第78話 リスクの対価

 遺跡から脱出したレイは、無事に都市へとたどり着いた。もう日は暮れそうな、酒場が込み合うそんな時刻。レイは遺跡から戻った足取りのままテイカーフロントへと向かって歩いていた。

 バックパックの中には多くの遺物が入っている。浮かぶ球体の機械型モンスターに襲われはしたものの、負傷は額に入った切り傷のみ。遺物はバックパックの中に入ったままで、特段後遺症として残るような傷もない。今日は遺物をすぐに監禁し、また明日に備えようという考えだった。

 またNAC-416もほとんど使ってはいないため、弾薬を買い出しに行く必要もない。防護ジャケットも擦り傷はついているが買い替えるほどではない。つまり、明日もすぐに、もう一度遺跡に行けるということだ。そのためにはバックパックをからにしなければならない。明日の早朝に換金をするのも面倒で、またいつからテイカーフロントがやっているのかが分からない。


「………」


 テイカーフロントが経営する建物の前に来たレイは、自動扉を潜って中に入る。中はレイと同じように遺跡から帰ってきた者達が多く、監禁窓口には少しの列が出来ていた。

 恐らく3分から5分ほどで窓口にまでたどり着くが、初めての遺跡探索で思いのほか疲れていたため待たずに、すぐに換金したかった気持ちもある。

 レイは背負ったバックパックを地面に置いて、列に並ぶ。前には二人。血だらけで、尚も並んでいるのが一人。軽傷ながらも唇を震わせて、顔が青ざめているのが一人。どちらも装備を見るとレイと同じような初心者のようで、だが明確に違っていた。

 傷だらけの者は回復までに3日ほどの時間を要すだろう。だが衛生環境が悪い場所、例えばスラムなどで寝泊まりをしていたら病気にかかって衰弱死も考えられる。一方でもう一人の方は。怪我こそしていないものの、震える体と青ざめた顔から判断するに遺跡でトラウマになるような体験をしたのだろう。恐らく、もう二度と遺跡には行けない、行かない。そんな風に考えるのも無理はないほどに酷く衰弱していた。

 もしかしたら、一歩間違えていたらレイも前の二人のようになっていたかも知れない。だがならなかった。運が良いのか悪いのか。レイは多くの遺物を持って戻ってこれた。

 二人と過程こそ似ていたかもしれない、だが結果は違う。テイカーにおいて過程は重視されない、結果がすべてだ。


「換金をお願いします」


 前の二人がいなくなり、レイがバックパックを窓口脇のテーブルに置きながら言う。そして中から衣類と雑貨屋で手に入れた包丁などをカウンターに並べていく。どれも状態は良く、ほぼ新品同然だ。

 職員は目を細めてそれらに視線を送る。


「オフィスカードはありますか」

「はい」


 レイは返答しながらオフィスカードを職員に渡す。職員は受け取ると手者の機械になにかを打ち込み、オフィスカードが正しいものか照会を行う。それはすぐに終わり、遺物の一つを手に取る。


「遺物の査定は基本的に1日から2日待ってもらいます。管理部門の処理速度にもよりますが、この量ですと明日の夜にでも来てもらえれば査定は終わっているかと思います」

「分かりました。ありがとうございます」


 特段、今すぐに金が必要というわけでもないので明日、遺跡の帰りにまた来ればいいだろう。レイはそう考えながら、職員に感謝を述べながら窓口から離れた。そして現在時刻を確認すると、夕食はどうしようかと、そんなことを思いながらワーカーフロントを後にした。


 ◆


 レイがテイカーフロントで換金を行っていた途中に一人のテイカーが中に入って来ていた。紫がかった髪色が特徴的な、どこか妖艶な雰囲気を醸し出す女性。そして都市に侵入したハウンドドックの一体を仕留めた雇われの企業傭兵――アンテラだ。


「………」

 

 アンテラは初心者らしきレイの姿を見て、そしてカウンターの上に並べられていく遺物に視線を送っていた。


(へぇ……)


 運がいいのか、それとも知っていたのか、レイが取り出した服を見てアンテラは感心する。あの服はどこで手に入れたか分からない。だがあれほど状態がいいということは最低でも数日前には陳列された物だ。遺跡には幾つか、未だに在庫が補充される店舗があるが、そうした店はかなり危険だ。それに幾つか理由がある。

 まず同業テイカーから襲われる危険性がある。あれだけ状態の良い遺物だ。高くはないだろうが、それなりの値段が付くだろう。そして服は補充されるため、またそこに行けば同様の品が手に入る。つまりはある程度の安定した稼ぎが得られるということだ。

 遺跡に行くだけって何も得られない日もある。そんな中で毎日、ある一定の稼ぎが期待できるのは精神的にも物理的にも余裕をもたらす。中堅下位、初心者からは羨ましい限りだろう。それこそ、文字通り

 だがアンテラがそれを知って、特にどうこうしたいっていう考えはない。あの程度の遺物ならばいくらでも、いつでも手に入れることが出来るからだ。だがしかし、レイは初心者。あれが最初の遺跡探索なのかそれとも数回目の遺跡探索なのかは分からないが、それでもまだ数回目の遺跡探索であれだけの遺物を持ち帰ってこれるということは将来有望だ。

 ただ、どれだけ順調に行ってても、あっさりと死んでしまうのが遺跡という環境だ。それこそ、服が補充されるのだからその地域一帯は部分的に自動修復機構がまだ作動している。ぱったり、偶然、あるいは必然にして警備ロボットと出会うこともある。

 そうした時にあの装備で対応できるかと問われれば、限りなく否に近いだろう。


(ま、頑張ったほうがいいね。これからは大変だよ)


 もし明日も遺跡探索に行くようなら気おつけた方が良い。アンテラは嗜虐心に似た感情を抱きながら、心の中で忠告する。顔を見る限り、慢心していはいないようだが。自分がどれだけ気おつけていても理不尽にやって来る危機というのはある。それがもし、明日遺跡探索に行くようであればやって来る可能性が高い。

 またこれも一つ試練。

 そこで死んだらそこまでの者ということだ。


(……っは)


 アンテラは頭の片隅で、少しだけ記憶しておいて今後の楽しみにしておく。また見れたら成長を楽しめる。もし見れなかったら笑える。もし遺跡で死体として見つけられたとしたら………。


(さて、どうなるかな)


 アンテラは少し笑って、用件を済ませるために事務窓口へと足を進めた。

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