第79話 遺跡探索

 次の日。レイが遺跡内を歩いていた。昨日に引き続き遺跡クルメガの探索の最中だ。今回は肩慣らしだけでなく、遺物集めも積極的に行っていくと、今日の朝に決めた。昨日はそれで死にかけたが、それは意識しておらず対策が出来ていなかったから。

 もとより遺物を集める目的で、ある程度の危険も許容できる考えでいればある程度の危機を乗り越えられる。当然、遺跡は理不尽であるため対策出来ないような暴力と出会う可能性もある。

 その時はその時だ。死ぬ気で足掻いても無理なのならば、この世界を呪って死ねばいい。

 

「………」


 今日は昨日と違って商業地跡を探索中だ。辺り一帯はすべて巨大な一つの商業施設をなっており、空はすべて壊れかけた天井で覆われて、両脇には店が立ち並んでいる。

 そこに通りや抜け道、横道と言ったものはなく、地区全体が巨大なショッピングモールのようになっている。地下は入り組んでいて、上は三階まである。かなり巨大な複合施設だ。

 旧時代には様々な商品が立ち並び、多くの人々が行き交っていただろうが、当然、今はその面影がない。荒れ果てており、自動修復機構も活きてはいないため商品は壊れ、荒らされたまま残っている。


(これじゃ売れないか)


 外周部にある巨大な商業施設跡ということもありテイカーはかなり来ているのだろう。ほとんどの商品が先に盗られている。残っているものは売れないと判断されたような安く、あるいは壊れた商品だけだ。

 だが、幾つかの店を回ってそれなりに売れそうな物だけをバックパックに詰めていく。もし他に高く売れそうな遺物を見つけたら、入っていた商品を捨て、容量を開けて詰めていけばいい。


「…あー。これは、どうだ…?」


 ネックレス、のようなもの。一見、高くは売れそうだが怪しいところだ。遺物というのは現代では作れないようなロストテクノロジーを宿したものの方が高くなる。一方で装飾品は現代の技術力でも十分に作れるものが多く、あまり高値にはならない。当然、旧時代製、という肩書だけで少しは高く売れるが、結局のところは物による。

 レイには宝石を鑑定する技術なんて全くないし、そもそも今までそういった物を関わる機会が無かった。これで遺跡探索は二回目、まるで経験のないレイにはそこら辺の知識が足りていなかった。


「…まあ」


 これから覚えていけばいい。毎日、遺跡と遺物に関しての知識は取り入れている。また、覚えることが増えただけだ。逆に暗記の方向性が分かっただけ今日来た甲斐があった。

 そこまで嵩張かさばるものではないし、適当にそれっぽい物を選んでバックパックに入れていく。変に入れると遺物同士がぶつかって歩いた時に音が出る。その点にも注意しながら、激しく動いても遺物同士がぶつかって音が出ないように詰める。

 その作業はすぐに終わった。

 元よりレイがが得意であったのもあるし、まだ二回目の遺跡探索だが覚えが早く感覚的にどのようにして詰めていけばいいか分かっていたからだ。

 レイはバックパックを背負い、また歩き出す。巨大な施設内を注意深く観察しながら。

 

「………」


 静かに、迅速にレイが近くの店に転がり込む。


(なんだあれ、気持ち悪いな)


 一階と二階を繋ぐ階段に何かがいた。不定形の塊、ヘドロのような形と色。だが確実に意思を持った生命体だった。どういった進化を遂げたのかは分からないが、見た瞬間に激しい嫌悪感を覚える見た目をしていた。

 レイが棚から頭を出してその様子を伺っていると――目が合った――気がした。

 その瞬間、不定形の塊が体から触手のようなものを伸ばし、地面にくっつけながら高速で接近してきた。レイは瞬時にNAC-416を構え、発砲する。一回、大きく銃身が跳ねた。だがそれから撃ち出される弾丸はNAC-416に搭載された自動制御機能によって反動が軽減されるため、ほぼ無反動でそのモンスターに向かって射撃する。

 弾丸がモンスターに命中するとヘドロのよな液体をまき散らしながら突き抜ける。モンスターの移動速度は確かに早い。だがハウンドドックより僅かに襲い程度だ。レイに近距離まで近づくためには弾倉を一つ分の弾丸をその身に食らわなければならない。 

 加えて、弾丸一発につき飛び散る体液はかなり多く、弾倉一つ、30発分を食らい続ければ総体積は減少し続け形を保てなくなる。モンスターはレイに近づくことが出来ず、飛び散って活動を終える。


「………ふぅ」


 十分に対処できるモンスターだ。弾倉一つあれば確実に殺せる。だが、もしあのモンスターがそこらに中にいたとしたら、100を優に超える数がいたとしたら……水掛け論だ。今、視界の中に同じようなモンスターは一体もいない。未知の相手を想定することも大事だが、現状は何よりも優先されるべきだ。


「…行くか」


 このまま真っすぐに進むことも考えた。しかしあのヘドロのようなモンスターを見て嫌悪感を覚えたからか、このまま進むのは漠然と嫌な予感がした。レイは轢き返して歩き出す。

 まだ弾倉は残っている。時間もある。商業地跡から離れて別の場所で遺物収集を行うというのもいいのかもしれない。まだ遺跡探索は始まったばかりだ。


 ◆


 商業地跡で戦闘を終えたレイを遠くから見ていた者がいた。二人組のテイカー、ギンとロンだ。

 二人は二階部分から一歩も動かず、レイの後ろ姿を追う。


「あのガキ。どうだ」

「俺らの存在には気が付いていない。だが、定点領域まで行かないってことは警戒されているのか、それとも補充が二日おきなのか」


 二人は今日の朝からレイを追跡していた。駆け出しに毛が生えた程度の実力だが、それでも遺跡で生き残るだけの実力はある。レイにバレずに追跡するのは、細心の注意さえ払えば容易なことだった。

 

「他の場所を開拓している可能性はあるか…」

「だがもし、補充されるのなら行くはずだ。あれだけの遺物。まだ初心者だろうが、集めるのにはそれしかない。ここは外周部だぞ。あれほど状態の良い遺物が見つかる確率は低い。もし奪えたら俺らは安泰だ」


 二人がレイを追っていたのは『定点領域』を見つけるためだ。レイが昨日、遺物を換金した時に二人はテイカーフロント内にいた。そしてレイがカウンターの上に置いた遺物を見たことがこの追跡のきっかけだ。

 あれほど状態の良い遺物は外周部にほとんど残されていない。運よく見つけるか、それともまだ見つかっていない地下空間などから見つけるか、で見つけるかだ。

 三つ目、未だ自動修復機構が活き、在庫が補充される店舗、または範囲のことを『定点領域』と呼ぶ。どこかのテイカーが呼び始めて、定着した名前だ。定点領域を見つけることが出来れば、その後に安定した稼ぎが期待できる。危険が伴うテイカーにとって安全で、かつ必ず遺物が手に入れることができる定点領域は喉から手が出るほど欲しいもの。

 レイが見つけた服、あれは補充された商品を盗ったものだ。熟練のテイカーがあれらの商品をテイカーフロントのカウンターに並べたのならば違和感はない。外周部ではなくもっと奥を探索し、収集したのだと簡単に分かるからだ。しかしレイはそうでない。明らかに駆け出しのテイカー。それが状態の良い遺物をカウンターに並べるのはどう考えても違和感がある。

 この違和感を払拭するそれらしき理由はそう思い浮かばない。そしてそのどれもが確立が低い。だが唯一、定点領域を見つけたのならば納得できる。

 男達はレイが定点領域を発見したのだと踏んで、追いかけていた。予想は当たっている。レイは定点領域を見つけていた。

 だが同時に二人とレイとでは認識に差があった。

 レイはあの服屋のことをあまり重要視していない。そもそも、レイは一発逆転を狙ってテイカーになったのではなく、ただ漠然と理由も無く成りたいと思ったからテイカーになったのだ。だからそこに堅実性や安定性を求めることはしない。

 目標はある。

 ただ上を目指すだけだ、そしてテイカーとして頂点を取る。マザーシティでやり残した夢を現状に重ね、テイカーという職業をその梯子はしごにしたいだけ。だから、対して高く売れはしない服のことなんてあまり気にしていなかった。

 それが男達との認識の差。

 そのためレイは、意図的にあの服屋を訪れることはない。

 だが、ギンとロンがそれを黙って見過ごすかと問われれば、否だ。

 レイを追いかけるだけ追いかけて、何の成果もない。その現状を許せるほど二人の懐は潤っていない。

 もし、その時が来たら定点領域の場所を吐かせるか、殺してバックパックの中に入った遺物を奪うことぐらいは全く躊躇ためらわない。

 

「そうだな、もう少し追ってみるか」

「ああ」


 二人は遠くなったレイの背中を見て、追跡を再度開始した。

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