ではない。しかし何人かがサラに視線を向けていた。もともとこの店に女性が来ること自体が珍しいのに、それに加えてサラは目を惹く美貌を持っていた。

 当然、客の何人かの意識を引いて、視線を度々向けられている。それがレイにとっては鬱陶しく、また変な誤解で、いらぬ因縁を作りたくもなかった。故に、せめて席をずれてくれとサラに願う。


「さっきから分かってたが。お前がこの席にいると面倒な視線が向けられる。勘弁してくれ」


 しかしサラは、店内を見渡してその様子を確認しても全く気にする様子が無い。


「そんなこと最初から気づいてたわよ。 そんなこと――」

「俺が気にするから出て行ってくれ。それかせめて、席を移してくれ」


 心底面倒といった様子で呟くレイを見てサラは笑う。そしてサラに対してレイは付け加えた。


「ここはハップラー社の領域だ。騒ぎを起こした時に飛んでくるのは警備隊じゃなくて企業傭兵だぞ」

「詳しいのね」

「住んでるのがここら辺だからな」

「……そう。いい情報を聞いちゃったわ」

「関係ないだろ、お前には」


 レイがそう言うと、サラは笑いながら立ち上がった。そして別れの言葉を述べて立ち去ろうとする。しかしその前にレイが違和感を覚えた。


「………?お前」

「なに?」

「本当に何も持ってないのか?」


 今までの経験から相手が武器を持っているのかそうでないのかぐらい、立ち姿や振る舞いで分かるようになっている。スラムで生きて育ったおかげで培わられた能力だ。

 そして今、レイにはサラが何一つとして武器を持っていないように見えた。確かに、サラは最初、武器は持っておらず無防備であると言った。しかしそれはあくまでも方便であるとレイは考えていた。本当に武器を持ってこないわけがないし、たとえ持っていたことが露呈したとしてもレイは対応を変えず、恐らく不戦の契約は結ばれていた。それにレイに攻撃される危険性も当然ながら存在している。だから最低限。反撃できるだけの武器を持っていると思っていた。

 しかし今、レイが見た限りサラは武器の一つも持っていないように見える。もしかしたら機械化手術や生態的手術を受けた身体拡張者の可能性もあるが、遺跡での戦闘で身体拡張者ではないことぐらい分かっている。


「そうね。最初に言ったでしょ? 私にあんたと戦う意思はないって。信じてなかったの?」

「ああ信じてなかった」

「ひど。これでも結構緊張してたんですけど」

「知らねーよ。ここはスラムの近くだぞ。武器の一つも持たないで来る奴がいるとは思えないだろ」

「別にあなたの常識でくくられても私がそうとは限らないじゃない?」

「いやまあそうだが……」


 レイは片手で目元を覆い、4秒ほどで外す。そしてまたサラの方を見て口を開く。


「それで帰るのか?」

「当たり前よ」

「……はぁ」


 レイがため息をつく。そして怠慢な動きで、懐から拳銃を引き抜いてテーブルの上に置いた。


「これは?」

「必要になるかもしれないだろ」

「いいの? 多分返せないわよ?」

「俺のじゃない」

「ん?………ああ…そういうこと」

「ああ。ここに来る途中にな、戦利品だ」


 サラはテーブルの上に置かれた拳銃を受け取る。


「感謝しとくわ。優しいのね」

「人殺しじゃなかったらな」

「……面倒くさい男ね」

「まあな」


 サラが拳銃を懐に仕舞う。そして去り際に一言だけ残した。


「パウロ……だっけ?。じゃあね」


 パウロ。遺跡内でサラに言った偽名だ。そう言って去るサラをレイは引き留める。


「待ってくれ」

「まだ何かあるの?」

「俺のハンター名はパウロじゃない。レイだ」

「そう。私はサラのままよ」


 サラは可愛らしく微笑むと、店から出て言った。

 一方でレイは疲れすぎた影響で眠くなっていた。そして椅子に全体重を預けてため息を吐き、天井を見上げる。


(まあいいか……)


 特に難しい話でもない。こういうのはややこしく考えないのが吉だ。頭を一旦からっぽにして休んだ方がいい。レイはそう考えて、すでにめてしまった料理を頬張った。

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