第77話 まあまあの出来

 レイが歩き出してから少し経った。周りの光景はあまり変わらない。荒れ果てたビルと総合住宅。稀に商店街を通る。途中、商品がまだ置いてありそうな店舗も見つけたが、素通りした。まだ警備ロボットのいた付近から逃げ出せたわけではなく、どのくらいの範囲が巡回経路に含まれていて、どのくらいの機体が動いているのかが分からなかったからだ。もし、次同じような間違いをすれば死ぬ可能性が高い。そう何度も幸運が続くとはとても思えない。

 だが遺跡探索は続行する。焦っているわけではない。成果が欲しいというのも否定は出来ない。ただ、今の実力と遺跡の外周部という情報を加味して、冷静に判断した結果、遺跡探索を続行できると踏んだ。

 服屋から離れ、かなりの距離を歩いたレイが立ち止まった。

 廃ビルと廃ビルの間の小道に入り、汗を拭いながら息を吐く。そしてバックパックの中から水分を取り出して口に含む。そして少し休憩するとまた、すぐに遺跡探索を始める。

 すでに警備ロボットがいた付近からはかなり離れている。それでも危険ではないという保証はない。しかい警備ロボットという不確定要素が消えたかもしれない、ということは重要な情報だ。


「………」


 息を殺しながら、天井、壁、棚などに注意深く視線を送りながらレイがある建物の中に入る。ビルの一階部分に入っていた雑貨屋で、色々な物が置かれている。包丁、皿、トング、その他の生活用品。それらのほとんどが荒れ果てていて、壊れていたり、壊れかけたりしていた。

 だがさすがは旧時代の技術というべきか。幾つかは多少の傷はありながらも残っていた。そしてそのすべてが恐らく、整理されていない状態だ。地面に落ちていたり、置かれている場所もバラバラで統一感がない。

 つまり、荷物を搬入するロボットがいないということだ。もしいたのならばあの服屋のように綺麗に整理されて並べられているはず。そして自動修復機構というのは遺跡の中心部と外周部でそれぞれ機能と管理しているものが違う。外周部において、自動修復機構は、遺跡に一定間隔で存在する支柱によって保たれていると言われている。支柱から円状に自動修復機構が機能し、そして一定間隔で支柱が存在しているため外周部全体を円状の範囲で満たし、外周部の自動修復機構が維持される。しかし今は、原因は不明だが支柱のほとんどは防衛機能だけを残し活動を停止している。だから外周部は自動修復機構が停止して、荒れ果てた状態となっている。

 対して、遺跡の中心部にはセントラルビルがあり、それが自動修復機構のコアとなっている。今、レイがいるところからでも分かる。遺跡の中心部に聳え立つ一本の電波塔。あれはほとんど、どこの遺跡にも存在し、セントラルビルと呼ばれている。噂ではセントラルビルから支柱に命令を送って自動修復機構を稼働、管理しているといったものがあるが、真偽は不明だ。

 何しろ、この情報は不確実だ。酒場で、あるいは盗み聞きで、訊いたり調べたりして得た情報から推考して判断しているに過ぎない。はっきりとは分かっていない。だが、だがもしこの推測が正しかったとしたら、遺跡の中心部に行くための足掛かりとなるかもしれない。

 

 尤も、レイが中心部に行けるようになるのは随分と先になることは想像に難くない。

 今は堅実に、遺跡収集をして金を集め、また良い装備を買って遺跡の深部へと進む。それを繰り返していけばいい。

 レイは雑貨屋のような店で、色々と高そうな遺物をバックパックに詰めていく。ただどれが高価なのだとかは分からないため、大きさとバックの容量などから総合的に判断して決める。

 その際に、ターレットが天井を割って現れることはなく、また敵の存在も感じ取れない。

 レイは順調に遺物をバックパックの中に詰める。時には中に入っていた水を飲み干してその場に捨て、容量を確保したりしながら。そうしてあらかた目星のつく遺物を詰め込み終わったレイが店から出た。


「………」


 そして静かに、だが迅速にその場から逃げるように走り出した。

 直後。レイのいた場所から爆発音が響き、見ると地面が抉れ、亀裂が入っていた。


(――ああ!ミスった!)


 レイは内心で叫びながら全力で遺跡内を走る。ミスった、とは言いつつレイに非があったわけではない。単なる偶然。そして不運。遺跡では当然起こりえることだ。そこに理由や原因なんかなく、暴力でのみ解決できる難問が立ちふさがる。


「ああッ!」


 走るレイの背後から爆発音が続けて響く。レイはビルに転がり込み、階段を駆け上がる。だが途中で、ビルごと爆発しレイは外へと投げ出される。だがそこまでは予想通り。ビルの倒壊によって瓦礫が散乱し、煙が舞い散る。レイはその隙に、瓦礫の陰に隠れながら隣のビルへと転がり込んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ」


 息も絶え絶えになりながら、しかし呼吸音を最小限に抑えるために口に手を当てて、呼吸を制限しながらレイは隠れる。棚を背に、座り込みながら。


(……ツイてない)


 棚の隙間から、まだ煙の待っている外を見る。煙によって視界が阻まれているが、通りの真ん中に球体の物が浮かんでいるのが影のシルエットとして見えた。

 

 店から出た直後、真っすぐに続く通りの奥の方からこいつはやってきていた。米粒ほどの小ささ、もはや肉眼では見えないほどに遠くの距離にいたはずだ。しかしレイがその存在を認識した瞬間に、それよりも前に機械はレイを発見し攻撃を行った。今のレイが一発でも食らった粉々になるような爆撃だ。

 レイには何の非も無かった。どれだけ警戒していてもこの遺跡では想定外のことが起こりえる。その想定外は大小さまざまだ。ハウンドドックに会う、物を失くす。そしてあの球体の機械型モンスターのように絶対に勝てない、逃げるしかない敵に出くわす。

 それは本当に突然に起こりえる。今回の被害者がたまたまレイだっただけ。だが、言いがかりのようなものだが、レイにも非はあると言えばあった。


(肩慣らしのつもりが遺物収集の方を優先してたか……)


 遺跡の魔力か、それともテイカーという職業が持つ罠か。少なくとも、レイの優先事項は入れ替わっていた。もともとNAC-416の機能テストや肩慣らし、勘を戻すために遺跡に入った。遺物収集は二の次、出来たらいいな程度。だが今は、肩慣らしなんか後回しで、危険を顧みないで遺物を取りに行っていた。レイはまだ遺跡に慣れてないのだ。そして慣れた気でもいなかった。

 だが今はこのザマだ。遺跡に慣れることよりも遺物収集を優先した結果。あのモンスターに襲われた。


(……くそ)


 額から流れた血が顔を伝って落ちる。視界は僅かに赤くなった。先の攻撃でいつの間にか怪我をしていたようで、傷はかなり深い。血が止まらず、流れ続ける。今は昔のような強靭な体も回復能力もない。この程度の傷でこのザマだ。


「ここから離れよう…」


 いつの間にか、外にいた機械型モンスターはいなくなっていた。敵の油断を誘っているのかもしれないが、恐らく経路を巡回していただけのあの警備ロボットにそんな考えはない。もう行ってしまったのだと考えるのが最も冷静だ。

 だが大きな音が出た。他に警備用ロボットがいるのならば来てもおかしくは無く、ハウンドドックなどの生物型モンスターも音を聞きつけてやってくるかもしれない。それまでにここから離れなくてはいけない。


「次はもっと上手くやる」


 自分を過信していた。どこかですごい奴だなんて勘違いをしていた。親友ニコ仲間ブロックもロベリアも誰も助けられなかったくせして、中部まで生き残ってこれたという意味のない根拠で自身を見誤っていた。

 この額の傷はくさびだ。二度と自分が思い上がらないようにするためのくいだ。


(もうこんなことにはならない…)


 レイは決意すると、立ち上がり。そしてまた歩き出した。だが今度は以前と少し変わって、その足取りには確固たる信念があった。

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