第91話 サラ

 大穴からテイカーがやって来る可能性をレイが考慮しないわけが無かった。常人ならば、生態系が変わり危険性が増した場所には力寄らないだろう。しかしテイカーは違う。まともな感覚を持っていたら成らないような仕事をしているのだ。神経が常人とは少し違っている。

 当然、未開領域の発掘を信じて意気揚々と乗り込む者がいる。

 常人には理解しがたいことだ。しかし同じテイカーであるレイには理解できる。なにせ、レイも同じことをするかもしれないからだ。リスクを常に考えつつも無謀を犯す。

 何も負わなければ、何も得られないという考えがレイの中にはあった。

 だから危険を冒してまで大穴を見つけるテイカーのことを予測していた。

 大穴に仕掛けたのはカメラだ。安く使い切りの消耗品。機能は一つだけ。カメラ内に人型の生物が映ったらレイの持つ通信機器にその映像を伝えること。あくまでも保険としての措置だった。しかしそれが上手く作動してくれた。

 地下空間の探索を始めて1時間ほどが経過した時にカメラが起動する。レイの通信端末に映し出されたいたのは見覚えのある少女だ。その映像を見た時、レイは思わず顔を歪ませた。

 テイカーでもいきなり殺してくる奴とそうでない奴がいるが、サラは確実に前者だったからだ。手に持っていた情報処理機器も荒い映像越しにだが確認することができ、同時に逃げられないことが分かった。

 いくら性能が低くとも情報処理機器は音響探知ぐらいは搭載している。精度に良し悪しはあるが、レイが極力音を立てずに移動したところで居場所が露呈するのは避けられようのない事実だ。

 だとしたら真正面から戦うしかない。とは言っても最低限の対策ぐらいはできる。卑怯だとは言わせない。サラが言ったように遺跡ここには善悪がない。勝つか負けるかの二択だ。


(――っちぃ。無理か)


 弾倉を交換する一瞬でレイが逡巡する。

 もともと手榴弾は大穴を崩すために買ったもの。だからあまり多くは買っていない。手榴弾は今の一瞬でほぼ使い切って残り一つ。突撃銃の弾倉はまだ多く残っているが、一度バックパックの中から取り出さなければならない、

 だがそんな時間が残されているとは思えない。


「――もう終わり?」


 爆風の中からレイに向けて弾丸が放たれる。レイの持つNAC-416とは違い、高性能な散弾銃から放たれる弾丸が少しでも掠れば付近の肉が吹き飛ぶ。幸い、煙に視界がさえぎられていたためレイに散弾銃が当たることはなかった。

 煙はすぐに収まり、視界が開ける。


「………逃げた?」


 周りを見渡した限り、レイの姿が見えなかった。この短時間で逃げたのか、だが離れられる距離はたかが知れている。そして隠れていたとしても意味はない。情報処理機器を使えばレイの居場所は何時でも特定できる。

 サラは情報処理機器に目を向ける。


「………面倒ね」


 情報処理機器の画面が割れていた。壊れているわけではない。あくまでも画面だけが割れている状態。だが修理するまでもう使えそうにない。情報処理機器が壊れてしまえばレイのことを追うのは難しくなる。

 ただ、画面はほぼ壊れているが一部がまだ辛うじて見える状態だ。その亀裂の入った画面には一つの赤い点がぼやけながらも映っていて、赤い点の場所はだった。


「―――ッ!!」


 振り向いたサラに後方から撃ち出された弾丸が着弾する。簡易型強化服に薄く張り巡らされた電磁装甲でそれらの弾丸ははじかれる。


(こいつ逃げてない)


 頭部を守りながらレイの攻撃を耐え忍ぶ。拡張弾倉を用いた長い、連続の射撃。死にはしないものの身動きが取りずらい。一度横に飛んで障害物に隠れてもすぐに、レイは場所を変えて射撃を開始する。

 弾倉の交換にかかる時間も限りなく短い。故に留まることのない攻撃がサラに降りかかる。店の中に逃げ込もうと、顔を出す暇も無いほどに執拗に狙われ続ける。

 

「――こいつッッ!!」

 

 一方的に攻撃されたことで鬱憤が溜まったサラが、射撃を受けながらも強引に散弾銃を発砲する。撃ち出された弾丸はレイが隠れていた障害物ごと破壊し、その背後の物も木っ端みじんに破壊する。

 しかし攻撃はまない。

 おかしい。明らかに異常だ。いくら一方的に撃てる立場だからと言ってここまでやれるはずが、とサラが違和感を覚える。そして店の壁を散弾銃で壊し、別の店舗へと移動する際にレイの方を見た。


(あれは――固定砲台?!機関銃?!なんで)

 

 視線を向けた先にはまるで固定砲台のようにこちらに向かって弾を放ち続ける機関銃と、その傍らで突撃銃を発砲するレイの姿があった。


(どこからあんなもの)


 レイが持っていたのは突撃銃と拳銃、他に隠し持っていたとしてもあれだけの大きさだ。そんなのは無理に近い。そしてサラが知らないのも無理はないことだった。なにせ、あの機関銃は地下区画に入って戦闘した混合型のハウンドドックから奪った物だ。

 本来ならばレイは持っていない装備。想定外の物だ。


(面倒……あれ、弾どこに入ってるのかしら)


 商店街跡の大通り、その中心に設置されている花壇のような場所。そこに機関銃は突き刺してあって、ロープで周りの物に縛り付けられて固定されていた。レイがあの機関銃に弾を入れている様子は無い。

 じゃあなんで撃ち続けられているのか。少なくともサラが知っている限りでは弾倉の交換をせずして撃ち続けられる兵器など知らない。


(――遺物?)


 正誤は不明だ。ただ今はそう納得すればいい。

 店内に隠れていたサラを障害物なんて気にせずにすべてを破壊しながら攻撃してくる。何発かはサラに着弾する。痛みはない。しかしただただ鬱陶しい。


(ほんっと――面倒)


 隙を見て散弾銃をぶっ放す。散弾が機関銃に命中するが砕け散ることはなく、代わらずに弾を撃ち続ける。少し欠けた部位もあったが、いつの間にか修復されていた。


(やっぱり普通のじゃない。遺物?………いやモンスターの)


 いくらでも撃ち続け、いくらでも勝手に修理される。一体どこで手に入れたのかは分からないが、今この局面においてとてつもなく面倒な装備だとサラが嫌な顔をする。


(ほんと……反吐が出る)


 だがそんなもので私を殺そうなどと、サラがレイを睨む。

 全力で行けば機関銃の場所まで4秒とかからない。弾丸が何発か当たろうと負傷にはなり得ない。それに、どうせ殺すのならば真正面から至近距離の方がいい。

 突如、サラが飛び出す。

 地面を凹ませながら、全力で床を蹴ってレイとの距離を詰める。その際に真正面から機関銃に向かって散弾銃をぶっ放す。機関銃の銃身が飛び散り宙を舞う。一時的に射撃が中断され、銃口はレイへと向けられる。

 だがレイも、咄嗟の判断で壊れた機関銃をサラに向かって投げつける。視界の上半分を覆うほどに機関銃は、案外大きく。障害物によって下半身を隠されたレイの姿が一時的に見えなくなる。

 だがそんなことは気にせず、サラは一発、レイに向けて引き金を引いた。そして飛んできた機関銃を機関銃を蹴り飛ばす。衝撃で機関銃は破壊され内部の部品が飛び散る。ただ金属光沢を見せるような内部部品ではなく、飛び散ったのは肉片だ。


(きっっしょ)


 血管のような物がバネの代わりに存在し、クッション部分は鼓動する肉片だった。重要な内部部品は機械だったが、それにも肉が付着し、また紐が巻き付いていた。その悍ましい光景にサラは顔を歪ませる。

 大砲を背負っていたハウンドドックもそうだが、大抵の場合において機関銃や大砲といった物は体内で生成されている。ある程度、画一化された進化プログラムを辿り、あの姿になっているに過ぎない。そしてこの機関銃も同様に体内で作られた末に体外に露出するようプログラムが組まれていた。そして機関銃には当然、内部そのものに弾を生成する器官があったのだろう。だから肉片が飛び散った。

 サラの視界を一時的に血や血管などが覆いつくし。宙を舞っていた肉の管を。すでにサラとの距離を詰めていたレイが機関銃を破壊されると同時に飛び散った肉の破片をつかみ取るとサラの顔面に叩きつけた。紐のようにしなりながら放たれた肉の管は、サラの顔面にぶつかる――直前に薄く張ってあった電磁装甲によって弾かれ、粉々になる。

 だがそれはあくまでも少し驚かせるため、レイは近距離からNAC-416を発砲する。が特に有効打を与えられない。逆にサラは歯を強く噛んでイラつきながらレイを蹴った。横一線に、レイの横腹を捕らえられそうだったが、レイが咄嗟にかがんだことで避けられる。

 レイはすぐに体を起き上がらせてNAC-416をサラの頭部に向かって乱射する、が電磁装甲に阻まれる。


(――かてぇな)

 

 何百発を撃っているが電磁装甲の出力が落ちない。

 苦い顔をするレイにサラが散弾銃を向ける――がしかしレイに銃身を持たれて、撃つ直前に銃口の向きを変えられる。放たれた弾丸はレイの背後を粉々にする。しかしレイに負傷は与えられなかった。

 一方でレイはナイフを引き抜くと散弾銃のグリップを握るサラの手を突き刺す。構造上、電磁装甲は何かを触る機会が多い手には張り巡らすことが出来ない。当然、強化服や質の良い簡易型強化服ならばまた話は別だ。しかしサラの着ているものはそうではない。

 ナイフは簡易型強化服を貫くことは出来ないだろうが、衝撃を与えることぐらいは出来る。事実、ナイフの衝撃によってサラの手から散弾銃が離される。レイは続けてナイフを頸動脈に向けて振った。しかし刃が電磁装甲に弾かれ、ナイフは宙を舞う。


「こい――つ」


 散弾銃を拾う間は無い。サラは意識を切り替えて、まずは前蹴りでレイを攻撃する。しかしレイには簡単に避けられ、逆に突き出した足を掴まれ倒されそうになる――が、レイがいくら力を入れようとサラはびくともせず、振り下ろされた拳がレイの体にめり込む。

 もし生身の人間同士であったらサラは地面に叩きつけられたが、現状はそうでない。サラは簡易型強化服、レイは防護服。この差は大きかった。

 サラが続けてレイを蹴り上げる。二メートルほどレイの体は打ち上げられ、また腹を蹴られた衝撃で胃の内容物が出そうになる。レイはそれをぐっと抑える。そして空中にいながら拳銃を発砲した。せいぜい撃てても二発程度。この空中で身動きが取れない間にサラは散弾銃を拾おうとしている。

 時間が無い。

 レイはダメもとで発砲する。


「――っは!」

「もう切れ――」


 一発目は電磁装甲によって弾かれた。しかし二発目が電磁装甲を破ってサラの首元を僅かに掠った。軽く血が飛び散って、突然の痛みにサラが硬直する。

 恐らく、簡易型強化服全体の電磁装甲が切れたわけではない。首元の一部分だけ出力が低下している。そこを狙えば、とも思ったが今の体勢では狙えない。

 レイは着地するとすぐに拳銃を構えた。しかしすでに、サラは状況を理解してレイに近づいていた。レイが拳銃を向けるには僅かに間に合わない。他の手段を取っている暇はない。そして対面には拳を突き出すサラの姿―――とその足元に転がった手榴弾。

 サラが拳を突き出しながら、足元で転がる手榴弾を視界の隅で捉えた。いつ、とも思ったが、これは恐らく咄嗟の行動だろう。電磁装甲が破れた今、そこを狙えばサラを殺せる。何も拳銃や突撃銃、ナイフで突き刺したり撃つ必要はない。手榴弾による爆発に巻き込まれてくれれば死ななくても致命傷に至る。なにせ首だ。熱波だけでもかなりの負傷になる。

 そのことを見越して、レイは手榴弾を投げていたのだ。

 そして同時に殴れることも予測していた。殴られた衝撃と共に後ろに飛んで負傷を最小限に留めながら手榴弾の爆発から逃れる。よくできた策。咄嗟の判断としては熟練のテイカーにも匹敵する。

 しかしレイとサラでは持っている装備も置かれている状況も違い過ぎた。


「あなたにも来てもらうわよ」

「――お前ッ!」


 拳を作っていた手を直前で開くと、殴る勢いのままレイの体を掴んだ。力任せにレイの胸元当たりを、防護服と一緒に肉を抉りながら捕まえた。そして引き寄せると手榴弾へと視線を送る。

 この手榴弾の爆発。サラは致命傷になるかもしれないが一発で死ぬことはない。対してレイは爆発に巻き込まれでもしたらひとたまりもない。爆発四散だ。人の形すら残らない。

 レイは咄嗟に拳銃で足元にあった手榴弾を撃った。衝撃で爆発するかもしれない、そんな緊張を抱えながら、寸分の狂いも無く転がる手榴弾の表面を叩き、ぶっ飛ばす。

 しかし少し離しただけだ。

 爆発には巻き込まれる。

 サラは防護服と共にレイの肉を掴んでいる。しかしレイは最後の足掻あがきに、無理矢理体を引っ張ってサラを盾にするよう立ち回った。その際に肉が引きちぎれる痛みが走る。体中から冷や汗と脂汗とが混ざったよく分からない物がにじみ出す。

 

「クソが!」


 痛みに顔を歪ませる。そしてその直後、手榴弾が爆発した。

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