第92話 地下区画の悪夢再び
手榴弾が爆発した後、立ちこもる煙が下がり切った時、商店街跡の通りには二つの人影があった。レイとサラ、どちらとも生きている。ただレイは血だらけで、敗れた防護服の隙間から血が流れ出ている。流れ出た血は爆発の余波で出来た窪みに溜まり、また一部が川を作ってサラの方に流れていく。
サラもレイと同様、負傷していた。だがレイよりもその度合いは軽い。首の辺りが焼けただけだ。その他は簡易型強化服とその電磁装甲によって守られ無傷で住んでいる。
両者とも、吹き飛ばされた突撃銃と散弾銃を拾う。
そしてサラは散弾銃の引き金に指をかける前に、レイに提案する。
「どうしたい? もう抵抗しない方がさっさと終わって私としては嬉しいんだけど」
「飲み込みずらい提案だな。もっとマシな案だしてから口開いてくれ」
「そう。残念だわ」
「同意見だ」
直後。二人がほぼ同時に構える。だが僅かにレイの方が早かった。突撃銃から撃ち出された弾丸は宙を駆けて散弾銃に命中する。続けて放たれた弾丸が引き金にかけた指を
だが衝撃で引き金にかかった指が僅かに押し込まれ、散弾が撃ち出される。ただ、最初の一発で散弾銃の銃口は僅かに上を向いていたため、散弾はレイの頭上僅か上を通過する。
サラはすぐに引き金に指をかけるが、電磁装甲に穴の首辺りに弾丸が命中する。血肉が飛び散り、サラは苦悶の表情を浮かべる。だがすぐにレイに向かって散弾銃をぶっ放した。痛みと衝撃によって正確な狙いは定まらなかったが、散弾はレイの横腹を撃ち抜いた。致命傷になり得る傷だ。レイが横に飛んで、障害物に隠れていなかったら今頃、木っ端みじんになっていた。
そして次はこっちの番よ、とでも言いたげな表情をしてサラが散弾銃の引き金を引く。
通りの中心に等間隔に置かれた花壇にレイは隠れていた。しかしあまりにも脆く、散弾を完全に防げるほど十分な大きさをした盾でもなかった。レイは肩の肉がはじけ飛ぶ痛みを味わいながら花壇から抜け出し、走り出す。
丸腰で、意味も無く、入り組んだ店舗内に逃げることもせず、レイは走り出す。一体何をしているのだろうと、サラは一瞬だけ考える。だが殺した後に考えればいいと、思考をすぐに元に戻す。そしてレイに向かって銃口を向け―――ようとしたところでレイが走りながらに、サラの方を一度も見ずに放った拳銃の弾丸が眼球付近に着弾した。当然、電磁装甲によって守られたものの火花が舞い散って一時的に視界が赤く染まる。
その隙にレイは奥にあった花壇に転がり込む。そしてレイが花壇に隠れたのと同時にサラの視界がまた見えるようになった。レイのいるところは分かっている、もう一度、花壇ごと打ち砕いてレイを殺せばいい。
サラがそう考えて銃口を向けた時、レイが何かを投げた。
(――――閃光d)
それを見た瞬間にサラは目を閉じた。当たり前の反応だ。それが閃光手榴弾だと分かれば誰だって目を閉じる。だがそれが命取りだった。
(爆発……しない)
瞼の先で強い光が起きない。不発、ダミー、デコイ、サラの脳裏に様々な単語が
(うしr――いや)
背後にいるのかとも思ったが違う。サラが目を見開いて周囲の動向を確認する。レイの姿を逃さないよう、少しだけ物陰に隠れて。
そして直後、レイはサラを花壇の隅から見ながら心の内で呟いた。
(ダミーじゃねぇよ)
レイが心の中で言い終わる前に遅効性の閃光手榴弾が爆発した。
この閃光手榴弾もともと、普通の手榴弾を買うついでに買ったものであり。二人組のテイカーに遭遇してから、敵がモンスターだけではないことを強く認識した結果だ。
故に遅効性。相手が人間ならばそれが閃光手榴弾だってことぐらい分かる奴もいる。目を閉じればその隙に攻撃すればいい。それでも殺しきれなかったら目を開けた時にちょうど爆発するように設計された閃光が相手の目を焼く。機械型モンスターや混合型モンスター、そして一部の生物型モンスターには閃光手榴弾の効きが悪い。そのため即効性の、普通の閃光手榴弾を買ったところであまり約に立たない。
だが相手がテイカーとなれば話は別。相手が人間であることを逆手に取ればいい。
ただ、この閃光手榴弾は一つしかなく、また戦いの途中に投げ捨てたバックパックの中に入っていた。花壇から別の花壇へと移る、レイの無謀な飛び出し。あればすべて閃光手榴弾の入ったバックパックを取るために犯した危険だ。
だがその分の対価は得られた。
後は一時的に目を失ったサラを殺すだけ。直前に気が付いて目を閉じ、また物陰に身を隠していたから1分とせずに回復するだろう。だがレイにとってその時間は、あまりにも潤沢すぎた。
レイは慢心せず、油断せず。サラに不用意に近づくことはせずにゆっくりと突撃銃の銃口を向ける。元はと言えばクルガオカ都市で見つけた時に殺す選択を取れなかった未熟さが生んだ結果だ。ここまで事を引き延ばしてしまったのはすべて自分が悪いのだと、レイは歯を噛みしめた。
「………はぁ」
レイが目を閉じてため息を
(………あいつは)
その姿を完全に認識し、情報を処理する前にレイは引き金を引いていた。
サラのすぐ近く。背後で一体のモンスターがサラを狙っていた。それは這いつくばる人間のようなフォルムをしていた。両手を両足を地面について四つん這いになっている。だが、少なくとも人間ではない。ハウンドドックが持つ強靭な下半身と腕が異常なまでに長く発達し、骨まで見えそうなほどにやせ細った人間の上半身が組み合わさったような、そんな冒涜的な見た目。前足は両方とも鋭い、針のようになっている。また地面に垂れ下がるほど、まるで蛇のような尻尾がついていた。
顔はまるで昆虫のような、頬が無く鋭く尖った二つの歯とその奥に覗かせる。獲物の骨をすり潰すために生まれ持った奥歯は丸く、それが幾つもついていた。眼球はむき出し、
生物の造形としてはあまりにも不格好かつ冒涜的なものだった。
レイは何度も見た事があるモンスターだ。それも二日前、薄暗く狭い地下通路で何十体と殺したあの時の。
レイはその姿を見た瞬間にほぼ反射で弾丸を撃ちだしていた。弾丸はモンスターのむき出しの眼球を弾け飛ばす。暴れるモンスターに対してレイは集中的に射撃を繰り返し両目を破壊する。
「……どこから来た」
慣れたもの。何十体と殺してきたモンスターだ。感覚的に急所が分かっている。弾倉一つ使うことなくモンスターを処理したレイが思う。
どこから来たのだ、と。答えは分かっている。あの地下通路だ。戦闘の音を聞きつけてやってきたのだ。
「……ああ。クソ。そうだよな」
前もそう。奴らの耳はいい。一体が聞き取れれば、その付近にいたモンスターも聞き取れている。
(何十……いや何百か…?)
商業地跡。その中心でいつの間にか、レイたちは取り囲まれていた。
それも前よりも遥かに多い数にだ。逃げることは出来ない。そんな時間は許されていない。
(またかよ)
地下区画の悪夢再び繰り返されようとしている。
レイは酷く、表情を歪めながら突撃銃を強く握った。
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