第94話 けじめ

 レイがNAC-416を発砲しながら横道を走っていた。後ろからは数体のモンスター。先ほどと比べれば数は多くない。しかしそれでも弾倉が少なくなってきており、一つでも判断を間違えば追い詰められる可能性がある。

 NAC-416はあまり威力のある銃ではない。魔改造されればまた話は違うが、レイが持っている物に関しては一度も改造されていない通常の物だ。遺跡探索をする駆け出しのテイカーは誰でも持っているようなあり触れた武器。対人戦闘にも用いられるそんな物だ。

 分かり切っていることだが、サラの持つ散弾銃のようにモンスターを一発で吹き飛ばし殺しきることは難しい。だが地道に攻撃をし続けて相手を弱らせ、殺す。こんなことは何時もしてきたからレイにとってあまり難しいものでもない。


 全力で走りながらもレイの射撃は一切、外れることが無い。寸分も違わず、撃ち出された弾丸は正確にモンスターの頭部を、足の関節を破壊する。あの狭い地下通路で何度もやってきたことだ。あの時は今よりも数十体ほど数が多かった。

 今更この程度の数、レイにとってそこまで難しいものではない。

 そして追ってきているモンスターすべてを殺しきる必要もないのだ。目的は相手の殲滅ではなく地区区画からの脱出。すでに視界で確認できる範囲に地上へと続く階段が見えている。

 あと少し。

 レイは背後から壁を蹴って近づいてきたモンスターの頭蓋を撃ち砕く。刺して、殴って蹴とばして、撃ち抜いて。モンスターと距離を離していく。すでにもう肉眼で捉えられる限りで、レイを追ってきているモンスターは4体しかいなかった。

 痛む体を無理矢理動かしてレイは背後のモンスターに対処しながら通路を走り抜ける。

 距離は近い。レイはすぐに階段にまでたどり着く。後ろから接近してくるモンスターの圧を感じながら階段を駆け上がる。埃被る階段を上がり切ると見えたのは地上だった。ただ階段を上がり切ったところが入場ゲートのようになっていた。門のようになており、門の中心には十分に乗り越えられる高さのゲートがあった。

 レイはそのゲートを飛び越える。

 しかし同時に

 

(――まだ施設が)


 警報が鳴ったということは、このゲートはまだ稼働しているということ。このゲートがある理由は簡単に分かる。恐らく、地下区画に入るためには何かしらのカードを提示し、このゲートをくぐっていかなければならないのだろう。大穴は床の崩落によって出来た出入口。地下通路から逃げた時の出口は他のテイカーが作った、見つけたであろう秘密のもの。少なくともおおやけの、正式な手順を踏むのならばこのようにゲートを潜るのが正解なのではないだろうか。

 レイは今、それを無視してゲートを乗り越えたから警報が鳴った。


(まずい――)


 レイに続いて階段を駆け上って追ってきた、モンスター達がゲートを破壊しながらやって来る。警報の音はより一層強くなり―――――。


「やっぱ――」


 ゲートの脇にあった空間。そこに置かれていたボールのようなもの。一見、なんら危険の無い物に見える、しかしレイには見覚えのある物だった。警報の音が大きくなるにつれ、その球体の機械が浮かび上がる。

 そして明らかに『起動』した。

 同時に、レイの背後が爆発する。モンスターの体が飛び散って周りに付着した。階段は爆発と同時に崩れ去る。明らかに、あの球体の機械が攻撃した。

 そしてそのフォルム、攻撃方法、どちらともレイは知っていた。西部に来て最初の遺跡探索で出会った、決められた経路を巡回する球体の機械型モンスター、それに告示している。

 球体のどこから攻撃しているのか分からないが、狙った付近を爆発させることが出来る。レイの背後で爆発音が轟いたのはこの球体の機械型モンスターが攻撃したからだ。

 その結果。背後にいたモンスター四体すべてが一瞬にして吹き飛ばされた。そして次はレイだ。


(逃げ―――いや)

 

 ここで逃げたところで追いつかれて殺される。レイは一気に方向転換をすると球体の機械型モンスターに向かって走り出した。距離は近かったため、レイはすぐに機械型モンスターの至近距離にまで接近する。

 相手がどうやって攻撃しているのか分からない。ただ近づけばまだ勝機はある。この機械型モンスターが今ここでレイに攻撃するのならば、当然、自分もまきこまれる。

 自爆をいとわないというのならばレイは死ぬ。自爆を躊躇ためらうのならばレイが勝つ。自爆を少しでも悩んだのだとしたら、レイの咄嗟の判断によってすべてが決まる。

 一瞬の攻防。

 攻撃の手を僅かに止めた機械型モンスターにレイは飛び上がって、上から蹴り落す。衝撃によって地面へと落ちた機械型モンスターは再び浮上しようとするがレイの方が早い。

 レイはそのまま、落下に合わせ拳を振り上げた。

 今回の探索で混合型のハウンドドック、テイカー、気色の悪いモンスターと、こうして何度も戦ってきて、体は疲弊しているはずだ。疲弊しているはずなのに今は、なぜか中部にいた時のように体が軽い。この硬い装甲も右手で殴りつければ破壊できる、そんな確信があった。

 振り下ろされたレイの右の拳は機械型モンスターの硬い装甲を折り曲げる。レイの拳は血を吹き出しながらも球体には窪みが出来る。そして機械型モンスターが地面へと接着し、レイが地面に足が着いた。そして最後、勢いそのままに拳をさらに深い場所にめり込ませ、貫通させた。皮膚が剥がれ、肉がはじけ、骨まで見えるほどに壊れたレイの拳は地面を叩いていた。

 そして機械型モンスターから引き抜かれた右腕には何かの機械備品やコードなどが捕まれ、同時に引っこ抜かれた。完全に、モンスターは活動を停止している。だが、警報によって呼び出されるモンスターがこの一体だけとは限らないだろう。警報はまだ鳴り響いている。

 レイは勝利の余韻に浸る間も無く、バックパックを背負い直すと駆け出した。


 ◆


 その後、レイはハウンドドックやその他の生物型モンスターと出会いながらも十分に対処できる相手であったため、特に負傷することなく切り抜けた。地下区画から出た時にはすでに夕暮れで、遺跡から出た時には日が沈みかけていた。

 しかし夜になる前には遺跡から出ることができ、その後は特に何事も無くクルガオカ都市にまで帰ってきた。

 都市に帰ってまずしたことは遺物の換金だ。ワーカーフロントに出向き、遺物の売却と査定分の金額を受け取った。昨日に売った装飾品のような遺物。あれはかなり高値がついて一つ1万スタテル。合計で6個あったので6万スタテルにもなった。その他に売った遺物をすべて合わせて7万4500スタテルが最終的に査定額だった。

 遺跡探索を始めてここまでの収穫を得られたのは初めてであり、今日の苦労も相まってレイは少しだけ達成感を覚えた。しかしすぐに現実を見る。これまでの弾代やその他の生活費を考えればやっとこれでトントンという具合。テイカーを始めてから毎日が貯金を切り崩す生活だった。弾代も馬鹿にならないし、その他の防護服の新調なども痛手だった。

 この6万4500スタテルという金額。高いようにみえて、その実そんなでもない。そもそもテイカーとして稼げるようになるのは――個々人の装備や探索域にも変わるが――平均して最低でも遺跡探索一回につき8万スタテルは稼がないと話しにならない。 

 そもそも、レイが異常なだけで遺跡探索は毎日行うものではない。一日活動して二日休むというのが平均的なテイカーの日常だ。ただその平均的なテイカーの日常、というのはある程度稼げることが前提。レイのような駆け出しは毎日出向かなければ日銭を稼ぐことすらままならない。

 結局のところ、テイカーになるのもある程度の余裕は必要だということだ。最底辺から成り上がるにはそれこそ、高価な遺物を見つけるだとか装備を身に付けるだとか、支援を貰う機会があるだとかの外部に頼らなければならない。

 レイもまた、最底辺ではないにしろ同じような状況だ。 

 だが一つ、レイは中部での経験というのが活きている。アカデミーで学んだことも多少、役に立っている。

 まだテイカーとして何も成し遂げていないが、これも一つの成功だと思ってレイは、少しだけ休憩することにした。


(………ああ…染みる)


 遺跡帰り。ワーカーフロントに行った後、一旦家に帰って荷物を置いた後。レイは所謂いわゆる、大衆食堂と言われる場所で夕食を食べていた。外周部近くという立地もあって、主な客層は外周部で活動する従業員や少しだけ金を持ったスラムの住民、そしてレイのような駆け出しのテイカーだ。そしてそんな客相手に商売をしているため、出される料理のレベルはあまり高くない。味は大雑把で濃い。とにかく量が多く、それでいて安いといった具合だ。

 だがレイにはそれでいい。そもそも味覚があまり鋭い方ではないし、ただ空腹を満たせればいいからだ。包帯の巻かれた右手でコップを持ち、中の物を飲み干す。

 苦労した分だけおいしいというもの。レイは満足気に食べ進める。合成肉や何かの野菜、手あたり次第に口の中へと放り込んでいく。だが、ある瞬間に手を止めた。


「………はぁ」


 そしてため息交じりに天井を見上げる。

 こんなふうな安心した時間が流れているとふと思い出す。中部のことだ。中でも支局ビルでの戦いの光景。苦い記憶。自然と表情は硬くなっていって、咀嚼できなくなる。

 そんな嫌な思い出。

 最近は夢にも、ふと思い出す機会も減っていたが久しぶりに出てきた。

 食器から手を離し、レイは両手で顔を覆う。そして上をまた向いてため息をいた。そしてレイが目を開けて、皿の上に盛られた料理へと視線を送る。だがそこで、レイは違和感に気が付いた。


「………はぁ」


 もう一度、今度はさらに大きく息を吐いた。だがその反応も当然だった。気が付くとレイの対面にはから。


「いい食べっぷりね。少し話をしましょ」

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