第93話 互いの思惑

 サラは一時的に何も見えず、聞こえない状態にいた。閃光手榴弾というのは案外、音も大きい。耳鳴りが今も続いている。はたして、今周りはどうなっているのだろうか。

 少なくとも、あの閃光手榴弾はレイが投げた物。その仕様ぐらい分かっているだろう。だとしたら今、サラは無防備で何も出来ず、レイは好き勝手出来る状態だということ。

 突撃銃でいくらでも撃てるし、目が見えない現状で闇雲に走ったとしても逃げ切れるか分からない。確実に今、レイの方が遥かに有利。サラはレイに対して装備ではまさっていた。しかし、人間同士での殺し合いという点においては中部で傭兵稼業をしていたレイの方が経験を積んでいた。

 中部と西部の違い。それは環境や設備、精度など挙げれば切りない。そしてテイカーの有無もまたその違いの一つだった。中部において最底辺から成り上がる際に最も手っ取り早いのは傭兵稼業だ。環境や地位、人脈などは傭兵にとってあればいいものだが、必要条件ではない。傭兵に対して最も求められるのは単純な力だ。この点においてテイカーと傭兵は似ていた。ただその力が向かう先は異なっている。傭兵は殺害対象へと、テイカーはモンスターへと向けられる。

 そしてまた、テイカーとして経験を積んでいたサラは――その中で対人戦闘もっただろうが――人との戦い慣れていなかった。逆にレイはモンスターとの戦闘においては経験不足だが、対人戦闘に関しては中部で名を上げるほどに優れていた。

 その違いが勝敗は生んだ。 

 サラは少し達観した気持ちになりながら、何も聞こえず、何も見えない空間を彷徨う。もしかしたらもう死んでいるんかもしれないし、生きているのかも知れない。ただ感覚はまだある。だがもう、あとそう長くはないだろう。

 

「………?」


 だが、何もないまま時間が経つ。段々と耳鳴りも収まり始め、外の音が聞こえるようになる。銃声、と鳴き声。


(……何が…)


 そこから僅かに時間が経つと、段々と目も見える様になってくる。ぼんやりと、朧げだが見えてきたのは冒涜的な造形をしたモンスターと、戦うレイの姿だった。サラは突然のことに一瞬、唖然とした。

 閃光手榴弾を食らう前と後とで周りの光景が一変している。そこら中に肉片と血が飛び散って、そしてサラの周りにも三体ほど、モンスターの死骸があった。いつのまに、サラに周りはモンスターに囲まれていて、そしてレイがそれと戦っていた。

 レイがサラに攻撃しなかったのは、出来なかったのはあのモンスターのせいだとすぐに気が付く。そして一瞬で現状を理解すると共に、サラは背後から飛び掛かってきてモンスターの頭部を蹴って吹き飛ばした。

 頭部が無くなり死体となったモンスターを避け、サラは散弾銃を拾い上げる。そして銃口をレイ――の背後にいたモンスターに向けた。そして引き金を引いてレイの背後にいたモンスターを木っ端みじんにする。

 そして続けて周りからにじり寄って来る多数の個体をまとめて蹴散けちらした。効率よく、サラは仕留めていく。使っている武器も相まって破壊力は凄まじく、レイよりも遥かに早い。

 レイはすでに、サラが十分に動けているのを視界の隅で捉えているが特に何かすることも無く、ひたすらにモンスターを倒し続ける。互いに協定を結んだわけでも契約を結んだわけでもない。ただ経験から、あるいは本能から今は二人で争って無駄なことをしている場合ではないと気が付いているのだ。

 そのため、互いを知覚しながらも特にアクションを起こすことはせず、ただ目の前の敵にのみ。飛び掛かるモンスターに向けて弾丸を放つことだけに注力する。

 

「………」

「………」


 しかし、周りの状況が変わればレイとサラの関係性も変わる。モンスターの数が少なくなればまた戦闘が始まる。今はただ、モンスターが抑止力となっているから始まっていないだけだ。二人が戦ったところでモンスターに、言うなれば漁夫の利をされる。

 まずは共通の敵を殺しきってから。というのが暗黙の了解。

 しかしサラが復帰したことで、モンスターは一瞬で姿を減らした。そして出来た僅かな猶予でレイとサラとが目を合わせる。


「………あいつ」


 先に動いたのはレイだった。バックパックを背負い直すと突撃銃を握り締めて走り出す。目的地は分かり切っている。この地下区画に入ってくる時に使ったあの大穴だ。

 今ここでどれだけ戦おうと、どこからともなくあのモンスターが湧き出てくる。サラにはどこから来たのか、一体何なのかなど全く持って不明だ。しかし迷いのないレイの動きを見る限り、何かの情報は持っていそうである

 その彼がこうして逃げている。恐らくモンスターがまだいて、これからもやってくることを知っている。ここでいくら戦おうといずれ物量で押し切られることが分かっていた。

 サラは走り出したレイを追いかける。その際に横からモンスターが昆虫のような顔を近づけて噛み付こうとした。すぐにサラはモンスターの上顎を持ってそもまま引きちぎる。

 一方で前を走っていたレイも、正面にいたモンスターと一瞬の攻防をした後に殺した。とがり切った前足を突き出してきたがレイは飛び上がってそれを避ける。そしてモンスターの頭部付近に着地すると共に至近距離から15発ほど、弾倉に残っていた全弾を打ち込んで殺す。

 そして死体となったモンスターの体を蹴って降りると、すぐに走りだす。するとレイの横にサラが並んだ。そして両者が互いを見合わせる。最初に動いたのはサラで、散弾銃を。僅かに遅れてレイがサラの散弾銃を蹴とばし、自分は取り回しきれないNAC-416から手を離し、拳銃を代わりに手に取る。

 そしてサラに向けて発砲しようとしたところでレイは振り向いた。一瞬、サラに気を取られていて背後のモンスターを近づかせてしまったためだ。もうすでに目前にまでモンスターは迫っていた。

 同様に、サラに対して前と後ろから一体ずつ迫ってきている。 

 二人はそれぞれ10秒とかからずに処理し終える。レイは突き出された前足を避けて、横から蹴ってへし折るとつかみ取る。そして強引に前足をモンスターの首元に突き刺す。一方でサラは散弾銃で前背後の一体を粉々にすると前方から飛び掛かって来た残り一体の頭部を力任せに殴って破壊する。

 二人とも一瞬で敵を殺し終えると互いに、再度銃を向け合う。しかしレイが持つ拳銃のスライドを後退していた。弾切れだ。そしてサラが持つ散弾銃の引き金も重くなっていた。


「――っちぃ」

「――面倒」


 二人して顔を歪めると互いに走りながらも近接戦闘の体勢を整える――がレイは拳銃をサラの方に向かって投げ捨てると突撃銃を再度手に取った。だが構える時間は無い。

 大穴にまであと少しある。レイたちを追うようにモンスターが追ってきている。対して二人は、モンスターに対処しながらもぎりぎりの攻防を繰り返す。

 隙を見て一発だけ弾丸を補充した散弾銃をレイに向ける――が引き金が引かれる前にレイは銃口を横から弾き飛ばし、自らの後ろにいたモンスターを代わりに処理させる。

 

「――ッッほんっと」


 錨で顔を紅潮させたサラが怒りのままに散弾銃を鈍器のように振った。走りながらにレイは退いて避けるが、サラがすぐに距離を詰めて思いきり横腹を蹴った。少しは衝撃を吸収したものの、蹴りを直接に食らい内臓が破裂するような痛みと骨が折れる音と共に、体は店舗内に突っ込む。

 商品の残骸によって衝撃は緩和されたものの、壁に体はめり込みレイは口から血を出した。だがすぐに、口の中に残ったすべての血を吐いて立ち上がる。


「っ……はぁ…ふう」


 レイは呼吸を整えながら視線を前に向ける。そこにはすでにサラの姿は無く。代わりにあのモンスターたちの姿があった。

 だがこれでいい。

 モンスターは一定数、サラの方に向かっている。途中で吹き飛ばされたレイに気が付いているモンスターも案外少ない。


(及第点か)


 地下区画に来る際、レイは情報屋から地下の地図を貰っている。正確性は探索途中に周りの道や物と見比べて担保されているのが分かっている。すでに、レイの頭の中には地図の全容が入っており、この店の脇、横道を逸れた場所に地上部分へと通じる場所があるのは分かっていた。

 あとは目の前のモンスターを処理しながら横道を抜けるだけ。


(あと少しだ)


 目の前で柄にもなく様子を伺っているモンスターを見ながら、レイはNAC-416の弾倉を交換する。そして小さく歯を見せて笑うと引き金に指をかけた。

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