第80話 二人組のテイカー

 商業地跡から少し離れた場所で、レイが遺跡探索を行っていた。適当な、それほど荒れ果てていない店舗の中に入り商品を探す。装飾品から日用品まで、壊れかけではあるが少し残っている。だがこれを売り払っても得られる代金は少ないだろう。

 まだ二日目だが、こうして注意深く探索を行っていると分かってきたことが幾つかある。それはどの店舗のどんな遺物が置いてあるのかだとかの基本的なことから、モンスターがいたらしき痕跡の見分け方などまで。もともと、マザーシティで傭兵をしていた時から人の捜索や建物への侵入、追跡など様々な依頼をこなしてきた。

 その経験があって、思いのほか早く遺跡に順応できていた。そして同時に、遺跡という場所にも少しだけ慣れて狭まっていた視野が広がったことで、一つ分かったことがある。


(誰だ…)


 いつかは分からない。だが確実に誰かに。恐らく複数人。レイを追ってきている。

 気が付いたのは10分ほど前。日が段々と沈みだしてきた頃で、そろそろ引き返そうかと来た道を戻っている時に、来た時には見つからなかった足跡を発見した。薄っすらと積もったほこりには、少なくとも二名以上の追跡者の足跡が残されていた。

 その時はまだ確証が無かった。たまたま、レイが通った道を他のテイカーが通り過ぎただけ、という可能性もあったためだ。しかし、レイが確認のために同じ場所を大回りで巡回してみると足跡が増えていた。確認のためもう一度、とそうやって疑惑を確証へと移していく段階でかなりの時間を消費し、日が沈みかける時間帯になってしまった。

 遺物を収集する時間はもうほぼ残されておらず、後はもう帰るだけ。だが別にそれでもいい。すでにバックパック一杯に遺物が入っている。そもそも帰ろうと思えばいつでも帰れた。今回の検証は遠い回り道。疑惑を払拭するための。


「………モンスター………違うか」


 足跡を見る限りモンスターではないだろう。確実に人間だ。それか、人間に擬態するようなモンスターか。何が目的なのかは分からないが、つけられていい気分はしないし、良いことが起きたためしもない。


(…殺すか)


 相手が黙って追跡している以上、そして突然攻撃される危険性がある以上、レイには追跡者を殺す道理ぐらいある。遺跡は無法地帯だ。奇襲を仕掛ようが、いきなり攻撃を受けようが、どちらも悪くない。どちらかが間抜けなだけだ。ただ、先手を仕掛けられる方はたいてい、追跡者に気が付かない平和ボケした馬鹿という事実に変わりない。

 そして、レイはそこまでボケてない。攻撃される可能性があるのならば、その可能性は早めに潰しておきたい。

 だが戦って勝てる相手なのか、果たしてそれが不明だ。遺跡にいるということは相手もテイカー、それなりの装備を持っていると考えていい。それに人数も正しく把握できていない。少なくとも二人以上というのは確定だが。


(勝算はある…か?)


 相手はレイに対して先手を仕掛けてこない。もし、レイと追跡者に圧倒的な戦力差があったのならばそんな回りくどいことをする必要がない。よって、相手はレイを警戒している。警戒せざるを得ないほどに拮抗した装備、実力ということ。

 もしそうであるのならば相手は、必ず先手を仕掛けたいはずだ。

 だがそれを譲る道理はレイに無く、同時にそんな生易しくはない。


「―――ッッ!!」


 しくも、レイと追跡者。両者が攻撃を仕掛けたのは全くの同時だった。レイは追跡者への苛立ちが溜まったタイミングで、追跡者はレイが定点領域へと行かないことで溜まった鬱憤が爆発したタイミングで。

 レイが振り返って、敵がいるであろうと目星をつけていた場所に発砲するのと同時に、そこに隠れていた追跡者からの銃撃にあった。レイは発砲しながらも横に飛んだおかげで弾丸を着弾を防ぎ、その勢いのままに店内に転がり込んだ。


(……こいつら)


 転んだ際にNAC-416を地面にぶつけたため、壊れていないか確認しながらレイが、片足の膝を地面につけ、右足を曲げて立てた状態で障害物によりかかる。そして息を吐いて、棚の隙間から先ほど攻撃した場所を見る。

 そこにはすでに人影はなかった。だが確かに、射撃した時には人らしきものの姿があった。場所を移したのだろう。相手はレイのいる場所が大体分かっていて、対してレイは相手の場所を知らない。

 不利だ。 

 一旦、場所を移した方がいいと、そう考えレイは店の裏の方まで行くと裏口を蹴り破って別の通りに出る――とすぐに顔の寸前を一発の弾丸が通った。


(バレてるか――!!)


 一旦店舗の中に隠れることも考えた。だがそれではジリ貧だ。着実に追い詰められて死ぬ、そんなことが容易に想像できる。たとえ、負傷を負ったとしても今は攻勢に出るべきだと瞬時に判断したレイは、弾丸の飛んできた方向に向かって突撃銃を向けた。

 同時にNAC-416の標準機の先に見えた男――ロンが続けて射撃する。だが弾丸は僅かにそれてレイの後方に向かって飛んでいく。一方でレイは不安定な体勢ながら一瞬でロンを捕らえると引き金を絞った。撃ち出された弾丸はロンの頬を内側から吹き飛ばして空中に飛んでいく。建物の二階部分、レイのいた裏路地を少し上から見下ろしていたロンは、まさかあの状況から自分が攻撃され、ましてや殺されかけるだなんて微塵も思っていなかったため、慌てて後ろに体を引きずった。

 ロンとの射線が切れたことでレイは再度動き出す。きっとロンは負傷で狼狽ろうばいしている。叩くのなら今だと、二階部分に上がる階段を目指す。

 だが同時に先ほどまでいた店舗の中から、裏口の扉から、ギンが散弾銃を発砲しようとしていた。レイは寸前のところ、ギンの姿が店舗の中に見えた瞬間に扉を蹴って締めていたため、僅かだが猶予が作れた。撃ち出された散弾は扉を貫通して飛び散る。しかし旧時代製の扉ということもあり頑丈でほぼ穴がかず、レイに対して負傷を与えることは出来なかった。

 

 ギンが続けて扉に向かって引き金を引こうとしたところで、逆に扉の向こうから発砲音が響いた。レイが扉越しに撃ち返して来たのだ。

 ギンは咄嗟に横に飛び避けたが、もう少し遅ければ扉の向こうから放たれた弾丸で体中を穴だらけにされていた。


(あいつ)


 分かっていたことだ。駆け出しのテイカーには似ても似つかわしくない実力を持っていることぐらい。だがすでに殺すと決めたことを今更覆すことも無い。

 ギンは扉を蹴り破って周りを見る。するともうレイの姿は無かった。


「逃げられたか」


 ギンは呟きながらロンが待ち伏せをしていた二階付近を見る。するとそこには頬が弾け飛び、顎が力なく垂れ下がったロンの姿があった。手持ちの回復薬をぶっかければ致命傷にはなり得ない傷だが、痛みと精神的な負傷は深いだろう。

 ギンとロンは互いに目を合わせる。だがロンは喋れないため、レイの逃げた方向を指で指し示す。


「いったん合流してからがいいか」


 ギンはそう考えて、二階へと上がる階段へ向かった。

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